幸せになるのは本当は簡単だ、ってどっかのだれかがテレビか雑誌かで言ってた
それを聞いても
あーそうですかよかったですねとしか思えなかったし
そりゃまぁお気楽な人生を歩んでいらっしゃる人間の台詞だなとしか思えなかった
「アイツおもしれぇ~」
御幸から沢村の話しか聞かなくなったのはいつからだったか
それまではなんとなく心地いい距離感を保ちながら二人でお互いのことをちょこちょこ話していた気がする
そしてどうしてそうなったのか覚えてもないが、俺たちはケツに挿れる以外は済ませてるよくわかんねぇ関係だった
高校生活に慣れだして、部活も要領をつかんで部屋にかえって死んでた時期を乗り越えた時にできた少しの余裕で、思い出したみたいに性欲が暴走した
ってことにしてるが俺は明確な意図を持ってそうなった
女も好きだが男の方が好きになることが多い、と物心ついた頃からわかっていて、御幸を一目見たときに「絶対に好きになる」と未来が読めていたのだ
そういう関係に誘導して二年の中頃で様子を見て告白しようと決めていたが、残念だがその頃にはもう俺たちの関係はかなり健全なチームメイトで、
今まで見えていた未来とは全く違う未来が、今までより明確に読めてしまっていた
「こういうの、もうよくねぇ?」
二人になって、それまでなら抜こうかと動き出すタイミングで御幸がそう言い
あまりに読めていた未来と同じすぎて拍子抜けする
「あー、まぁ、だな」
強がって、俺もそう思ってたしというニュアンスで返事をするしか自分を守るすべを知らなかった
「流石に後輩にバレたくねぇしな」
御幸は笑っていた
俺も笑えてたかはわからねぇ
沢村に見られたらやべーだろ、アイツ大声で叫びそうだし
そう言って俺とのよくわからない時間からあっさり解放されてホッとする御幸を見てたら俺を選んでくれとは言えなかったし、選んでくれる可能性もまるで感じなかった
諦める以外の選択肢が存在もしてないクソゲーだ
それから平然と俺に向かって沢村の話をする御幸に、急に問いかけたくなった
何回お前の精液飲んで俺が喉やられたか知ってるか?
聞くわけないが、それを何もなかったみたいにするのは、なんか笑えた
そうやって御幸を諦めるしかなかった俺は、同室で嫌でも顔を合わす後輩を恨みもきれず、沢村を見て「こうなれれば」と未練ったらしく観察しては馬鹿みたいに御幸に「今朝の沢村情報」をくれてやったりしてる
阿保らしいわ
マジで
しかも観察すればするほど「あーそうだなーこいつはかわいいよな」わかる、なんて納得してきて泣ける
雰囲気で察するタイプより直球ストレート決めてくれる方がコイツの好みだったなんて、言葉を交わさずとも特別な関係だと思い込んでた俺が恥ずかしすぎんだろ
「御幸一也~!」
色々考えていると、その沢村が現れた
見なくてもスコアブックを眺めていた御幸の顔が緩んだのがわかる
くそったれ、と心のなかで毒づきながら
「俺、先輩な」
いつもの掛け合いを聞く
二年の教室に野球部の後輩が乗り込んでくるのはここ数ヵ月で日常化していて、もうだれも驚かない
日常化するんだ
きっとそうやって、それまでと変わったこともすぐ忘れてそれが日常に成り代わる
そうやって毎日が過ぎて、そのうちに「二十過ぎたら一年はあっという間だ」とか「三十過ぎたら」「六十にもなると」って言う日が来る
はやくこい
あったことを過去にするにはまだ時間が足らなすぎている
適度に笑い声をあげながら、それにも疲れて誤魔化すように窓の外見ると、曇り空に反射して写った自分の面と目が合う
それが随分しみったれてて「ちったぁ笑えないのか」と野次った
今日こそは受けてもらうもらわない、そんな何十回何百回と聞かされてきた会話を聞き流しながら、耳と一緒に心根が腐りかけてくる
自分がこんな面倒な性格だなんて知りたくなかった
ノスタルジックに外を向いたままじゃ変だと顔を戻すと
「おっ、なんだよ」
黙ってじっと俺を見ていた降谷とばっちり目が合う
沢村も降谷もわかりやすくてアホなのはかわらないが、降谷は不思議ちゃんすぎてどっか掴めない後輩だ
ポジション的にもそこまで絡みはないし、御幸に用がある時も俺には自分から話しかけてきたりしなかったからマジで驚いた
「倉持先輩」
「おう、なんだ」
御幸も沢村も珍しい組み合わせだと興味深げにこっちを見る
俺とその二人に見守られながら、大人しそうでいて思ったことはハッキリ言う降谷が独特の間で話し出した
「僕にも構ってください」
シーン、と音がしそうなくらい静まった教室に降谷の声だけがポトンと落ちる
それは水面に波紋が広がるように、俺の脳みそに遅れて届いた
「…あ?」
不意討ちすぎて抜けた俺の声が、その静まった教室に響く
そして御幸が吹き出した
それから後はもうみんなのオモチャだ
「俺の先輩だぞ!」と謎に対抗する沢村にお前のじゃねぇからと言うだけで、どっと笑いが起きる
忘れていたが、降谷は二年の女子からも人気があって逐一動向を伺われてる男だ
かわいいかわいいと騒ぐ女子たちに、
倉持!構ってやれよ!仲間外れはよくないぞ!と普段はそこまで絡まねぇ奴らからからかわれたりしながら、真顔の降谷の頭をわしゃわしゃと撫でて、とりあえず笑う
俺は正直めちゃくちゃ戸惑っていた
なんてドキリとするタイミングで思いもよらないことを言うヤツなんだ
仲間外れにしたつもりはなかったが、
自分ばかり蚊帳の外にいると思って沢村と御幸のことばっかり考えていた俺は降谷のことも蚊帳の外に追い出していたんだ
それに気付かれたのかもしれないと少し焦る
この日を境に俺の一日に降谷が入り込んできて、日常になった
「クソー!暴力反対!!」
沢村のアイスを一口貰うと、一口がデカすぎる!と喚くので技を掛けてやりながらもう一口食べる
朝から御幸に対して溜まった鬱憤がスカッとして、心の中で謝りながら解放してやった
そのまま消灯までのわずかな時間をいつものように騒ぎながら過ごしていると、辛うじて聞こえてきた控えめなノック
「こんな時間にどちらさんですか~」
一応先輩だったときのことを考えてる口調なのか、そう言いながら扉を開けに立つ沢村
開けなくても俺は誰だかわかった
扉を開けた瞬間、沢村の頭の上から顔が見える背の高いそいつと目が合う
どうした、と声をかけると
「これ、一緒に食べたくて」
大事そうに手に持ったそれをそっと俺に見せた
しろくまの有名なアイスだった
俺がいつも沢村のアイスを食うってことを、沢村から聞いていたんだろうなと察する
一年組でコンビニに行って、俺への愚痴を言いながらアイスを選ぶ沢村を見て、きっと俺と食べようと自分の好きなアイスを買ったんだろう
こいこいと手招きして隣に座らせると、デカいくせにちょこんと音がした気がした
「なーんで一個しかねぇんだよ」
正座する降谷を肘でうりうりしながら、俺と分けて食べたかったのをわかっていてつい聞いてしまう
「倉持先輩と一個を食べたかったんです」
俺がわかってて言わせてるのをわかってるぞ、という風にプンプンしながら大きな手でしろくまのアイスを包み込んだ
少し溶かしたほうが食べやすいから、と前にもこんなことをしてたなと思い出す
「手が冷えちまうぞ」
寒くはないが真夏ってわけでもない
投手の手は特別だからと、普段からケアを怠りがちな降谷からアイスを奪う
カチカチのアイスを削ぎながら食べるのも醍醐味だと教えてやりながら勝手に開けて一口食べた
「うま、久々食ったなこれ」
ばくばく食べていると
「あの~二人の世界に入り込むのやめていただけやせんか」
すっかり存在を忘れていた沢村に、そこ退けてくれないと寝れないんでと怒られた
仕方ねぇなと背もたれにしていたベッドの前から離れる
腰をあげてついてきた降谷がピタッと体を寄せてきた
正直二人の世界というより完全にアイスに気をとられて降谷の存在も危なかった
半分近く食っちまったし、好物なのに一口も食べさせないのはなんか悪いなと思ってカップを渡す
今時コンビニで貰うか?と思うような昔からある木ベラの匙は俺の力任せな無茶のせいで縦に割れかけている
指に気を付けろよ、唇挟むなよ、気付けば小さな子供相手に心配する親みたいなことを言っていた
恥ずかしくなったが、本人は気にする素振りもなく、ちいさな一口をぱくりと食べてじぃ~んと花を散らしている
「うまいな」
「はい、美味しいです」
「な」
にこにこ
不思議空間だ
沢村にツッコミ不在とつっこまれた
確かに、それな
だけどこれでいい
今までにいなかったタイプのやつとの新しい関係性が俺は気に入っていた
「あ、最後の一口だぞ」
先輩どうぞ、と言うのはわかってるので言われる前に降谷の口に突っ込む
「ありがとうございます」
「おう」
ちゃんと飲み込んでから喋る
イイ子め
きっと降谷には「先輩としてみたいことリスト」があるんだと思う
そのリストはたぶん沢村や春市を参考にしていて、結果的にその二人とよく絡んでいる俺がその「先輩としてみたいことリスト」の「先輩」になってるんだろう
その程度だ
それでも、よく降谷の言う「倉持先輩と」がなかなかクる
ちゃんとどうしたいのか、それでどう思ったのかを伝えて貰えるっていうのは気分がいい
最近では沢村が「育児放棄だ」と俺に突っ掛かってきて、降谷ばかり構うなと言うようになった
煩いから放牧するなとゾノが言って、春市も金丸も他の一年も、御幸も笑って手を叩く
そんなつもりはなかったが、
日常が変わってしまった
新しい日常が俺にも出来ていたんだ
「倉持先輩」
数日たって、アイスのお返しにジュース奢ってやると連れ出す
自販機の前でポケットを漁っているといつものように名前を呼ばれた
「もっと構ってください」
真っ直ぐ見詰められて、小銭を握る手が湿る
「つっても、一年の中で一番構ってると思うぜ」
何を言いたいかなんてわかってしまったけど、俺はなんでもこいつに口に出して言わせたいし、言って欲しい
「一年の中だけは、イヤです」
きゅっと眉間を寄せた、なんでそんなにいじわるするの?と言わんばかりの表情
かわいいな。
めちゃくちゃかわいい。
「一番がいいです」
「おう、だから沢村より構ってんだろ」
沢村にもこんなことしないぞ、と降谷の好きなジュースを勝手に買って渡す
「倉持先輩」
あ、はじめてみる顔だ
「あなたの、なかで一番がいい」
緊張して恥ずかしがってるとき、そういう顔するんだな
ぽけーっとそんなこと考えて良く見りゃビビるほど整ってる面を眺めてたら、ハッとした降谷が
家族の次でいいんです、とか、家族は特別枠にしてください
なんて言い出しちまってあんまりにも可愛くて可愛くて腐りかけてたもんが全部まるごとブッ飛んでった
スカーッと頭も視界も急に晴れて、今までそんなに曇った世界にいたのかと驚いて、すっげぇ楽しくなって、神妙な顔した降谷に飛び付くと、背中越しにこんな場所に居合わせた麻生と目が合ったもんで「彼氏できた!」と自慢しちまった
ビクッと震えた降谷と、あーそうかよと興味無さげな麻生はそんな俺らを素通りしてジュースを買うと、さっさと姿を消した
「先輩、倉持先輩」
混乱する降谷は俺からの熱烈な抱擁に応えられず長い手をふわふわと空中でさ迷わせている
それも可愛くて、笑った
久々に心の底から笑った
無理やり屈ませて頬と頬をスリスリと触れ合わせると、ガチッとかたまる身体
人との関わり方が初心者なこいつは心と身体と精神がまだバラバラで、きっとこれからそれを擦り合わせていくのに時間がかかるだろう
それでも頑張って色々考えて、幼い心と真っ直ぐな精神と育った身体で俺を選んでくれたのが嬉しい
「ありがとう、降谷」
俺を見つけてくれて
幸せになるのは本当は簡単だ
どっかのだれかがその後に続けて言った台詞を思い出した
自分で自分が不幸になる選択をわざとしなければいい
みんな本当はわかっていて、わざとならずにいるんでしょう
お悩み相談に来ていた恋人選びに失敗する男女にそう言っていた
それから相談者たちがわーわー声を荒げ口論になった番組をすぐに消したことまで鮮明に思い出した
その言葉がやけにムカついたんだ
自分のことを言われているみたいで恥ずかしくなって、俺も声を荒げて否定したかった気持ちを必死に抑えた
変に回りくどく立ち回って、素直に言葉で伝えなくて、プライドだけは守りたくて嘘をついていたのも、それに浸ってたのもずっと俺が選んでたんだ
幸せは歩いてこないって昔の歌があるが、俺には北海道から一人でトコトコやってきてくれた幸せが目の前にある
幸せになるのは本当は簡単だった
自分で選択肢を広げるために、この可愛い後輩のように一言口にするところからはじめよう
「俺も降谷の一番がいい」
それから二人が人の目を盗んで手を握ったりしてるのを偶然目撃するも、マジだったのかよ…と何も見なかったことにしてくれた麻生により、この先もほのぼのと自分達のペースで歩んでいけるのだが
二人はそれを知ることはない