夜中、お酒、何も起こらないはずはなく。
当然のことながら最新作なのでネタバレ注意です。
慣れない夜更しにも慣れてきた城門さんとはいえ、それなりに無理をしていたらしい。早々に寝室へと引き上げていった彼女を見送り、自然と部屋には俺と茨木さんの二人だけが残る。この前の宣言も、その眠気の前には無力だったのか。俺たちがまだ夜更ししようとしているのすら咎めることなく、彼女はあっさりと部屋へと退いていく。
「ようやく二人きりだね……なんて、私が言ったら変か」
「状況的には、間違いないな」
今日は定休日、普段ならもう少し遅くから始まる晩酌も前倒しで始まる。棚から取り出した焼酎を、氷が積まれたグラスへと注ぎ込んでいく。トクトクと響く音に惹かれるものが無いといえば嘘になるが、彼女に言わせてみればあの時飲んでいたものよりも遥かに度数が高いと言うのだから、手を出すのはまだ怖い。
そのままリビングに戻ってくるかと思いきや、彼女はちらりとこちらを見てから冷蔵庫を覗き込む。ゴソゴソと少しの間物音が聞こえた後に、彼女の手にはパステルカラーの缶が握られていた。
「ほら、ちょっとは飲めないと困るでしょ」
「これは」
「あー、この前みたいな度数強めのじゃないから。お酒慣れたいならこのぐらいから始めるほうが良いと思って」
缶の下側にしっかり書かれた酒の文字、嫌な記憶が頭をよぎり、そのままプルタブを引くか逡巡する。しかしせっかく誘いを断るほど無粋なことは出来るわけもなく、恐る恐るプシュッと封を切る。そのまま口に流し込もうとしたその時、彼女はそっとその手を握って静止してきた。
「せっかく飲むのに、勝手に飲み始めるのはマナー違反」
「そうなのか」
「ほら、そのまま持ってて」
コツン、と当たるグラスの感触。そして彼女が小声でささやく乾杯の声。世間の知識にも少しは詳しくなってきたつもりとはいえ、伝聞で知っていたこの行為を経験するのは初めてだった。
「ん、乾杯」
「乾杯」
恐る恐る口へと中身を注ぎ込む。勢いよく行ったおかげでむせそうになるが、あのときのような苦さや苦しさとは無縁の、甘くジュースのような味わいが満ちていく。一度口を離して、缶のパッケージをまじまじと見つめる。
「……うまい、お酒ってこんなに美味いんだな」
「いきなりストロングを飲んだ人が何言うんだか。慣れないのに無理して嫌なイメージつけたらダメでしょ」
柔和な笑みを浮かべる彼女、とはいえ口から溢れるのはどこか呆れ混じりの笑い声。やはり、あのときの愚かしい行いは彼女の中でも十分笑い話になっているらしい。
ゆっくりと飲み続ける。いくら度数が低いとはいえ、勢いよく飲むのは良くないと彼女は時折俺を制止してくる。分をわきまえたつもりの俺だったが、それでも彼女にとってはまだ危なっかしく見えるらしい。
一方の彼女はその杯をすでに何度か空にしていた。いつしかリビングに焼酎の瓶を持ってきて、手酌でまた飲み続ける。こういう時は一方が酌をすべきだと聞いていたが、彼女は頑なに拒んでいた。
「私のことなんか気にしなくていいのに」
そう言いながら、彼女はまた自分で瓶からグラスへと注ぐ。カランと音が鳴り、溶ける氷は静かな部屋に心地よい音を響かせていた。
「そういえば、もう私の体は自分だけのものなんだよね」
「元々自分のものじゃないのか」
「それはそうだけど……借り物というか、共有物というか? 正直良くわからない」
長い間奇妙な同居生活を続けていたおかげか、彼女の中ではまだ違和感があるらしい。寝て起きても自分以外の原因で胃が重たくなることもなく、理由不明の筋肉痛に悩まされることもない。もっとも、その筋肉痛のお陰でこの体型が維持されていた……なんて言ったらたちまちにそっぽを向かれてしまいそうだが。デリカシーを学ぶ機会が無かった俺でもそのぐらいの配慮は出来るつもりだ。
「今、とっても失礼なこと考えてた」
「何も考えてない」
元々無表情なはずの俺だったが、茨木さんとの生活もそれなりに長くなってきたおかげか僅かな違いを見抜かれてしまう。出来るならば前のような無表情に戻りたい、今だけはそう思ってしまう。
「それより、自分だけの体ってことは……」
「何を」
グラスを机に置き、ソファに座る俺の隣へと寄ってくる。急激に近づく距離、肌はほんのり紅潮して、表情にもどこか色っぽさが見える。思いもしないその様子に、俺はたまらず息を飲んだ。
「つまり、伊吹君と何してもいいってことだから」
突然重ねられる唇。すでに相当の量を飲んだ彼女の口から溢れる吐息にはアルコールがまじり、それでも拒否なんてできるわけもなく。気付けば舌が絡み、口の中を吸われるような情熱的なキスが始まる。あまりに突然の出来事に脳が停止し、ただ茨木さんの好きにされる俺がそこにいた。
「んんっ……ねぇ、"この先”も気にならない?」
彼女の言葉が何を意図するか、回らない頭でもそのぐらいのことはすぐに思いつく。明確な答えを返せないまま、彼女の体が俺の上へとのしかかる。ソファに押し倒され、また頬を撫でられながらキスが続く。
「だから、分かってるよね」
「俺は、その、どうすれば」
「ちょーっと待った!」
ドタドタと階段を降りながら叫ぶ声。その主が城門さんで有ることは明白だったが、彼女の表情もまた紅潮して、もはや怒りに近いような形相をしていた。
「あれ、起きてたの」
「そうじゃなくて、ボクを差し置いてそんなオトナの時間なんて許さないよ!」
これから続く行為の意味を彼女も十分に理解していたのか、強引に俺たちの間に割って入ろうとする。邪魔が入った今、茨木さんとはいえそれ以上の行動を起こすことはできず、ソファに転がされた俺をそのままに上体を起こして城門さんへと向き直る。
「宣戦布告はしたんだから、恨みっこなし」
「それとこれは別だよ!」
倒れた俺は動けるわけもなく、ぼんやりとした頭でゆっくりとやってくる眠気に意識を委ねる。突然のことに頭はキャパオーバーを迎え、そして彼女から移されたアルコールが一気に回ってくる。気持ち悪さは不思議とないが、それでも体を起こすほどの気力が沸いてくるわけもなく。
「そんな手に出るなら、ボクにも考えがあるんだから」
「そっ、ならどっちが先かの勝負」
当分寝られない夜がやってくるのではないか、ぼんやりとした頭でもそのぐらいの想像はできた。