七海ちゃんはいろんな話が書きやすいので、今後も定期的になにか書きたいなぁと思うところ。
赴任先に住むことはや一年半。国内二例目、そして初の国立アストラル研究学園都市設立計画の支援を目的とした俺たちの任務は、完全に閑散期に入った。任務上の相方でもあり、そして私生活のパートナーである七海とは学校側が用意したマンションで過ごしている。橘花学院設立の際にも大なり小なり妨害工作が行われていたようだが、ましてや今回は国立のアストラル研究を中心とした大学だ。今までにない、他国のスパイを含めた大規模な諜報活動が行われているようだ。そんなわけで、特班が防諜の任務を請け負うことになった。
俺達がこの任務に駆り出された理由はただ一つ、ふたりとも大学生として学歴をつけつつ怪しまれずに済むからだ。学院を卒業した俺が先に入学し、その翌年七海も大学に入る。親父も任務ついでとはいえ、俺達が特班以外でも仕事できるような準備をしておきたいらしい。
「はぁ……ここ最近、もうお父さんから連絡も来ないし、目立った動きもないし」
「平和なことは良いことだよ」
「それはそうだけど……」
共用室の壁際には複数枚のモニターが並べられ、街中の監視カメラからの映像が写っている。本当はこんなに開く必要もないのだが、七海たっての希望で複数モニターを並べていかにもな捜査室が出来上がっている。親父もなんでこんなものにお金を出してくれたのか、正直ちょっとわからない。
「まぁ、平和ならお兄ちゃんと一緒に過ごす時間も長くなるから、それは嬉しいかな」
「たまに親父が来ると、ほんとに実家となんにも変わらないよな」
視察と称してたまに親父が来ては一晩泊まり、七海のご飯を食べて帰る。まぁ、そのぐらいの暇があるということは悪いことじゃないだろう。心なしか親父の顔色もここ最近は良いし、このまま何も起こらないのが一番だ。
ふいにインターホンが鳴る。モニターには見覚えのある顔が。片方は学園都市計画を推進する独立行政法人の理事長である曽我敏行で、もう片方は……まさかの人物だった。
「はい」
「お久しぶりだね、在原暁くん」
「り、理事長!?」
「えっ、お兄ちゃんどうしたの」
そう、曽我理事長の隣に橘花学園の理事長、伊勢理事長が立っていた。確かに橘花学院とこの学校のパイプは相当太いものがあることなど容易に想像がつくが、まさかアパートまでやってくるとは。
「すまないね、どうしても伊勢くんがここに進学してきた卒業生に会いたいと言うものだから」
「いえ、ただ少し待っていただけますか」
「あぁもちろん、1階の喫茶店で待ってるよ。準備が済んだら降りてくるといい」
常に微笑みを絶やさない曽我理事長の横に、あの仏頂面の伊勢理事長。カメラ越しだから我慢する必要もなかったが、あまりに対称的なその様子に笑い出しそうになってしまった。
「七海、お客さんだ」
「わかった、ちょっと準備してくるね」
そそくさとクローゼットからオフィスカジュアルスタイルの服を取り出し、髪を整えて着る。七海も軽く化粧をしてから同じように身なりを整え、10分そこらで準備は完了した。それにしても、俺が入学してから1年間は伊勢理事長が尋ねてくることなんてなかったのになぜ今更。ちょっとだけ疑問に思いつつ、家を出た。
「えっ……というと、今後の学費は全額学院持ちで、卒業後は教員兼研究員として雇いたいと」
「そうだ、学院にいたときから君の学業成績はずば抜けて優秀だった上、大学に入ってからもそれは変わりがないと聞いている」
「私は、『この時期にスカウトするのは早い』って言ったんだけどねぇ……とはいえ、伊勢くんの頼みとあっては無碍に断るわけにもいかなくて」
「……」
伊勢理事長の目的は、七海のヘッドハンティング。もちろん兄として、妹がこれほど評価されているという事実は嬉しい。ただ、何故か七海が遠くへ行ってしまうような気がしてしまった。それに、特班について感づかれている可能性もないとは言えない。即決はしかねる話だ。
「今すぐに答えを出してほしいと言っているわけではない。できればこの年度中に決めてくれると、こちらとしても人員管理の面でありがたい」
「……わかりました、ちょっと親とも相談して、考えてみます」
「ありがとう。詳しくはさっきの書類にすべて載っているから、後で確認してみると良い。ところで、ここでの学校生活はどうだね」
七海が返事を保留すると、理事長はそれ以上の判断を要求する様子は見せなかった。そして話は一般的な話題へ。今度は俺へも質問が向けられた。揺れ動く心の裡を見せないよう、つとめて冷静に答えていたつもりだが、本当に隠しきれていたかどうかは甚だ怪しい。
「伊勢理事長、そろそろ次の用事が」
「おっと、もうこんな時間か。では、私達は失礼しよう。君たちはしっかり勉学に励んでくれ、それではまた。」
俺達のぶんの会計まで済ませ、理事長二人が店の外へと出ていく。そして迎えの車に乗って去っていくのを席から見送った。その瞬間、俺と七海の張り詰めた糸が一気に弛緩し、双方が同時に大きなため息を吐く。その様子が面白かったのか、お互いに見合ってちょっと笑ってしまった。
「とりあえず、今晩の定時連絡で俺から親父に話はしておくつもりだけども。この話、七海はどう思う?」
「どう……って、お兄ちゃんこそどうなの。隠しているつもりかもしれないけど、顔にびっくりしてます、って書かれてあるんじゃないかって位だったよ」
「ははは……まぁ、七海の将来的にはアリじゃないかなって思うけど少しだけ気になるかな」
これが嘘偽りない本心だ。危険度の高い、特班の任務を今後も続けさせるのは兄としても、恋人としても気が気でない。俺みたく多少は戦闘向けのアストラル持ちであるならともかく、七海の能力は明らかに後方支援向け。それが今みたいに、潜入任務に駆り出されるような状況の組織に身を置かせたいかと言えば、答えはノーだ。
「そうだよね……お父さんも、わたしが特班にいるのはずっと反対って気がしてたし」
「……」
口にこそしていないが、親父はできる限り俺達、とくに七海をこの手の任務から遠ざけたがっていることは当然思っていることだろう。戦力外という意味ではなく、親として子に、ましてや養子で引き取った女の子にこんな任務をさせたくないという親心からなのは痛いほど分かる。それだけに、まだこの仕事を続けたいと願っている七海に直接言い出せていない。
「まぁ、最終的には七海が考えることだから、俺がなにか強制はできないよ」
「そっか、とりあえず、もらった書類は見た上でお父さんにも転送するね」
結論は先送りにして店を出る。そして、家に帰ってからは報告書も手につかず結局親父との定時連絡まで無駄な時間を浪費するだけになってしまった。
「七海が……そうか、親としては喜ぶべきだが、確かにちょっとそこからのスカウトとなれば事情は複雑だな」
「はい、本人はまだ判断に困っている、という様子ですが」
「実際、ウチの息がかかったスタッフをあの学院の中枢に置いておけるのは間違いなく利点だ。お前たちが手間をかけて潜入したAIMSに、あっさり侵入することができるようになるわけだからな」
「念の為、曽我理事長に確認はしてみたところ、伊勢理事長には特班の存在はバレていないようです。その点だけは安心できると思います」
電話口でも親父の驚きは伝わってくる。それこそ、俺達が付き合うことを報告したときよりも。まぁ、そっちはもとより気付いていたことだったと本人は言っているわけだが。
「ともかく、今時点では俺からはどっちにしろ、とは言えない。特班としてはスパイのような動きを期待できる一方、リスクが大きいからな。組織の長としては精査すべき事案なので保留、一人の親としては賛成……と言ったところか」
「……室長、いや親父は七海に特班以外で働いてほしいと」
「そりゃそうだ。この仕事の危険度については俺が一番分かっている。お前も、七海も、できるならこの組織以外で自分の居場所を見つけてほしい」
さっきまでの室長としての顔から、親としての感情が表に出た話し方に。分かってはいたが、親としてはこんな危険な仕事に就かせたいとは思うわけがないだろう。返事に困っていると親父が更に続ける。
「……七海には一応この話は黙っておいてくれ。俺が別の仕事に就かせたがっている、って七海が知ったらちょっと萎縮してしまうかもしれないからな。七海には、特班としては今時点では保留扱いにしてくれ、とだけ伝えておいてくれ」
「わかりました。あと今週の報告書については明日まで待ってください」
「その件については承知した。定時連絡で特に変わりないことは分かっているから、そう急がせる必要もない」
「ありがとうございます。それでは、おやすみなさい」
電話を切り、またしても大きくため息をつく。親父の返事はある意味、予想通りだ。別室の七海を呼び出し、親父から連絡された内容を伝達する。七海も、親父が何を言わんとしているのかは薄々分かっていたのだろう。あまり驚いている様子もなかった。
その日は結局、ほとんど七海と話さないまま寝た。七海がどう思っているのか今すぐにでも聞きたかったが、答えが聞くのが怖い。七海が特班をやめて橘花学院に戻る判断をするとなれば、それは危険から離れることになり嬉しく思う半面、別の仕事に就いたことで今までとは関係性も少しは変わってしまう。一方でこの誘いを断り、特班で働き続けると言うのであればこれからも七海は危険に晒されかねない。モヤモヤした頭を抱えたまま、気付いたら夜が明けた。
ちなみにこの話ですが、2日ほど前にファンボックスに先行公開しております。
普段ワンライなどもやっているので、そちらのコンテンツもすべて、月100円で公開してますのでもし興味がある方はぜひ。
あとはC96申し込みました。合同誌と個人誌の二本立てで今夏は行きますので、当日お会いできることを楽しみにしております。双方ともに絵師様にイラストを依頼しているので、読む・見る双方で楽しめる本に仕上がること間違いなしです。