統率を失った山犬を駆逐するのは簡単なことだった。
十六人いた冒険者のうち、死者四名、重軽傷者六名となった。重傷者の幾人かは直に死者の仲間入りをするだろう。随分と消費してしまったが仕方ない。ここはダードン山脈だ、本来なら人間の居場所ではない。
ミアの回復魔法により止血はできたが、ソラリは右手首から先を失ってしまったので戻ったら直さなくてはいけない。ラコーニコフの左腕の骨は折れてはいないが、ミアの回復魔法では完全には治らない程度には負傷しているようだ。
山犬の駆逐と死傷者への対応を終えた後、フレイムリザードの死体を検分することにした。改めて見てもこのフレイムリザードは明らかに尋常でない。
「一応訊いておくがこの化物に見覚えのあるやつはいるか?」
「ハッ。そいつはとても面白い冗談だぜ、領主様。そうさな、餓鬼の頃にみた夢にいた覚えがあるぜ」
「なるほど、それなら俺も見覚えがある」
クレハのふざけた返答に笑う。確かに俺の問いも大概冗談だ。
「やはり亜種、なのでしょうか」
レッツライが豊かな黒髭をなぜる。
「亜種としか言いようがないのは確かだがな。レッツライ、死体の一部を屋敷に送ってくれ。できるかどうかはわからないが解析してみよう。ギルドの方でも調べてくれるとありがたい」
「わかりました。そのように手配します」
「頼むぞ。最近亜種が増えていることからしてどうも気になる。エペ村のもそうだったしな」
シャリリーゼがエペ村のフォレストクラブが不自然だと言っていたことを思い出す。触手の生えたフレイムリザードが不自然でなくてなんだというのだ。調べる価値はありそうだった。
さて、次はお目当てである
ラコーニコフやソラリの他、負傷した冒険者を残して洞穴に足を踏み入れる。暗い洞穴の中はフレイムリザードの生臭い臭気に満ちており、ここが間違いなくあのフレイムリザードの巣になっていたことが感じ取れた。臭気に耐えながら中へと進む。
「明かりが必要だな」
俺が魔法で明かりを灯すと中の様子が明らかになる。岩壁のあちこちはぬらりとした艶を帯びており、どうやらフレイムリザードの触手の粘液が原因のようだ。また、その表面には幾つかの紅い筋が走っている。焔紅石の鉱脈だ。
さらに奥に進んでみると、誰かが息を呑んだ。はっきりとした焔紅石の結晶が表出している。これなら露天掘りでも十分採掘できそうだった。
「これは良い鉱脈ですね」
「ああ、十分採算は取れそうだ。ガリウスにどやされずに済むよ」
俺はレッツライに対してくだらない軽口を叩いてみせた。
「これからゴールドマン領は焔紅石の産出地となるでしょう。せっかくですから、この焔紅石で何か作ってみてはどうですか?」
「そうだな、それも面白そうだな」
レッツライの提案に俺は気分よく頷いた。
復路でも何度か魔物が出ることがあったが脅威にはならなかった。先触れとして冒険者を一人先行させていたので、エアコ村の入口に到着するとコヨミハルカやガリウスらが俺達を迎えた。
ガリウスが恭しく一礼する。
「ローレンス様、ご無事で何よりです」
「ああ。だが、正直今回は肝を冷やした。コヨミハルカ、お前の保険は実に有用だった」
「ありがとうございます。しかしそれほどの魔物が?」
俺は隊列の最後尾にいたチャンチャとソラリに指示する。二人はフレイムリザードの頭と何本かの触手を運んできた。
「これは……! フレイムリザード、いえ、余りに大きい」
「このようなフレイムリザードは見たことはおろか報告すら受けたことがありません」
その大きさを初めて見た二人はそれぞれ驚愕を口にする。
「この、触手は?」
「それもトカゲの背中に生えていたものだ」
「なるほど。もはや亜種というよりは変異種。別物ですね」
「そういうことだ。これが二匹もいてな。クレハがいなければ撤退もありえた。詳しいことはクレハかレッツライにでも訊いてくれ」
「わかりました」
コヨミハルカは頷く。
「それでローレンス様、焔紅石の方は如何でしたか?」
「おっと、そうだな。忘れてた」
ガリウスの問いに微苦笑する。今回の目的を忘れていては話にならない。
俺は
「おおお、これは」
ガリウスの感嘆。彼の手にある石くれには焔紅石の結晶が赤い筋となり走っていた。
「これはこの村もこれから忙しくなりそうですね」
「鉱山村として整備しなくてはな。その際には是非リートヒンド冒険者ギルドの力も借りたいと思っている」
「勿論我々としても協力を惜しむものではありません」
「助かる。とりあえず此度の探索に尽力して冒険者を
「畏まりました。行きと同じ宿を用意しているので、準備が調うまでローレンス様はそちらでお休みください」
「ああ、よろしく頼むよ」
その日、宴会は夜を徹してなされた。村の中心にある広場では冒険者だけではなく村民も入り混じっての大宴会だ。
勿論費用は全て俺持ちなので誰も彼もが飲めや歌えやの大騒ぎだ。
まあ偶にはこういうことも悪くない。
俺は月のような色合いのワインを傾け、静かに味わった。
「よう、領主様! 飲んでるかい!」
ドン、とテーブルにワインのボトルが置かれる。その中身が激しく揺れ、少し零れる。
「クレハか」
「あたし以外の誰に見えるんだい? ママンにでも見えたか?」
「ふん、ほざいてろ」
下品な笑いを立て、持ってきた赤ワインをラッパ飲みする。クレハの肌は酒精によりほんのりと赤みを帯びており、彼女が存分にこの宴会を楽しんでいることがわかった。
「此度はお前の活躍で助かった。礼を言う」
今回の戦いでクレハは実力の一端を見せた。おそらくエルゼベエトは鮮血を吸う魔剣なのだろう。持ち主の求めに応じて様々な力を発揮するようだが、その力はあれだけではないはずだ。クレハにはまだ余力があった。
「ま、依頼はきちんとこなさないとね。でも領主様だって討伐に
「何もしてないさ」
「面白い冗談だ」
笑うクレハの目に鋭さが宿る。
「ダートン山脈での探索に侍女をはべらせ儀礼剣を振りかざす。まあ大抵の馬鹿は馬鹿だと思うだろう。だけどあんたの侍女は片腕を引き換えに魔犬を仕留めた。侍女は優秀な戦士ってことだ。そしてその儀礼剣は要するに剣としても使える魔法杖なのだろう? 斬るだけが能じゃない」
「よく見ているな」
「見ているとも。あたしが最初にトカゲを仕留めたときに一瞬動きが止まったのも領主様の影魔法だったし、それ以外にもあんたのお付きが魔犬に突っこんだときに幾つか使っているだろう。無詠唱で」
――
それがあの時俺が使った魔法だ。指定した影を沼状にして相手の足止めなどに用いられる。
そしてクレハは俺が無詠唱で使った
「要は今回の討伐において文字通り陰の功労者ってことだ。それが何もしていない? やっぱり面白い冗談さね」
「わかった。認めよう。だがそれらはいちいち手柄を主張する必要のないことだ。フレイムリザードを駆逐して鉱脈が使えるようになるのが私の利益なのだからな」
俺は肩をすくめてみせた。
「それでクレハはこの後どうするつもりなんだ? 帝国に戻るのか?」
「今のところそのつもりだよ。あたしとミアがこっちの方に来たのも断り切れない護衛の依頼があったからでね、こんなところ自分では来ようとすら思ってなかったよ」
「こんなところとはずいぶんな言い様だな。こっちに残るつもりはないか。お前ら二人なら食客として厚遇を約束するぞ」
「そいつは大層なお誘いだ」
クレハはもう一度ラッパ飲みしようとして、もう中身がないことに気づく。俺はワインの残りをくれてやった。嬉々としてそれに口をつける。
「でもまだそんな気分じゃない」
「それは残念だ。でも何かあったら遠慮なく訪ねてきてくれ。歓迎しようじゃないか」
俺は懐から手紙を取り出す。そこには俺の名とゴールドマン家の紋章が押印されてある。
「持っておけ。俺の名で便宜を取り計らうよう書いてある」
「いいのかい。遠慮なく貰うけど」
「構わん。好きに使え。後は俺の責任だ」
「太っ腹だね」
「権力とは必要なときに使わねば意味がない。お前が戻る可能性が買えるなら安いものだ」
リートヒンド冒険者ギルドにおけるランク5クラスの冒険者を手駒に加えることができる機会などそうそうない。
「まあお前もミアも女だ。身籠ったときなどは生活の糧に困るだろう。そういうときにでも来てくれたらいい」
「どうかね、ミアは男が苦手だからね。一夜の恋に身を焦がすことはないさ」
「ほう、そうなのか。引く手数多だろうに」
俺は意外そうに頷いてみた。
「世の中与えられるものが欲しいものとは限らないだろうさ」
「確かにな。だがお前はどうなのだ。一夜の逢瀬を楽しむつもりはないのか」
「おや、誘ってるのかい?」
クレハは
「もし野に咲き誇る一輪の花を愛でる権利が得られるのであらば、神に誓ってそれはこの日一番の喜びだ」
「それは光栄だね」
クレハのしなやかな腰に腕を回す。拒まれることはなかった。
ワインを飲み終えたら、そのまま宿の一室に連れこむ。蝋燭の灯火は揺らめく女の髪と同じ色をしていた。
「物語のような愛の囁きが必要か?」
クレハは熱烈な口づけをもって返答してきた。不要のようだ。瑞々しい唇から舌と唾液が送られる。それに応えて互いの舌を絡ませ唾液を交換すると、野犬が水を飲んでいるような音が響いた。
クレハの体は美しく鍛えられていて、女のやわらかさと戦士の強靭さを兼ね備えていた。ふれれば
驚いていた。小さな戦傷はあるものの、クレハの肌は美しさを保ち過ぎていた。荒くれ事に身を置く冒険者が貴族と同じ肌を保てるわけがない。
「なるほど、エルゼベエトか」
俺が気づくと、クレハがつまらなそうに唇を尖らせる。
「そんなことを気にしないでおとなしくあたしに溺れりゃいいんだよ」
そうぼやいてから俺の右手を己の股間に導く。陰毛の感触。濡れていた。
「そうは言ってもな。貴族の女にも勝るとも劣らない美しき肌にふれて気にならない方がおかしいだろう」
「お褒めに預かり光栄だね」
尖った左の乳首を指で弾くとクレハは喘いだ。良い声だ。
「エルゼベエトは所有者の健康を保つ魔剣なのか?」
「惜しい。エルゼベエトを使えるのは女だけ。正確には美しさを保つのさ」
「なるほどね」
もう我慢出来なかった。そしてする気もなかった。獣欲に任せてクレハの玉門に挿入する。クレハの中は狭く、熱烈な締め上げで俺を歓迎した。自然と腰が動く。それは自然と激しくなっていく。
これは既に睦み合うなどという生温いものではなかった。交尾だ。子を成すつもりこそないが交尾に他ならなかった。雄と雌が互いの性欲を荒々しくぶつけ合う。
俺は叫んだ。クレハはそれを受容し、一際深く俺を迎え入れる。魂を削るかのような吐精と快楽が駆け巡る。俺だけではない。奥深くに精を受けたクレハも、途方もない悦楽に気を遣っていた。
暫しの間、互いの荒い息遣いだけが部屋に響く。クレハの髪が蝋燭の揺らめきに光り、しとやかに濡れていた。俺はその赤髪をそっと撫ぜる。クレハが俺の腕にふれ、はにかむように微笑む。
何かを言おうと思った。けれど言葉など何も必要なかった。俺達は獣なのだ。それでいい。
クレハにそっと口づけると彼女もそれに応え、さらなる接吻を求める。
その夜は流れる血潮の如く熱い夜だった。
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次回は孤児院準備編の予定ですが、投稿までにはしばらく時間をいただくことになります。よろしくお願いします。
風邪を……ひきました。今度はお腹の風邪です……つらたん。(T_T)