また、本小説に出てくる女の子はハンターではありません。狩り描写は一切ありません。世界観だけ借りてきたとか、そういう系です
性的描写は第四話となります。そこまでが長いので、飛ばしていただいても構いません。
ですが、ひとつの作品としてもしっかりと終わらせたつもりなので、初めから終わりまで読んでいただけるととても嬉しいです
暗闇に囚われていた。
目を開けても、閉ざしても、変わらない世界。
色彩のない世界。
そもそも、今、目を覚ましたという自らの感覚は、果たして正しいのか。
夢の中に溶け込んでいるだけではないのか。
音は。
音は、聞こえる。
どこからか。分からない。
ここではないどこかから、響くように、唸るように、轟くように。
絶え間なくそれは耳に届いて。届いて……?
夢ではないはずなのに、夢でないと言えない。なら、起きているともきっと言えない。
目を使わずに目を覚ますには。耳を使わずに起きるには。
そんなことを考えていて、なんで、こんなことを考えているんだろうと思って。
それが分からなくて、首を傾げて。
髪に触れる、硬い感触に気付いた。
ああ。そっか。すっかり忘れてた。それはすぐ傍にあった。
体を動かせば気付ける。それを学んだ。大事なことかもしれないと思った。身体の動かし方を忘れてしまったら、どうしようもないけれど。
思い出す。確かめる。背中と足にかけて伝わってくる固くごつごつとした感触。ともすればそれは、少し身動きしただけで肌を傷つけてしまうかもしれない。
でもそれは、不思議と、とても暖かくて────
それがこの命を繋いでいる / 暗闇に穴が開いた。
暗闇に開いた穴から差し込んできたのは、光。そして冷気。
とても、まぶしい。真っすぐ見ていられないくらい。やはり目は覚めていた。
穴はどんどん大きくなっていく。暗闇をつくっていたものが崩されていく。
それを崩しているのは、大きな翼、それと爪。
かき分けるようにして穴を広げていく。それをぼんやりと見つめている。
冷たい空気が肌を刺す。穴の向こうは白く霞んで、よく見えなかった。
暗闇はもう光に食べられてしまった。ところどころの薄暗さが、さっきの世界を少し思い出させてくれる。
この身体もその光に照らされる。穴を広げていた翼が止まる。
そこからがばりと赤い相貌と琥珀色の双牙が覗いて。
岩の地面と壁にもたれかかったわたしは、ただぼうっとその瞳を見て。
白い肢体を晒しながら、そういえば何も着てないんだったっけ、と身動きしないままに淡く思った。
短編:氷漬けのリンゴを貴方に
どしゃっと目の前の地面に放られたのは、血みどろになった肉の破片。
わたしはそれを何の感慨もなく、瞳だけを動かして見る。
ふうっと顔に吐息が吹き付けられた。瞳をそちらの方へと移す。
わたしの反応を促すかのように、その顔を近づける白い竜の姿があった。
その大きな体がわたしを覆うように影を落とす。その琥珀色の双牙から滴るのは、やや黒みがかった血と、肉の破片。それがわたしの脚を赤く色づけしていく。
牙はとても長く、もう少し地面に向けて下げればわたしの太腿へと届き、その皮を容易く切り裂くだろう。
吹き付けられた吐息は、濃く強い血の匂いがした。
ああ、そうか。
これを食べろと言ってるんだ。
地面に落ちた肉の破片に、もう一度目を向ける。
もとが何だったのかなんて分からないほどに千切られてしまったそれは、そこにさっきまで命があったことを示すかのように、その赤を保っていた。
これがわたしに与えられたモノ。
なら、食べよう。
目を覚ましてから初めて体を動かす。
もう長いことそのままであったような軋みと気怠さを感じながら、手を、足を、身体を、ゆっくりと起こしていく。
壁にもたれていた背中を引きはがして、投げ出されていた手を持ち上げて、伸ばして。
その肉の欠片を手に取った。
竜はそれを見て少し離れて、でも目を離しはしなかった。
吐息は相変わらず届いていて、濃い血と命の匂いと、牙から滴る赤色と、手に取った赤色が絡まって。
それをなんとも思えない。
それらはぜんぶ、見てきたものだ。
手に取った柔らかいそれを口へと運ぶ。
腕を伝って血が滴り落ちて、胸と、下腹部に色を付けた。
それを食べろと言われている気がして、食べられそうだったから、食べた。
ただ、それだけ。
味は、あまりしなかった。たぶん味はあった。でも、ほとんど気にしていなかった。
弾力を持ったそれを噛み千切るのは少し大変だったけれど、時間をかけて、食べていった。
噛むたびに染み出る血が、喉を伝って身体の内に流れていくのを感じた。
放られた肉の最後の一片を咀嚼すると、竜の顔がいよいよ近づいてきた。
わたしの腕ほどもある琥珀色の牙は、立派なものだった。
何かをしようとしているのは分かったけど、なにをしたいのかは分からなくて、わたしはされるがままになることを選んだ。
恐怖や絶望という感情が起こるのかも、とふと思った。
でも、それはごっそりと抜け落ちてしまっていた。ただ諦観に似た荒んだ穏やかさだけがあった。
これから気まぐれに食されるというのなら、それでもいい。だけど、とても痛そうだ。そうするならできれば、一息に殺してからにしてほしい。
その鋭利な牙を、この頭か胸に向けて突き立てるだけでいいのだから。
その竜が伸ばした舌が、わたしの身体に着いた血を舐めた。
「んぁっ……」
思わず挙げた声に、わたしの方がびっくりした。
そうか、今のがわたしの声……。ずっと言葉を発していなかったから、忘れていた。
白い肌に滴っていた赤色を、その竜は舐めとっていく。そうでない場所も、丹念に舐めていく。
足先、太腿、腹部、胸、首、口元、腋、腕、手のひら。
そのざらりとした肌触りと、染みつく唾液の感覚に、わたしは身を委ねた。
「は……ぁ…………んぅ」
わたしは喘いだ。くすぐったさと、熱っぽさ。
こういうときに、甘く、切なくなるように、わたしは作られているから。
仰向けのわたしのくまなくを舐め終えると、舌でひっくり返された。
そして、うつ伏せのわたしをまた舐めていく。
肩、背中、内腿、股。
ざり、ざりと舌が入り込んでくる。
「ふぁ…………んっ……ぁ……あぁぁ」
湧き上がる下腹部の疼きに抗わず、甘い声を漏らす。
浮いていく感覚に占められつつ、
なんだかいつもとちがうな、と思った。
こうなるときは、決まって胸や腹部、唇と内股だけが扱われるのに。
これはそれよりも、この身体すべてを覆おうとしているようで。
そのときに思い出した。
薄く霞んだ記憶。熱に浮かされながらも浸れる、淡い思い出。
忍び込んだ書庫の中。壁の隙間から僅かに差し込む光だけを頼りに、凍えながら読んだその本に書いてあった。
大人の□□竜は、子どもが血や排泄物で汚れたときに、それを舐め取ってきれいにする、と。
ああ、これは、それか。
違ったのか。
そうと気付いたとき、竜はわたしの足裏を舐め終わって、顔を離した。
「ぁ……」
なんだか、違う。
名残惜しさが違う。それまでのこういうことと、今とでは。
何が違うんだろう。分からない。
少しだけ火照った息をなだめながら、その場に身を横たえていると、その竜の黒い爪が腹部に当たった。
そして、仰向けに転がされたり、背中を起こされたりするうちに、いつの間にかわたしはその場にやんわりと座っていた。
あの鋭利な爪が当てられて、擦り傷程度で済んでいるのが不思議だった。
まだ身体は竜の唾液で濡れている。なかなか乾かないそれは、外からの光を反射してきらきらしていた。
また何かされるのか。上目使いに竜を見る。
その竜は、少しだけ息を吸い込むような仕草をして、──ごうっと。
凍り付くかのような冷たい吐息を、わたしめがけて吹きかけた。
「───!」
身体がぎゅっと縮こまるのを感じる。火照っていた身体の熱が一気に冷めていく。
でも、それはほんとに一時のことで。それよりも。
「ぁ……」
ぱりぱりと、全身を濡らしていた唾液がその風を受けて固まって、はがれるように皮膚から零れ落ちた。
後に残ったのは、目が覚めたときと変わらない、白い肌のわたし。いや、あのときよりも、汚れは落ちているかもしれない。かすり傷が少し増えたくらい。
わたしは、この竜に身体をきれいにされた、のかな。
あ、肉も食べさせられたんだっけ。
なんというか、それは。
この竜に、お世話をされているみたいだ。
食べ物を分け与えられて、身体を支えられて、全身をきれいにするために舐められて。
まるで、雛かなにかのよう。
そんなことを思って、わたしは──。
わたしは、嗤った。
「あ、ぁぁ…………ヒトですらないんだ、わたし」
だって、ソレをヒトと呼ぶにはあまりにも歪すぎた。
身体は既に使われきって、記憶なんてものはあてにならなくて、衣服があろうがなかろうがどうとも思わないくらいに欠けてしまって。
ヒトを襲うはずの竜が、何か勘違いをするくらいに。
そう、わたしはこの竜に出会ったとき。
裸の四つん這いで歩きながら、呂律の回っていない声を上げながら。
ただ、焦点の結ばない瞳で空を見て嗤っていたんだ。
「あぁ……ははっ、あはは、あはははははははははははははああはははははあははははは」
笑う。哂う。嗤う。
かろうじて回っていた思考すらも融かして、わたしは嗤う。
双牙の竜はそれを黙って見つめていて。
わたしというモノがここに連れてこられて、最初の日が沈んだ。