当然のことながらネタバレ注意で。普段よりもルートの核心が関わってくるので(まぁ、プレーしてないのに読む人も少ないとは思いますが......)
★信じることは(卯花之佐久夜姫)
「こら、ハルキ。起きぬか」
「んんっ……ふぁぁ」
目が覚めるとそこには卯ノ花がいる。そうか、確か俺の不幸は天罰によるもので、卯ノ花はそれを何とかするためにやってきたんだ。それにしても、家の中でもその華美を極めたような服装を着続けて暑くならないのだろうか。
「早う支度せんか。もう朝ごはんの用意は出来とるぞ」
「わかった、今朝はいつものアレはないのか」
「なんじゃ、そんなに妾のキスがほしいのか」
「別にそういうわけじゃないが」
ちょっと意外そうな顔をした卯ノ花だったが、気を取り直してすぐキスをする。唇と唇が触れ合うだけの軽いもので、そして天罰が抜けていくにつれて体から力が……抜けていかない。そんなはずが、いつもならこの時点で軽い脱力感を感じてしまうのに。それに卯ノ花の様子がおかしい。ただ唇を重ねるだけじゃ満足できないのか、ためらいがちに舌をちろちろと動かし、俺の口の中に挿し入れようとしてくる。
「ちょっ、お前!」
「朝から激しいのは嫌いかの」
「そういう問題じゃないだろ」
「……お主、その目、まさか本気で言っておるのか」
キスをやめ、俺の顔をまじまじと見てくる。何かおかしいことを言ったのだろうか、そもそもこのキスという行為自体、卯ノ花に天罰を吸ってもらうための形式的なものだろうに。なのに、さっきから彼女は暗い顔をして、俺をじっと見てくる。
「本気も何も、卯ノ花の目的は」
「……もう良い。とりあえずサナを待たせるわけにも行かん。朝ごはんへ向かうぞ」
その時の彼女の目に浮かんだ涙の意味は、今の俺には理解できないものだった。ただ、どこか胸の奥底が痛むような。卯ノ花に助けを求めたとしても、この様子だと素直に答えを教えてくれるわけがない。
いつも通る道とはいえ、俺にとっては紛争地域と同レベルで危険だ。マンホールの蓋は常にズレているもので、資材の山は崩れるもので、他校のチンピラは絡んでくるものだ。だというのに、今朝はあまりに平穏で、正直拍子抜けしてしまう。隣の佐奈はそんな俺の様子を気にする様子もなく、久々の2人きりの登校に喜んでいるようだ。卯ノ花たちはと言うと、今日はルリの仕事を手伝うと言って先に学校に向かってしまった。
「兄さん、さっきからどうしたんですか」
「別に、なんでもないよ」
「そうですか、兄さんと2人きりで学校に行くの、久々で楽しいです」
「入学してすぐに卯ノ花たちがやってきたからな」
「それもそうですし、兄さんとヒメさんったら、毎日仲睦まじく歩いてますから」
「それはまぁ……」
「冗談ですよ、兄さんと姫さんが楽しそうにしているのが何よりです」
ちょっと膨れて見せて、すぐにいつもの表情に戻る。どこまでが演技なのか疑いたくもなるが、深く気にしないことにした。ただ、それにしても今日は不幸な出来事がびっくりするほど起こらない。信号にはいつもどおり引っかかっているが、それ以上の不幸は一切と言っていいほどだ。
「佐奈、なんか今日の俺ツイてるかな」
「えっ、そうですか。いつもどおり信号には引っかかってますけど、兄さんがそう思うならそうなんじゃないですか」
「まぁ、病は気の持ちようって言うしな」
「兄さんの不運は病気だったんですか……」
先祖代々伝わる病気みたいなもの、といえばある意味そうかもしれない。ただ、今日のこの異常事態に佐奈は特段の違和感を覚えてないようだった。
学校に到着し、教室へと入る。すでにクラスメイトの大半は教室にいるようだが、咲夜はまだルリの手伝いをしてるのだろうか。彼女を待つ間、手持ち無沙汰だから窓の外をぼーっと見ていた。
「あっ、ヒメ。おはよう」
「葵か、おはよう。ルリの手伝いをしておったらこんな時間になってしまってな」
「自分から始めたとはいえ、大変そうだものね」
教室に入ってきた咲夜と葵が会話している。いつもなら、自分の席に戻るついでに俺に話しかけて来るはずだが……今日はまっすぐ自分の席についてしまった。朝からあまり話せていないから、少しぐらいは話したかったが。
「はい皆着席。出欠取るよ」
こっちから話しかけに行こうとするより早く、先生が教室に入ってきたことでその目論見は頓挫した。
昼、チャイムが鳴ると同時に咲夜のところに向かう。朝からあまり2人で話す時間を作れてなかったことだし、今日の昼は2人で屋上にでも向かおうか。
「咲夜、ちょっといいか」
「……ハルキ?」
「朝からあんまり時間なかったし、その……今日は2人で飯食べようか」
「そうじゃな、そうするか」
俺が名前を呼んだ時のあの間、とてつもない違和感があったがその原因は何だろうか。学校でその名前を呼ぶな、ということでも言いたいのだろうか。確かに人に聞かれたら分かってもらえないだろうし、咲夜としては俺たちの間だけの秘密にしておきたいという気持ちもわかるが。
「ところで……ハルキ、朝はどうして妾のキスを拒んだのじゃ」
「……えっ?」
「お主、まさか覚えてないとは言わせぬぞ」
「いや本当に覚えてないんだが」
「まさか……」
話が噛み合わない。俺は、咲夜に朝起こされて、ルリの手伝いで急がなければと制服姿で出ていくところを見送ったはずだが。まさかそんなところで記憶違いを起こすほど、俺はまだボケているつもりもない。
「ハルキ、妾が起こしに行ったことは覚えておるな」
「それは覚えてる。それから『ルリの手伝いをするから、今日はこれだけで我慢せい』と言われて……」
確か、ここで軽くキスはしたような気がする。気がする、というのはきっと寝ぼけていたからだろうか、記憶が正直なところはっきりしていない。
「それで、妾とキスをしたまでは覚えてるんじゃな」
「それからすぐに咲夜が出ていったから」
「……今朝、様子がおかしかったのはまさかそういうことじゃったか」
大きくため息をつき、悲しそうな顔をする咲夜を前に、どうすれば良いのかわからない。ただ、この顔を俺は今朝にも見たような気がした。どうしてそんな気になったのか、まだ俺は理由を見つけられないままだが、とにかく彼女を悲しませている今の状態だけはなんとかしなければ。
「教えてくれ、今朝の俺は何をしてたんだ」
「気にするでない。妾はハルキを信じておる」
悲しい顔をした咲夜を見るに、きっと話はすべて本当なんだろう。受け入れたくはないが、俺が彼女を悲しませてしまった。それでも咲夜は俺に文句の一つも言わず、俺が思い出すことを待ってくれている。
「まぁ、朝のことは気にするでない。妾も別段お主を責めたりする気はない。それより、早く屋上へ行こうではないか」
「あ、あぁ……」
せめて今からでも、何か償いが出来ないだろうか。少し考えて、導き出された答えはこの時間を大切にすることぐらいしか思いつかなかった。
その日の学校を終え、家に帰る。鍵を受け取ろうとお店の方に回るといつもの面々がいた。
「おかえり、春樹。ただ、もう鍵も持っている事だから、用事もなくこっちから家に入ろうとするのはいただけないな」
「えっ、鍵?」
「前に佐奈からスペアキーをもらっておっただろう。ワシより先にボケが始まったとでも言うのか」
祖父さんに言われる通り、カバンを漁ると家の鍵が出てきた。俺が持っているとまず間違いなく落とすから、と持たせてくれなかったはずなのに。思えば今朝から妙に不幸な目に遭うことが少ない。一体どうしたのか。
「ボケてるつもりはないんだけどな……ともかく家上がってるわ」
「あぁ、そうだ。これもついでに持って上がっておいてくれ」
「わかった」
祖父さんから荷物を預かり、そして部屋に戻る。玄関の靴を見るに、もう卯ノ花は帰ってきているみたいだが。
「卯ノ花、帰ってるのか」
「あ、あぁ妾は先に帰っておったぞ。ちょっと話があるから、部屋に来てくれぬか」
呼び出され、部屋に向かう。何か大事なことを忘れているような、そんな気がしてならない。一日を振り返りながら、何とかしてその答えを探そうとする。
「それで、用事って」
「ハルキ、妾の名を呼んでみてくれぬか」
「それって、フルネームで?」
「そうじゃな、あくまで確認のためじゃ」
卯花之佐久夜姫、何度聞いても長い名前だと思う。ただ、名前を呼んだときに違和感を覚える。佐久夜、どこかで聞き覚えがあって、それでいて大事にしなければならないその名前。その瞬間、頭が割れるように痛み、気を失ってしまった。
次に目を覚ましたときは、頭が柔らかいものに載せられていた。それが卯ノ花、もとい咲夜の太ももであることに気づくまでそう時間はかからなかった。
「佐久夜……咲夜?」
「ハルキ、気付いたか」
「俺は一体。咲夜の名前を呼んだら頭痛がして、それで……」
「よかった、良かったぞ……お主ならきっと、思い出してくれると信じておった」
泣きそうな顔をした咲夜を前に、何があったか聞くのは野暮というものだろうか。まだわずかに頭は痛むが、なんどか上体を起こしてキスを交わした。ちょっとためらいがちな彼女を強引に引き寄せ交わしたキスは、少し涙の味がした。
「全く……恋人のドキドキ感を演出してみようなんて思ったけど、ちょっとやりすぎちゃったみたいだね」
「お前はルリ……じゃないな」
「試練に合格したから天罰自体は取り除いておいたつもりだったけど、どうにも不完全だったみたいでね。全知全能、完全無欠の僕でもたまにはミスをしちゃうんだよ。まぁ、それすらも僕の魅力なんだけど」
「何をしに来た」
ルリの体を借りて現れたのは、咲夜が神だった時の上司だ。幾度となくそのうざったらしさを目撃した俺たちが間違えるわけもなかった。
「そんな攻撃的にならないでよ。キミの天罰ってあまりにも期間が長すぎたみたいでね、一気に取り除くわけにも行かないから何度かに分けてガス抜きしてたんだよ」
「……もしや、ハルキの記憶障害はそれが原因か?」
「ご名答、いやぁ調整のつもりがこんな大事になっちゃったとはね。でも、キミたちが自力で解決してくれたみたいだから、むしろ一気にガス抜きに成功したみたいで何よりだ。本来は他力救済が原則なんだけどね」
他力救済は神道ではなく仏教では、というツッコミはこの際しないでおこう。とにかく、俺と咲夜は自分たちの力で天罰を打ち破った……という事で良いのだろうか。
「うーん、それにしてもそのお互いを信じる心、少しでも神に向けてくれればってどれだけ思ったことか。おっと、完全無欠な僕に愚痴は似合わないね。それじゃ楽しくやりなよ」
全く人騒がせな神様だ。
お互いを信じる心、か。隣にいるのが当然だと思っていたけれども、全ては信頼の積み重ねなのかもしれない。これからも咲夜の隣にいたいから、俺は……。
「咲夜」
「なんじゃ、ハルキ」
「今日はごめん。俺は咲夜が好きだから」
「改めて口にせずともわかる。良い男はこういうとき、黙って抱きしめるだけじゃぞ」
言われたとおりに卯ノ花を抱き寄せ、じっとしていた。
テーマ重視で書こうとしたら途中が微妙にスカスカになってしまった気がしてならないので、またの機会にリトライしたいです。
今回のテーマがちょっとでも伝われば嬉しいなと思います。