それはそうと、夏コミでの合同誌ではムラサメちゃんがでます。実はこの小説に伏線は......いやないわ。
ともかく、これが5月最後の通常更新小説になります。来月からは250/月コースのみになるので、もし興味のある方はそちらに登録していただけると僕が泣いて喜びます。
余談ですが来月は誕生日です(ダイレクト乞食スタイル)
★憧れ(ムラサメ)
目下のところ、彼女との関係は順調だ。ムラサメちゃん―結局学校でもその呼び名が一般化してしまった―は学院にも馴染み、今では小春のクラスでちょっとしたお化粧の話とか、あるいは都会の流行りとか、そんな今風な話にも馴染みつついる。時折、友人の親が抱える恥ずかしい話を引っ張り出しては、ちょっとした騒ぎを起こしているみたいだが、概ね平和な学院での生活を送れているようだ。事実、今日も朝からムラサメちゃんのテンションは上がっりっぱなしなのだから。
「ご主人、早うせい! 吾輩は待ちくたびれたぞ」
「はいはい、学校は逃げないから」
「それにしてもムラサメ様は、本当に学校が気に入っているんですね」
「吾輩の時代には考えられなかったことじゃからな。同年代の若者が、同じ学び舎できちんと教育を受けられる。それだけでも素晴らしいことじゃ」
「でも、ムラサメ様の目的はそれだけじゃないですよね」
「こら、芳乃。余計なことを言うでない」
同じ人達と長い間学校生活を送ったふたりと、転校生とはいえもう慣れきった俺、そして学校というモノに初めて通うムラサメちゃんのテンションには大きな開きがある。もちろん学校は好きではあるが、流石に今のムラサメちゃんほどのワクワクはない。
「それにだいたい、我輩はもうムラサメではないのじゃぞ? 戸籍の上では……」
「戸籍的には安晴さんが養子にとった扱いになるので、朝武綾というのが正しい名前になりますね」
「ということは、もしや我輩は芳乃の妹ということに」
新たな事実に気付いてしまった俺達は、みな顔を見合わせ、少し考え込むような素振りを見せる。しかし、そんな空気はすぐにムラサメちゃんの笑い声でかき消されてしまった。
「わはは、我輩が芳乃の妹か、それは結構なことじゃ。姉の弱みをたくさん握った妹となれば、それも悪くない」
「なっ……ムラサメ様、よもやそんな悪巧みを」
ちょっとムキになってみせる朝武さんの様子からして、ムラサメちゃんは少なからずそういった弱点を握っているのだろう。常陸さんも苦笑いしていることだし、何かの機会に一度、どんな弱みなのか聞いてみたい気もする。
「冗談じゃ、冗談。ただ、そうじゃな……芳乃が我輩をちゃんと妹扱いするなら、この秘密は墓場まで持っていくことにするかの」
「妹、ですか」
言われて朝武さんは黙り込む。今までそういった存在がいなかった以上、そういう扱いをしてほしいと言われたところで例がない。常陸さんはむしろ姉というべきたくましさで、俺はそういう対象ではない以上、朝武さんにとっても初めての挑戦だ。
「わかりました……。この朝武芳乃、全力でムラサメ様を妹として迎え入れる所存で」
「そういうのが、まず妹として受け入れきれてない証拠だと思うんですけどね……」
他人事な常陸さんは、その二人のやり取りを少しばかり冷めた目で見ていた。この新しい関係性を受け入れきれていないのは皆同じだ。俺とムラサメちゃんはこうなる前から付き合っていたおかげで、イマイチその変化に気付き切れていないのだろうと思う。だから、他の人の反応にいちいち驚くのではなく、俺達も楽しんでいくぐらいのつもりで皆に合わせていこう。
昼休みになるとまっさきにムラサメちゃんは俺のもとへやってくる。当初は物珍しさからムラサメちゃんを取り囲むようなグループも形成されていたものの、今では仲のいい友達が周囲にいる程度で、良くも悪くも落ち着いてきたというべきなのだろう。
「ご主人! お昼じゃ、ようやく茉子の弁当が食べられるぞ」
「こらこら、はしゃぎ過ぎだって。上級生のクラスに来る時点で結構な目立ち方をしてるんだから」
「何を、吾輩はご主人よりおおよそ500年ほどは」
「だからそういうところだって」
意外と頑固なところは今も変わる気配がない。こんな狭い町では、ムラサメちゃんの出自は公然の秘密だ。まぁ、本当にバレたくないならムラサメという名前すら使わないように徹底させていただろう。おかげで町の人間からしたら、今まで穂織の町を守り続けていた現人神が突然ふつうの女の子を目指し始めたのだから。正直、そんな状況が少しばかり誇らしくもあり、そして嬉しい。もちろん多少の嫉妬もあるが、それでも彼女が皆に受け入れられて本当に良かった。
「そんなことより、今日の弁当じゃぞ」
「そう言えば、ムラサメちゃんは料理とかは興味ないの」
「吾輩は……その、興味はあるが、茉子の邪魔をするのも悪くてな」
「ワタシは別に、ムラサメ様がしたいならいくらでも」
「そ、そうか。それなら、ちょっとコレが作ってみたくてな」
ゴソゴソとカバンから取り出されたひと束の書類。文脈からして、おそらくはレシピかなにかのたぐいだろう。ちょっと覗き込んでみようとすると、前にされたようにパシンと頭を叩かれてしまった。
「こら、勝手に覗くでない」
「だって、気になるから」
「有地さん、そういうのはダメですよ」
「それに、ワタシがついている以上、心配は御無用です」
ふたりの凄みに気圧され、その場は渋々引くことになった。ここは乙女の結束力というところか。そこからは作戦会議を始める彼女と常陸さんがヒソヒソ話をするのを見つつ、手早く弁当を食べていく。
「それじゃ、俺はちょっと散歩してくるから」
「また放課後じゃ」
今日ばかりは彼女たちだけにしておいたほうがいいだろう。適当な理由をつけて教室から離れる。そこで同じように所在なくぶらついている廉太郎とかち合わせた。
「よっ、どうしたんだ。いつものように彼女とランチデート、なんてやってると思ったんだが」
「デートも何も、常陸さんや朝武さんもいるから」
「うわっ、嫌味かよ。彼女に加えてそのふたりなんて浮気し放題じゃないかよ」
「お前、本気で言ってるのか」
そんな日は一生来ないだろう。第一、そんなことをしようものなら俺の命がいくつあっても足りそうにない。それに、もう親にも紹介したんだ。俺達はこれから二人で家庭を築く話だってしている。
「冗談だよ、冗談。流石にお前がそんな軽い男には見えねぇよ」
「そりゃお前と違ってな」
「やっぱ一発殴らせろ!」
それからは廉太郎と意味なく校内で雑談に興じていたら昼休みが終わってしまった。それにしても、ムラサメちゃんの料理か。どんなものが来るのか楽しみでならない。
その日から、ムラサメちゃんの猛特訓が始まった。朝は俺が鍛錬してたときよりも早く、夜は食後に、ほぼ毎日のように常陸さんと料理のトレーニングをしている。楽しげな声が聞こえてくるが、邪魔するのも悪いので影からこっそり見守ることにした。
「将臣くん、最近あの二人は大丈夫かな」
「まぁ、正直なところ俺にもわからないですが」
「食費とかはあんまり気にならないけれども、根を詰めすぎてないか心配でね……」
確かに、この二人の様子を見ているとそういう心配もしたくなる。安晴さんからしても、今のこの状況は少し不安の種になるのだろう。それにしても、ムラサメちゃんが作りたい料理ってなんなのだろうか。前に一度ぐらい聞いておけばよかったか。
「その点は、常陸さんもいますし大丈夫でしょう」
「そうかい、まぁ、君がそう言うなら多分そうなんだろうね」
どことなく安心したような顔で去っていく。ちなみに、ふたりの特訓には朝武さんは一切関与していないようだ。もともと料理の習慣がなかったわけだし、人に教える場面には不適と判断されたとしても仕方ないのだろう。おかげで、リビングにはほんの少しだけ膨れ顔の朝武さんがいる。
「あっ、有地さんでしたか」
「この時間に自室戻ってないのは珍しいね」
「やっぱり二人がちょっと気になってしまうので」
気になる、と言ってみたものの実際のところは混ぜてもらえなかった不満感もないわけではないだろう。事実、その言葉の端々に刺々しいものを感じずにはいられない。
「それにしても、この前のレシピって何だったの」
「それは……流石に私から言うわけにはいきませんね」
まぁ、ムラサメちゃんのことだ。おそらくパフェやプリンみたいなものだろうか。今なら俺のてを借りなくても好きなものが食べられるのだから、そういうところでは存分に好きに生きてほしい。
「まぁ、こういう自由があるのはいいことだよね」
「はい。私も、ムラサメ様ほどではないにせよ、こんな平和な時間が遅れるなんて思ってもみませんでしたから」
いかんいかん、これでは老夫婦かなにかの会話だ。別に浮気とか、そういうつもりはないがここまで老け込んだ会話をするほど、俺達はまだ歳をとっていない。しばらくして、台所から二人が出てくる。見慣れないエプロンを身にまとったムラサメの姿は、新鮮で少しドキドキしてしまった。
「あれ、芳乃様。それに有地さんまで」
「どうしたんじゃご主人。もしや吾輩がいないと寝られないなんて……」
「いやそこまで子供じゃない」
「ほう……それなら、明日からは別の部屋で寝ることにするかの」
「……ごめんなさい、私が悪かったです」
動揺した胸の内を透かされているようにからかわれる。まぁ、事実ムラサメちゃんが気になって自室に戻る気になれなかったのは俺も朝武さんも同じだ。
「そうじゃ、一つ言っておかねばならぬことがある」
「ん、何でしょう」
「明日は遠足に行くぞ」
突然の遠足宣言に、俺達はぽかんと顔を見合わせる。ドヤ顔で宣言したムラサメちゃんと、その善良な付き人である常陸さんだけはそんな俺達を眺めて、ニコニコだ。
「遠足……って言ってもどこへ」
「もちろん決まっておろう、あの山じゃ。もう穢れはおらん上に、昼間なら何事も無かろう」
「まぁ、それもそうだけど」
突然の宣言で、皆で出かけることになった俺達だが、そういえばムラサメちゃんが人の姿に戻ってからこんな機会はなかった、なんてことを思い出し、これも悪くないな。なんて思った。
そして、翌日。俺が起きる前に皆起きてきていたようで、軽く顔を洗い着替えをすませたらすぐに出発の時刻になった。なんでこんな朝早くから出かけるかと言うと、夜はここで宴会があるからだ。若いものは準備に駆り出される以上、朝ごはんも食べずに出かけるぐらいじゃないと時間までに帰ってこられない。
「本当に、これで大丈夫なのか」
「大丈夫ですよ。ムラサメ様が頑張っていたことはワタシが保証します」
「そ、そうか……。それなら良いのだが」
道中、先導する二人のひそひそ話がちょくちょく聞こえてくる。一体何の話をしているのか、未だ見当はつかない。
「そうじゃな……このへんで良いか」
「皆さん、今日は朝ごはん抜きでしたし、ここで一旦食事にしましょう」
「そうね、何も食べずにここまで来るのはちょっと大変だったわ」
そう言いつつ、シートを敷き、常陸さんが片手に抱えたバッグを開く。そしてタッパーに入ったサンドイッチが皆の前に置かれた。
「それじゃいただきます……。やっぱりこういうところで食べると美味しいね」
「そうじゃろ、それだけでもここまで来た意味があるというものじゃ」
「前に一度遊びには来ましたけど、ムラサメ様が今の姿になってからは初めてですね」
皆、楽しそうにサンドイッチを頬張っていく。その中で、ひとつだけサンドイッチ以外も入ったタッパーがあった。
「そ、そのだな……。ご主人、これを」
「これって、もしかしてムラサメちゃんが」
「学校でも毎日茉子の弁当じゃろ、我輩もその、彼女らしいことがしてみたくてな……」
言われて、あのレシピの中身をようやく理解した。彼女から作ってもらった初めての手作り弁当。そんな日が俺に来ようとは。視界がぼやけてくる。あまりに嬉しくて、うっすら涙すらでてきてしまうぐらいだ。
「こ、こら。吾輩の弁当を前にそんな顔をするでない! 話は食べてから聞くぞ」
「ありがとう、アヤちゃん。いただきます」
ほんの少し塩っ気が強かったが、それでも美味しい弁当だった。