一度書かなくなると筆が乗らず......の悪循環ですね。がんばります
空は漆黒に染まっているというのに、辺りは煌々ときらめくようなこの街。突然の依頼にしてはいささか多すぎたものの、太客とあっては断るわけにもいかず。あまりの量に茨木さんにも着いてきてもらうことになった。
「重たくない?」
「このぐらいなら平気だよ」
両手が塞がっているとはいえ、嵩張るだけでそれほど重みは感じない。それ以上に足元に気をつけなければ。比較的明るいエリアとはいえ、少し路地に入れば街灯の数はまたたく間に減る。後ろの彼女も同じように足元をじっと見ているようで、俺は少しだけ歩くペースを落とした。
路地を抜けると今度は人混み、行き交う人々にぶつからないようスルスルと抜けていく。ようやく人の少ない通りまで出てきたところで、荷物を置き少しだけ休憩に入った。
「ちょっと休憩しよう」
「ふぅ……。やっぱりちょっと遠いね」
荷物をそこに置き、空を眺める。手持ち無沙汰なときに外を眺める程度ならあったけれど、こうして見上げることは思えば少なかったかもしれない。明るい街の中だと星なんて見えそうにないけれど、月だけははっきりと、それも光り輝いて見える。
ゆらりと隣の人影が揺れる。暗い夜でもはっきりわかるほどに白いその顔もまた、一緒に空を見上げていた。俺に釣られたように見上げる彼女を目の端に捉え、どこか見惚れてしまう。
「満月って、こんなに大きかったっけ」
「さあ、俺にはわからないな」
比較対象を持ち合わせていない俺にはそれ以上の答えが出せず、素っ気ないと分かっていてもそれ以上の答えは出せない。どこか期待はずれだったかのようなため息をついた彼女が一度こちらに向き直り、しばらくしてからまた空を眺める。
「そういうことが聞きたかったんじゃないけど」
「そうか」
あまり長い休憩を取っていては怒られる、なんてことも考えつつ。それでもこの瞬間がもう少しだけ続けばいいと思わずにはいられない。そんな未練を断ち切るように荷物をまとめ、一気に持ち上げて店までの道を進もうとする。
「あっ、ちょっと待って」
「遅れたらお客さんに迷惑がかかるから、早く行かないと」
「だから、そういう話がしたいんじゃなくて」
彼女の未練がましい声は、今はあえて聞かないでおいた。
店にたどり着き、商品を手渡す。外の暗さほどではないが、手元がはっきりとは見えないほどの暗い店内。ぼんやりとした輪郭とその手触りでお代を確かめ、そしてポケットに突っ込む。
「さて、仕事は終わったわけだけど」
「まだ勤務時間じゃないのか」
早いところ店に戻って、続きの仕事に取り掛からなければ。そんなことを思いながら道を歩いている俺の背中に、ふいに当てられる柔らかいもの。何も知らない俺でも、その意味ぐらいははっきりと分かってしまった。
弱々しい拳の感覚が遅れて伝わる。あの夜から俺たちの関係は中途半端で、曖昧なまま。お互い口には出さないものの静かな戦いの幕開けを見てしまい、そしてまさに挟まれたまま。
「少し寄り道して帰るか」
「ん。そうしよ」
ふらりと立ち寄ったコンビニでお茶を二つ。じんわりとぬくもりが手のひらから広がっていった。壁にもたれかかって、またふと空を眺めてみる。
ひときわ大きな月、自然と口からは感嘆の言葉が漏れる。決して深い意味を込めたつもりはなかったけれど、彼女と見る月に対して抱く感情に偽りなんてなかった。
「月、きれいだな」
「……そう」
ちらりと横を見ると、目をそむけ暗闇でもわかるほどに顔は紅潮している。少し距離を詰め直し、そして肩に手を回す。一瞬身を固くするのを感じたけれど、すぐに彼女は俺に体を委ねてきた。
しばらくして、彼女のそばから離れる。隣にあったそのぬくもりが口惜しいけど、こうして油を売っていては店に帰って何と言われることやら。茨木さんもそんな意図を察したのか、そそくさと帰り支度を始める。
「答え、まだ聞いてない」
その言葉に込められた意味がわからないほど、俺も鈍感ではない。すぐに答えは出ないと思っていたけれど、このままにしておくわけにもいかないと振り向き、口を開こうとしたとき。
「いや、やっぱりなし」
「……良いのか?」
「早く帰らないと、仕事もまだ残ってるんだし」
あからさまなごまかしではあったけれど、こうしてまた俺の答えは先延ばしになる。
「抜け駆けなんて、やっぱり無理」
つぶやいたその言葉は、あえて聞かなかったことにしておく。