話の中身はちょうど飛行機に乗っていたという関係もあるとはいえ、やはり一度離れてみたら感じることってのもあるなぁと。
机の前に座って早30分。数文字書いてみては立ち止まり、そしてまた消す。すぐに同じようなことをまた書き直してみてもどうにもしっくり来ない。今どきどうして手紙なんてアナログな方法に頼るのか、今はここにいない彼女に対して文句を言ってみても届くことはない。
「……クソ」
部屋で一人、手紙を前に悪態をつく姿は正直みっともないと承知している。それでも、あまりの筆の進まなさに嫌気がさしてきた。たったこれだけの紙を埋めるだけなのに、どうしてこんなに大変なんだろうか。
「ハルキ、突然じゃが妾は少し旅に出る」
「そもそもお金の用意とか、行き先とかは決まってるのか」
「安心せい。眞一郎の手伝いやちょっとした仕事を見つけてはしっかり貯めておる。ここの土地神としての生活が長かったので、せっかくなら他の土地も見てみたいと思ったまでじゃ」
咲夜の突然の申し出に、俺は戸惑いを隠せずにいた。確かに彼女はこれまでずっと土地神としての仕事を全うするために、離れることは許されなかったのは理解できる。しかし、俺への連絡もなしに、しかも一人でとなるとその真意を問いたくもなる。
「旅行なら俺もついていけば」
「……まぁ、その。なんじゃ。天罰はもうないとはいえ、お主がいたら旅行が探検になるやもしれぬからな」
「それが原因か」
「というのは冗談じゃ。ハルキに声をかけようかと思ったが、今回は妾が学ぶために行く旅じゃから、お主を巻き込むのも忍びない」
実際、咲夜の旅行日程を見るとそれなりの長期間にわたる。ついていくとは言い出しにくいのも事実だった。しばらくの間、好きな人と会えないことのショックは大きいが、出会ってからずっと同じ屋根の下暮らし続けていたことを考えれば、一度はこうやってちょっと離れてみるのも悪くはないのかもしれない。
「それじゃ、お土産は頼んだ」
「ふふん、楽しみにしておれ」
そんなわけで、数週間ほどの旅に出ていった咲夜だった。彼女が居なくなって少し静かになった日常に少し退屈さを感じつつも、いつの間にか一週間が経っていた。その間もメールなり電話なりで咲夜と話をし続けていたが、彼女はいつもと変わらない様子だった。そんなある日に、家のポストに一つの封筒が入っていることに気付く。差出人には「卯ノ花姫」。どういう風の吹き回しだ。
「突然手紙なんてどうしたんだ」
「ふむ……もう届いたか。現代の郵便は便利じゃのう」
「そういうことじゃなくて、わざわざ手紙なんて」
「決まっておろう、いつの世も離れ離れの恋人の心を繋ぐのは文じゃと」
今は平安時代でもあるまいし、というツッコミを入れようとしたがアッサリとかわされてしまう。電話をつないだまま、その封筒を開こうとすると、ちょっと焦った様子で静止される。
「ちょっと待て、お主、なぜ妾と電話しながら開けて良いと思ったのだ」
「せっかくだし、今すぐでも読みたいんだが」
「このドアホウが、もう少しお主は、人の気持ちというのを考えろ!」
随分と怒られ、そして乱暴に通話が切られる。こりゃ結構怒らせてしまったらしい。目の前に居るならいくらでも釈明のしようもあったが、距離が遠いとなるとそれもできない。
そんなことが起きたのが一時間ほど前。郵便物の中身を開くと、そこには丁寧な彼女の字で、俺に対しての感謝や恋慕の情を伝える言葉がびっしりと書かれていた。祖父さんに勝るとも劣らないほどの随分な達筆で、少々読むのに苦労したがそんなことはこの際どうでもいい。ただ、思いの丈をすべてぶつけられた手紙を見て、俺はどう反応すれば良いのか正直困っていた。
「直接言ってくれれば良いものを……」
手元の便箋をクシャクシャに丸め、適当に放り投げる。そして頭をかきむしり、やり場のないイライラを抱えたままベッドに体を投げ出した。佐奈にもらった便箋をこんな無駄遣いして、悪いとは思ったがそれでも書けないものは書けないのだ。
咲夜がやってきてから、俺の人生は文字通り一変した。それは彼女も同じで、今までの土地神としての仕事から解放され、そして人として第二の生を受けることになった。前に冗談ぽく、本当にそれで良かったのか? と彼女に聞いてみたことはあったが、そのときは軽く笑ってはぐらかされた。
そんな咲夜が、こうやって手紙という形で、俺に対して感謝や愛情を伝えてくれている。それなのに、俺は文字にして返すことができていない。彼女に大事に思われていることは痛いほどにわかっているにもかかわらず、どうして。
「兄さん、お風呂沸きましたよ」
「……分かった、入る」
悩んでいても仕方ないから風呂に入ることにした。もしかしたら風呂を済ませれば少しぐらい、頭がスッキリするかもしれない。そんなちょっとした期待もしつつ、湯船に浸かるがさしたる効果はなく、むしろモヤモヤとしたものを抱えていたおかげで風呂上がりの爽快感もない。
「全く……どうしてこんな真似を」
直接伝えるのが恥ずかしいからと、こんな真似をされては俺も反応に困るのは当然だ。ただ、心の奥底でこの手紙を読んだとき、飛び上がるほどに喜びたい気持ちもあった。それもまた真実だ。
咲夜が素直に俺への愛を伝えてくれたなら、俺も同じように彼女へその愛を伝え返せば良いのだろうか。正直文字にするのも恥ずかしい、それでもこうしないと思いはやはり伝わらない。それなら、俺も勇気を出すしかない。
結局手紙の投函は翌々日になってしまった。手紙が届いたことは電話で確認していたが、その中身についての発言は一つもなく、いつしか咲夜が帰ってくる日になった。数週間ぶりの再会とはいえ、今まで一度も離れ離れになったことがなかったのもあって、結構ワクワクするものがある。
駅の改札で彼女の姿を探す。大きなキャリーを引きながらもスラリとしたシルエットで、姿勢良く歩いてくる咲夜の姿を見つけることはさほど苦労しなかった。
「おかえり、咲夜」
「……ハルキ、ずるいではないか」
俺の姿を見つけた咲夜が駆け寄り、そして手にしたキャリーケースが倒れるのも気にせず俺に抱きついてくる。それなりに大きな音が立って、周囲の注目を浴びているにも関わらず、彼女はやめる気がない。どういう風の吹き回し……なんていう反駁は許されなかった。
「全く、旅の目的を放棄してすぐにでも帰りたくなったではないか! このアホウ!」
「ごめん、あれでも書くのには苦労したんだから」
「次はあんなことをさせぬために、必ずハルキも連れて行くぞ」
彼女の目にうっすらと光るものが見えるが、それは敢えて触れないでおく。咲夜にとって、俺にとって、この経験は必要なものだったのだと、この瞬間強く思えた。