※この作品はR-18です。

オムニバス形式・ヒロインたちのその後   作:しゃもじん

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傘忘れて雨の中びしょ濡れになりながら帰ってたらふと思いついたので一本。
余談ですが自宅の近所の高台から、夜に町を見下ろすとディストピア物の小説が書きたくなります。武蔵小杉のタワマン郡つおい......



★名前を呼ぶよ(卯花之佐久夜姫)

 あたりはすっかり暗くなり、雨が降りしきる帰り道。予報じゃ晴れだと言っていたのに、俺と咲夜が帰ろうとしたタイミングで雨が振り始め、しかも止む気配すらない。幸いなことに咲夜が持ち合わせていた折り畳み傘に二人で入り、夜道を進む。

 

「まさか雨が降るなんて思ってもなかったな」

「じゃが、おかげでお主は妾と相合い傘ができてとても喜んでいる」

「そういう恥ずかしいことをズケズケと言うなよ」

 

 雨は少しずつ強さを増し、小さな傘1本では体を守り切れない。いっそ俺は濡れてもいいから、咲夜だけを傘に入れておいた方がいいんじゃないか。

 

「お主、よもや自分は濡れてもいい、などと考えているわけはあるまいな」

「何でお見通しなんだよ」

「そりゃ、お主のことじゃから。妾が濡れるより自分が濡れたほうがいいって考えることぐらいすぐ分かる。それとも、妾との相合い傘は嫌か?」

「そんなわけないだろ」

 

 むしろ喜んで、とまで言うのは少し恥ずかしいから黙っておく。結局、それから二人の間に会話はなく、雨の降るこの陰鬱とした空気のまま、自宅の近所まで歩いてきてしまった。

 

「そういえば……って、あれ」

 

 何かこの空気をスッキリさせるような話を、と思って話しかけようとしたところで頭に硬いものがあたる。さっきまで中空で保持されていた傘の骨が頭を小突き、支えを無くしたそれは地面へと転がっていく。

 

「おい、咲夜」

「……」

 

 呼びかけても姿も形もない。閑静な住宅街、という言葉がまさに相応しいようなこの場所で、大きな声を上げるわけにも行かず。落ちた傘を拾い上げてあたりを見回す。それでも、咲夜の気配は一切感じられなくなってしまった。

 

「咲夜、咲夜!」

 

 頭に嫌な予感がよぎる。まるで神隠しにあったかのように、人が忽然と姿を消すなんてことがあるだろうか。傘が無意味になるのにも構わず、走って周囲をくまなく探す。そして、気付いたらいつの間にか家の前についていた。まだ咲夜は見つからないが、もしかしたらあいつがドッキリのつもりで、家に先に帰っていた可能性だってあるかもしれない……。そんな一縷の望みをかけて家のドアを開く。

 

「おかえりなさい、兄さん」

「佐奈、卯ノ花を見てないか?」

「卯ノ花……さん? 初めて聞いた名前です」

「……えっ?」

「もしかして、兄さんの知り合いですか? 今日は家に誰も来てないですよ」

 

 玄関先で聞かされた言葉は、予想を上回るショックを俺に与えた。佐奈が、咲夜のことを覚えていない。そんな馬鹿な、今朝も一緒に食卓を囲んだはずなのに、その記憶すらないのか。

 

「それよりも兄さん、その傘って女物ですよね。ま、まさか! 兄さんったらそんな人に言えないような付き合いを卯ノ花さんと! さっきのは私に隠すための口実で」

「違う、そんな関係じゃなくてもっと大事な奴なんだ」

「そうですか……。とにかくタオル持って来ますね」

 

 佐奈の言葉に嘘偽りがないのは俺が一番知っている。ましてや”卯ノ花さん”なんて、今朝までの佐奈が呼ぶわけない。佐奈と入れ替わりで、今度は白髪の少女がやってくる。そうだ、ルリなら……

 

「おい、ハルキ。その程度の雨で風邪を引いてたら自然界では生きていけないぞ」

「ご忠告どうも、お前は卯ノ花を見てないか?」

「卯ノ花? そんな名前は知らない」

「……今なんて言った」

 

 今まであれだけ姫姉様と慕っていたところを見ていただけに、その言葉にショックを受けずにはいられなかった。あるいはフルネームならもしかして。

 

「卯花之佐久夜姫、お前の主人だよ。覚えているだろ」

「ルリに主人なんて居るわけ無いだろ、目を覚ませハルキ。夢を見ているなら噛むぞ」

「……むしろ今なら噛んでくれたほうが嬉しいかもしれない」

 

 ルリが覚えていないという事実は、俺を絶望に追い込むのに十分だった。佐奈もルリも、嘘をつけるような性格をしていないことはよく知っている。それだけに、彼女たちが否定したということが、俺にとってどれだけのショックを与えたか。

 

「変なハルキ。今日は噛むのを許してやる」

「……本当に覚えてないのか」

 

 ボソリ、とつぶやいた言葉はきっとルリには届いていないが、それでも今のショックを口に出さずには居られなかった。しばらくして佐奈がタオルを持ってやってきて、軽く体を拭いてシャワーを浴びてから、食卓に呼ばれる。正直、今は飯なんて喉を通るわけもないのだが、呼ばれたからには行かなければ。

 

「皆揃っておるな。それでは、いただきます」

「祖父さん、そこの空席ってずっと空いてたっけ」

「そう言えばそうだな。どれ、ちょっと移動するぞ」

 

 不自然なくらいポッカリと空いた空席は、いつも咲夜が座っていたはずの席。それを祖父さんに指摘してみたら、今度は気にすること無くその空席を埋められる。結局、その日は食事が喉を通らず、佐奈には悪いが晩飯を残してしまった。

 

「咲夜……冗談にしては流石にキツイぞ」

「……」

「なぁ、そこにいるんだろ。そんなもったいぶってないで、すぐにでも出てこいよ」

 

 一瞬、部屋の中だというのに風が吹いたような気がした。それが隙間風だったのか、それとも本当に咲夜がいたのか。俺にもそれはわからない。その日は雨に濡れた事で体力が落ちていたのもあり、いつしか意識は闇の中に吸い込まれていってしまった。

 

 

 

 朝、佐奈が用意するいつもの食事をとって学校へと向かう。だが、その前に俺には用事ができた。こういった不思議な出来事を聞くのにふさわしい相手が。佐奈には適当な理由をつけて、少し早めに家を出る。

 行き先は虎太郎の神社。仮にこれが神の仕業ならば上役が知らないわけがない。そして、それに会おうと思った時、こっちから会いたいアピールをする意味でも虎太郎のところを尋ねるのは最適解だ。

 

「出てこいよ! お前に話がある」

「どうしたんだよハル。そんな朝から大声出して」

「お前は……って虎太郎か」

「まぁ、お望み通り出てきてあげたから、中身はこの子じゃないけどね。君、困るよそんな大声を出して。僕だってこんな乱暴な呼び出され方をされたら寝覚めが悪いし、何より神域にそんなピリピリした様子で現れる人間なんて罰当たりにも程がある」

「お前の長話に付き合ってる暇なんてない。お前、咲夜をどうした」

「咲夜って……ああ、卯花之佐久夜姫か」

「咲夜に何をした」

「だから、僕は知らないって。どうして僕にそんなことまで聞いてくるのさ」

 

 神にすら咲夜の存在を忘れられているという可能性もあっただけに、すぐに思い出してもらえたのは少し助かった。しかし、いつもの物言いとは違って、今のこいつから嘘をついているような気配は全く感じない。

 

「……本当なのか?」

「本当だよ、卯花之佐久夜姫は試練の最中に恋に落ち、そして失格となったことで人として生きる罰を受ける。僕が関わっているのはここまでさ」

 

 体中の血の気が引く。ここに来たらきっと卯ノ花が待っている、そんなことを思ってやってきたというのに、結果会えなかったどころか神ですら知らないとなれば、もうお手上げだ。

 

「そんな死にかけの子犬みたいな顔しないでよ。一つだけ可能性があるとしたら、僕以外の神様が何らかの悪さか、干渉を仕掛けたか」

「つまり、卯ノ花にお前とは別の神が何かやった可能性が」

「さっきまで咲夜なんて名前で呼んでたのに……まぁいいや。君だって八百万の神なんて言葉は聞いたことがある通り、僕の同業者はたくさんいるから。彼らの行動をいちいち把握しようとしたら、さすがの僕でも難しいよ」

 

 ともかく、こ(・)こ(・)に(・)は(・)卯(・)ノ(・)花(・)は(・)い(・)な(・)い(・)。それだけははっきりした。これ以上の押し問答も意味がないから、神社に背を向け歩き出す。そういえば、どうして卯ノ花をこんなに必死で探して回っているんだ。

“家から突然姿を消す程度、神ならば当然だ”

 突然、脳内に変な声が響く。そうだった、卯ノ花はあくまで神だ。好きな人とはいえ、あくまでそれは神と人の境目がある。もしかしたら、俺が今必死で探している事自体、本来はおかしいことなのかもしれない。

 神社を出て、少し学校の周囲を見回すかのようなルートを通ってから学校に向かう。卯ノ花の姿は全くと言っていいほど見当たらず、失意のまま学校の門をくぐった。教室に入ると、既に葵と木賊がいた。

 

「おはよ、ハル」

「おはよう。突然で悪いんだけど、卯ノ花って転校生を知っているか?」

「卯ノ花……朋花は知らない?」

「ボクも見たことないかな。そんな珍しい名前なら、名簿を見たときに覚えてるから」

 

 そこまで期待していなかったとはいえ、改めて否定されると苦しい気持ちになる。今まで近くにいたのが当然だった卯ノ花がいない、それだけで妙な不安すら覚えてしまう。それだけ俺が依存していたってことだろうか。

 

「すまん、変な質問して」

「ううん、気にしないで。それよりもハルが気にするって、そんなに大事な人なの?」

「もしかして、千歳くんの恋人とか?」

「……いや、そういうのじゃないけど」

 

 口を突いて出た言葉にしばらくしてから驚愕する。今、俺は咲夜のことを恋人ではないと否定していた。しかもちょっと前までは”卯ノ花”なんて他人行儀な名前で呼んでいた。もしや、周りの人達だけではなく俺にも記憶の改変が進んできてしまっているのか。もしそうだとしたら、もう時間がない。なんとして、す(・)ぐ(・)に(・)咲(・)夜(・)を(・)見(・)つ(・)け(・)な(・)い(・)と(・)。

 

 

 

 学校はいつもどおり終わり、そして放課後へ。咲夜を探すためにチャイムと共に校外へと走りだす。先生に注意されてもかまうものか、咲夜と一緒に行ったところすべて回って、それでも見つからないならこの町を一望できる丘で名前を叫ぶ。無鉄砲だとか、無計画だとか言われても仕方ないが、それでももう時間がないことぐらい分かっている。

 

「……はぁ、はぁ。やっぱり見つからねぇ」

 

 この市内を見渡せるような丘の上にたどり着き、声が枯れんばかりの大声で名前を呼ぶ。それでも、咲夜は見つかるわけも無く。その場に倒れ込み、制服なのも忘れて寝転がってしまう。

 

「その……なんじゃ。妾の名前を絶叫されると恥ずかしいんじゃが」

「そんなこと言うなよ……って、咲夜!」

 

 眼の前には俺の顔を覗き込む咲夜が。驚きから飛び起き、鼻と鼻がごっつんこ……することはなく、すり抜けていった。何が起こったのか理解が追いつかず、呆然とするしかない。

 

「すまんな、ようやくハルキの前に姿を現せる程度には力を取り戻したんじゃが」

「どういうことなんだ」

「前に佐奈が、ハルキの力を受けて人として生きていられる、という話はしたな。単刀直入に言うなれば、妾も今は同じ状態じゃ」

「それって、つまり」

「そうじゃな……今のハルキは天罰の影響をもう受けておらぬから、妾はじきに力を失い消えるしかない」

 

 頭をハンマーで殴られたような衝撃に、視界が暗転する。そのまま倒れ込むところで、あの柔らかな手と太ももで、俺の頭が支えられる。良かった、まだどうにか咲夜はしっかりと生きている。

 

「そんな悲しい顔をするでない。そもそも、妾は人の理から外れた存在じゃ。むしろ、神の座を降りたのに2度めの生を受けられたことが奇跡みたいな物じゃしな」

「そんな事言うなよ、俺が、もう一回天罰を受ければ、そしたら咲夜は安定するんだろ。前の佐奈みたいに、俺が」

「……妾はそれを望んでおらぬ。だいたい、元はと言えばハルキを天罰から掬うために来たというのに、再度望むなぞ」

「だとしても、それで咲夜が助かるなら、俺は何だってする。咲夜のために、咲夜と生きていきたいから……」

 

 そこから先は言葉にならなかった。子供のように泣きじゃくって、ずいぶんと咲夜を困らせてしまう。それでも、今の俺の思いを伝える手段は涙以外存在しないように思えた。

 

「悪いんだけど、それはできないかな」

「お前は……。そうか、そろそろお迎えか」

「おっと、2回も同じネタをやるほど僕も暇じゃないからね。単刀直入に伝えると、卯花之佐久夜姫。君は僕が与えた罰をきちんと履行してもらう」

 

 咲夜に与えられた、不合格の罰は人として生きること。それを履行する、ということはつまり……

 

「神の世界も派閥争いなんてのがあってね、今回はそれが関係者にまで拡大してしまったようだね」

「つまり、妾はこれからも……ハルキと」

「ここでノロケとかはいらないよ。ともかく、僕も調整は済ませたからそろそろ戻っていいかな。今日は非番だから眠いんだよ」

 

 草薮から現れた虎太郎、もとい神はそのまま戻っていく。そもそも神の世界は当番制だったのか、なんて聞きたくもなるがそんな質問は許されそうにない。それよりも、咲夜がこれからもそばにいるという事実だけで、改めて涙が溢れてくる。今度は悲しみではなく、嬉しさから溢れてくる幸せな、そんな涙だ。

 

「これ、泣くでない。せっかくの顔が台無しじゃ」

「普段から顔がいいと思ってるのかよ」

「こんなときに口答えするとは……。まぁ良い、ハルキらしいと言えばらしいがな」

 

 そんなことを言いながらも、咲夜の表情は穏やかなままだ。人として生きる、咲夜にとって苦労もあるだろうに、それでも俺と一緒に生きることをこれだけ喜んでくれる。それだけで、俺は幸せだ。

 




タイトルは文ストのED曲から引用したつもり、多分今回のお話を総括するならこれかなと
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