全員1000字程度でまとめるというのを意識してみた結果、ちょっと尻切れトンボな感じになっちゃいましたね......
芳乃
いつも通りの食卓からおかずが一品減っていた。茉子は全体で食べる量が減ったからと言っていたけれども、その消えたおかずをいつも食べていた人が居なくなったからというニュアンスを言外ににじませていた。最初は巻き込まれるような形で、私達のあれこれを手伝ってもらっていた以上、全て終わったのに有地さんが住み続けるのは本人の性格的に、合わなかったのだろう。
「茉子君、おかわりをお願いできるかな」
「せっかくだから、私もお願い」
「はい、少しお待ち下さい」
いつもの食卓のはずなのに、どうにも違和感しかない。もともと、有地さんがやってくるまでこれが我が家の日常だったはずなのに。突然現れて、そして務めを果たしてもとの鞘に戻っただけ。文字通り、これがいつもの光景だ。
「ん、ごちそうさま」
「あれ、まだ学校には早いですよ」
「まだ茉子はゆっくりしてて大丈夫よ。ちょっと外の空気を吸いたいだけだから」
そう言って食べ終わった食器を片付け、境内のほうに向かう。石に刺さったあの妖刀は元に戻るわけもなく、今は清めた布にくるんだままそこに置いてある。時折有地さんがやって来ては素振りすることで霊力自体は保てているらしいけれども、今まで刺さった姿の方しか見ていなかったからまだ違和感のほうが大きい。
「これ……」
包んで置いておいたはずの刀は、どういうわけか包みが解けていて鈍い光を反射していた。ちらりと周囲を見て、ムラサメ様の気配がないことを確認してから試しにそれを手にとってみた。決して見られてはいけないような行動をしているわけではないけれども、なんとなく、所有者でもないのに持っている姿というのを見られるのは気が引けた。
「もしかして、この滲みは……。いえ、それ以外にも」
誰も居ない境内で、刀の柄を握ってみたり眺めてみたり。私の手にはちょっと大きすぎる、そんな太いそれをしっかりと握って、一度軽く振ってみる。鉄本来のずっしりとした重みが遠心力を得て腕全体にずっしりとのしかかる。こんなものを、あんなに軽々振って戦っていたのだと思うと、彼の努力がどれだけのものか推し量られる。
それだけじゃない。豆が潰れたのか、いくつもあった血の跡はどれも見覚えがないもの。有地さんの戦いの痕跡が、たしかにそこにあった。感謝なのか、それとも畏敬の念なのか、自分でもまだ整理がつかないけれども、確かに彼がここに残していったものの跡を無意識に追いかけてしまっていた。
茉子
日が昇る少し前ぐらいに家へとやって来て洗濯から掃除、そして食事の用意をいつものようにこなしていく。朝早くから掃除している安晴様には挨拶をして、まだ眠たそうな芳乃様を待ち受ける。前ならこのぐらいの時間に鍛錬から帰ってきた有地さんを出迎えるはずだったけれども、それももう前の話。
いくつかホコリをかぶった食器を残し、棚から必要なお皿を取り出す。食べ盛りの男性一人居なくなったとはいえ、ワタシの仕事量はそんなに変わることはなかった。とはいえ、日々の食事量を元に戻していくのに苦労しないわけではなかった。作りすぎてしまうこともあれば、逆に少なすぎて安晴様のおかわりが用意できないことも。
「ええと……あれ、食材の減りが予想より遅いですね……」
「おや、どうしたんだい」
「はい、ちょっと買いすぎちゃったみたいで。消費期限までには間に合うよう献立を考え直してみます」
「いつもすまないね、僕は毎食同じものが出ても大丈夫だから」
「いえいえ、これもワタシの務めなので」
そうは言ってみたものの、その実困っていると言うより、落ち込んでいた。自分の計算がはずれてしまったという事実は、毎食を準備してきた自負がある自分にとって、意外と気になることだった。
あらかた調理を終え、並ぶおかずを見てさっきの誤差の原因に気付いた。前に比べて食べる人が減ったからと、おかずの数を調整していたのが積もり積もって余剰在庫になっているようだった。
「そういえば……これ、有地さんが好きなおかずでしたね」
そう言って、今はもうこの家を去ってしまった人の姿を思い出す。突然この家に住む人が増えると聞いたときは、ちょっとだけ大変だと思ったけれどもいざ居なくなってみたら、今度は元の日常に戻すほうが大変だった。有地さんが食卓にいる、そしてこの時間に鍛錬から戻ってきてシャワーを浴びているのはワタシにとっても日常の一つになってしまっていたのだから。
「芳乃様に遠慮しているつもりなのでしょうが、むしろ最近の様子からして有地さんもこのまま家に居たら良かったのに」
そんな独り言をつぶやいてみて、どこか胸の奥が痛む。彼が居なくなって芳乃様が少し寂しそうにしていることや、ムラサメ様もどことなくよそよそしくなってしまったことはワタシもよくわかっている。
でも、この胸の痛みがそれすらもただの言い訳だということを示していた。有地さんが居なくて寂しいと思っていたのは、他ならぬ自分自身だった。
ムラサメ
ご主人がこの家を去ると聞いたとき、どこか胸の奥に穴が空いたような気持ちになった。無論、実体のない吾輩がわざわざ朝武の家に居座る必要はさほどないから、ご主人についていく選択も考えないわけではなかった。とはいえ、刀がここにある以上、あまり離れすぎるのも良くないのは吾輩とてよく理解しているつもりだった。
「今日もご主人は元気そうじゃな」
朝武の者たちが起きてくるか否かという頃合いに、今日もまた竹刀を振る音と、そして彼の声がこだまする。戦いは終わったというのに、今日も玄十郎と鍛錬を続けているというのだから感心せずにはいられない。
思えば、刀を引き抜いてしまったご主人について回ったあの日々は、吾輩が過ごした幾百年の中でも最も充実していた日々かもしれない。刀が刀として使われる、ご主人を得て、その力を存分に発揮できていたのだからといえば当然なのだが、それ以上にご主人の刀でいられてよかったという安堵もあった。ご主人と一緒に戦い、この穢れと立ち向かえる。永い間、朝武が苦しめられているのを見ていた吾輩にとって、ご主人のような存在がまるで救世主に見えたというのはあながち間違いではない。
「まぁ、ご主人は吾輩が覗き見していることに気づきすらしておらぬようじゃが」
それもそのはず、彼から見たら死角に立ち、出来る限り気配を消している。鍛錬の邪魔をするつもりはないし、終わったとしても話しかけるつもりはない。ご主人にはご主人の生活があって、吾輩のような存在と関わり続けるのはあんまり良いことではないと、少なくとも吾輩自身はそう思っている。
「しかし、やはり刀の霊力が少し薄れておるようじゃな。吾輩も、そろそろお役御免ということじゃろうか」
誰にも言っていないけれども、ご主人と刀の距離が離れることが多くなったことで少しずつだが、刀の持つ力が失われていく感触があった。もはや倒すべきものもないのだから、徐々に薄れていくのもまた自然なのだと思って、吾輩も成り行きに任せるつもりだ。そのとき吾輩がどうなるかは……きっと誰にもわからないが。
「ふぁぁ……どういうわけか少し眠くなってきたの。どれ、ご主人を眺めながら朝寝でも」
今はただ、ご主人の姿を眺め続けているだけで満足だ。一時とはいえ、ご主人の文字通り手となり足となり、共に戦えたことが嬉しかった。願わくばもっと、ご主人のそばに……それは刀としてなのか、それとも。
「ご主人と共に戦えた日々、吾輩も楽しかったぞ」