まぁ、あのまま行ったらおそらく佐奈か葵とひっつくんでしょうけどハルはどっちを取るんでしょうね。どっちでも幸せな未来は見えるから良いですよね。
昼過ぎ、部屋から出て佐奈を探そうとすると物音一つ聞こえない。部屋をノックしても反応が一つもない。一言入れてからドアを開けると無人となれば、どうやら家には居ないのだろう。昼ご飯を食べたかったが、冷蔵庫に何か置いてないか見るもすぐに食べられそうな物は少ない。
「佐奈、どこにいる」
「あれ、兄さん。今日は下でお手伝いしてるって」
「そうだっけ、そう言えば言ってたような……言ってなかったような……」
ちょうど佐奈が戻ってきた。手伝いに駆り出されていたなら、ここに居ないのも納得だが、ともかく空腹はなんとかして満たしたい。たまには喫茶店の方で昼ご飯にするのも悪くないか。
「今はお客さん多い?」
「いえ、ピークは過ぎましたから。どうかしたんですか」
「人が居ないなら俺も昼ご飯にしようかなって、今から作ってもらうのも悪いし、今日は祖父さんか、渉さんにでも」
「あっ、なら私もご飯にしますね」
そう言ってエプロンを脱いで普段着になった佐奈と喫茶店に降りていく。そういえば葵や渉さんはあの制服スタイルで働いているけど、佐奈があれを着ている様子は見たことがない気がする。とはいえ、佐奈にあの服装が似合うかどうか……気にならないわけではないが、色々と足りてはいない気がした。
「……兄さん、今とっても失礼なこと考えていたの」
「えっ、いや、俺は」
「兄さんは、私があの制服着てるの見たいんですか?」
「まぁ……見たいか見たくないかで言えば」
言葉を誤魔化しつつ、椅子に座って祖父さんに注文を入れる。前にもこうやって店の方で昼ご飯を食べることはあったから、祖父さんも特に気にすることなく、すぐにサンドイッチが出てきた。ちょうどその頃、後ろのドアがガラリと開いた。
「やっほ、ハルもいたんだ」
「千歳くんに佐奈ちゃんも、今からお昼ご飯?」
「はい、お二人もですか?」
「うん、たまにはロビンにお昼ごはん行こうって」
葵と木賊がやってきて、人足が減ってきた店の中でいつものメンツで雑談に興じる流れに。祖父さんもいつもの調子で用意を始め、四人揃ってお昼ご飯を食べ始めることになった。
「それにしても、佐奈がお手伝いって珍しいね」
「佐奈が居ないと俺の昼ご飯が」
「……千歳くん、それはちょっとどうかと思うな」
「まぁ、ちょっと反省してる」
一応、あれから何事もなく、卯ノ花は試験に合格して俺の天罰はなくなった。そのこともあって、学期末に彼女たちは引っ越すという建前で帰っていった。天罰があった頃ならともかく、今ならお湯沸かしてカップ麺を作るぐらいなら出来るはず……だが、あまりに長い間、この生活に慣れていたからか、だいたい佐奈に任せてしまっている。
「ハルって、佐奈がいなかったら今頃どうなってることやら」
「それは……まぁ」
「ま、まぁ、兄さんだってこれまでやったことないことですから」
擁護のようなそうじゃないような、そんな佐奈の一言を聞いてちょっと胸が痛い。事実、佐奈に頼りっぱなしでここまで生活しているのだから、そろそろ自立したほうが良いとは俺も思っている。ましてや天罰がなくなったなら、もうちょっと自分だけで出来ることも増えたはずだ。
「佐奈、とりあえず俺もカップ麺作るぐらいから始めてみるから」
「いいんです、兄さんはもっと私に頼って良いんですよ?」
「いや、俺だってそろそろ簡単な料理ぐらい出来ないと」
「それとも、兄さんは私のことが迷惑なんですか?」
目を潤わせてこちらを上目遣いに見てくる佐奈を無下にできるわけがない。もちろんそれが嘘泣きだとしても、だ。目線を逸らしてもその先には苦笑いをした葵と木賊、カウンターの祖父さんはこちらと目線を合わせる気がないらしく、まるで「この甲斐性なしが」とでも言いたげな表情だ。
「俺が悪かった、佐奈にはいつも助けられてるよ」
「やたっ、それなら、これからも兄さんのお世話を朝から晩まで、いつも見張っていますからね」
「今見張るって言ったよね!?」
一体、兄の威厳とは何なんだろうか、という疑問をはさみたくなるようなその会話だが、ともかく佐奈にいつも助けられている。ちょっとぐらいお礼の一つはしておきたいと思うが、何か出来ることは……
「佐奈、いつもありがとう」
「にに、に、兄さん、いきなりどうしたんですか」
「本当に、佐奈が居なかったら生活できずに野垂れ死にしてたかもしれないから」
「そ、そうですよ、兄さんは私が居ないと……私が、ふ、ふへへ……」
「ちょっと、佐奈は佐奈でひどい顔してるよ」
「あうう……でも兄さんにストレートに褒められたことがなくて」
妙な想像の世界に入ってしまった佐奈を葵が呼び戻すが、その後の一言で俺に白い目が向けられる。確かに当然のことのように思ってしまっていた、とはいえここでどうすれば皆の納得が得られるような行動は何があるだろうか。
「ええと、佐奈」
「なんです、兄さん」
「いつも感謝してるから……佐奈がしたいことを、俺がするってのでお礼出来ないかな」
「それなら、兄さんにギューってしてほしいです」
「おお、佐奈にしては大胆」
「佐奈ちゃん、千歳くんの事大好きだよね」
佐奈と二人ならともかく、この二人にまで見られたくはない気がして、なんとか逃げられないだろうか。後ろで見ている二人はすでに好奇の目でこちらを見てきて、しかもさっきの話の流れで断ることは許されなさそうだ。佐奈に感謝はしてこそ、こうやって直接的に求められると緊張してしまう。
「佐奈……」
「兄さん……」
えいっ、と頭をペシッと叩く。いい音と共に佐奈がこちらを見てきた。いくら俺が佐奈に感謝してるとはいえ、やっぱり佐奈を、妹をこんなところで抱きしめるのは恥ずかしいし、違うと思ってしまう。俺はあくまで兄さんで、佐奈は妹なんだから。
「あうう……兄さんはいぢわるなの」
「佐奈も、こんなところでそんなお願いはしちゃダメだろ」
「あはは、ハルならそうすると思った」
「ほほう、妹への暴力……これはまた記事に」
「記事にするな!」
そんななんでもない日の昼下がり、ゆっくりと流れていく時間が永遠に続いてほしいと思った。
意気地なし感はあるけど、結局一線を超えられない辺りが春樹だと思います。