―――そして結婚式当日がやってくる。
部族での結婚式は一般的な物とは少し違う。お互いに申し込んで了承した時点で既に結婚している様な物だと、双認識している。だがちゃんと夫婦を名乗れるのは《アガートラーム》に、そしてそれを通して《剣の聖女》へとその報告を行ってからになる。貴方が守ってくれた未来のおかげで私達は今、夫婦になれました―――と、幸せのお裾分けをするのだ。そうする事で少しでも、無念が残らずその死が幸いで彩られる様に。
だから夫となる者も、妻となる者も互いに一番良い物で着飾る。エルクはどうでもいいとして、義姉のエメラルドやルビーで彩られたブレスレットやネックレスで身を飾り、そして上品な民族衣装に包んだ姿は美しかった。それこそ、エルクに嫉妬しそうな程に。
何せ、初恋の相手は義姉だったのだから。
だがそれももう、過ぎ去った話。
村の入り口から一歩一歩、遺跡へと向かって手を結んで歩いて行く幸せそうな二人の姿を眺めていれば、そんな小さな醜い感情なんてものは簡単に吹っ飛んでしまう。少なくとも自分にはそれだけ、二人の姿が幸せそうに見えた。それを邪魔するなんて、とんでもなかった。これでいい、これで良かったんだ。今見ている景色にその考えを肯定し、村人たちとゆっくりと進んで行く二人を追う。
村を抜ければやがて、タイルによって舗装された道に出る。これを辿ってゆくことで遺跡へと通じる様になる。周りの風景に同化する様に存在する遺跡の入り口は高台の麓を切り抜いたような形をしており、ぱっと見で地形そのものが影となってしまい、見分ける事が出来ない。
だが一度、遺跡の入り口を通り抜けてしまえば、精巧につくられた遺跡内部の造形に、そこがまるで別の空間の様に思わせられる。数千年を超えているらしいこの遺跡も、まるで朽ちる事もなく、汚れる事もなく、ずっと同じ輝きを見せ続けていた。蒼穹の色を見せる壁には文様が彫り込まれており、それが遺跡の奥へと続いて行く。
その入り口へと踏み込んだ瞬間からフィーネは言葉を失う様に遺跡の壁を眺めていた。だけどその姿を見て、軽く声を零す。
「こんなんで驚くにはまだ早いぜ」
「……っ、そ、そうね、そう言えば《アガートラーム》があるのよね?」
「魂を引っこ抜かれない様に気を付けろよ?」
それだけフィーネに注意してから、結婚式の終点へ、つまり祭壇の存在する広間へと向かった。そこが結婚式の終点だ。到着する広間は広く、奥の壁には様々な色のガラスによって作られた剣を握った女の絵が飾られてあり、その正面には一つの祭壇画存在する。
そこには一本の、両手剣が突き刺さっている。幾星霜を超えてなおも輝きを失わないだけではない。まるで生きているかのように、強い、鼓動を感じられる剣だった。それを眺めているだけで胸の中にこみあげてくるような感情がある。言葉に出来ない想いが伝わってくる。勇気を分け与える様な力を感じられる。
道を踏み外そうとする人間を考え直させ、そして軽く背中を押して正道に戻してくれるような、そんな優しさを感じられる。
それが《ガーディアンブレード:アガートラーム》だった。ガーディアン、即ち《守護獣》から生み出された剣。ロード・ブレイザーが別の守護獣から生み出されたように、このアガートラームもまた守護獣の一部から生み出された、という逸話を持っていた。この村は、部族はそれを忘れずに継承する為の存在であった。そしてここにいる連中は誰もがそれを了承した。
あの剣の輝きを見て、それを次代に託したいと思わないのは、嘘だろう。
だからこそ、結婚式はここで終わる。アガートラームの前に二人が進み、結婚を報告する。そして二人でアガートラームの柄に触れて、終わりだ。
「豪華な結婚式だろ? 運が良かったな、色々と」
魂が抜けたような表情を浮かべ、普段の美人っぷりが台無しになっているフィーネの表情に内心、笑い声を堪えながら言葉を送れば、意識を取り戻したフィーネが一瞬だけハッとした表情を浮かべ、そして笑みを浮かべ。
「えぇ、本当に運が良かったわ……本当に……」
猛禽類を思わせるような笑みを一瞬で浮かべたが、次の瞬間には柔和な表情になっていた。ふん? と心の中で軽く唸り、フィーネの表情から視線を外し、今は先ほどの反応を忘れて義兄と義姉の婚姻を祝福する為に盛大な拍手を送った。
そうやって結婚式の儀式的な部分は終わる。
アガートラームへの参拝を追えれば、これで夫婦である。その後は村人総出で宴を開く。一晩中飲んで騒いで、そしてこのめでたい日を祝う事になる。
故に、
大ジョッキいっぱいに酒を注ぎ、そのジョッキをエルクの持つ同じものと叩きつけた。かぁーん、と音を響かせながら僅かに零れるのを気にも留めず、それを口元へと運び、一気に中身を飲み干してから―――大地に叩きつける。
「クッソぉ、本当に文句が見つからねぇ……ひとつでも欠陥があればそれでずっといびってやってるのにくそぉ、くそぅ……」
「馬鹿を言うな。俺だって欠陥の多い男だ。だからこそ支えて貰うのにカノンが必要だ」
「お前そういう所だぞエルク」
義兄は人格面でも良い人だった。ほんと、文句もない。くそぉ、と愚痴りながらジョッキの中身を追加で注いでもらい、それをもう一度エルクのとぶつけあってから一気飲みする。喉を焼く強い酒精に思わず涙が出そうになるが、きっとこれは酒が強いからだ。決して寂しいとか悔しいとか、そういうもんじゃないと思う。
「やーいやーい、ウィル泣いてやんのー」
「泣いてねぇよ。お前のケツの穴にそこで捕まえて来たコブラねじ込むぞ」
「ガチでやりそうな脅迫は止めろよ!!」
「は? やる気が無かったら脅迫にならねぇだろお前」
「そりゃそうだ、はっはっはっは!」
「はっはっはっは!」
それはそれとして、顔面を殴ってはっ倒す。そうやって出来上がった馬鹿が倒れるのを見ながら、もう一杯ジョッキを飲み干す。息を吐き出しつつ、何か言葉を贈ろうとして、しかしなんか、もう、伝える様な言葉はないという事に気付かされる。言いたい事は既に日常的に伝えているのだから、今更改めて伝える様な事もなかった。寂しく思うも、それが自分の家族に対する想いだと解ると、それだけで大体満足出来てしまった。
「あ゛ー……どうしよう……凄い置いて行かれた感強い……本当に寂しいわ……」
「お前も良い男だ。相応しい伴侶が見つかる筈だ」
「えー、嘘だー……どうせ皆が先に結婚するだろ……」
「いや、それはないだろ」
「村で二番目に強いのはお前じゃねぇか」
「自信ないわ……」
「ざけんな」
両脇を村の男衆にがっちりと固められ、微妙に締め上げられる様にホールドされる。先ほどまでは勢いよく飲めた酒だったのに、この先の事を考えると軽く憂鬱になるからか、先ほどの様に飲めなくなっていた。酒のせいだとは解っているが、面倒なテンションをしているよなぁ、とは思う。
それでも止まらない。
「いや、だってさ……姉貴と一緒に暮らしてたんだぜ? ナチュラルにそれレベルを求めてしまう」
「死ね」
「姉に恵まれた異教徒が」
「エルクの自慢げな顔を見ろ―――殴れ」
駄目だよ、アイツアビリティ使ってもないのになんか回避するから。とか言っている端から座ったままの状態で横にスライドして回避している。一体どうやってそんな回避してるんだろうか、と思ったら横に倒れて顔面に酒を浴びている。その姿を見て、全員で爆笑しながら息を吐く。
「でもほら、アレサとかメリーとか……結構いい線行ってね?」
「俺が付き合ってるんだけど。両方共」
「嘘だろお前……」
「嘘だよ」
「死ね」
超低空ドロップキックが横を抜けて行くのを微妙に回避しつつ、ジョッキを再び満たす。まぁ、確かに良い子はいるんだよなぁ。基本的に我が部族の娘たちはどれもハイクオリティで嬉しい話だ。問題はそのせいでやや閉鎖的だったり、好きな相手が被ったりするところだ。後やや、村が収縮してしまう事だろう。
「外の新鮮な血が居るなぁ」
「つっても。都会の人間にARM握ってこっちで暮らせって話は無理だろ」
基本的に、この村に居る老若男女問わず、
まぁ、そんな所に好き好んで住み着こうって奴は普通は居ない。
「お、じゃあアレはどうなんだよ。アレ、ウィルが連れて来たの。割とエロさやばくね? ばくばくね?」
「お前の語彙力どうした」
「ARMもなしにバイクで荒野疾走する自殺志願者嫁に欲しい人居る?」
「あー……」
その言葉に全員が声を揃えて唸った。見た目は良くても、最低限の自衛すら出来ない女はちょっと厳しいなぁ、と言うので意見が纏まる。まぁ、誰だって可愛い嫁さんは欲しいのだ。だけどここから離れる事がない以上、ここで暮らしていけるだけのバイタリティのある女性で、子供を産んでくれて、それである程度ノイズ相手にARMで自衛出来る人が欲しい。
割と要求値が高い。
村の女と結婚するのであればその前提条件がパス出来てしまう分、外の女に対するハードルは高い。
「だけど俺、ロシア美人はちょっと気になる。こう、あのブルーの瞳が……こう、な?」
「俺はチャイニーズのチャイナドレスのこう、スリットの部分がな? もう、こうな?」
「今日散歩してたら勃起レベルの形をした岩を見つけたぜ。俺、岩と結婚するわ」
「国境どころか生物の壁さえも超えたぜこいつは……」
「相手よりも先に見失った自分の人間性を探すべきじゃねぇかこいつ」
ゲラゲラと笑いながら、視線を女衆の方へと向ける。向こうも向こうでカノンが中心に引っ張られ、結婚の話をしているらしく、チラチラと此方の集団へと視線を向けているのが感じられる。向こう側でも同じような話題を出しているのだろう。まぁ、一人結婚すればだいぶ、引っ張られるからなぁ、とぼやく。
狭いコミュニティだから当然と言えば当然なのかもしれない。
が、今はちょっと恋愛とか無理くさい感じがある。
ふぅ、と溜息を吐きながらどうしたものか、と考える。だが考えた所で結局は答えは出ないのだし、焦る事でもないのだから、しばらくは独身仲間で馬鹿をするか、小旅行に出るのも悪くはないかもしれない。そう思いながら女子グループの方へと視線を向け、そしてその中に混じるフィーネの姿を確認した。
楽しそうに女子のグループに混じっているその姿を横目で確認しつつ、ジョッキを再び地の上に置いた。
「ウィル」
エルクに名を呼ばれる。何を伝えたいのかは、その目を見れば大体伝わってくる。だから解ってる、と声をエルクに返す。
「それよりもエルクは姉貴を幸せにしてやれよ。いいからな。絶対にだぞ。出来なきゃ気合と根性で《ハイ・コンバイン》するからな」
「それは恐ろしいな……うむ、全力で幸せにしよう」
疑ってもいない事だが―――それでも、その言葉を言える人が義姉を貰ってくれて、良かった。心の底からそう思える日だった。
それから深夜過ぎ、村全体に回った酒の力によって大体の人間が酔い潰れ、そうでない者も式に当てられたか、或いは誘われ、それぞれ家へとパートナーを連れて戻って行く。羨ましくなんてないぞ、と思いながら欠伸を漏らしつつ背筋を伸ばす様に立ち上がり、周辺を見渡す。それからガンベルトに装着している二挺のARMを確認してから歩き出す。
村の奥へと。
つまり、アガートラームのある遺跡へと。
遺跡へと続く道の上を確認すれば、やはりそこには新しい足跡が残されていた。まぁ、やっぱりなぁ、とぼやきながら気配と音を殺しながら足跡を追跡し、そのまま遺跡の中へと進んで行く。
そのまま、潜みつつ遺跡の中を進めば、奥の方から灯と気配を感じる事が出来た。
あぁ……やっぱり……そう思いながら遺跡の通路から広間に居る姿を目撃した。
「やはりアガートラーム……ずっとここにあったのね。しかも欠けていない完全な状態を現在まで維持している……信仰を燃料代わりに強度を維持しているのか?」
祭壇から一歩離れた所で、フィーネがアガートラームを観察し、調べている姿が見えた。その言動を確認する限り、どうやらアガートラームの事は事前に知っていたようだ。となると今まで見せていた姿は全部演技か、とちょっと呆れてしまう。でも、まぁ、アガートラームの逸話が本物なら、
「下手な演技をしてでも欲しそうだな」
通路から出て引き抜いた双銃《アンサラー》&《フラガラッハ》を即座に距離を開けたまま、フィーネへと突きつけた。此方のその反応に、フィーネは動きを止め、そして振り返る事無く動きを止めたまま、声を送って来た。
「……あら、もしかしてどっかで演技がバレてたかしら?」
「いやぁ? 基本的に余所者は全員疑って泳がせているだけだぞ。決定的なのはアガートラームを見た時の反応だけどな」
「あら、そんなに露骨だった?」
「ま、目の色が変わるほどにな」
銃口をフィーネへと突きつけて―――それを下ろした。一回転させてからガンベルトの中に戻した。それを確認したのだろう、フィーネがあら、と声を零した。
「もしかして見逃してくれるのかしら?」
「いや、お前はもうここから叩き出すわ。だけどその前に何をしても無駄だって解った方が諦めがつくだろう?
アガートラームの方を指し示し、フィーネに抜けるもんなら抜いてみろ、と指図する。それを受け、フィーネが此方へと視線を向けてから、視線をアガートラームへと向け、
素早く、奪う様に柄へと手を伸ばした。
「っ……、これはっ!」
飛び退いたフィーネは手を振るうと燃え盛る炎を手から払おうとするが、その炎が消える事無くフィーネの腕を伝い、体へと燃え移ろうとする。だがそれを否定する様にフィーネが何か、力を使った。それによって炎が遮断され、そのまま炎を圧縮して握り潰した。うーん、惜しい。そのまま燃え尽きてくれれば簡単だったのだが。
「解らないか? アガートラームには意思がある。俺達の営みを眺め、見守っている意思が宿っている。そしてだからこそアガートラームは触れるものを選ぶ。資格のない物が触れようとすれば柄に触れる前に燃え散るのさ」
「くっ……!」
昼間の間見せた善人の仮面を完全に投げ捨てた様子でフィーネが表情を憤怒に染め上げた。そこに秘められた激情、そして力はかなりの物を感じられる。特殊な力の源―――それをシンプルにこの村ではフォースと呼び、能力をアビリティと呼称しているが、
フィーネから感じられるフォースの総量は軽く、村の戦士全員の総量を合わせても超えていた。しかもそれを激情の中で完全にコントロールし、溢れ出さない様に精密に制御している。
その気配が、遺跡の外に出ない様に。
やばい、これは死んだかもしれない。そう思いながら双銃を再び抜いた。ARMとの精神感応を解放し、《アクセラレイター》、《イントルード》、《イナーシャルキャンセラー》を何時でも発動可能なようにフォースを溜め込む。ニンジンがあれば楽に溜まるんだけどなぁ、と貧乏くじを引いてしまった事実に心の中で密かに嘆く。
「で、だ。満足したのならそろそろ帰ってくれないか?」
その言葉にフィーネは此方へと再度視線を戻し、そしてそうだな、と低い声で呟いた。その声のトーンにあ、駄目だなこれ、と即座に理解して双銃をガンカタに構える。即座に動き出せるように、後の先を取れるように神経を研ぎ澄ます。
「村を潰せばゆっくりと確保できるな」
「―――!」
言葉に迷う事無く引き金を連続で引いた。放たれた三つの弾丸はそれぞれ実弾と精神弾の二種類に分かれて放たれ、両方が同じだけの反応を示しながらフィーネの手前、一メートル程度の距離で衝突し、ガラスを砕くような音を立てながら粉砕した。フォースで障壁の様な物を張ったのか? そう思考した瞬間にはフィーネの姿が加速して消える。
そしてその姿は音もなく横に出現する。
ライダースーツのまま、片手に負の方向へと染まった虹を固めながら殴る様にそれを放ってきた。
―――死が眼前に迫った。
フィーネなんだから当然なんだよなぁ……?
という訳である意味約束された流れ。漸くプロローグが開始されてすらいないではないか……。まだまだ、スタート地点には程遠い。だから盛り上がっていこう。
物理的に。