夕方に差し掛かる頃、一人の領主の元に怪しげな人間が訪れた。金色に光る多角錐の兜のようなものを被り首から上は完全に隠されており、服装は聖職者のソレを思わせるものだったが、仕立てのよい細かい刺繍の施された薄く灰色がかったものは白を好む聖職者とは異色だった。
最初に扉を開け、接客に出た執事はその異様さに驚きはしたものの、親しみを込めて挨拶すると主の下へと案内した。領主も最初はいぶかしんだものの、長年の友人に再会したかのように接客を始める。
「ふむふむ。それでそのツアレニーニャ・ベイロンさんは今どちらに?」
「ええ、飽きたので王都にある違法娼館に売り払ってやりました」
「なるほどなるほど、その違法娼館にはどのように行ったらいいのでしょうか」
「そうですな。まず渡りを付けねばならんのですが―――」
相手は当然オチバである。出会い頭に強化し、時間延長した《
そして、領主を眠らせると金目のものを片っ端からアイテムボックスに放り込み、《
王都へ戻ると、領主の行っていた違法娼館に向って歩き出した。そしてその扉の前に立つと、《
室内はゴツイ男が数名いる程度だったが地下にはひどい暴行をうけた女がたくさんいた。中には切り傷を負ったものや、首を絞められたあとが残ったもの、総じて片手と片足の腱が切られているような痕があった。金髪の女性は一人しかおらず、恐らくツアレニーニャだろうとあたりをつけた。違ったらまた聞けばいい。ただ、肝心のツアレニーニャらしき女性もぐったりとしており、足や腕に深い傷を負い、投げ出された足の間には白いものを垂らしていた。
オチバは追加で《
そしてツアレニーニャに《
ニニャは杖を抱えてうずくまるように眠っていた。オチバが使っていたベッドには女の子のニニャが着ていたワンピースが敷かれていた。オチバはそのワンピースをアイテムボックスにしまうと、ベッドの上掛けを剥がした。
マジックタオルを取り出し、それでツアレニーニャに体をキレイにするように命令すると、ニニャのベッドへ近づき、頭を撫でると冒険者の時に着ていた外套をアイテムボックスから取り出し、ニニャの上にかけた。
ニニャの頭をしばらく撫で、ニニャが安心したように顔から力が抜けると、オチバはツアレニーニャを自分のベッドに寝かせ、《
MPの消費が意外と激しい。持つかな? まぁ何とかしよう。
そう考え、オチバは金色の頭装備を外すとニニャの額にキスを落とし、金の頭装備を再びかぶると王都の違法娼館の地下へと転移した。
そこにいた従業員らしき男に出会い頭で《
コッコドールにも《
そして《
ただ、コッコドールは他に隠し財産があるそうなので移動することにした。その際、コッコドール以外は全裸になり、ひたすら今ここにいる男のケツ穴に固くした肉棒を突っ込み射精し続けろと命令し、娼館をでた。そして出た所で男達が着ていた服を纏めて地面に置くと、それに油を撒いて火をつけた。
コッコドールの隠れ家へ入るとすべて財産を出させ、それらをアイテムボックスにすべて収納した。そしてコッコドールに以前買った安い短剣を渡し、詰所に行き、先ほどコッコドールが書いた羊皮紙の束一部を渡し、すべての犯罪を大声で自白したあと自分の股を刺し続けるよう命令した。
そしてオチバはガゼフの家へと向かい、《完全不可視化》を使って侵入し、ガゼフの枕元に集めた書類や証言の書かれた羊皮紙を置くとエ・ランテルへと転移した。
エ・ランテルに着くとオチバは人目のない場所を探し、いつもの格好へ着替えた。そしてニニャの寝る部屋へと転移し、全裸になるとニニャの眠るベッドへ倒れるようにダイブした。高位魔法の連続使用でMPが尽きかけていた。
ニニャは昨日の朝、机に置かれたオチバの書置きを見て、やっぱりと納得した。仲間にもオチバがしばらく戻らないだろう事を伝え、漆黒の剣としてどう動くか相談し、今までの疲れを癒すよう数日休暇にする事になった。
ルクルットは娼館へ、ペテルとダインはギルドへ訓練に行ったがニニャは特にやることもなく、ただ街を出歩き、糸や布を売る店を見つけると、気が早いかなと思いつつ産着を編んでみることにした。
お店で編み物を教えてくれる人を教えてもらい、そこでお金を払い教えてもらいながら産着を編んだ。夕方になり宿に戻り、仲間と今日の出来事を話しながら夕食を取り、寝るためにベッドに入ると急に寂しさがわいてきた。
二週間以上、ほとんどの時間をオチバと過ごした。夜から朝にかけては特にそうだ。寝るときは一緒に寝て、起きた時も一緒にいた。でももういない。帰ってくるとはわかっていてもオチバのことだ、姉が見つかるまで戻らないだろう。
今までの長い時間、かけらも手がかりが見つからなかった姉を探し、戻ってくるまでどれほどの時間がかかるのか想像も付かない。そう思うと寂しかった。
オチバからもらった
「ふふっ、匂いに釣られて戻ってきたりしませんかね?」
そう微笑みながらニニャは杖を抱いて眠りについたのだった。そしてニニャが起きてみると隣にオチバが全裸で眠っていた。
「あれ? 本当に匂いに釣られて戻って来たんですか?」
ニニャは横でうつぶせで眠るオチバの背中を撫でた。もぞもぞとオチバが動き、ベッドに身を起こしたニニャの腰に抱きつき、スリスリと頬を擦り付け始めた。
「ふふっ、そうですね。匂いの元はこちらでしたね」
ニニャはそう言いながらオチバからもらったワンピースを敷いたベッドに目を向けると、そこに眠る女性が初めて視界に入り、ニニャは目を見開いた。ニニャはしがみつくオチバを引き剥がすと、よろよろと隣のベッドへと向った。
「もしかして……。ツアレ姉さん……?」
何年も時間が経ったが姉の面影があった。眠るツアレニーニャの上掛けをそっと捲ると全裸だった。ただ、傷らしき傷は全くなく、キレイな肌をしていた。ニニャは上掛けを戻した。
ニニャが離れ、ツアレニーニャを見つけたことでお楽しみはないと判断したオチバはしょうがないので起きる事にした。昨日は夜中まで働き、とても眠かったが、いい匂いのする布団がないとよく眠れない気がしたのだ。
「おはよう、ニニャさん。お姉さん見つけてきたよ」
「おはようございます。オチバ。その、本当に?」
「うん。間違いなくツアレニーニャ・ベイロンさんだよ。ちょっと遠い都市の違法娼館で酷い目にあってたみたい。体は全部治癒したけど心の方は、その、僕には治すのは難しいんだ。だからまだひどい状態だと思う……」
「そう、ですか……。それでも、ありがとうございます。オチバ」
ニニャはぽろぽろと涙をこぼしながらツアレの頭を撫で続けた。オチバは服を着ると下に降り、部屋で食べるからと言って朝食を二人分もらい、部屋に戻った。部屋に戻るとニニャとツアレが声をあげて泣いていた。
オチバは居心地の悪さを感じて机に二人分の朝食を置くと、全裸のツアレのためにアイテムボックスからイシュペンかウィナにあげる予定だった予備のワンピースを取り出しニニャのベッドへ置き、ペテルたちのいる四人部屋へと退避した。
その日、王都は混乱した。その混乱はとうに日は暮れ夜警の人間くらいしか起きていないような時間から始まった。詰所にいた衛兵の元に気の狂ったオカマがあらわれた。そのオカマは自ら犯罪組織八本指の幹部、コッコドールを名乗り、羊皮紙を衛兵に渡すと自ら犯した罪を大声で叫び隠し持っていた短剣で自らの股間を何度も突き刺した。
衛兵は突然のことに驚き、何度か短剣をコッコドールが股間に刺すと我に返り、止めに入った。突然の出来事にどうして良いのかわからず、取り合えず止血したあと牢へと入れた。
コッコドールが自白した違法娼館に関しては早急に動く必要があった。応援を呼び、違法娼館へと向うと、ロビーでは男達が輪を作り、自分の一物を目の前にいる尻の穴に突っ込み輪がうごめくように全員が腰を振っていた。
その光景を見て、衛兵達は戸惑ったが、ひとまず全員を拘束し、館内の捜索を行い、そこにいた女性たちを全員救出した。女性たちは保護し、男達は全員牢へと入れた。
翌朝それらの事件の報告書と共に、彼が持って来た羊皮紙は、彼らの上司である衛兵長へと渡され、衛兵長は八本指に買収されていたため、その情報は八本指へと送られた。コッコドールは正気に戻ったが、自らが突き刺した股間の痛みに気絶と覚醒を繰り返し、八本指が手を回し、教会へと送られた。
八本指は衛兵長からの情報でコッコドールを取り合えず保護する事にした。別段助けるためではなく、彼から八本指の情報が流出するのを恐れたためである。それに、コッコドールからの話を聞いてみない事には判断が難しかった。現場を目にした衛兵の証言から、ただ単にコッコドールが狂ったとは思えなかったからだ。
ガゼフは起きたとき、見慣れない羊皮紙の束が枕元にあるのに気付いた。家事のために雇っている老夫婦が置いたわけではないだろう。寝込みに近づかれ、気付かなかった事に身の危険を感じたが、その羊皮紙の内容に目を通した瞬間すべてが吹き飛んだ。
王都に巣食う八本指の一人の幹部、コッコドールの罪を記したサイン入りのものがひとつ。とある領主の自らの罪を告白した署名捺印入りのものがひとつ。違法娼館に通っていた者が記されたものがひとつ。被害に遭っていると思われる女性の名前が羅列されたものがひとつ。その中のかなりの数に射線が引かれていたが、射線の入っていない中に「ツアレニーニャ」という名前が入っていることに気付いた。
ガゼフは急いで身支度を整えると王城へと走った。昨日の今日でやらかすとは思っていなかった。どう考えても恋人の姉、ツアレニーニャの相談に来たオチバの仕業だった。彼なら寝込みに忍び込むことも可能だ。しかし、ここまで早いとは思わなかった。
ガゼフの中でオチバの評価は最高の戦力を持つ個人だが、後始末はかなり雑だ。以前、陽光聖典の罠にはまった時も、そうだった。行動を決定したら即座に実行し、後始末は任せる。金の話をしてもかなり面倒くさがる。今回はむしろ放置しなかった事を褒めてやりたいほどだ。しかし、無断でこれほどの事をやるのはやめて欲しいとガゼフは心からそう思った。
ガゼフは起きたばかりの王の警護に付くといいながら側仕え達を下がらせ、自らの王、ランポッサ三世へオチバが残したと思われる羊皮紙の束を渡し、事情を説明した。ランポッサ三世もいきなり起きた事件とそれに関わっていると思われる貴族の多さに頭を抱え、即座に王様の知恵袋、レェブン候を呼んだ。
レェブン候も八本指に関する情報をここまで揃えられた事に慄きながらも、対策を練りますといってその書類を借り受け、ガゼフを連れて彼の知恵袋、ラナー王女の元へと向った。コウモリと呼ばれるレェブン候をガゼフは信用していなかった。王がレェブン候に書類を託した事を心配したが、自分が一緒に付いていくのであれば隠滅はさせまいと気を張っていた。
しかし、ラナーとレェブン候が話し始めると、ガゼフは貴族社会の魑魅魍魎さが少し怖くなった。レェブン候はコウモリと呼ばれながら両派閥を行ったり来たりしつつ王国を支えていたことを知ったのだ。
ラナーはその書類を読み、ガゼフから事情を聞き、いくつか質問すると考えた。その「オチバ」と名乗る凄腕の少年を自分の手駒にできないかと……。
ぶっちゃけ以前から集めていた情報と合わせ、ここまで情報が揃っているのであれば八本指を壊滅させるのはカンタンな事なのだ。取り合えず手を打つ事を決めるとアダマンタイト級冒険者の彼女の手駒、青の薔薇をクライムに呼びに行かせた。ラナーは青の薔薇が来るまで表向きレェブン候、ガゼフと話し合った。
そして裏でラナーはオチバについて考える。ガゼフが語った彼の戦闘能力、これに関しては彼女お抱えの青の薔薇を十か二十も揃えれば同じことができただろう。確かにすごい事だ。しかし青の薔薇と同じ実力を持つだろう冒険者チームはもう一つしかない。本当だとしたらとんでもない化け物だ。
ただ、彼はガゼフの言う通り王国を救う英雄なのだろうか。初めて会った困った人を助けるような英雄なのであれば少々演技するだけで落ちるだろう。その程度のことはクライムのためであればやりきる自信がある。でも、本当は違う……。
ガゼフが語った双子の存在。確かにそういう考え方もできるが、それも本人だとしたら? 名前の偽装というにはお粗末なもの。代筆を頼み、そのように誤解させて書かせたのであれば後々言い訳はたつ。もし同一人物であった場合、直接会うのは危険だろう。
そんな圧倒的な力を持つ人間に狙われたらクライムと添い遂げるどころではなく襲われる危険がある。現在冒険者ギルドで矯正を受けているらしいが、ラナーは会わない方がいいだろうと判断した。
だとしたら繋ぎをどのように作るか……。クライムを会わせる? 英雄に憧れるクライムなら喜んで会いに行くだろう。しかし、クライムに悪い影響を与えられかね……ない……? ――いいかもしれない! 獣になったクライムがわたしを襲う、とてもいい考えだ。だとしたら彼を王都に呼ぶ必要がある。
今の彼はオチバかしら、それとも冒険者のオチパかしら。オチバなら戦士長が協力を求める話をしている最中……。ならば―――
「そうですね、レェブン候。その双子の冒険者、オチパさん……でしたっけ? レェブン候の方で雇う事はできないかしら」
「ほぅ、なるほど……。わかりました。エ・ランテルの方に連絡してみましょう」
そんなこんなで微妙に出遅れた第二王子や青の薔薇のメンバーも加え、八本指の拠点襲撃について話し合われた。
四人部屋でニニャを除く漆黒の剣のメンバーに状況を説明していたオチバに冒険者ギルドから呼び出しが来た。当然のようにオチバはゴネた。嫌な予感しかしない。普段おちゃらけたルクルットですら状況を聞いていたためオチバを庇った。どう考えてもオチバが後ろ暗い事をやったとしか思えなかったからだ。
「ですからイシュペンさんもお待ちしておりますし……」
「前回それで騙されました。二度と騙されません」
「いえ、今回は本当にお待ちしておりますし……」
「ええ、イシュペンさんは受付嬢ですし今の時間ならいるでしょう。ですが、どうせ忙しい時間帯で話も出来ないのでしょう? わかります」
「おい、会えるなら行くのかよっ!」
「そうですよ、オチパ。今は会わない方がいいと思いますよ?」
「うむ。ニニャの言う通りなのである」
「デスヨネー。というわけでお断りします」
冒険者ギルドの職員は説得は無理だと判断し、「わかりました。では」と言って部屋を出て行った。しかし、別の人間が入ってきた。冒険者組合の組合長、プルトン・アインザックである。
「オチパくん。ギルドからの呼び出しは素直に受けて欲しいものだね」
「……なんでいるんですか。さっきの人意味ないじゃないですか」
「まぁ、こんなこともあろうかと部屋の外で待機していたのだよ」
「受けたら走って先にギルドに戻る予定だったんですか? 実は組合長って暇なんですか?」
「いや、とても忙しいよ。最近は君のおかげで特にね……」
組合長が出てきた事で漆黒の剣のメンバーは何も言えなくなった。アインザックは内密の話があると言って漆黒の剣を追い出すと、盗み聞き防止のために扉に先ほどの職員を張り付かせた。仕方がないので漆黒の剣のメンバーはニニャとその姉の様子を見にいった。
「それで、君に緊急の指名依頼が入ってね。王都の冒険者ギルドからなのだが、なんと依頼主はレェブン候だ」
「お断りします」
「……内容は聞かないのかね?」
「罠の予感がしますので……」
「いや、さすがにそれは……。まさか何かやらかしたのかね? そういえば妙に戻るのが早かったな……」
嫌な沈黙が流れた。
「いえ、まぁ、その……、色々とありまして……。そもそも知らない貴族から名指しで
「バレアレ薬品店襲撃者撃退の件と王都行きの際の護衛の件を高く評価しての事だそうだ。まぁ内容は直接聞いたしお前ならこなせるだろうと判断した。ただ、こちらも色々と思うところもあるがな……。ところで何をやらかしたんだ?」
「ああ、なるほど……。ええと、諸事情により王都に向った知り合いに秘密の依頼をしようと思ったのですが、断られまして……」
「ふむ。まぁそういう事なら聞かないことにしよう」
アインザック組合長も確かに少し怪しい依頼だとは思った。ただ、アインザックの推察では青田買いの類だろうと思ったにすぎない。しかし相手は六大貴族、いくら冒険者組合が独立組織とは言え逆らい難い相手だった。これでオチパがホイホイ乗ってくれればよかったのだが、本人がこれでは難しいだろう。
普通の冒険者なら確実に乗る話だ。内容を聞かずに飛び出していく可能性すらある。しかし、オチパを動かすのはとても難しい。そもそも冒険者組合という組織自体、出された依頼を冒険者が請け負う事で成立しており、非常時でない限り強制はできない。
オチパがオリハルコンやアダマンタイトならまだ話は分かる。王都で行われる作戦に参加要請が来ても事情を話し、行ってもらえるようアインザックもあの手この手で交渉しただろう。しかし、オチパが言う通り、オチパはこの前
アインザックとしてもさっさと昇級して欲しいのだが、オチパは問題が多すぎるのだ。女性問題に関しては漆黒の剣がうまくやってくれたのか沈静化したようだ。しかし、そこで浮きでてきた大きな問題はオチパがまだ一度も依頼を受けていない事だ。今考えると
ギルドからの依頼を終えても同じ宿にいる事から漆黒の剣との相性は良いのだろう。しかし、チームを組んでいるという雰囲気はなかった。つまり、漆黒の剣に依頼を振ってもオチパが動くとは限らない。
これからも依頼を受けない可能性もあるのだ。そう考えると今回の話は彼を一気に昇級させるチャンスだろう。できれば実力もあるのだから消失したミスリルチームの代わりになるくらいには昇級して欲しい。
しかし、ギルドが金を出し、折角矯正した有望な冒険者が王都で昇級し、エ・ランテルに帰ってこなかったら投資した分も合わせて丸損だ。そもそもバレアレ薬品店を襲ったミスリル級冒険者チームを全滅させた賊がまだ野放しだ。エ・ランテル冒険者組合としても腕の良い冒険者を他所へやる余裕はない。
大体、王都の冒険者組合に救援を要請したというのにアダマンタイトチームは手が塞がっており、オリハルコンチームやミスリル級チームは難色を示したとかで来なかった。そういった事情もあり、アインザックは一度流出を許してしまったものの折角戻ってきたオチパをあまり王都へ送りたくなかった。
そんなこんなでアインザックとしては救援に送る必要性があまりなかった。大体、王都の方が人材は豊富なのだ。まぁ本人が断ったので「話しはしたが断られた」と言う事実はできた。アインザックは断られたがこれでよかったんじゃないかなと思った。
アインザックはオチパを開放し、ついでに漆黒の剣から聞き取り調査を行うことにした。漆黒の剣が呼ばれることになったので、オチバはツアレの様子をみることにした。ニニャが離れる事になるなら、一緒にいるべきだと判断した。
ギルドの職員と二人部屋に行くと、二人部屋に五人の人間がいるというカオスな状況になっていた。職員が漆黒の剣が呼ばれている事を告げると、ニニャは部屋を出る事をためらったが、オチバが一緒にいるからと宥めると、渋々と二人部屋を後にした。
ツアレはニニャから事情を聞いたのだろう。ツアレはたどたどしくオチバにお礼を言ったが、オチバは何と言っていいかわからなかったので「うん」と頷くだけだった。
コッコドールから聞き出した内容から相手は王侯貴族まで取り込んでいる巨大な犯罪組織だ。女一人に執着する可能性は半々だろう。それを加味してこれから相手を撒く算段を建てなければならない。つまりまだ終わっていないのだ。だから何も言えなかった。
オチバは王都の冒険者ギルドから指名依頼が来た理由も半々だろうと感じていた。依頼主がガゼフなら八本指を滅ぼすために依頼を受けただろう。しかし、名前も知らない貴族からの依頼と言うことは、ガゼフがまだ動いておらず、先に八本指が動き、貴族の力を使って罠に嵌められる可能性の方が高い。
別段、一人なら罠にかかった所で逃げ切れる自信はある。しかし、ニニャやツアレと一緒にとなると……。案外できるかもしれない。ただ、嫌な思いをするのは確かだろう。それなら行かない方がいい。大体、ガゼフやアダマンタイト級冒険者が王都にいるのだ。匿名だが情報を渡したのだからそのくらい何とかしろと言いたい。むしろちゃんと尻拭いして欲しいものだ。
出来ないようなら他国への亡命も視野に入れておくべきだろう。カルネ村の関係で王国側で戦争に参加するつもりだったが、帝国側で参加し武功を挙げれば案外カルネ村くらいくれるかもしれない。……もうそれでいいんじゃないかな。
オチバは王国にとって最大級に危険な事を考えながらツアレの話を「うん」と頷くだけで聞き流し、ツアレが泣き出したらマジックタオルを取り出し顔に当てた。そして、取り合えずツアレを何とかしようとアイテムボックスをまさぐり、ひとつのアイテムを見つけるとツアレの首にそのネックレスをかけた。
戸惑うツアレにオチバはネックレスの効果―――恐慌状態などの精神異常を癒す魔法が込められている、を伝え、ペンダントになっている獅子の飾りが心を護ってくれると言うとツアレはミスリルで作られた美しいサファイアの瞳を持つ雄雄しい獅子の彫刻をそっと撫でた。
四人部屋ではアインザック組合長と漆黒の剣が話をしていた。まずアインザックはエ・ランテルを離れる事になった事情を聞いたが、漆黒の剣は私情が絡むとして話さなかった。そして、王都までの道程、王都での行動、王都からの道程について聞き取り、漆黒の剣は初日に大規模な襲撃があり、それを撃退した以外は問題もなく、ニニャがオチパに付き、女性問題も起こさず王都観光を楽しんで帰って来たと話した。
オチパは知り合いに会いに行ったと言っていたが漆黒の剣は口止めされているのだろうと判断した。特に後ろ暗い事がある訳でもなさそうだし、あったなら向こうの冒険者ギルドから連絡が入っていただろう。
そこで、アインザックは本題に入った。つまるところ、漆黒の剣とオチパの昇級だ。
野党化した傭兵団のアジトが近くにあるのではという報告があり、
そして依頼外とはいえそれらチームの生存と依頼達成に貢献した事を理由にアインザックは彼らをオチパと共に昇級させることにしたのだ。「と、言うわけで後でオチパ君を連れて冒険者組合でプレートを交換してくれたまえ」と言ってアインザックは去っていった。
漆黒の剣のメンバーは昇級に喜びに沸いたが、今後の事を考えると気が沈んだ。問題が山積みだった。
大きな問題はツアレをどう保護するかということ。ニニャとオチパが付けば何とかなるだろう。しかし、三人になった漆黒の剣が
ニニャにとっても姉が戻ってきたとはいえ不安の種は多かった。幸い金の心配はしなくてもいいだろう。メンバーの好意もあってそれだけの金貨が手元にあった。ただ、ずっとツアレの面倒を見られるのかというとそうでもない。今のツアレの状態を見ると買い物に出て一人にする事も難しいだろう。信頼できるツアレの受け入れ先が欲しかった。
今後の相談をするため、漆黒の剣は取り合えずオチパとツアレのいる二人部屋へ向った。二人部屋に入るとツアレの首からかけられたネックレスが漆黒の剣の目に入った。
「おい、オチパ。さすがに手ぇ出すの早すぎじゃねぇか? しかもニニャの姉だぞ?」
「え?」
ルクルットは呆れながらそう言ったがオチパとしては鎮静効果のあるネックレスを首にかけただけで別に口説いたつもりも手を出したつもりもない。しかし反論の隙は与えられなかった。
「そうですよ、オチパ。最近は落ち着いたと思っていたのにこれでは……」
「ぺテルの言う通りである」
「え?」
ぺテルとダインの追撃で手を出したことになってしまった。オチパは困ったようにニニャに目を向けると、ニニャはドロドロとした笑顔を向けていた。
「わたしは構いませんよ。他の女性に取られるなら姉さんの方がまだマシかもしれませんし……」
「え?」
「あ、あの……。オチバ……さん……は、わた、し、を……なぐ、さめて、くれた、だけ……で……」
「うん」
確かに慰めた。しかし、たどたどしいツアレの言葉はさらに漆黒の剣を勘違いさせた。オチバがネックレスについて説明し、微妙な空気が部屋を支配するまで少しかかった。
「と、言うわけで一つ大きな問題があります」
「そうですね、ツアレさんの今後について―――」
「そんなことはどうとでもなります! 問題はツアレさんの着替えがない事です! ツアレさんは下着すらないんですよ!? そうでしょう? ルクルット先生!」
「あ……」
空気が固まった。誰もがツアレに目を向けた。ツアレもどうしていいかわからなかった。取り合えず怖かったがペンダントの効果でずいぶんと緩和されていた。
ニニャが「オチパ……下着ならわたしのを履いてるから……」と言った事でギクシャクと空気が元に戻り始めたが、吹き飛んだシリアスは行方不明になった。
「お、おぅ……、どうとでもなるのか? まぁ確かに着替えはあった方がいいわな……」
「というわけで今日はツアレさんの買い物に行きます。全員参加です。金は全部僕が支払います。臨時収入があったのでジャンジャン使いましょう!」
「おっしゃあ! お兄さんがどんな男でも一撃で落とせる最高の下着をチョイスしてやるぜぇ!」
「ルクルット! おまえなぁ!」
「いってぇ、俺の顔によくもぉ!」
ツアレを連れて行った貴族の家や違法娼館、コッコドールの隠し財産などオチバはたんまり持っていた。ツアレに多少使った所で誤差の範囲だった。ルクルットは沈んだ空気よりツアレを元気付けた方がよほど良いと感じ、その流れに乗った。仲の良い漆黒の剣の雰囲気が広がり、ニニャもツアレも少し笑顔が戻りつつあった。
「前衛はレンジャーのルクルット、店への進路と周囲の警戒をしてください。ニニャはツアレさんの隣でガード、その左右をぺテルとダイン、誰も近づけさせないよう気をつけてください。僕は後ろを固めます。誰一人通しません!」
オチバは立ち上がり、力強く宣言すると普段戦闘の指示を出すぺテルが焦った。
「ちょっ、俺の役目……」
「おっしゃあ、任せろ!」
「うむ。任せるのである」
「え? え? でも、そと、は……」
「姉さん、何かごめん……」
ニニャもオチバは強引すぎるとは思ったが、何か名案があり、その準備に必要なのではないかと考え、乗ってみることにした。ニニャは姉の手を引いて立ち上がらせ、手を握ったまま杖を取った。
漆黒の剣が警護するツアレの買い物は午前中で終了した。そして、オチバは最後に寄りたい所があると言ってバレアレ薬品店へと全員を連れていった。
「こんにちは、ンフィーレアさん。リイジーさんはいらっしゃいますか?」
「こんにちは、オチパさん、ニニャさん。それにえっと……」
「初めまして、ンフィーレアさん。我々はニニャとチームを組んでいる漆黒の剣と申します。私はこのチームのリーダーを務めているぺテルと申します」
ぺテルがンフィーレアに漆黒の剣を紹介し、ンフィーレアはオチパの用件を思い出したのかリイジーを呼んできた。リイジーは「お主、また増やしたのか……」と飽きれた。オチバはンフィーレアの相手を漆黒の剣に任せ、リイジーに相談があると言うと、リイジーはいつもの部屋へと案内した。オチバはニニャとツアレを連れてリイジーについていった。
オチバはツアレの状態をリイジーに説明し、精神的な傷を癒す薬があるか聞いたが、リイジーはそんなものはないと言い切った。オチバはデスヨネーとつぶやきながら、その後のンフィーレアの状態をリイジーから聞いた。
「お主がずっとここにいてくれるなら安心するんじゃろうがのぅ……」
「まぁ、そうですよねー。あ、じゃあ漆黒の剣はどうですか? 現在売り出し中の
「うーむ……。部屋自体はあるから問題ないのぅ……。じゃがどうやって駆けつけるんじゃ?」
「それは……コソコソ(《
「ほぅほぅ! そうかそうか! ゴニョゴニョ(じゃが、緊急事態はどうやって察知するのじゃ? それにそれなら漆黒の剣とやらはいらんのじゃないか?)」
「ええ、これでも信仰系
「何か最近、信仰系
「きっとそもそものイメージが間違っていたんでしょう……コソコソ(じゃあ夜の警備がてら宿を提供するという形でどうでしょう。まぁその辺りは漆黒の剣のリーダーと相談になりますが)」
「そういうもんかのぅ……? ま、話はわかった。話してみることにしよう」
「そうですか。よろしくお願いしますね」
当事者であるツアレとニニャの目の前でコソコソゴニョゴニョと半分以上ナイショ話をしていたオチバとリイジーの話が終わり、ニニャとツアレが放置されたまま漆黒の剣とンフィーレアが呼ばれ、さらに話はトントン進み、ツアレはバレアレ薬品店でお世話になることになった。
一応漆黒の剣の部屋も用意され、ニニャとツアレが一緒に住めるように、そして漆黒の剣も警備がてら泊まれるようになった。話が決まると、オチバはリイジー、ンフィーレア、ツアレと漆黒の剣に薄く加工されたミスリルのブレスレットを配った。非常事態を知るためのマジックアイテムだった。
さらに、ニニャとツアレが泊まる部屋とンフィーレアの寝室、バレアレ薬品店の各所に盗撮、見張り用のマジックアイテムを設置した。
ツアレとニニャはいきなり決まった話に困惑したが、「落ち着いたら将来を決めるといい」というリイジーの言葉でありがたくお世話になることにした。
本当にどうにでもなった事に漆黒の剣は驚きつつも、宿からの引越し作業や新たに必要になったものをオチバの金で買い集めた。ついでにオチバは折角だからと警備に付く漆黒の剣の装備を充実させることにした。打撃武器のないぺテルとルクルットにモーニングスターを、刺突武器のないダインにスティレットを買った。
夜にはオチバの奢りでこれから一緒に住む者同士の親睦会をする事になった。全員で黄金の輝き亭という最高級の宿で食事をし、皆冒険者プレートを更新する事はすっかり忘れていた。「そういえばお主ら、
その頃王都では、結局オチバは見つからずオチパは依頼を断ったため、表向きの指揮を第二王子ザナックが取り、かき集めた戦力でラナーの作戦通り八本指の拠点をすべて制圧した。幹部は捕縛され、警備部門の六腕はガゼフ率いる戦士団と蒼の薔薇によって全員討ち取られた。事実上犯罪組織八本指は壊滅し、王国の財政がちょっと潤った。
《
オリジナル第九位階魔法。大体全部治す。《
書き溜めた分が大体消化されました。キリがいいのでこの辺りで一時停止します。次は帝国ではっちゃける予定……。