「……のどかな場所ね?」
「素直に何もないって言っていいぞ。事実だから」
実際、この荒野の村は娯楽と呼べるような施設は一切存在しない。この村での娯楽と言えば鍛錬、狩り、後はセックスぐらいだ。だからここでの生活の大半は修練と狩りだけで賄われている。悲しい事だが、それ以外の娯楽が本当に薄いのだ。
ラスベガスまで行けば遊ぶ場所には困らないのだが、根本的にストイックな人達ばかりなので、ラスベガスに行くのは数年に1度機会があればいい方だ。だから本当に、何もない村となっている。
だが今日に限っては、少しだけ違う。レンガの家が普段は使われない装飾によって飾られ、そしてそれが奥へと続いて行く。それを見たフィーネも、奥へと視線を向けている。
「何か、お祭りでもあるのかしら?」
「正解。明日は俺の姉貴の結婚式なんだよ」
だから女衆が総出で飾り付けを行っている。この村での結婚式はちょっと特殊で、その時は村全体で祝う様になっている。最終的に村の奥にある遺跡で結婚する事をご神体に報告し、そして結ばれる事を祝福して貰うのだ。貴方のおかげで今日も生きていられますよ、と報告するようなものだ。
「遺跡なんてあるの?」
「あぁ。つっても小さい祠の様な遺跡だけどな」
通路と奥の広間しか存在しない本当に小さな遺跡だ。だけどそれをこの部族は守護している。そして同時に、そこに祭られているご神体を敬っている。かなりマイナーな話で、一般的ではないから、それをフィーネに説明した所で無駄だろう。だから話をここで切り上げ、トニーの姿を見つけた。
「おーい、トニー」
「ん? 帰ってくるのが早いな……っておいおい、義姉が居なくなって寂しいからって女を拾って来たのか? やるじゃねーか」
「セックスアピールの激しい女は趣味じゃねぇよ。それよりもバイクがエンストしたか壊れたっぽいんだよ。見てやってくれ」
「あいよ、任せな」
引いて来たフィーネのバイクをトニーへと渡せば、さっそくそれを調べ始める―――こんな辺境の村なのだ、村人が機械を修理するようなスキルを持たなければ、テレビとかが壊れた時にどうしようもない。トニーはそういう修理技能を持っている。地味にボイラーの修理とかが出来る程度には器用だったりする。
「えーと、どうかしら?」
「んー……一晩くれたら直せるな。今夜中に直しとくわ」
「良かったわ……直らないって言われたら正直どうしたものかと思ったわ」
安堵の息を吐くフィーネを見て、んじゃ、と呟いた。
「とりあえず今晩はウチに泊まってけ。結婚式に興味あるならそのまま参加するだけして行け。参加は自由だから」
フィーネは少しだけ驚くような表情を見せながら此方へと視線を向けた。
「良いの?」
「結婚式だぜ? なるべく多くの人に祝福されてこそ愛されるもんだ。通りすがりの自殺志願者だってカウントしてもいいんだよ」
「もう、それは止めなさいよ……」
「うっし、じゃあこいつは俺が預かるな。前よりもゴキゲンにしてやるから待ってろよ」
「任せた」
トニーに言葉を送り、そのままバイクを引き取って貰った。トニーの事だからきっちりと仕事は果たしてくれるだろう。バイクを引き取った姿が去って行くのを確認しつつ、自分の家へとフィーネを連れて行く。途中、トニーの様にからかわれつつも、それをいなしながら家へと戻った。
そこに、義姉の姿はなかった。ちょっとだけ残念に思えた。剣斧を定位置に立てかけ、双銃をテーブルに乗せた。体に乗せられていたARM特有の過重が剥がれる感じがする。保有するだけでもある程度の精神力を要求するARMは、まさに
「あー……珈琲飲むか? インスタントだけど」
「それじゃあ貰おうかしら」
リビングで適当に座らせた所でキッチンへと向かい、ポットで湯を沸かしながらインスタントコーヒーを準備する。その姿をフィーネが興味深げに眺めている。
「なんというか……機械とかは普通にあるのね」
「流石にな。こういう小規模な村じゃ結構必須だぜ」
珈琲を作り終わり、マグカップに入ったそれをフィーネへと渡し、対面側の席に座る。それを受け取ったフィーネはイングリッシュアクセントがやや混じった英語でありがとう、と告げて来た。やっぱり見た目がアメリカ人ではないから、外国の人間なのだろうか? 本当に今まで良く生きていたものだ。
「見た目が完全に辺境の村って感じだからもっと時代遅れな生活をしているかと思ったけれど……意外と近代的なのね」
フィーネの視線はテレビやキッチン等へと向けられている。その疑問に小さく笑い声を零す。
「まぁ、ノイズが徘徊している時代に完全な自給自足の生活ってのは無理なんだよ」
ノイズが居なければ昔ながらの生活も考えられたのかもしれない。だけどノイズが存在する以上、それは不可能な話だ。
「少なくともノイズが居る現代じゃARMを保有していない事は死活問題だからな。こういう小規模な村じゃ家庭レベルで保有してないと死活問題につながるし、それをメンテナンスやらリペアするのにそれなりの電力やら技術力が必要だからな。ウチの村は家庭規模で発電機あるぞ」
使い過ぎると吹っ飛ぶから必要以上の電力は使う事はないが。
「まぁ、それでも都市部と比べればどう足掻いても辺境の設備だけどな。シャワーはないからバケツにお湯を溜めて浴びるしかないぞ、ここの生活だと」
「うっわ……」
その言葉にフィーネが言葉を失う。お風呂、シャワー完備の都市部の生活に慣れてしまうとこういう生活が辛いだろう。それに冷房も暖房も存在しないから暑かったら服を脱いで、寒かったら着込むぐらいの対策しかない。
「都会の人間にゃ暮らしづらい場所だから、興味が無かったら朝の内に出ていくと良いだろうよ。まぁ、俺は姉貴の結婚式を見るのをお勧めするけどな。結婚式自体が一つの楽しみだけど、それとは別にあの遺跡に入り込めるのも珍しい話だからな」
「へぇ、もしかして私、良いタイミングに来れたのかもしれないわね」
「ノイズに殺されかけてた奴が何を言ってるんだ……」
調子のよい女だなぁ、と思いながら珈琲をちびちびと飲む。本当はもうちょいノイズを探して回るつもりだったが、フィーネを拾ってしまったせいで、早めに切り上げてしまった。おかげでちょっと昼の時間が暇になってしまった。やっぱ空いた時間は鍛錬にでも回すかなぁ、と考える。エルクに声をかけるのは悪いし、トニーは作業中だろうし、他に暇そうなやつを探して相手をして貰おうか。
「ねぇ」
そう考えていると、フィーネから声がかかった。
「遺跡って言ってるけど、何か特別な文明のものなの?」
「ん? 興味あるのか?」
「少しはね」
フィーネの言葉にんー、と声を零す。どうしたもんか、と口に出して。そのリアクションを見たフィーネが軽く首を傾げた。
「もしかして秘密だったのかしら?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。話してもいい内容だが……一般的な話じゃないからな。説明された所で理解されないんじゃないかと思ってな」
「あら、私はそんな事気にしないわよ。言い暇つぶしになりそうだし、聞かせてくれないかしら」
「暇つぶしって……」
まぁ、確かに暇つぶしにはなるか、とフィーネの意見に同意した。相手が求めて来たのだから、それでつまらなく感じても相手の過失だ。そういう事で遠慮なく話す事にした。
「俺達が守護している遺跡は一般的な神をまつっている訳じゃなくてな、《ガーディアン》と呼ばれる存在を祭っている遺跡、数ある内のその一つなんだ」
「ガーディアン?」
フィーネが聞き返してくる。その言葉に頷く。
「あぁ。この星に属する概念を象徴とする星の守護者たちだよ。まぁ、その中でもウチらが守ってるというか祭っている存在はちょっと特殊でな、厳密に言うと《ガーディアン》なんじゃないけど、忘れてはならない……って遠い昔に決められたから、それをずっと継承してこの地で遺跡とご神体を守り続けている、って訳だ」
なんでも、始まりは数千年も前になるらしい。まぁ、この時点でだいぶ怪しい話だけどな、とフィーネに説明を続ける。この遠い昔、世界は危機を迎えていた。何でも《ガーディアン》の内一体、その翼が当時の支配者であったカスなんとかという存在にもぎ取られ、奪われ、そしてそれによって怪物が生み出されたらしい。
その存在をロード・ブレイザーと呼んだ。
ガチキチと表現できるこの怪物に対して《ガーディアン》は直接的な戦闘を仕掛ける事が出来なかった。それがロード・ブレイザーもまた負の存在ではあるが、《ガーディアン》としてカスなんとかという連中として生み出されたかららしい。そこでイキったロード・ブレイザーは人類をそのまま絶滅させようとした。
だけどその時、立ち上がった人物達がいた。
「それが《剣の聖女》アナスタシアだった」
彼女とその仲間は《ガーディアン》と契約する事で力を借りる事に成功し、それと共にロード・ブレイザーに勝負を挑み、見事勝利し、封印する事に成功した。そうやって人類は救われたのであった。ただし、その戦いで《剣の聖女》は死亡した。故に彼女の献身、そして悲劇を忘れてはならない。英雄の物語を決して、悲劇で終わらせてはならない。
忘れ、伝えられず、そして消えて行く。誰にもその功績を称えられずに物語が完結してしまうのはあまりにも報われない。だからこそ、我々が伝えるべきだ。それがこの部族のルーティーンだと言われている。
「ただまぁ、これだけだと本当かどうかはかなり怪しい話だけどな。数千年も前の話ってイエスよりも昔じゃねぇか―――それでも物証があるから俺は信じるけど」
「物証?」
フィーネの問いかけにあぁ、と声を零す。
「遺跡にあるんだよ」
「なにが、かしら?」
フィーネの言葉にニヤリ、と笑みを浮かべる。
「当時、アナスタシアが使っていた剣、《ガーディアンブレード:アガートラーム》がな」
アレがなければ俺も当然、こんな話、誰かの頭の悪い与太話としか信じなかっただろう。だけど遺跡に連れて行かれ、この話と共にアガートラームを見せられ、もはや信じるしかなかった。いや、信じる事しか出来ない。アガートラームを見てしまえばこの話が信じられる。この村に居る人間は全員、一度はアガートラームに参拝している。そしてだからこそこの村で生きる事を決めている。
幾年を得ても朽ちず。
その輝きは一切鈍る事無く。
空間そのものが固定されている様に不動。
聖剣アガートラーム、《剣の聖女》が振るったとされる聖剣は数千年を超えて一切破損する事もなく存在し続けていた。与太話を信じるには、個人的には十分すぎる話だった。
「ま、余所者にはつまらない話だっただろ」
「いえ……十分面白い話だったわ。それに結婚式の最後はその遺跡で行われるんでしょう? なら私にもその与太話が本当かどうか、確かめるチャンスになるわね」
「物好きな女だなぁ……」
半ば、フィーネの反応に呆れつつ、珈琲を飲み終わってしまった。
「とりあえず、部屋に案内するから今夜はそこを使ってくれ。後は食えないものがあるなら事前に教えてくれ」
「厄介な拾いものをした、という顔の割には親切ね」
「男が女に親切するのに理由なんていらないだろう? 折角なんだからいい思いをして行け」
フィーネにそう告げて、義姉の部屋へと案内する。その後風呂場の使い方を教え、そして食べ物に問題ない事を教えて貰った。とりあえず、外の女の相手の仕方なんてまるで解らないので、適当に本棚の本を紹介しておき、
逃げる様に鍛錬へと向かった。
剣斧を片手で握り、それを背負う様に持ち運びながら村の裏手の広場へと向かった。フィーネにはどこか、妖しい色香というものが付きまとっていた。あのままずっと同じ空間に居ると、趣味でもないのに襲ってしまいそうな気がした。故にさっさと逃げ出してしまった。少し、申し訳ない事をしたかもしれない……そう思いながらも直ぐに戻る気にはなれなかった。まぁ、しょうがない、と自分に言い訳していたら、
広場に先客が居るのが見えた。
二メートルを超える褐色の巨漢の姿だ。大型のトマホークを片手に一本ずつ握り、それを淀みのない動きで振るい続けている。ナイフを扱うかの様な軽やかさでトマホークを振るう男は、その巨漢には似合わない器用さと機敏さを振るう姿に見せていた。
上半身裸の姿には大量の汗が流れており、かなりハードに動いていたのが見える。
「エルク……なにやってんだお前……」
「ん……ウィルか」
義兄となる人物が結婚前夜に汗だくになりながらトマホークを振るい続けるという猟奇的にも思える姿を目撃してしまい、どうしたんだこいつ、と心の中で軽く溜息を零してしまう。
「いや、なにやってんだよ……」
此方の言葉にエルクはトマホークを下ろしながらうむ、と腕を組み直し、頷いた。
「明日、いよいよ夫婦になると思ったらな……俺の様な男で本当に大丈夫なのか? という不安が湧いてきてな。カノンは……彼女は良い女だ。だからこそ本当に俺の様な男でいいのか不安になる。そう考えていたら」
「いたら?」
「うむ、鍛錬していた」
「はぁー……」
身長二メートルもある男の脳内が乙女だけど、そのリアクションはマッシブ。中々のギャップだった。とはいえ、そんな弱気では困る。
「姉貴から結婚しようって言われたんだろう? だったらもっと胸を張ってくれよ」
「……うむ」
「つーかお前でダメなら他の連中には任せられないから」
「そうか?」
「そうだよ」
「そうか」
そう言葉を軽くやり取りすれば、満足げにエルクが頷いた。どうやらこの短いやり取りで自信を取り戻したらしい。軽く頭を振って顔に張り付いた大粒の汗を飛ばすとうむ、と声を零しながら頷いた。
「なら俺は家に戻ろう」
「おう、姉貴を頼むな」
「任せろ」
腹の決まったエルクが広場から出て行くのを眺めつつ、ふぅ、と息を吐いた。実際、村一番の戦士だからエルクでダメなら他に任せられる相手が居ないと思っている。それにまぁ、個人的に義姉を任せられるのはあの男だと思っている。だからねるべく、情けない姿を見せないでほしい、と嘆く。
でも、まぁ、やっぱり結婚ってのは人を不安にさせるもんなんだろうなぁ、と思う。
誰かを好きになり、そして一緒になる。だけど好きだから一緒になるのではない。これからの人生を、嫌いになってもずっと、一緒に歩けると思えるから結婚するのだと義姉は言っていた。
結婚とはずっと、縛られる事でもある。
その事実は嫌っても消えない。
だからこそ、結婚する時は嫌いになっても一緒に生きて行ける人を、この先の人生を一緒に歩みたい人を選ぶのだという。今の自分にはちょっと、想像するのが難しい話だった。単純にセックスしたい相手でも、好きな相手でもなく、この先の人生を一緒に歩みたい相手―――中々、想像し辛い話だった。
だけどそれを義姉と義兄は見つける事が出来たのだ。
結構、羨ましかった。
根本からして純正のシンフォ世界ではないのだ。
でもシンフォはWA7なんて言われてるから問題ないよね、という。
これから夜通し飛行機に乗るから誤字修正適応できるのは明日の朝かな……。起きれば日本だぜ。