確か、劇中では朱里がフラれるはずだけどひなたが素直にフることができそうにないとは思ったので、そのへんはちょっと書き換えてますね。
ひなたっぽい感じがあんまり出てない、いやこれ主人公ひなたなのか?っていう疑問が出るけど朱里と匠という入れ替わりの物語らしく、それにまつわる話が書けたので楽しかったです。
朱里が学院に復帰してから数日後、今までの異世界とは大違いの学校生活に戻ってきた俺の携帯に今日も電話がかかってくる。しかし、いつもこの時間に鳴るはずの着信音ではなかった。表示される番号も携帯に登録していないものとなれば、ワンコールで出るのはためらわれた。しかし3コールほど続いたあたりで意を決してとってみると、思わぬ相手からだった。
「お久しぶりです。日記のお陰で僕の学校生活も順調です」
「なんだ朱里か、知らない番号からだからちょっと警戒したぞ」
「あはは、ごめんなさい。今使っているSIMと、教えていた番号が違いました」
まだ仕事しているわけでもないのに複数の回線契約をするものなのか、なんて感想は今更言うこともない。とはいえ、わざわざ朱里がお礼のためだけに電話をかけてきたわけでもないだろうから、早速本題に入る。
「それで、わざわざ掛けてきたんだからなにか用事か?」
「別に用事が無くても掛けてもかまいませんよね、ただ、今日は結構大事なお話をするために……」
突然声色が硬くなる。電話越しに息を飲んで、そして次の言葉を待つ。もしや、なにか俺が重大な過ちを犯していて、それが原因で朱里に迷惑をかけたなんてことが。そんなはずはないと思っていても、次の言葉が気になる。
「それが……やっぱり僕がフラないとダメですか?」
「……へ?」
必死で該当しそうな事象を考える。そしてすぐに思い出した。そうだ、ひなたと付き合っていたのはあくまで『兼元朱里』であるという認識が学院には広まっていたんだと。一応前にその話も少ししていたとはいえ、改めてそんなことがあったことを思い出し、不意に笑い出してしまった。
「笑わないでくださいよ、僕だって付き合っていない人とはいえ、女の子をフるのは初めてなんですから」
「悪い、わるい。確かにその辺りは迷惑をかける」
「それで、藤島さんはなにか案がありますか?」
案、か。そう言われていくつか考えていた案をざっと思い出す。そもそも人の恋愛にそんな好奇の目を向けている人たちがあの学校にいるのか、という疑問も無いわけではないが、三条さんを始めとした人たちを見ていたら、一応可能性として排除はできない。ちゃんと、明確な形で事実を作った方が、これからの生活にも影響が出なくて済むだろう。
「そうだ、藤島さんから国広さんに相談してみたらどうですか」
「えっ、俺が?」
「はい、フラれる側も、どんな理由か分かっておいた方が良いでしょうし」
納得が行くような、行かないような。時折朱里はこういう無茶振りをしてくるから困る。しかも無意識のレベルで、あの爽やかな笑顔を振りまいているというのだからどうしようもない。顔はそっくりでも、そういうところに育ちの差が出るのだろうか、なんて愚痴もこぼれてしまいそうだ。
「……分かった、ちょうどこの後にでも電話するつもりだったから、少し相談しておく」
「ありがとうございます。ところで、そちらの学校生活はどうですか」
「どうも何も、あと少しで卒業だから多少変な噂が立っていたところで意外と居心地は悪くないよ」
それからはちょっとした世間話程度をして、そして通話を切った。さて、本題はこれからだが……
「先輩、さっきまでどうしてたんですか」
「悪い、ちょっと朱里と電話してた」
「兼元くんと、ですか」
「ああ、そして俺たちに関わる話もあった」
結局学校が違ってもひなたとは毎日のように電話していた。軽く着信履歴を見ると、通話中に何度かひなたからかかってきていたようで、その辺りは少し申し訳なさもある。そして、早速さっきの話をひなたにも切り出してみた。
「一応、一応だがそっちの学院でひなたが付き合っているのは兼元朱里になっているのは分かってるな?」
「はい、それは」
「で、このままだと朱里が付き合っても居ない人と付き合っているという認識を持たれてしまうこともわかるな」
「……先輩、さっきから声が怖いですよ」
指摘されてちょっと落ち着いてみる。元は俺が蒔いた種だというのに、なんだか朱里とひなたが付き合っているように思われているという事実がどこかで納得いってなかったのだろうか、意味もなく張り合ってしまっていたような気がする。
「まぁ、俺だってひなたが他の人の彼女だって思われたくないからな」
「……!」
「それで、どういう理由で別れるのが自然だと思う?」
「そーですね、たしかにちょっと難し……ってどうしてボクにそんなことを相談するんですかっ!?」
「だって、ほら。付き合ってもない男にフラれるんだからせめてその理由ぐらいは決めさせようって」
電話口で抗議する声は聞こえるが、すぐに諦めたのか唸るような声が聞こえてくる。一応は真面目に考え始めたようだ。
「えーと……そもそも兼元君って先輩と入れ替わるときに入院したことになってましたよね」
「そうだ、それがどうした?」
「それなら、恋人を不安にしたくないから、みたいな理由でも良いんじゃないですか。そしたらボクも兼元君も、自然に別れたように見えますし」
なるほどその案があった。確かにこれなら朱里の評判を貶めることもなく、ひなた自身になにか問題があったような印象も与えない。とりあえずそれがプランAにしていいだろう。
「それは名案だな、よし、1つ目はそれで行こう。後は……」
「ボク、どうして自分がフラれる理由を考えてるでしょう……」
彼女の愚痴もごもっともだが、これからの生活のためだ。少し我慢してもらうほかない。
そして無事、学院で『兼元朱里』がひなたをフることに成功した。ことの一部始終は誰にも見られないよう済ませたつもりだと言っていたけれども、こっそりと三条さんたちが見ていたようで、夜のひなたからの電話を待つ頃には、そのときの情景が手にとるように浮かんでいた。
「今日はお疲れ、ひなた」
「……先輩、先輩は本当に僕の彼氏ですよね?」
「俺はひなたの彼氏だけど、どうした?」
「だって、今日は先輩にそっくりな人にフラれたんですよ、落ち込まないわけないじゃないですか」
まぁ、あれだけ多くの人を騙せるぐらいにはそっくりだったからな。本人がちょっとショックを受けるのも無理はない。とはいえ、電話口でできる励ましには限りがある。
「でもまぁ、これで無事俺と付き合っていると言えるだろ」
「それはそう、そうなんですけどっ。でもボクと付き合い始めてからの先輩って、兼元君だった時間のほうが長かったですよ」
毎日学校で顔を合わせる以上、それは仕方ない話だった。しかし、この入れ替わりの後始末でここまでひなたがショックを受けてしまうとは正直予想していなかった。
「……わかった、今度またデートに行こう。そのときにちゃんと、ひなたは俺の彼女だって何度でも教えてやるから」
「ホント、ホントですよね? その発言、録音しちゃいますよっ」
「録音なんてしなくても大丈夫だよ」
「あっ、あともう一つ」
ふいに、外から車の音が聞こえてくる。音だけでわかる、明らかな高級車っぽいエンジン音。もしかして。
「そんな落ち込んでいるボクを励ます権利を先輩にあげます」
「……はぁ、鍵は開けとくよ」
程なくしてドアが開いて、六麓学院の制服のままのひなたが胸元に飛び込んできた。お付きの人らしき人影もあったが、ひなたが家の中に入ったのを見届けてから車に戻っていったようだ。
「えへへ、来ちゃいました」
「あのなぁ、いくら何でも家を襲撃していいなんて言ってないぞ」
「先輩が鍵を開けてくれたから襲撃じゃないですっ、それよりも、見事にフラれる演技をしたボクをちゃんと褒めてください!」
会ってみたら思ったより元気じゃないか、なんて思っても口には出さないでおく。彼女らしく、体を擦り寄せ、今すぐに撫でてくれとでもいいたげな目でこちらを見てくる。しっかりとその桃色の髪をゆっくりと、梳くようにすると気持ちよさそうにしていた。
「あうぅ~……先輩、これからもずっと一緒ですからね」
「ああ、俺もひなたが大好きだ」
「ボクも、先輩がすきですっ」
グッと顔を上げた彼女としっかりキスをして、それから門限ギリギリまで部屋で一緒の時間を過ごした。