「指揮官様お帰りになられましたか……」
幽鬼のようなささやき声で出迎えてくれたのは左前の黒着物を身にまとった線の細いどこか儚げな印象を与えるセミロングの少女だった。少女だった、というべきだろうか、背丈や線の細さはまるで少女のそれだが、成熟した胸元や腰の流線形は着衣の上からでも分かる大人のそれであった。改造を受けて大人びたとはいえ、ここではないどこかを見つめているかのような目つきや鈴を転がしたような静かな声は変わってはいなかった。
「風呂も夕餉も準備は整っており……嗚呼、“指揮官様”はおばけに家事はできぬとお思いで……」
「そんなことはいってないぞ……」
指揮官と呼ばれた男は、不満そうに眉間に皺を寄せながら上着を脱いでいた。ごくごく当然といった様子で不知火がそれを受け取りとたとたと歩いていくと服掛けにかける。
「前も言ったがせめて指揮官ってのは卒業してだなぁ……別の呼び方をしてほしいんだが」
「と、いいますと……ロンドン某のように閣下であるとかロイヤルの使用人のようにご主人様とお呼びすればよろしいので?」
相変わらずの減らず口に指揮官たる男はしかし喜びを感じるのだった。言わなくてもわかる。目を見れば通じる。それほどに交際を重ねてついに結婚した娘の取り扱い方は心得ている。この娘のひねくれっぷりと来たら、女性的な人に憧れるあまり何か勘違いしている飛龍や社会的に危険な性的趣向を持つアークロイヤルよりもなお捻くれており、指輪を渡しても素直には喜ばなかったくらいだった。
『はあ、まさかおばけにここまでするなんて指揮官様は本当に大うつけにございますか?』
表情こそ変わっていなくても、本当に嬉しそうに指輪のはまった指を撫でながら、不知火が続けた。
『それとも変なえいがとやらを見過ぎなのでは?』
それは否定しない。けれど男が探しても、彼女に気に入ってくれるシチュエーションはどうしても見つからなかった。
不知火は手を薄い胸元で組んで呆れたような声を上げた。
『まあ、ものに罪はございませんので、これはお預かりしますね』
男は、不知火がそっぽを向いて去っていく、その去り際に、
『……あなたさまが彼岸を渡り常世へ至るまでは、妾が守りましょう……』
と、朱の差した頬を隠そうとするかのように足早になりながら呟いたことを聞いていた。
「旦那様というのはどうだろうって前から言ってる。言ってみな」
男がどっかりと居間のソファに腰かけてくつろぎ始める一方で、不知火は台所で何やら準備をしていた。振り返って言うのだ。大根役者もびっくりなぼうよみで。
「だんなさまお茶にしますかコーヒーにいたしますか」
「棒読みはよせとあれほど……お茶にしよう。不知火もこっちにおいで。ご飯前にまったりしようぜ」
男がソファの横を叩くと二人分の茶を用意して不知火が現れあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「妾は子供ではありませぬが?」
「知ってるよ。ありがとう」
「“守護霊”としての務めですから、感謝は不要でございます」
男がずずずと茶を啜りながらネクタイを緩め始めた。
不知火はソファに身を委ねているというのにまるで畳の上で正座でもしているかのように背筋を伸ばし目を閉じたまま湯飲みに口をつけていた。
「そうだ、風呂も飯もあとにして例えば君が欲しいと言ったとしたらどうする?」
男がいたってまじめな顔で中身のなくなった湯飲みを置き視線を不知火の細い肩のつくりに向けてみれば、不知火が目を大きく見開きしかしすぐに怪訝そうな表情を浮かべるのがありありと見えた。
「何か悪いものを召し上がってしまったようで……あの化け猫……もとい明石の娘に診て頂いたほうがよろしいのでは……? それとも、えいがの見過ぎですか。“うすいほん”をロングアイランドの本棚から盗んできたのですか」
「なんでその情報を知ってるんだ……やっぱりムッツリなのかアイツ……いや、そんなことはどうでもいい。聞かなかったことにしよう。本心で言ってるんだ。君が欲しい。風呂にも入ってなくて済まないが、すぐにでも」
不知火は困惑の表情を見せた。男が肩に手をかけようとすると、やんわりとハムスターでも摘まむような指使いでそれを跳ね除ける。
実は二人は結婚をしてから一度たりともそうした“接触”をしていなかった。口づけさえまだなのだから、初夜などもってのほかである。愛しい女が目の前にいて手を出していない男の欲求はたまりに溜まって噴火寸前であったが、硬派な価値観の持ち主であったためか相手の同意なくては手を出さぬと決心しているらしかった。故に拒絶されては先には進めずその場で足踏みをするしかなかった。
「はあ。先に湯浴みをしていてくださいませ。妾は料理を温めましょう」
結局男は一人湯船に浸かる羽目になり、溜まった欲求を吐き出せずにいらいらとしながらカラスもびっくりな早風呂を終えた。こうなればあとは寝てしまうだけだ。
男が髪の毛を乱暴にタオルで擦りながらリビングに戻ってくると、台所でぐつぐつと湯気を立てる鍋をかき回している不知火が見えた。白エプロンの紐が、腕の動きに合わせて揺れている。黒着物に包まれた女性的なお尻が左右にうごめいているのを見て、男はいい加減辛抱が利かなくなった。たちまちむくむくと下腹部がいきり立ち雌を求めて雁首をもたげ始める。
足音か、湯上りのにおいを察知したのか、不知火が振り返ろうとした。
「料理は………きゃっ」
「………」
男がくびれを抱き寄せて、背後から身を寄せる。甘い髪の毛の香りを吸い込もうと顔を寄せていく。片手で腰を、片手は胸元にかかっていた。
「火を……」
「不知火、嫌なら嫌といってくれ」
「………嫌ではありませんが……その…………」
不知火がかちりと音を立ててコンロの火を止めると、振り返らず呟いた。
「妾は重桜の女でございますれば……このような言葉があります。秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」
「素直じゃないなあ……」
不知火が男の手に手を重ねると、くるりと腕の中で反転してみせた。艤装をつけず、作り物の耳もつけず、彼女の名前の由来ともなった不知火もとい霊魂も司らないままの彼女はどこからどうみても一人の人間の女そのものにしか見えない。
「愛してるよ」
「………予想はしていましたが、秘めないのですね」
「うん。どちらかといえばユニオンのやり方が好きだ」
「左様で。……妾も……お慕いしております……」
熱っぽい声を遮るようにして、ちゅ、というリップノイズが台所に響いた。
しゅるりという衣擦れの音。エプロンを几帳面に畳み、着物をはだけさせた不知火がシーツの上に横たわっていた。視線は自身に覆いかぶさっている男に向けられていたが、羞恥心のあまり時折そっぽに目が向いていた。
男が上着を乱暴に脱ぎ捨て、ベルトを緩めて下着一枚になると、トランクスの布地を押し上げる剛直が姿を見せた。
「あ、はぁっ……はぁっ」
「大丈夫か」
不知火が発作でも起こしたように息を漏らして、目を反らす。
男が不知火の右目にかかった髪の毛を払う。額から頬にかけて走る縫合の跡がさらけ出された。不知火は、この傷跡のことを酷く気にしていた。作り物の耳ならまだしも顔に走る傷は見せたくないと髪の毛をわざと偏らせていたのだった。それをためらいなく見ることができる男は、不知火から信頼されていた。
「……心の臓腑があまりに強く打ちましたので。このように恥じらいを覚えるなどということが、おばけにあるなどと」
「精一杯やるよ」
「……お好きに」
男が髪の毛を梳く指を首筋まで滑らせ顎を持ち上げると、唇に吸い付いた。ためらいがちに舌を伸ばしてくる不知火にこたえるように男も舌を伸ばし、唾液で唾液を混ぜあい飲む。たどたどしい仕草に、まるで新雪を踏みしめるがごとくの行為に男の精神が興奮の頂へと瞬く間に駆け上っていく。
男は唇を離すと次に不知火の人間としての耳に吸い付いた。
「ん、ひあっ……う、う」
不知火がきゅっと唇を噛み締めて声をこらえる。
男は、その様子が不満であった。愛する人の声を聴きたいと思うのは自然な衝動だからだ。けれど奥ゆかしい(陽炎曰く辛辣)な彼女のことであるから、無理に声を聴きたいといっても拒絶されるだろうことは十分承知していた。ならば、声を出したくなるまですればいいという嗜虐的な欲望がにじみ出てくる。
耳から首へ。絹織物のように滑らかな皮膚を唇で撫でながら、さらに下へ降りていく。かろうじて体にかかっていた着物が取り払われる。雪のような白肌が広がっていた。つくりこそ細けれど、横に張り出した腰は女として成長していることを主張していた。白に咲いた桜色の頂点は呼吸するたびに揺れていた。
不知火がぴとりと股をくっつけたのは、女としての一分があったからだろう。
「恥ずかしゅうございます……灯りを落としていただきたく……」
「不知火を見ていたいんだ」
「う………やはり大うつけでございますね……なんの“びでお”に影響されたのやら……ぱそこんにしまってあるものでございますか? っあ、……乳房を触りたがるとはまるで赤子のよう……」
「……おいなんでパソコンのアレを……いやいい。触りたいし舐めたい。いいか?」
「………ご自由に」
再度深く口づけ合い体を寄せ合う。ある程度は経験のある男と比べ生娘である不知火にはいずれもが未知の行為とくれば、男が緊張を解そうと相手に配慮するのは当然のことであった。
男が相応に膨らんだ胸元の隆起に手を寄せて形状を楽しむ。唇から唇を外して胸元に唇を触れさせて先端を舌で舐め上げる。
「子犬にお乳をやる母犬の気分というのでしょうか……」
「俺は犬なのか……?」
「赤子を手に抱いたならば、こうした機会もあるのでしょうか」
「っくく。不知火自分で気が付いてるか。今日は妙に口数が多いぞ」
男が笑いをかみ殺すように胸元に顔を埋めた。どちらかと言えば物静かな不知火が今日に限ってはよく喋る。精神が高ぶり、緊張していることの証拠であり、指摘されるとリンゴのような赤い頬が燃え上がった。
「“しゅうちぷれい”というやつでございますか?」
「どこでそのネタを仕入れてきてるんだよ……」
会話をしつつも、男は柔らかな乳房をたっぷりと口に含み、片や手は太腿の外側にかかっていた。外側の線を撫で上げ、情熱的な仕草で内側の皮膚の柔らかさを楽しむ。手が徐々に体の中央に向かうにつれて、不知火の両足にかかる力が増してついには足が交差し始める始末だった。
「……力を抜いて」
男が言うと不知火は無言でうなずき、両足を自由にした。かすかに体毛のかかった花弁に指が潜り込んでいくと不知火が首を振り始めた。行為に興奮しているのか、男の指はかすかな湿り気を認めていた。
「~~~~~っつぅ」
指が入り口に入り込んでいく。くちくちとした卑猥な水音が響き始める。指はまるで蛇のように狡猾にくねり、しなり、柔肉から分泌される体液をじっくりとなじませていく。脈拍と、苦痛からもたらされる痙攣が指を不規則的に締め付けていた。
「口を吸って……」
不知火の熱に浮かされた声に誘われて、男が上体を起こして唇に貪りつく。強引に唇に割って入ると舌を捕らえこねくりまわす。口の端から唾液がこぼれるのも構わず呼吸も忘れるように口に口で蓋をする。ようやく離れたとき不知火は呼吸をうまくできなかったのか息を乱していた。
「んっ……はぁっ……他者が、なかにはいって………っふぁ」
「痛かったら言ってくれ」
「はい………妾のことには構わずに」
「そうはいかないよ。一緒に気持ちよくなりたいんだからな」
「……はあ。痛くはないですが、こそばゆいというか、うずくというか」
男が指をより深く挿入していく。不規則に締め付けてくる入り口は未知の感覚に驚き、震えていた。
不知火が男の手に手を重ねると耳元に口を寄せた。
「指ではなくて…………」
「ああ。痛くないようにするから」
男が頷くと、完全にできあがったものをさらけ出していく。血管の走行したグロテスクなものが今か今かと上を向いていた。
それが下腹部のへそあたりに倒れかかる。不知火が目を丸くして見つめていたが、目線を反らして上半身から力を抜いた。男の腕に掴まり、両足を開いて腰を挟み込む。
「はじめてを失うのですね……」
「いやか?」
「指揮官さまは“さでぃすと”でございますか。女の口からそれを言わせて楽しむ趣味が」
「そんな口はふさいでやる」
男が不知火の顎を指で強引にあげさせると唇に吸い付いた。唇を唇で挟み込み啜り取る。口蓋を撫で、歯を撫で、唾液を注いでは逆に吸い込み攪拌していく。ずるずると音を立てる下品な口づけはしかし不知火の不評を買うことはなかった。むしろ待っていたと言わんばかりに舌を伸ばして愉しんでいた。
まったくの自然に男がぴとりと先端をあてがうと、緩やかに腰を突き出していく。みちりと肉を引き裂く感触と共に結合部から一筋鮮血が伝った。
「い、た………っ うぁ………」
不知火が男の腕に爪を立てた。両目をぎゅっと瞑り苦痛に身もだえている。
男は不知火の前髪を指で梳くと、額に口づけをした。
「やめよう。何も一晩で最後まで済ますことはない。痛いなら無理はしないでいいよ。まだこれからいくらでも機会は作れるだろう」
「……しかし。“旦那さま”の好意を無碍にするは、女が廃ります故………っあ、うぅ、これしき戦闘では日常茶飯事の痛みでございますから」
不知火がぼろぼろと涙をこぼして首を振る。戦闘で負傷することは確かに多かった。大けがの末に額から頬にかけて縫ったこともあるくらいなのだ。といってもよりによって体内から苦痛が生じることなど戦闘ではめったにお目にかかれるわけでもない。事実として不知火は痛さの余り泣き出してしまいそうで、自分がこうも弱かったのかという情けなさに駆られていた。
初めて旦那さまと呼んでくれた女のことを考えても、この先に進めるべきではないようだと男は思った。子供でもあやすように頭をよしよしと撫でて髪の毛の乱れを直してやると、あっさりと不知火の中から自身を引き抜いた。今すぐにでも床に押し付けて激しい性運動を行いたいところだが、理性が勝利した。
「今日はいいから、入れ替わりに風呂に行ってきてくれ。飯の用意はできてるんだろ。俺がよそっておくから」
「……はい」
男が気楽そうに笑って見せた。結婚しているならば機会はいくらでもあるのだからと諭しながらも、彼女の下に敷かれている着物を布団かなにかのように被せ直す。
不知火が酷く気落ちした沈み声で返事をした。
その日の夕飯は一人の人生と一艦のカンレキ上最高に気まずいものであったと書いておく。
一週間経ち、二週間経ち、しかしその機会は訪れなかった。男側もどう持ち掛けたものか考えあぐねいていたし、不知火もどうその状況に持ち込むのかまるで手がなかったのだ。
ただ男側も抱きたい欲求を発散したいという気持ちだけが高まっていって。対する不知火も、燃え盛る情欲という感情に飲み込まれていった。男はいい。どうにでも発散できるからだ。不知火はそうはいかなかった。口調に毒が入りすぎている辛辣な彼女であるが、こと男女のことに関しては姉の陽炎もびっくりなほど清純であり、自分を慰めるなどもってのほかで、家事をしていてもあの日のことが脳裏をよぎるようになっていた。
洗濯物を取り込む手を止めて、自宅のベランダから下を見下ろしてみる。基地からほど近いところに立地しているために軍人達が夕暮れの街に繰り出していくのがよく見えた。夫たる男も、ああして遊びにいくのだろうか。
「………」
不知火は洗濯物を干す手を再び動かし始めた。やめようと首を振る。軍人としての付き合いがあるだろうし女を買って遊ぶくらい普通ではないか。
「嫉妬しているなどととてもとても……」
リビングに入ると、思わず下腹部に手を這わした。
男が入った部分がじくじくと疼くのだ。己を慰める術もあると聞く。一度ロングアイランドの部屋に『雪風様が来てやったのだ! 感謝するのだ!』と興味津々で入り込んだ雪風を連れ戻すために後をつけていったときに目にした本にもそんな内容が描かれていた。知識としてはあるが、罪悪感が許してはくれない。
不知火は空腹でも慰めるように下腹部をさすっていたが、ややって頭を振り、家事に戻った。家事が終われば今日は秘書官もとい秘書艦として基地に赴くのだが、これがまた気まずい。秘書艦となる艦隊少女は数人いて順番でやっているが、代わってもらったほうがいいだろうか。
などと悶々とした一日を過ごした。
料理を作っていてもやはり上の空状態から抜け出せなかった。仕事中もやっぱり上の空で指揮官に心配されるほどだったが、どうにかやり過ごした。
そして夕方がやってきた。じきに夜がやってくる。結局仕事は途中で別の秘書艦に代わってもらった。理由は体調不良だった。
「帰ったぞ!! 体調は大丈夫なのか!?」
料理は何にしようかと考えていると唐突に扉が開き上着を脱ぎネクタイをそのあたりに投げ捨てながら男が現れた。仕事を終えて帰ってくるには大分早い時間帯である。レッドアクシズとの戦いが激化しつつある現在、早く帰ってくることは至難の業であるはずだが。
不知火が手を拭いてリビングに歩いていくと、大股で接近してきた男に抱きしめられた。軍人として鍛えられた高身長の男と、女学生のような不知火では大人と子供の体格差がある。腕で抱きしめるというよりも首を締めあげるような格好になったのは当然のことだった。
「く、くるし……」
「す、す、すまん!」
男が危うく不知火の背骨をへし折りそうになったがうめき声を聞いて雷に打たれたように素早く離れた。
不知火はじっとりと湿った目つきで男を見遣りながら首元を擦っていた。
「……やはり大うつけでございますね………妻を絞め殺してしまおうとたくらむとは。れすりんぐがお望みでしたらフェニックスに頼めば」
「あれはなんとかって流派の拳法であってレスリングじゃないって怒られるぞ! じゃなくて、お前大丈夫なのか。風邪か栄養失調か!」
不知火はついに観念した。事情を話すのは憚られるが夫たる男にいつまでも隠し事ができるはずもない。男と吐息が絡み合うような距離にまで空間を詰めると肩に手を置き、背伸びをして耳元に唇を近寄せた。
「いずれでもございません……“旦那様”と初夜を迎えてから体の奥が疼くのでございます……じくじくと乾かぬ瘡蓋のように、痒みのように……」
不知火のかすかに口紅を引いた艶のある唇が微笑みを作った。
「肌さみしゅうございます……」
男は風呂よりも飯よりも目の前の女を抱きしめることを選んだ。
「………くぅ……」
下唇を噛み締める不知火の前髪を、男は指で整えていた。今すぐにでも腰を突き出したい欲望を制御しながら、きつく締め付けてくる下腹部からの刺激にいまにも精を放たせよと暴れんとしている自身に無駄な力がこもらないようにするのに必死だった。
不知火がこくんと頷くと男の腰を両足で挟み込むようにし、手を男の背中に回した。最初に貫かれた時にあったような激しい苦痛はなく、痛みと痺れと快楽が徒党を組んで襲い掛かってくるだけであった。自分が気持ちよくなりたい欲求はあるが、何よりもまず男を立てたいと思うのは大先輩である神風曰く『古い』女である証左なのだろうと自分でも理解していた。
「動くぞ」
短い宣言と共に、男の体が強引に体の中に入り込んでいく。前戯こそしていても、回数にして二回目である。慣れているはずがないというのに、不知火の女性は濡れて糸を引いていた。
「ひ、ッ あっ……! んっ、んぅ………痛い、かと思っていたら……」
不知火は平素であればぴくりとも動かない鉄面皮に甘い煽情的な笑みを浮かべていた。
「甘美な痺れがじんわりと広がって………妾が妾ではなくなるような………これならばご満足……いえ、妾も、女として……っひあッ、んっ、んっ」
「……っ不知火」
酔ったような口調で微笑む不知火を前に男は理性の糸が切れるのを感じた。愛撫もそこそこに強引に唇を奪うと腰を突き出しては戻すピストン運動を開始する。ねちっこく接近させては、背筋を使い腰を戻し、奥に己を突き立てていく。ぱちゅんぱちゅんと響く水音を背景に、次は首筋へと唇を向け、皮膚に痕跡を残すべく吸い上げる。
「―――っつ……ぅぅ!? 首は跡がっ」
「いいだろ!」
「……ふふ、やはり大うつけもので……ぅあっ、あ、あ、ふぁっ!」
首を気にする不知火はしかし男が背中に手をまわして抱き上げる恰好すなわち男の足に座って抱き合う格好にされると、気にしてもいられなくなった。運動速度こそ遅いが密着しているせいか自分と相手が一体化したような感覚に陥る。
男が、ちゅ、ちゅ、と派手に音を立てて不知火の人間としての耳に吸い付く。耳朶を口に含み、舌を蛇のように使いながら愛撫して、頬に口づけ、返事も聞かずディープキスをする。男が唇を離すと、二人の間にかかった銀色の橋が崩落した。
頬を紅潮させ汗を一滴額から垂らした不知火が、息を切らせながら男の肩にしがみついた。
「やぁっん! 前後不覚、とは、このっ……ことで……やぁっ! んっ……~~~~~ッッッあ、あっ、あぅ、あぁあぁぁぁ……っく!?」
不知火の小さい体が弓のように限界まで縮こまると震えあがった。鼻にかかった嬌声が喉奥から絞り出され、体の痙攣と共に緩やかに小さくなっていく。
男はそれが絶頂であることを知ってか知らずか動きを速めた。
「すまん俺がまだだ」
「~~~、はぁ ぅあっ……! お好きなようにと、聞いていなかったっ……んっふぁぁぁああっ! ふぅ……ぁぅ」
この場に及んで挑発染みた言葉を投げられるのは流石としかいいようがなかったが、甘ったるい声で鳴き男の前でとろけ切った表情を浮かべていては説得力のかけらもない。
どくん、と奥底で白濁が吐き出される。何度も何度も征服するがごとく濃密な液体が小さな体内を満たしていく。男が最後の一滴まで絞り切らんと言わんばかりに腰を使い、擦り付ける。
「ふぁ……ぁ っ」
まだ足りない。情欲に燃える不知火のどこか虚ろな目を見て、男は体勢を変えた。
二人の戦いはまだ始まったばかりだった。
「………」
不知火が目を覚ましたのは翌日昼過ぎのことだった。目を開けてみると見知った天井があり、目線を落としてみると几帳面に整えられた室内が見えた。昨日のことが夢だったような感覚を覚えた。なぜならば布団は整っているし、自分は寝間着を着ているからだ。しかし腰のだるさや、腕やらに残された口づけの跡が昨日のことが現実だったと教えてくれる。腰が酷くだるかったし、体が追加の休息を求めていることがよくわかった。
結局いつまでやっていたのか忘れてしまうほど行為に没頭してしまい、ついには意識が飛んだようだった。ある瞬間から記憶がブラックアウトしていることからもそれは明らかだった。
不知火は寝間着のずれを直すと、布団から起きてリビングに素足でひたひたと歩いて行った。机にメモがあった。
『今日は休みにしておいて 飯 作った 服 からだ かってにふいて着替えさせた ごめん 秘書艦の仕事 綾波にたのんだかんしゃ しておいて』
大急ぎで書いたのだろう走り書きのそれを見て、不知火はふっと笑った。
「旦那様には妾がついていないとダメなようですね……」
男が簡単に作ったという飯―――やたらと濃い味噌汁の味見をして、その思いを強くしながら。
読みたいキャラ
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不知火をもっと書け
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エンプラさん
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ジャン・バール
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レパルス
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他の