和奏ちゃんと結婚するお話です。
元にしたイラストはこちら、文。さんの和奏ちゃんです。
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先を歩く彼女が振り返ってオレを見つめてくる。顔に何かついている、なんていう古典的なギャグをやる気はなかったが、それでも彼女が首を軽くかしげるところを見るに、何か言いたいことがあるらしい。
「柊史、どうしたの」
「別に、特に何もないけれど」
「ウソ、だってさっきから柊史がソワソワしてるし」
落ち着かないのは事実だ。なぜなら今いる店は一生で何度入るか分からないような高級店。目の前には桁がいつも見るものと2つどころじゃないほど違う商品たちが並んでいる。店員はキッチリとした正装といった様子で、こちらの動きを一挙手一投足見られているような気分になってきた。
「そりゃまぁ……一生モノだし」
「確かに、柊史が慎重になるのもわかるかな」
目の前に並ぶのは指輪。しかもそれは2つセット。つまり、オレたちの結婚指輪を二人で眺めている。一生で一度、一番好きな人に贈るためのものを前にして、緊張せずにはいられなかった。
「でも、そんなに緊張してるのを見たら……アタシまで緊張してくるよ」
「ごめん、でも一生に一度だし」
「それって、浮気はしないって事だよね」
「そりゃもちろん」
意地の悪そうな笑みを浮かべて質問してきた和奏に、当然だと返す。それに満足したのか、いつもの快活な表情に戻って、そして一緒にショーケースに並ぶリングを眺めていく。
思えばここまで長い時間がかかった。きっかけは小学校での出会いだったなんて、当時のオレに言ったらどんな顔をするだろうか。それでも和奏は、オレと再び出会って、そして一緒に歩んでいく事を決意してくれた。人の心を大まかながら読めてしまう、そんなオレの能力もすべて受け入れてくれた和奏なら、これからも一緒に歩んでいける。そう思えたから今こうやって、二人で結婚の準備を始めている。
「柊史、これ結構良いね」
「これならデザインも良くて、装飾過多な感じもしないな」
「うひひ、柊史も気に入ったんだ」
「それなら、コレにするか」
好きな人と、何かを共有するという瞬間の幸せさはオレも和奏もよく知っている。あのハロウィンの演奏のとき、二人で同じ音楽という趣味を共有できたこと。それが今のオレたちにつながっているのだとしたら、今の瞬間もまた、その延長線にあるのだろうと思えた。
自分の好きな人と一緒に過ごす時間。それがどれだけ幸せなものか、あのときのオレは全く知らなかった。それでも、和奏はオレを見捨てることなくずっと追っかけてくれて、それが結実したあの日。ステージの上での告白をこっぴどく断り、それから再度の告白なんて本当に和奏らしい。
これからも、和奏となら幸せな家庭を築いて、そしてどんな困難でも乗り越えていける。そんな気がする。それが決して自信過剰ではないことは、すでに長い間の交際期間が証明している。
「すみません、これお願いします」
「かしこまりました」
「あとは……結婚式はどうしよう」
ウェディングリングを買いながら、今度は結婚式の話題に移る。さほど交友関係が広い方ではなかったが、それでもあの学院で濃密な関係は築けていたと思う。とりあえず、海道を呼んで、あとは部活の人たちも招待して……そんな大規模にはならないが、それでも楽しい式ができそうだ。
「ちょっと、柊史?」
「ん、あぁ、結婚式に海道とか、部活の皆を呼んだら楽しそうだなって」
「そうだね、いっそ司会は海道に任せちゃおうか」
「それがいい」
オレたちが交際を続けている間も、幾度となく海道と三人で遊んだ。アイツはアイツで、好きな人を見つけたのか何度もアタックし続け、結局相手の根負けを誘ったというのは笑うべき所なのだろうか。まぁ、ある意味海道らしいと言えるが。
「それなら、ついでに海道の奥さんまで呼んじゃえば」
「丁度いい、アイツの口から聞き出せないなら、こっちから呼び出して……」
「……柊史、今とっても悪い顔してた」
「あっ、バレた」
まぁ、それでもオレたちの間柄に海道を欠かすことはできないだろう。それはオレたちが付き合い始めたり、結婚したりと、色々関係性を変えても同じ事だ。きっとこれからもオレたちの親友として、ずっと付き合っていける。そんな安心感がある。
「こちら、ご用意しました。お支払いは」
「カードでお願いします」
「かしこまりました」
そして決済を済ませる。決して安くない買い物だが、和奏との結婚生活の記念すべき第一歩だ。少々の出費は惜しまない。
「ありがとうございました」
店を後にし、二人の家へ向かう。お互いに働き始めたタイミングで始めた同棲は、最初の間は多少なりとも衝突や齟齬があったが、それでもお互いの本心を隠すことなく打ち明けあって、結局元通りの関係に戻ることを繰り返してきた。
帰り道、手をつなぎながら夕暮れ時の道を歩く。彼女の顔は充実感に満ちていて、傾いた日からもたらされるオレンジ色の光に染まってより魅力的に見える。付き合い始めたときからわずかに背が伸び、そして体つきもより色っぽくなった。決して元の和奏に魅力がなかった、というつもりはないが、それでも歳を重ねたことでその魅力が増したことは言うまでもない。
「和奏」
「どうした、柊史」
「……好きだよ」
「ちょ、えっ……もう、バカ」
彼女の頬が更に朱く染まる。影になってもしっかりと分かる、白い肌が朱く色づいていく様は幸せの象徴とでも言うべきか。本当に、和奏と付き合っていてよかった。こんなに、幸せな瞬間を経験出来るなんて。
「アタシも、好きだよ。柊史」
「和奏……」
気づいたらその小さな体をしっかりと抱きしめていた。周りには買い物客もチラホラといるが、そんな事は些細な問題だ。今は、和奏にひたすら愛を伝えたい。その最たる表現が抱擁で、キスだと思った以上、どんなところであってもしっかり、その感情を伝えなければ。
口の中に一瞬だけ酸っぱいものが流れ込むが、すぐにそれはメープルシロップのようなネットリした甘さに変わる。一瞬の戸惑いの後、和奏がオレの行動を受け止め、目を閉じ幸せそうにしている。
「……もう、外でそんな事しないでよ」
「ごめん。和奏が可愛くて」
「そんな事言って……バカ」
「またバカって言った」
「だって柊史が……もう良いよ」
ちょっと拗ねてみせた和奏がそそくさと足を早めていく。その仕草、表現がすべて愛おしい。遅れないようにオレもその後をついていくことにした。
家に帰り着き、そして今日買ったリングを二人で確認する。ショーケースに並んでいたときの輝きは、家に帰ってもなお保たれていて、本当にオレたちがそういう中になれたという事を実感する。そして、一つをケースから取り出し、和奏の薬指にそっとはめた。
「……うひひ、ありがと」
「似合ってるよ」
「ほら、柊史も」
急かされるまま、オレも和奏から指輪をつけてもらう。お揃いのその指輪がお互いの指で輝くのを見て、二人で顔を見合わせ笑う。今日は、オレたちの関係がまた一つ前進した特別な日。これからもずっと、一生、和奏と添い遂げよう。そう改めて決意できた日だった。