「さて」
俺は平伏する
「復讐。果たしてこれは意味のある行為であろうか。こうも考えることができる。復讐なぞ無意味だ。為したところでその手に残るものなし。背負うは徒労だけ、と。確かに復讐とは非生産的行為だ。物事を創造する点に人間の特徴を見出すならば対極に位置する復讐が否定されるのもむべなるかな。実に、実にもっともらしい言説だ。進歩こそ我が道とするならば復讐は否定されるべきだ。で、お前はどう考えているのかね?」
適当な死体を戯れに蹴飛ばすと、その鼻から醜い血が流れた。
彼女は答える。
「はっきり言って、そんな戯言を囀る奴らの大口に、てめえで吐いた大糞を詰め込んでしまいたいものです」
その余りに直截的な物言いにこらえきれず、シャリリーゼが笑みを零す。俺の唇も笑みを作っていた。
「復讐に意味がない? 無論そのような妄言は領主様自身のお考えではなく私に対するお戯れでありますでしょうね。復讐に意味はあります。復讐することが意味そのものです。進歩こそが人間の常道など戯言にも程があります。人間なぞ所詮己の情欲に突き動かされて生きるのみであって、大上段からおおよそを掴めば偶然進歩的に見えているだけにすぎません。この儚く愚かな砂絵はひとたび風が吹けばたちまちにその絵柄を変えて醜悪な欲望と闘争の成れの果てを晒してくれることでしょう。
そもそも、復讐に意味がないとすることは、この復讐を望む者が受けた仕打ちを、その者が抱いた感情を、何よりその者自身を否定することに他なりません! 賢しらに小奇麗な理性を説く愚人なぞ一刻も早く死に絶えれば良いのです」
シャリリーゼが嗤う。
「結構じゃないですか。塵芥に等しい奴隷にしては随分お上手に囀ります。手元に置いていたらどうですか。こういう物がお兄様のお好みでしょう」
「そうだな。そうしようか。おい、お前の名は?」
「バレダと申します」
「つまらん名前だ。今からお前の名前はジュリエッタとしよう。そう名乗るがいい。今夜がお前の新たなる出生だ。側仕えとして使ってやる。リーゼ、こいつの餓鬼の落書きのような容姿をどうにかしてくれないか」
「ええ、わかりました。どのように致しましょうか」
「折角だ、リーゼのように美しくしてやれ。絶世の美女にな」
俺がシャリリーゼに口づけると、はにかんだ微笑みが返った。
ガリウスから孤児院設立のための準備が順調に進んでいる旨を聞いたので、俺はここでもう一度ばかしノーニア教父に会っておくことにした。ノーニア教父に足を運ぶよう伝える。翌日、ノーニア教父が来たということなので、応接間に通させておいた。応対したソラリによると、ノーニア教父は女性を連れてきているとのことだった。
俺はシャリリーゼと共に応接間に入る。中にいた二人が立ち上がり頭を下げる。
「よい。して、ノーニア教父。その女性は?」
俺は手ぶりで頭を上げ座るように伝える。
「これはノアンナと申しまして、孤児院の管理を任せようと考えております者です。是非一度ローレンス様のお目にと思いまして連れてきました」
俺がノアンナに視線をやると、彼女はきゅっと身を縮ませる。ノーニア教父が俺に見せたいのもわかる。ノアンナは逸材だ。顔は人並みだがその豊満な胸はシャリリーゼをも超える大きさだ。それでいて体つきは細く、尻は男好きするような肉感がある。
俺はこの女をどのように壊せば一番愉しいだろうかと思い巡らせながら告げる。
「そうか。ノーニア教父が推薦するのであればよほど信仰に厚く慈悲の深い者なのだろう。そのような人間が孤児院で働いてくれることは誠に喜ばしいことだ。ノアンナよ、此度の孤児院の件、よろしく頼むぞ」
「かしこまりました」
ノアンナが深く頭を下げると、緩やかな修道服の上からでもはっきりとわかるふくらみが揺れた。
なので俺はもう少しだけ茶番を演じることにした。
「貧困とは己で外すことが困難な足枷に他ならない。それを運命と呼ぶのは容易いが、それでは余りにも諦念的だ。我々は所詮獣だ。しかし不条理と戦うことのできる獣だ。生きる価値とは不条理を食い破った先にある光なのだ。そして神は我々がその光を掴むものだと信じてくださっている、そう私は思うのだよ。
ノアンナ、一口に孤児院と言えば聞こえはよろしいが、集まる子供は足枷に嵌められ傷つき膿んでいるだろう。かつての純真さは損なわれ汚れているやもしれない。だが忘れないでほしい。彼等は宝石だ。今は世塵に薄汚れていても磨けば必ず輝きを取り戻す。その輝きはいつかこの我が領を照らすものとなろう。磨く手が荒れて痛むことがあっても、それだけは覚えていてほしい」
「過分なお言葉ありがとうございます。必ずやローレンス様のご期待に応えてみせます」
「うむ、孤児院を回す資金のことでも何でもいい。何か困ったことがあればいつでも相談に来るとよい。力になろう」
ノアンナは再度深く頭を垂れた。もし彼女が相談に来たときはたっぷりと可愛がってやろう、たっぷりとな。
「ノーニア教父、孤児院の準備はどこまで進んでいるですか」
シャリリーゼが尋ねる。
「ええ。昔商人が使っていた古屋敷を改修しているところでして、改修が終えてから必要な物を整え、孤児を迎え入れる予定です。それほど時間はかからないでしょう」
「そう、準備が終わったら知らせてくださいね。私達も一度は足を運びたいですから」
「必ずお知らせいたします。それとローレンス様、シャリリーゼ様、この孤児院が上手くいったら救貧院の設立もご検討いただきたく存じます」
「救貧院?」
シャリリーゼはまるで物を知らぬ小娘のように小首を傾げてみせる。
その演技をわかっているだろうにノーニア教父は実にもっともらしい口調で会話を続ける。
「高齢や傷病などで働けなくなった者を住まわせるための施設でございます。光とは遍く者に届いてこその光。どうか一人では生きられぬ者へさらなる救い手を差し伸べていただけないでしょうか」
「ノーニア教父、まだ孤児院すらできていないのに次は救貧院とは些か考えが早すぎるのではありませんか」
シャリリーゼがたしなめの言葉を口にする。
「ですが私も貴方の慈悲の心に深く共感するところではあります。今、篤志の者により運営されている孤児院が二件ありますが、そこに資金を援助しようと思います。勿論、救貧院も検討しましょう。それでいいですよね、お兄様」
「ああ、私もシャリリーゼと全くの同意見だ。幸いにしてダートン山脈の発見のおかげで今後も富が増えることは間違いないだろう。我らもウェスニア教徒。この富の使い道としてこれほど結構なものもあるまい」
そう、孤児院と救貧院。実に結構なことではないか。三人と一人はそれぞれ朗らかな笑みを浮かべた。