衝突すれば即死―――だがそんなもん、ノイズと戦う以上は常に存在し続けるリスクだ。死ぬかもしれないと考えた所で無駄だ。重要なのは一撃も喰らわずに確実に相手をぶち殺す手段だけを冷静に、そして的確に考える事だ。故に冷静に、そして静かに、心の中でこのビッチは絶対にぶち転がすと吐き捨てながら、心の中の撃鉄を引いた。
「《イントルード》」
偉大なる時の
相手の時間を侵略する。
相手に対して時間を侵略する事によって、疑似的に相手の保有する時間を侵し、此方の行動を
それにマルチアクションを加え、片手の銃を持ち上げながら体を避ける様に倒していき、そしてシングルアクションを引き金を引きながら事前に用意した二つ目のアビリティを引き出す。
「《イナーシャルキャンセラー》」
感覚を研ぎ澄ませる。慣性の法則を一時的に無視し、自身の意思で慣性をコントロールし、攻撃を行う方向へと向かって全ての加速、破壊力の全てが向かう様に法則を切り替える。これが《おっさん》であれば、前述の《イントルード》も《イナーシャルキャンセラー》もなく、口笛を吹きながら視線も向けず―――いや、目を閉じたまま放つ事が出来ただろう。
未だ、目指す背は遠く。
それでも、
「ファイネスト・アーツッ!!」
《アンサラー》の銃口から放たれた至高の一撃が負の虹と衝突し、互いに食らい合いながら消滅した。だがそれでフィーネの動きは止まらず、負の虹が消えた拳そのもので殴りかかってくる。音速を超えるそれを《アクセラレイター》で知覚できる速度まで加速し、皮一枚掠らせながらそのまま《イナーシャルキャンセラー》を乗せてカウンターに蹴りを叩き込む。
蹴りが障壁に阻まれる。
「げっ」
破壊したはずの障壁をフィーネは纏い直していた。言葉もモーションもなく。しかもかなりの力を込めた蹴りだった筈なのに、逆に此方が痛みを感じれるレベルの強度をしていた。
「その足、貰うわよ」
「っ、《イントルード》、《イナーシャルキャンセラー》……!」
時間を侵略し、回避動作を割り込ませながら素早いフィーネの追撃を回避し、横へと体を飛ばしながら連続で引き金を引き、銃弾を全て吐き出す様にそれを障壁へと叩き込んで割った。銃弾が障壁を貫通し、それに当たらぬようにフィーネが
人間の皮を被った化け物じゃねぇか、と毒づきながら転がり、そのアクションにリロードを挟みながら片膝をつく様に立ち、フィーネへと弾丸の雨を浴びせながら一発だけ、入り口へと向けて撃った。
当然の様に回避するフィーネ、
そして当然の様に弾丸を弾く入り口。
「逃げる事を考えても、助けを呼ぼうとしても無駄だ」
「そんなに俺と二人きりの夜が欲しかったのか、ビッチめ」
「軽口を叩く余裕があるならその分楽しませてみたらどうだ?」
言葉と共にフィーネが指を弾いた。それに合わせ彼女の周辺に半透明な剣が浮かび上がり、その切っ先が全て、此方へと向けられた。
「Bugger……」
《アクセラレイター》で加速しているというのに残像しか見えない速度で無数の剣が放たれた。その軌跡が正直であるのを祈り、それが向けられた方向を全て頭にインプットし、体を動かした。急所にだけは当たらない様に体をズラしつつ、命中するものが来る軌道に合わせて引き金を引き、それでも間に合わぬものは銃底を配置する様に殴り抜く。
肉を切る感触と共に剣を回避した所でフィーネの姿が接近しようとした場所にはいない。
「どうした、ここだぞ」
言葉が聞こえた時には既に衝撃が叩き込まれていた。骨の砕ける感触と共に視線を右へと持って行けば、横からフィーネの蹴りが叩き込まれるのが見えた。フォームもクソもないド素人の体術なのに、身体的なスペックがまるで違っていて受け流す受け流せないの次元じゃない。
肺の中の空気を全て吐き出す様に床に叩きつけられる様にワンバウンド、其の儘床を壁際まで転がり、壁を足場に蹴って跳躍。直後、そこに突き刺さった雷の槍を回避した。
―――駄目だ、《アクセラレイター》も《イナーシャルキャンセラー》も途切れた瞬間追いつかれる。
フォースが、精神力がごりごり削れる感覚の中、壁を蹴って、大地を蹴り、フィーネを撃つ為に踏み込もうとする。弾丸を連続で放てばそれが障壁を貫通し―――フィーネの姿が霞んで消えた。幻術の類まで使えるとなるともう本格的にどうしようもねぇな、と思いながら即座に横へと飛んで、銃を交差させるようにガードした。
直後、ガードする腕にずしり、と重い感触が響いた。正面からはフィーネの足が叩きつけられており、それが銃を貫通して骨にまで衝撃を通していた。指の痺れる感触を無視しながら持てる技術の全てで無理やり体を動かして、硬直を受け流しながら引き金を引く。カウンターを叩き込みたいが引き金を引き終わる頃にはフィーネの姿が消えている。
駄目だ、遊ばれている。完全に嬲られている。
「Fucking bitch」
「負け惜しみをしたいのなら好きなだけするといいぞ」
「正直な話、どんだけエロくてもお前の存在そのもので勃たねぇわ」
言葉を放った次の瞬間には首に光の鞭が絡みついていた。あぁ、やっぱり挑発しすぎたか、と思いつつも流石にこうも絶望的すぎる力の差があると、軽口でも叩かないと心が死にそうだった。とはいえ、その反骨精神の対価は激痛だった。首を締め上げる鞭が熱で喉を焼き、そのまま体を引きずり回し、広間の空に体を投げられた。
フィーネが、入り口に立っているのが見えた。銃口を向けるが、
それよりも早く、フィーネが手を横に振った。
体がその方向へと加速し、そのままノンストップで壁に衝突させられた。そこでバウンドしてきた体が反対側の壁へと向かって倍速で突っ込み衝突し、天井に叩きつけられ、床に叩きつけられ、フィーネがタクトの様に振るう手の動きで体が何度も何度も天井、壁、床、床、床、壁、天井、壁、壁と連続で叩きつけられてゆく。ぶつかる度に肉がそげて行く感触と骨が砕かれていくのを感じ、血反吐を吐き出しながら床をバウンドする様に投げ飛ばされ、滑り、転がり、そして漸く動きを停止した。
「―――」
一瞬、心臓が動きを止めるも、ぼろぼろの腕で胸を殴り、無理やりそれを動かし、咳き込みながら血反吐を吐き出す。やばい、これは勝てない。村の戦士全員を集めた所で勝てない相手だ。油断も慢心もしていた訳じゃないが、こんなに自由に力を振るう相手なんて初めて見た。《おっさん》の様に目撃した瞬間絶対に勝てないと無理矢理理解させられる様な絶対さはないが、
それでもこの女には勝てない。
今にも死にそうな自分の体がそれを証明していた。床に転がった状態のまま、無傷のフィーネの姿を見た。これだけ激しくやり合ったというのにまだ疲れたような姿さえ見せていない。
本当の化け物とはまさしく奴の様な者を言うのだろう。
「……」
「もう喋る力もないか」
言い返したい所だが、事実、もう喋るだけの力がなかった。引き金を引きたいし、弾を込めたいのに、先ほどの連続衝突で全部吐き出し切ってしまった様で、体がまるで動かない。とはいえ、ここで死んでしまえば村が滅んでしまう。
義兄と義姉が、そこにはいるのだ。
「ほう……」
なら諦められない。勝てる見込みが欠片もないのが恐ろしい所なのだが。そう思いながら体を覚悟で満たし、立ち上がった。ぼろぼろの体が僅かに揺らめき、立ち上がる体を支えるだけで限界近い。それでも諦める訳にはいかなかった。あの人たちは幸せにならなくてはならない。
幸せになってほしいのだ。
「死ね、ビッチ……!」
腕を持ち上げ、引き金を引いた。弾丸が吐き出され―――障壁に弾かれた。
「何かしたか?」
ぱちん、と返答する様にフィーネが指をスナップさせた。それと同時に発された衝撃が腹を打ち、体を後方へと弾いた。両手から双銃が零れ落ち、そして背中が硬い感触に衝突した。地位反吐を吐き出しながら視線を確認する様に向ければ、
そこには、アガートラームの姿があった。
「あぁ、そうだな。その剣でなら私に勝てるかもしれないだろうな」
フィーネは見下すような視線を向けながらアガートラームに寄り掛かる此方の姿を見て、言葉を発さずに口を動かした。
―――抜けるものなら抜いてみなさい、と。
「……ごほっ」
喉の奥から湧き上がってくる不快感に顔を歪め、血反吐を吐き出さずに飲み込んだ。そしてあぁ、成程、と理解させられた。元々彼女は狙っていたのだ、アガートラームを。そしてそれを抜かせる為に追いつめているのかもしれない。となると元々、俺が彼女を見つけてこなくてもその内、村が襲われていたのかもしれない。だからといってどうした、という訳でもないのだが。
一か八か、抜いてみるか?
村のご神体を?
……いや、ここで死んだらそのまま村を襲って、抜く事の出来そうな奴を探しに行くだけだろう、と理解させられる。
生き残るにはやるしかない。あの人たちの幸福を守り続けるにはそうするしかない。この剣がどれだけ大事なものであり、そしてどういう意味を持つ物かは、非常によく理解している。
それでも
たとえ《英雄の末路》へと辿り着く事になろうとも、やらなければならない事がある。
「そんなに、抜かれたアガートラームがみてぇか」
抜けない―――アガートラームは本来封印されていて、抜けない様になっている。村の人間であれば、触れる事ぐらいは出来る。自分も触れる事はここで暮らしているから許されている。だがそれを引き抜く事は誰にも出来なかった。封印されているから当然だ。だけどもし、ここでアガートラームが抜ける様であれば、
それはつまり―――。
よろめく体でアガートラームの柄を両手で握る。
「なら、見せてやるよ……!」
祭壇の台座に刺さった聖剣を抜く様に力を籠め―――そしてあまりにもあっさりと、それを引き抜いた。持ち手が二か所存在する両手剣。中央が蒼く彩られた鋼。《剣の聖女》が世界を救うのに使った唯一無二の最終兵器。山を割り、海を砕く聖剣。あらゆる希望を束ねて力へと変える聖剣。それを握った物に英雄という末路を約束してしまった聖剣、
《ガーディアンブレード:アガートラーム》。それが長い時を得て、漸く蘇った。
まるで生み出されたその時から一切損耗していない様な輝きを抜き放たれたアガートラームは見せる。新品同様の輝きを見せながらもそれは恐ろしく、軽い。見た目は両手剣―――それも大剣と呼べるようなカテゴリーのサイズはあるのに、ナイフ程度の重さしか存在しなかった。
だがそれを振るうだけの力が残されていなかった。 引き抜いた所でフィーネへと向かおうとし、一歩目で足を止め、床にアガートラームを突き刺して杖代わりにしないと、立つ事さえままならない。深く息を吐き出しながらなんとか呼吸を整えようとするが、体内に熱が広がって行くのを感じる。
「《ガーディアンブレード:アガートラーム》! まさか本当に抜けるとは。しかし、これで―――いや、今はいい。それよりも―――」
体が熱い。傷口が燃える様な熱を発している。そしてそれが逆行する様に塞がっていき、体内で砕かれた骨が繋がっていくのを感じる。激痛を感じながらもアガートラームから流れ込む力が体を再生しているのが解る。そして更に力が引き出される。アガートラームから流れ込む力がこのガーディアンブレードを振るう為の最適な形へと肉体を整えようとしているのが解る。
だがそれが終わる前に、
「さあ―――それを寄こせ!」
「欲しいなら奪ってみろ!」
フィーネが雷の槍を放ってきた。それを踏み込みながら回避する。そしてそのまま一気にフィーネへと肉薄する。肩から障壁へとぶつかり、その衝撃でフィーネとの間に距離を生みながらアガートラームを全力で振るった。
遺跡の壁が斬り飛ばされた。
薙ぎ払うような形で遺跡の壁が貫通され、その向こう側の夜の世界を晒す。余りにも馬鹿げたその破壊力に自分のやった事を疑う。だがそれを考え込む暇もなくフィーネが連続で負の虹を放ってくる。先ほどまでなら反応すら出来なかった速度と、命を懸けてぎりぎりで捌き切れたという量。
「はぁっ!」
アガートラームを振るい、纏めて殴りつければネガティブ・レインボウを叩き壊せた。その勢いのまま、一気にフィーネへと飛び込み、障壁を叩き切りながら薙ぎ払う。フィーネの姿が霞み、消える。だがアガートラームを抜剣した事によって得た力、引き出される力がフィーネの存在を感知させる。
体を軽く回す様に振り返れば、
「っらぁッ!!」
振り向きざまに咆哮を零しながら蹴りを叩き込めば、それで雷の槍を蹴り飛ばせた。そしてフィーネの方を見て、アガートラームを両手で構えた。左手で柄を握り、右手で刃の背の持ち手を握る。構えつつ、自分の肩を超えて伸びる蒼髪と、見えるポンチョを内側から押し上げるふくらみを見た。剥き出しの手を見れば、肌の色がまるで欧米人みたいな白色をしている。
それは、まるで、
「―――アガートラームを一番上手く使える者は既に決まっている、そうだろう? だがこういう風に辻褄を合わせようとするとは予想外だったな」
「なんにしろ、ここでおまえをぶっとばせるってならなんでもいいさ」
他の連中が騒ぎに気付く前に終わらせる。肉体が一時的か恒久的にかは解らないが、《剣の聖女》同様のスペックを発揮できるだけあるのであれば―――負けない。
「ほう、まだやる気か」
「村もアガートラームも守らなきゃいけないからな……!」
床を粉砕する様に踏み込み一気にフィーネへと向かって加速する。だがそれから逃れる様にフィーネが先ほど破壊した壁から外へと飛び出す。
「逃がすかッ!」
その姿を追いかけ、穴を抜けて外へと飛び出せば、満天の星空が広がっている。だが村と此方を遮断する様に結界の様なものが張られており、それが村へと此方の喧騒を伝えない様にしていた。今の姿を見られたら正直、なんて言われるか解ったもんじゃない以上、助かる。
とはいえ、さっさとフィーネを星の果てまでぶっ飛ばして言い訳を考えなくてはならない。
外に出たフィーネに肉薄する為に柄を両手で握り、一気に踏み込む為に力を込めようとして、
フィーネがニヤリ、と笑みを浮かべた事に悪寒を感じた。反射的にアガートラームを盾にする様に構え、フィーネから距離を開けようとする。だがそれよりも早く、
「一手、遅かったな。
衝撃に備えた瞬間―――一瞬で意識を喪失した。
「やれやれ、なんとかアガートラームも使い手も確保できたか」
完全に凍り付いて封印されたアガートラームと、そして今代の
事実、その巨人―――ゴーレム・リリティアの機構によって、ウィリアムは凍り付いていた。
それでも死なないのがアガートラームの使い手。
「……撤収するぞリリティア。それをFISへと運び込め」
主の命令にリリティアが無言で肯定し、凍り付いた聖剣とその使い手を掴み上げた。その方の上へとフィーネが跳躍して乗り込めば、再び夜の闇の中へとリリティアが飛翔し、消えて行く。
その姿が通り荒野の果てへと消えた後で、
一つの影が既に終わった戦いの場に出現した。
「クソッ! オレとした事が出遅れたかッ! 女狐め……!」
その影は少女の姿をしていた。ローブを着込み、魔女の様な三角形のつばの広い帽子を被っていた。少女の姿をした乱入者は遺跡の中に残っていないアガートラームを、そして戦闘の痕跡を確認し、氷が付着している大地に触れてから帽子のつばを軽く握った。
「チ、既にリリティアを動かしていたか……となるとFISか? だが日本の可能性もあるか。櫻井了子としては保有出来ない以上奴の施設のどれかだ……しらみつぶしに回るしかないな……」
そう呟いた少女は騒がしくなり始めて来た村の方へと視線を向け、顔を隠す様に帽子を下へ引く。袖からテレポートジェムを取り出し、
「……近場はFISか」
呟き、ジェムを割った。
そして荒野から最後の人影が消えた。
悲しみだけをそこに残して。
数千歳は伊達じゃない。
という訳で覚醒した所で経験と準備していたのであっさりと陥落。村は燃えないし、死人も出てないからこれはもしや、グッドスタートなのでは……? アガートラームで戦おうとするとアナスタシア化するというお話。誰がアレを握って一番強いかって言えばそらそうよ。