夏だ。蝉が恋の歌を盛んに奏でる今日この頃、指揮官たる男は是が非でも妻を海水浴に連れて行きたかった。
妻の名前は不知火といい、法律上の区分では人間としての権利は与えられていても、人間ではなかった。セイレーンと呼ばれる高度な技術を有する侵略者の技術を応用して作り出された船舶少女すなわち兵器であり、一たび艤装を纏えば人外の力を発揮するのだった。とはいっても、男からすれば一人の女性で、それも最もいとおしいと思っている人物なのだった。
愛おしいものの水着姿を見たくない男がいるだろうか。いや、いるはずがない。そのことを提案してみたのだが、にべもなく断られた。
『海水浴……でございますか? はあ、もしかして“指揮官様”は大うつけで……もしかしなくても大うつけでございますか? 妾は船舶少女……わざわざ水を浴びにいかねども、海には頻繁に訪れますのに………』
これをどうにかして口説き落とそうとしたが、首を振るばかり。
姉である陽炎に相談したところ、
『ははーん。ぬいは日焼けすると真っ赤になって真っ黒になるからのう! 海水浴なんてものをして焼けた肌を見せたくないのであろうな。のう指揮官。そなた男であろう? ぬいはああ見えて押しに弱い! ガンガン行こうぜ! 作戦で口説き落とすのじゃ!』
とアドバイスを貰い、ゴリ押しで海水浴に誘うことにした。朝、昼、夕方帰ってきてから。そんなこともあり、ようやく不知火はこくんと頷いてくれたのだった。
眩いばかりの砂浜。駆逐艦の綾波、吹雪、雷、雷が並んで波打ち際に立っている。色気より食い気な重桜駆逐艦勢は、今まさに海に赴こうとしていた。
一方で年長者達は海ではしゃぐというよりもゆったりとした時間を過ごしたいのか、パラソル持参でゆったりと過ごすものが多かった。代表格はフッドであろう。真夏の炎天下というのにメイド服を着用し汗一つかいていないベルファストを横に従えリクライニング機能付きのシートに横たわって見事な脚線美を誇示するかのように足を組んでいる。多いというだけで、遊ぼうというものももちろんいた。その横で立つ赤い水着のプリンスオブウェールズは、ビーチバレーのためなのか、準備体操に余念がない。そしてスク水姿のシェフィールドが背後で体育すわりをして凝視しているのに冷や汗をかきながら青いセクシーな水着に身を包んだアークロイヤルが双眼鏡を手にあたりを見回していた。
「…………」
「わ、わたしはただくち……皆がおぼれたりしてないかを監視に来ただけだ。やましいことはなにもないぞ!」
「ゴミ……ではなくアークロイヤル様。不埒なことをすると、つい手が滑ってしまいますのでご注意ください」
シェフィールドは砲をちらつかせながら無表情で言ってのけた。指揮官相手にも害虫呼ばわりも辞さない修羅のような少女である。ロイヤルで一番ヤベーやつのアークロイヤルを前にしてもまったくブレなかった。
「浮き輪を膨らませる道具が必要である。アークロイヤルは、持っているだろうか」
表情こそ変わらないが、細く白い肢体を青い水着に包み麦わら帽子にバットにスイカという完全武装でヤル気まんまんなZ46がやってきた。傍らにはいつものボディスーツによく似た白いスクール水着を纏ったエルドリッジが立ってパラソルを抱えている。「えるどりっじ」と下手糞な文字で名前が胸元に描いてある。
「フィーゼ。それ、食べる?」
言葉足らずで舌足らず。艦隊一番の不思議少女エルドリッジが、フィーゼの艤装に引っかかっているスイカを指さして言った。休日なのになぜか艤装を装備している理由は単純に荷物を抱えきれないからということだった。
フィーゼは、スイカを割るために持ってきたらしいバットをぶんぶん振り回した。
「目隠しをし、盲目の状態にてスイカを殴打することにより中身を食べることができる。これは、高雄曰く剣術の鍛錬であり心身を鍛えることができるという。健全な精神は……」
「?」
興奮しているのか白い頬を赤く染めてフィーゼが早口にまくしたてる。高雄にスイカ割りを訓練かなにかと教えられたらしい。教える側も教える側だが、聞く側も聞く側である。
がエルドリッジはよくわからない言葉があったのか、首を傾げるばかりだった。
「殴る」
「殴る」
スッとバットをフィーゼが掲げる。普段の大人びた言い回しではなく、外見相応のシンプルな言い方だった。
エルドリッジが復唱する。アホ毛が!マークになっていた。
「食べられる」
「食べる」
「食べる」
「食べる!」
二人がぴょんぴょんし始めた。色気より食い気。花より団子のお年頃だった。
アークロイヤルはどこにあったのか浮き輪を膨らませるプラスチックのポンプを取り出し、フィーゼに渡す。
「感謝する」
「フィーゼ、いこ?」
「うん」
そうして幼い二人はぱたぱたと砂浜を駆けて行った。
「あぁ………」
ツーとアークロイヤルの鼻から血が垂れた。
「ここが天国か……」
「地獄に近いと思いますが……アークロイヤ……いえゴミ様」
「ゴミにランクダウンしてるぞ!!」
「ランクアップですが」
「おお、神よ……」
ピクリとも動かず体育座りしていたシェフィールドの冷たい言葉が響いてきたので、アークロイヤルはがっくりと肩を落として暇つぶし用に持ってきた雑誌を開いたのだった。
指揮官たる男が海水浴場に足を踏み入れたのは、勢力対抗ビーチバレー大会が始まったあたりでだった。
「おーやってるなァ」
「………よくもまあ、あのように童の如くはしゃげるものでございますね……」
「まあ、そうかもしれんが、実際子供な年齢のやつらも多いだろ。遊びたい盛りだから無理もない」
「船舶少女に年齢はあまり関係ないとあれほど……」
麦わら帽子。色の薄いサングラス。裾の長いシャツ(ようは男性用の)を水着の上から纏い更に大きいパラソルを担いだ不知火が男の隣に立っていた。肩の高さまで伸ばしている髪の毛は後ろで結ばれていて、眩いばかりのうなじが露出していた。
「脱がないのか? シャツを着るのも暑いだろ」
「は?」
男が言うと、不知火は威圧感たっぷりの声を返した。
不知火の視線の先にはロイヤルのレナウンとレパルスと、エンタープライズとクリーブランドが激しくボールを使って戦っている場面が映っていた。
不知火は運動が得意ではない。どちらかと言えば静かに茶を嗜みつつ本を読んでいるような女である。
「よっと! エンタープライズ、パース!!」
ボールを受けたクリーブランドが自信たっぷりの笑顔を浮かべてトスをする。青を基調にしたショートパンツタイプの水着を着ていて、白い肌と無駄のない肢体がよく映えている。クリーブランド級の姉妹たちがどっと歓声を上げた。
「この一撃にかける……終わりだッ!」
ボールを受けたエンタープライズはフリルのついた可愛らしい水着だった。すらりと伸びた足が眩しい。相手に反応する隙を与えぬ、強烈なアタックが敵陣目掛けて叩き込まれる。
「きゃあっ!? あっ、しまった! 姉さん!」
「任せろ! この日のために水着を新調したんだ!」
セクシーな際どいビキニに身を包んだレパルスが、その強烈な一撃を受けきれず尻もちを付く。
あらぬ方角に吹っ飛ぶボールをなぜか競泳水着を纏ったレナウンが追いかける。大方クソまじめで頑固で融通の利かないレナウンのことである。泳ぐのに一番ふさわしいだろう水着を買ってきたのだろう。海水浴なのに。それはともかく、流石は巡洋戦艦。ダッシュにかけては恐ろしく速かった。砂に膝をついて減速しターンしてボールをレシーブしようとする。
「ふぎゅっ!?」
「姉さん? 姉さーん!?」
躓いてこけてそのまま顔面から砂浜を滑走しなければ恰好がついたものの。
レパルスが悲鳴を上げてレナウンのそばに駆け寄っていった。
「Nice! Good job,エンタープライズ!」
「ああ! しかしレナウンは大丈夫だろうか……顔からいかなかったか?」
クリーブランドがぱちんと魅惑的なウィンクを飛ばし、手を伸ばす。
エンタープライズが心配そうな顔でそのハイタッチに応えた。
顔からいってエビぞりで止まっていたレナウンがおもむろに起き上がる。涙目でしかし大丈夫と言わんばかりに胸を張っていた。
「れ、れなうん! 各機能正常だ……」
「はいはい。修理の時間でーす」
救急セットをもっとヴェスタルがとことことパラソルの陰から走り出て行った。
「冷たい飲み物はいらんかねーにゃ。あっ指揮官と……なんだぬいぬいかにゃ。冷やかしならとっとと帰るがいいにゃ」
小柄に似合わぬクーラーボックスをリヤカーに積んで飲み物を売り歩いていた明石が、指揮官とばったり出くわした。指揮官の影に隠れるようにしている不知火を見ると、はあとあからさまに溜息を吐く。
「チッ。小娘が……」
「おっす。みんな元気でやってんなぁ、と思ってな。二本くれ」
不知火がドスの利いた声を上げる一方で、指揮官はリヤカーにくくり付けられているメニュー看板を見つめてサイダーを指さした。
「まいどありーにゃ。んで、二人はこんなところで何をやってるにゃ? まあ言わなくてもなんとなくわかるけどにゃ。これが世に聞くデートってやつだにゃ! ぬいぬいも隅に置けないにゃあ。あーうらやましいにゃー」
明石がにやにやと笑いながらサイダーを指揮官に渡す。口ぶりからして羨ましいとは思っておらず、商売敵の不知火を茶化したい気まんまんだった。
不知火は無意識のうちに指揮官の腕に掴まって、背後に隠れるようにしていた。彼女の横には火の玉が浮かび、周囲の空気の温度が十度は下がっている。虚ろで儚い光のない目が、夏の炎天下というのに絶対零度へと変貌していた。
「この恨み……晴らさでおくべきか………猫は大人しくクーラーのあたる室内で引きこもっていればいいものを……」
「ひっ」
ひゅーどろどろという効果音まで聞こえてきそうな声だった。
思わず身をのけぞらせた明石。不知火がにやりと口元を意地悪くゆがめる。
「くっくっく……」
「そこまでだな。じゃ、俺らは行くから」
また始まったとお天道様を仰いで待機していた指揮官が二人の間に割って入る。不知火の腰に手をまわすと、皆がいるあたりから少し離れた地点に歩き始めた。
「あ、指揮官。デート?」
「まあそんなところだ。阿武隈お前は……釣りか? 海水浴場で?」
「たくさん釣れそうな流れのいいところを見つけたんだ。指揮官も釣らない?」
道中、釣竿を担いだ阿武隈改とすれ違う。艤装を外し、普段の服装を取り払って花柄の南国風水着を着込んでいる。背面で紐を縛る形式のためか、食い込みが妙に生々しい色気を醸し出している。
男はひらりと手を振った。
「や、今日は家族サービスの日だからパスだな」
「妬けちゃうなあ。釣れたら指揮官にあげるね~」
ふああとあくびをしながら阿武隈が船着き場の方に歩いていく。マイペースが服を着て歩いているような阿武隈は、例え海水浴だからといって自分のペースを崩したりはしない。かと思えば先陣を切り、誰に言われるでもなく殿を務める勇敢な少女だから不思議だ。
「家族でございますか」
「妻だろ」
「そ、それは……そうでもありますが……しかし……その……」
「そこで照れるのか」
「は? 照れているように見えるとでも? ついに老眼が始まったのでございますか、それは残念で……」
などと口喧嘩?をしながら二人はちょうどよさそうなところに着くとビニールシートを広げた。
男はパラソルを広げると地面に設置し、ビニールシートを繕いアイスボックスを置いた。そしてサイダーを取ると、二本蓋をあけて一本は自分用に、一本を不知火に手渡す。
「お前ったらなんでそんなに不機嫌なんだ。シャツも脱いでくれないしさ」
「………妾は姉ぇのように元気溌剌というわけでもございませんし、戦艦のように起伏にとんだ体格もしておりませんし……“旦那様”がほかの女に目移りするのもしかたがないかと………水着という恰好だと肌も……」
不知火がぶつぶつと暗い顔で膝を抱えてサイダーを持ちながら呟く。もとより不知火という女は他者への評価も低ければ、自分の評価も低い女である。熾烈な毒舌からは想像もつかないくらいにネガティブな考えをしているのだ。
男は一気にサイダーを飲み干すと首を振った。
「ほかの艦隊だと何人にも指輪を渡してる指揮官もいるそうだが、俺は今まで一つしか渡してない。これがどんな意味か分かるか」
「………………………ところで、シャツを着ていても日焼けをするもの……日焼け止めを塗っていただければと」
するり、と衣擦れの音を立てて不知火がシャツを脱ぐ。黒いワンピースタイプの水着だった。貧相だと日ごろ自嘲しているであろう体は、少なくとも指揮官たる男には効果てきめんだった。雪のように白い艶やかな肌。ほっそり線の細い滑らかな脚線美。横にせり出た腰回りは、女として完成していることを伝えていた。慎ましい胸元をぐっと握った拳で隠すようにして、目線を落としている。
男は、それこそ舐めまわしてやりたかった。が、ここはほかの目もある。ぐっとこらえて、鞄を探って日焼け止めクリームのチューブを手に取った。
「はー………」
スポーツドリンクをガブ飲みしていたエンタープライズは、にじみ出てくる汗を手の甲で拭った。炎天下でビーチボールはなかなか体力的に続くものではなく、タッグを組んでいたクリーブランドは早々に切り上げて姉妹たちを引き連れて海に泳ぎに行った。
見ている先には、ほかの船舶少女そっちのけで指揮官が不知火の肩をもんでいる光景があった。
「うっ。力の加減という単語を旦那様はご存じで……?」
「こうかな」
「あっ………まぁ、そこそこでございますね」
「そりゃどうも」
顔を顰めながら肩を揉まれる不知火という絵は大変おかしなものだった。一通り日焼け止めを塗らせたあとは肩がこるから揉めと命じるのだから、これではどちらが指揮官かわからなかった。
その様子をじーっとエンタープライズが見つめていたが、ふっと口元を緩めた。
「これじゃグレイゴーストにも陥落は無理だな……さて、もうひと頑張りしてみるか!」
「ソロモンの悪夢、見せてやるぜ!!」
「佐世保の時雨よ! 佐世保の悪夢を見せてあげるわ!」
「いや佐世保に悪夢じゃ意味がわかんねーぜ?」
「う、うるさい!」
「さあ行くわよ貧乳まな板のお姉ちゃん」
「オイゲン! 誰がまな板ツンデレってんの!」
さあ、あの戦場へ! エンタープライズが走り始めた。
読みたいキャラ
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不知火をもっと書け
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エンプラさん
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ジャン・バール
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レパルス
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他の