「鮮血のクレハとその同行者が到着しました」
ギルドの職員が報告に現れたのは、探索の大まかな打ち合わせが終わる頃であった。
「こっちに通せ」
レッツライが言い終わるや否や、堂々と赤髪の女が部屋に入ってきた。そのままなんの断りもなく空いた席に座る。まるでこの場の主人が自分であるかのような尊大さだ。腕っぷし一つで世界を昇りつめる高ランクの冒険者の態度が大きいことは儘あるが、貴族がいると聞かされているだろうに随分な態度だ。誇りだけが高い貴族なら激怒してもおかしくはない。
「あたしがクレハだ」
鮮血のクレハはゴーデア語で勝気そうな瞳で俺達を睥睨し、獰猛に唇の
規律を好むコヨミハルカが不愉快そうに眉をひそめる。
「控えなさい。ローレンス様の御前ですよ」
「だからどうした。あたしがどう振舞おうとあたしの勝手だろ」
「いいえ。最低限の礼儀を知るべきです」
クレハが軽い嘲笑を浮かべ何か言おうとした時、応接室にもう一人の女が入ってきた。これがクレハの同行者なのだろう。彼女はパタパタと慌てながらクレハの口を塞ぐ。
「ク、クレハ! 何ふざけてんのよ! すいません、すいません、こいつは頭が戦闘でいっぱいなので礼儀作法はそこらの猿の方がよっぽどましなんで許してやってください!」
「なっ、ミア、やめろ!」
ミアはクレハの頭を掴んで強引に下げさせる。クレハも嫌そうな顔をするが、まともな抵抗はしなかった。
アインハルト王国で主に用いられているのはアインハルト語だが、貴族の教養としてゴーデア語も当然理解できる。コヨミハルカも以前ゴルデア帝国にいたからゴーデア語を解することができた。蚊帳の外はレッツライだけだ。
俺は溜息をついた。
「もういい。確かに冒険者に求めるのは力だ。使用人にようにへりくだることを求めているわけではない」
「ほらみろ」
「が、」
得意げなクレハに釘を刺しておく。
「お前らは力を売っているのだろう? 商売人として最低限の礼儀くらいは覚えるべきだな」
「じゃあその商品とやらを見せてやる。相手になってくれよ」
「俺が? まさかそんなつまらないことをするつもりはない」
両手を広げ、大仰に肩をすくめてみせる。
だが確かにクレハの実力を試しておきたい。
横に控えているラコーニコフら三人をちらと見やると、その視線を察したラコーニコフが進み出た。ラコーニコフもある程度ならゴーデア語を理解できるのだ。
「ローレンス様、私がぜひ手合わせを致したく」
「だ、そうだ。辺境伯の騎士団長で相手に不足はないだろう?」
「ハッ、まあいいさ。辺境伯様だろうと騎士団長だろうとあたしが勝つことには変わりなんだからね」
クレハは肉食獣めいた笑みを浮かべ、腰に佩いていた真っ赤な鞘を叩いた。
ゴルデア帝国の大きな冒険者ギルドには闘技場なるものがあるらしいが、辺境伯領の辺境にあるエアコ村にはもちろんそんなものはない。クレハとラコーニコフの手合わせは村外れの更地で行われた。
ラコーニコフは長剣と小盾という我が騎士団の一般的な装備だ。一方、クレハは真っ赤な鞘からこれまた深紅の
ぬらりと不気味に光る剣からは魔力を感じる。おそらく相応の価値がある魔剣だろう。さすがランク5の冒険者というところか。
「いくぜえ!」
叫ぶや否や、クレハは肉食獣を想起させる敏捷さでラコーニコフに肉薄し、上段から大きく剣を振るう。直線的な動きだ。ラコーニコフは左手の小盾でクレハの一撃を左に受け流した。
が、それは彼女の体躯からは想像できないほどの膂力があったのだろう。ラコーニコフが僅かにのけぞり体勢を崩した。
それを機とばかりにクレハの剣がラコーニコフを襲う。小盾で受け流された勢いを器用に流して、逆袈裟切りにつなげたのだ。たまらず後ろに跳び、距離を取る。
「殺す気ですか……」
ラコーニコフがふうと大きく息を吐く。実際、並みの人間であったら最初の一撃で死んでいたに違いない。
「別に死んでもあたしは困らないよ。訓練中の不幸な事故ってやつさ」
「なるほど」
ラコーニコフが犬歯を剥き出しにした獣の笑みを浮かべる。
「なら、てめーが死んでも文句ないよな?」
ラコーニコフの長剣が真っ直ぐクレハの胸にのびる。その突きは先のクレハの一撃より鋭かった。クレハは咄嗟に己の獲物を割りこませて剣筋をずらす。長剣はクレハの右肩をかすめた。
騎士の仮面が剥がれたラコーニコフは残虐な精神のままに攻め続ける。ラコーニコフの剣撃はクレハのそれよりも軽いが、その分巧みであった。直撃こそないものの、クレハの体には小さな傷が刻まれていく。一方、クレハの攻撃は小盾に阻まれ、ラコーニコフに届くことない。助走による勢いがないのもそうだが、あらかじめ一撃の威力を理解していればクレハの剣撃を防ぐことはラコーニコフにとって不可能なことではなかった。
苦戦を強いられたクレハが突きを放つと、ラコーニコフはその剣筋に合わせて小盾を滑らせ、勢いそのままにクレハの顎を打ち抜いた。
常人なら昏倒しておかしくない打撃だが、クレハは意識を失うどころか強引に突きを横切りに変えてラコーニコフの右脇腹を狙った。ラコーニコフは後ずさることにより、辛うじてそれを避ける。
クレハは鼻血を流しながら口角をつりあげて笑う。
「やるじゃねえか、騎士様。認めるよ、単純な剣の腕ならあんたの方が上だ」
「ありがとよ」
ラコーニコフは右脇腹を撫でた。先の一撃を完全に回避することはできず、わずかに出血している。
「けど、強いのはあたしだ」
クレハは流れる鼻血をぬぐったあと、剣の柄をぐっと握った。刃が赤く輝く。いや、輝くだけではない。刀身がうねり、さざ波のような震えが走った。
「これがあたしの相棒。エルゼベエトさ。サァ、第二幕と洒落こもうじゃないか」
クレハがエルゼベエトと構えたところで――
「もう十分だ」
俺の放った
「言ったはずだ、これは手合わせだ。殺し合いじゃない」
クレハは舌打ちをして構えを解く。
クレハの実力はランク5というだけあった。ラコーニコフは対人戦の修練を多く積んでいるから互角に渡り合えていたが、あのまま二人が戦っていたらおそらく勝つのはクレハだっただろう。クレハにはエルゼベエトなぞという切り札があったが、ラコーニコフにはそれがない。
殺気を収めたクレハのもとにミアが駆け寄る。
「クレハ、大丈夫?」
「問題ない。かすり傷だ」
「そんなこと言って、普通に傷だらけで血も出てるじゃない」
全く、と溜息をついたミアはクレハの傷に手をかざす。彼女の手からやわらかな光が溢れ、クレハの傷が治っていく。
「回復魔法か」
レッツライが感心した声をあげる。
回復魔法は適性のある人間が少ないため、その実用性もあいまって習得している人間は重宝される。冒険者ギルドとしてはぜひとも確保しておきたい人材だろう。
「回復魔法って言っても、このくらいの傷しか治せないんですけどね」
ラコーニコフの脇腹も治したミアは気恥ずかしそうにはにかむ。
「それでもいるといないじゃ大違いだろう」
「まあな。ミアがいてずいぶん助かってるぜ」
レッツライの言葉にクレハが答えた。
「本日はここまでとしましょう。それでよいですよね、ローレンス様」
「ああ。クレハ、ミアの両名には期待している」
コヨミハルカの提案に俺は鷹揚に頷いた。
明日は楽しい山登りだ。
どうでもいいことを書くと、しおりの場所って1話が最も多いんですよね。私も気になる小説の1話にとりあえずしおりはさんでおいたりするので、わかるわーって気分です。あわよくばそれから興味もって読んでほしい(笑)。