★皆の日常(短編集/サノバウィッチ・千恋万花)
ある昼下がりに(和奏)
新居に引っ越してきてから2回目ぐらいの週末。先週は家具を買ったり、家電を買ったりと、せっかく引っ越してきたというのに家の周りを見て回る余裕なんてなかった。今日は、少し散歩してみようと和奏を連れて外に出た。
「ええと、地図だとこの辺りにスーパーがあって……」
「それはこっち、不動産屋につれてこられたときに見ておいた」
お散歩、と言ってもこれから二人で暮らす土地を見て回る以上、結局生活に直結した施設の確認は多くなる。家の近くのスーパー、ドラッグストアや病院、ただのんきの散歩をしたかったというのは嘘ではないが、こういう施設は先に場所を把握しておくほうがお得というものだ。
新年度が始まったあたりで、今までの半同棲からいよいよ本格的な同棲へと切り替えた。もともと住んでいた家の中間地点あたりで良さげな家を見つけ、これから子供でも生まれない限りは当分ここに住むだろう。
まだ4月に入ってすぐ、ということもあって川べりに咲くたくさんの桜を眺めつつ、和奏と手をつなぎ歩く。もう交際を始めてから結構な年月が経ったものの、二人で並び歩くこの時間が一番好きだ。お互いの好きには、この青空のように一点の曇りもないつもりだけれども、こういった時間を取らないといつの間にか手から離れて行きそうで。
「……どうしたの、柊史」
「いや、なんでもない。それより、他に見たいところとかないの?」
「うーん、あとはとりあえずいいかな。それより、この川沿いをもっと歩いてみたいな」
もしかして、オレの不安を見透かされていたのだろうか。心なしか、手が汗ばんできてしまっていたような気がする。軽く拭いたいくもなってきたが、今ここで手を離すのもそれはそれで不思議に思われてしまいそうだ。
「ねぇ柊史、そろそろアタシたちも結婚とか、考えたほうが良いのかな」
「それは……まぁ。そっちの親はなにか言ってるの」
「別に、高校の時からずっと付き合ってるってのは知ってるし、いまさら驚いたりはしないんじゃないかな」
「オレもそのへんは大丈夫そうかな。もともと親父は『保科家はここで断絶だ』とか言ってたぐらいだし」
「高校の時の柊史だったら、そうだったかもしれないね」
「そこは否定しろよ」
うひひ、といたずらっぽく笑っている和奏を見たら、それ以上の追求はできるわけもなく。土曜の昼下がり、これから長く続く穏やかな日々を予見させるかのような陽気に包まれ、散歩を続けることにした。
混乱は突然に(芳乃・茉子・ムラサメ)
「芳乃様、商店街の景品でこれ、当たってしまったのですが」
混乱は突然に、もともと非日常だったこの家だが、騒動が収まってようやく日常が戻ってきた朝武家を一変させる出来事が起こってしまった。もちろん、これまでのような混乱ではない、むしろ喜ばしい変化だが。
「茉子、これは……?」
「プレステじゃん、まさかここの商店街でこんなものを景品にするなんて」
「あれ、有地さんはご存知でしたか」
元はと言えば都会の人間だ。前行っていた高校でも、このゲーム機の存在ぐらいは知られていたしクラスメイトがその話をしているのも聞いたことはある。ただ、こっちに来てからそういうものとは縁遠い生活を送っていたものだから、頭の片隅に追いやられていた。
「ゲーム、って言われてもワタシが思いつくのは将棋とか、囲碁とか……あっ、あとは正月に親族が集まって花札をやったり」
「ちょっとストップ、これはテレビゲーム機だから……まぁ、話すよりもプレイしてみるほうが早いか。ちょっと貸して」
最近のゲーム機は配線も簡単になっているようで、2つ3つほどの配線をササッとセットするだけですぐに起動できるらしい。電源ボタンを押すと、機械音とともにテレビに映像が現れる。
「お、お、お主、もしや奇術師の類か?」
「これはそういう機械だから、驚かないで」
いつの間にやら現れたムラサメちゃんがびっくりしてこっちを見てくる。ここの二人はテレビもスマホも使いこなせはしなくとも、多少の知見はあるわけで大げさな反応はない。
「あと抽選で一緒になにかもらってない?」
「あー、これなら」
手渡されたのは少し前の格闘ゲーム。ちょうどいい、これなら皆で楽しめそうだ。ディスクを取り出し、本体にセット。自動再生からメーカーのロゴが現れ、そしてスタート画面になる。
「よし、これでOK。誰かプレイしてみる?」
「そ、それじゃワタシが」
取ってきた本人、ということもあってかちょっと食い気味にゲームを始める常陸さん。とはいえ初めてゲームを触った人間にはハードルが高かったのか、設定難易度を下げたCPUにすら完敗を喫している。
「くっ……現実なら負けることはないのに」
「いやそういうゲームじゃないから」
「それじゃ、今度は私が」
そしてコントローラーは朝武さんの手に。見るからに機械に疎そうな感じだが、待っている間に説明書を読んだのか、その動きは機敏であっさりとクリアしていく。穢れとの戦いの経験値、というのは冗談として、まさかこんなに上手にこなすとは。
「あっ、このっ……ううっ、負けちゃいました」
「初めてなのにここまで進めただけで十分うまいよ」
「おや、君たち……これはまた懐かしいものを」
「もしかしてご存知なんですか」
「ご存知も何も、昔は僕もこれのためにゲームセンター通いをしてたことがあってね……まぁ、神主の資格を取るために勉強していた頃の話だけど」
なるほど、血は争えない、ということか。日常にも張り詰めていた糸が解けて、ようやく皆で楽しめるようになったこの時間が嬉しく思えてくる。ところでゲームをプレイできないムラサメちゃんは、というと画面でキャラクターが動くのを見るだけでも満足しているらしい。なんとかして入り込めないものか、などと言っているあたり、結構ハマりこんでいるようだ。
「まさか芳乃様に負けるだなんて……くっ、もう一回!」
「まさか、って何よ、もう一回打ち負かしてみせるんだから」
結局その日は寝食も忘れてずっとゲーム機にかじりついていた。特に二人がムキになって戦っている様子は普段から想像できるわけもなく、傍から見ていても面白いばかりだった。
この形式、ササッと書きやすい割に140字以上に展開を考えなきゃならないので楽しいですね。また色んなヒロインで思いついたときに書いては公開することにします。