佐奈ちゃんお誕生日おめでとう。
ロビンの店頭に立つ佐奈にも少し馴染んできた。佐奈たっての希望で始めた喫茶店でのお手伝い――本人はアルバイトなのと言って聞かないが――だが、今日のフロアには祖父さんと佐奈しかいない。いつもならいるはずの渉さんや葵は別の用事があると言っていたのを思い出しつつ、佐奈の淹れる紅茶をゆっくり味わう。
「淹れ方、渉さんから教わったんですよ」
「前とは比べ物にならないぐらい上手になってるよ」
「良かったです、兄さんに喜んでもらえて」
嬉しそうにお店の制服をひらひらさせながらフロアを歩く彼女を眺めながら、また一杯カップに口をつける。こうやってお店のカウンターで家族三人、佐奈が妹から恋人になったとしても変わらない穏やかな時間だ。
「その制服も結構似合ってるし、結構良いんじゃないかな」
「えへへ、兄さんったらそんな褒めても何も出ませんよ?」
「孫とはいえ、やはり若いおなごが可愛い服を着ているというのは良いものだな」
ただひとつ、渉さんや葵と違って一点のボリュームに欠けていることだけは言わないでおく。前に必死で少しは成長していると主張してきた事もあったことを思うと、流石にからかう気にはなれない。俺は祖父さんほどデリカシーがない男ではない。
「春樹よ、ワシの顔に何かついておるのか?」
「いや、なんでもない。そろそろ行くよ」
少ししてからカップに残ったのを飲み干し、席を立つと途端に寂しそうな顔をする。すまない、と心のなかで謝りつつ、俺も本来の用事に向けて店を出る。佐奈を置いてのお出かけ、決して喧嘩したわけでもなく、二人の仲は極めて良好だ。だからこそ、今日は佐奈を置いていくほかなかった。
葵の家にはもう人がごった返していた。最初は葵と虎太郎程度でやるつもりだった、佐奈の誕生日パーティの準備だというのに、木賊や東雲が嗅ぎつけてきてやって来た。それだけでなく、本来の仕事に戻ったはずの卯ノ花とルリまでいるのだから、にぎやかを通り越してもはやうるさいというほうが良いまである。
「千歳くん、おっそーい」
「何処で油を売ってたのか、それともまた犬の糞でも踏んだのかい?」
「俺の評価は何なんだ」
天罰の影響は薄れたとはいえ、もとの不運体質まで改善されたわけではない。未だに虎太郎には悪い気が憑いているなんて言われるのもあながち間違いではないだろう。だが、それでも今日は佐奈のためにやってみたいことがある。そのために念の為にと卯ノ花を呼んだのだから。
「とにかく、早く準備始めようよ。ハルも来たことだし、冷ます時間を考えたらもう時間はないよ」
「よっしゃ、俺の腕が唸るぜ」
「東雲はちょっと静かにしてて」
相変わらずの皆と一緒に、佐奈の誕生日ケーキ作りを始める。かつての俺なら台所に立つなんて自殺行為はできるわけもなかったが、今ならそれもできる……はず。多分。いやおそらく。一応卯ノ花のお墨付きではあるが、どこまで信用できるかは少し疑問符がつく。
「お主、また失礼なことを考えていないであろうな」
「なんでもないです」
この神、前よりパワーアップしている。余計なことは考えず、彼女のために今はケーキ作りに専念しよう。
「えっと、そこはもうちょっとゆっくり振って……っと、うん。いい感じ」
「こんな感じか?」
「そうそう、初めてにしては結構上手だね」
葵の指導のもと、皆でワイワイとケーキ作りを進める。慣れない作業ながらも、皆集中して丁寧に作ってくれているのを見て、どういうわけか俺まで嬉しい気持ちになる。佐奈のために皆手伝ってくれて、ありがとう。
焼き上がったスポンジケーキを冷まし、各々がケーキを仕上げていく。佐奈のために一番大きなのを用意し、それの周りを飾るように各々が好きなケーキを作る。この人数で同時に一つのケーキを作るのは非現実的だからとそういう形を取ってみたが、けっこう皆楽しんでいるようだ。
「さなの為に、これを買ってきたぞ」
「シュークリームは……いや、ありだな」
ルリがどこから買ってきたのか、プチシューを差し出してきたのでケーキに飾り付ける。他の皆も思い思いのものを持ってきては盛り付けるものだから、各々の好きなものがてんこ盛りになった、まるでパフェのようなケーキが完成した。
時刻はもう夕刻、裏で葵や渉さんが作ってくれたスープや頼んでいたピザも届き、いよいよあとは主賓を迎え入れるだけだ。トン、と葵が背中を叩いて早く佐奈を呼びに行くよう声をかけてきた。
「ほら、ボサッとしてないで。佐奈ちゃんを迎えに行くんでしょ」
「ああ、分かってる」
ただ自分の家に帰って、佐奈を迎えに行くだけなのに。どうしてこんなに緊張しているのか。今日のパーティは、自分だけじゃなく皆のおかげで去年以上に豪華になったはずだ。もっと自信を持っていいのに、あのときとは二人の関係が違うということがこれだけ緊張につながるとは。
ゆっくりと家に帰り、お店の方を覗くとすでに店じまいを終えた佐奈が私服姿でいた。何も言わず手を引いて、家の外に連れ出そうとしたところで佐奈も察したのか、静かに俺の後ろをついてくる。
「兄さん」
「どうした?」
「ううん、なんでもないの。また、あとで」
「そうか」
言葉少なげだが、佐奈の足取りはさっきと変わることなくしっかりとしたものだ。ドアの前で一息ついて、そしてドアを開くと一気に歓声が佐奈と俺に降り注ぐ。
「お誕生日おめでとう!」
あのときは嬉し泣きだった佐奈が、今日は満面の笑みでパーティを迎えている。今日という日を迎えられて本当によかった。
おめでとう、佐奈。