非常に面倒なことだが亜種の件は領主として看過することはできないものだった。貴族という地位にかまけた馬鹿ならともかく、まともな脳みそを持つ者ならこの辺境伯領において強力な亜種が跋扈する事態がいかに危機的状況であるか理解できよう。
ゴルデア帝国と接する辺境伯領の防衛力の低下は国防の危機に直結する。そのため辺境伯領の騎士団は王国有数の戦力だ。魔物の討伐を冒険者ギルドに委託しているのは手間と費用を抑えるという意味もあるが、防衛に必要な戦力を魔物の討伐により損耗させないという意味合いも有している。
もしも冒険者ギルドだけでは手が回らず、騎士団までもが全面的に討伐に出回らなければならなくなれば、単純な脅威にとどまらずゴルデア帝国にとって好機となりうる。現状、ゴルデア帝国とは非友好的な関係にまで陥っていないが、領土拡張主義を掲げる帝国が好機を前にして行動を起こしたとしても不思議ではなかった。
辺境伯領が侵攻の危機に晒されようと王国が滅亡しようと俺に危害が加わらない限りは至極どうしてもいいのだが、大っぴらにそのようなことを言うわけにはいかない。それに辺境伯領の危機は俺の危機に直結しうる。それなりに注意を払わなければならなかった。
「それで解析結果はどうだ?」
俺はシャリリーゼに尋ねる。愛しい妹にはフレイムリザードの亜種の解析を頼んでいた。
「やはりこのフレイムリザードは自然に進化したものではないですね。何らかの魔法によって加工されています。痕跡からすると先のフォレストクラブも同じものかと思われます」
「ふむ……。加工ができる人間に心当たりは?」
「私以外でというと即座に名前は出てこないですね。可能性があるとしたら王国ならヘーデル侯爵が抱えている【錬金術師】か宮廷魔術師のベンジャルくらいでしょうか。それか帝国の魔導機関がこのような研究をしていればあるいは」
「そうだな。後は無名の奇才がいたという場合か。名の知れた冒険者ならともかくそうでなければ在野の平民など把握できん」
「もしそうでしたら面白いですけど」
シャリリーゼはおかしそうに微笑んだ。確かにそうなったら面白い。
「ところでシャリリーゼ。右目を治したのだな」
「はい。どうですか?」
「ふむ。よく似合っているよ。美しい」
俺の賛辞にシャリリーゼは嬉しそうにはにかむ。治した右の瞳は銀色になっていた。左の金色との対比が美しい。オッドアイは彼女の美しさに神秘性を添える。
「金貨と銀貨みたいだね」
「あら、お兄様。私はそんなに安くはないです」
「それは道理だ」
シャリリーゼの茶目っ気に俺は笑った。
トトノトリアに真っ当な貴族の道を歩ませる、という試みは順調だった。初めて彼女に人を殺させて以来、定期的に罪人の処刑という名目で殺人を行わせている。当初は顔を青くしていたが、次第に平静をもって人を殺せるようになってきた。
トトノトリアは境遇と性格もあいまって依存心の強い女だ。俺は彼女が人を殺す度に優しく肯定し、褒め称え、殺人が悪いことではないと説いてやった。そしてその日は決まって愛してやった。トトノトリアの良心は暖炉の前に置かれた氷のように溶けていった。
さて、俺とトトノトリアの前には拘束された三人の罪人がある。無論、彼らは冤罪であり無辜の市井であるが、そのことは彼女に告げていない。
「お兄様、ご一緒させてくださいな」
俺達が貴族という地位に基づき発生した公的義務を履行しようかという時、シャリリーゼが処刑場に入ってきた。
「ふむ。まあいいだろう。罪人は三人だ。一人が一人を殺せばちょうどいいしな」
「ありがとうございます」
シャリリーゼは太陽が咲くように笑う。対照的にトトノトリアの顔は強張っていた。
まずは俺が適当な罪人の首を刎ねる。鮮血が噴水のように溢れる。これぞ首刎ねの愉しみであった。
「さて、トトノトリア。一つ君に問おう。もしも今僕が殺した罪人が無実であり、冤罪であったらどうだね?」
「それは……それはとても痛ましいことです。もし彼の者がいわれなき罪を着せられて刑に処せられたというのであれば、私達は然るべき誠意ある態度を見せなくてはならないでしょう」
「それはつまり謝罪と賠償、あるいは今後冤罪が生じないための措置を講じるということかい?」
「はい。仰るとおりでございます」
「おお、僕の可愛いトリィよ! 君の心根の美しさは素晴らしいがその答えは余りにも愚直に過ぎるとも! 君の言うとおりにしてしまえば、愚昧な民衆はここぞとばかりに我々支配者を非難し不満を声高に叫び、本来なら許されて然るべき些細な失敗でさえまるで致命的であるかのように捉えるだろう。そのような事態になれば不要に治安は乱れ、混沌が跋扈することになってしまう。それがあるべき姿かね! 自信をもって断言できる。否、と」
俺は大袈裟に嘆いてみせる。
「我々権力者がその非を認めるということは支配の正当性に疑いの余地を作ることに他なりません。それ故に私達は常に大義と正義を掲げ続けなければならないです」
「しかしそのようなことを行えば不正を糺せなくなるではありませんか」
「不正を糺す! 不正を糺すときましたか! アハハ、それが冗句なら実に傑作ですとも。我々の行いに不正などありません。我々こそが正義なのですから。先ほどの問いの答えを述べましょう。冤罪により罪人を処したとしても何も問題はありません。我々による治世を維持するために必要な犠牲であった、ということです。まあ悔恨の弁を二、三述べる。するとなればこれくらいでしょうね。つまるところ、不正とは我々の利益を維持するために必要な行いなのですから不正から利益を得ている我々はこれを肯定することが自然ですし理にかなっているというわけです。
よろしい。これでもまだ完全に納得できないというのであれば、そもそも人間が何故社会を構築しているか、という点から論を述べようじゃありませんか。まず、人間は単独で生活せず社会を作り複数が寄り集まって生活しております。人間は単独では脆弱な生物でありますし、仮に魔物に太刀打ちできる程の力を有していたとしても単独で満足な衣食住を賄うことは極めて困難であるからです。すなわち、俯瞰的に見れば人間という生物は一個の社会を構築する群体であるということができましょう。この村や町などの小さな社会が集まってより大きな社会である領や国を作るのです。
では、これら社会を構成する個々人の存在意義とはなんでしょうか。個人の幸福? 正義の実現? 最近王都の学者共がこれらを社会において隈なく実現させるために人権なぞという概念を喚いているようですがちゃんちゃらおかしいものです。個人の幸福も正義の実現も人権なぞという虚構も個々人の存在意義足り得ません。社会という群体の維持、人間という種の存続こそが存在意義なのです。
我々の幸福も不幸も人間の存続という存在意義の前には意味も持たないのです。しかしこれはこの存在意義の前では我々が幸福になろうが不幸になろうが自由であるということを意味します。ですから自己の幸福を追求するために他者の尊厳を踏みにじろうと問題ないのです。これでもうおわかりでしょう! 社会が維持されるならば我々がいかなる行動をしても自由であり許されているのです! となれば貴族という支配者層に生まれた人々が自分の幸福や利益を追求するために民草をいくら費消しようとも社会の維持に決定的な支障が生じない限りは問題がないのです。
ここで一つ、民草を虐げたり横領を行ったりと悪政を敷くような行いや国家を破滅させるような革命的行いは社会の維持に仇なすものであり許されないはずだという反論を浮かべるやもしれません。ですがそれは誤りです。確かにその領地や国家という単位においてこれらのいわば反社会的行為は人間の存続という存在意義を害することになるでしょう。現に一定数の人間の生命を潰しているわけですから。しかし平民をいくら殺そうと
トリィ、不正を糺すなど考えるだけ人生の無駄です。そんなことを考える暇があるのなら民草から搾取した税をいかに費消するかを考えた方がまだ建設的なのです。ああ、無論僕が辺境伯として不正や民草を虐げることを特別好んでいるというわけではありませんよ。あくまで思考を突き詰めていくとこのような話ができる、というだけです」
最後の俺の言葉にトトノトリアが安堵した表情を見せる。その機を狙いすましてシャリリーゼが口を開いた。
「ですがお兄様。一方で得られる利益や幸福やらを否定するつもりもないのでしょう?」
「ああ、そうだね。否定するつもりもないよ。我々貴族は貴族として重責を担っているのだからそれに見合ったものをもらうということは決して間違ったことではないと思うよ。だからトリィ、もし貴女が
俺はトトノトリアに対してやわらかに語りかける。
「さて。まだ処刑の最中だったね。リーゼ」
「はい、お兄様」
シャリリーゼはいっそ華麗と称していいくらい鮮やかに無辜の民の首を刎ねた。その顔には紛れもない喜悦が浮かんでいる。
「リーゼは首を刎ねるのが好きなんだね」
「ええ、ええ。そうなのです。実のところ私は人を殺めることが好きなのです。だって殺人って素晴らしいではありませんか。他者の生命を踏み潰す。これほど自身の優越を感じることはありません」
シャリリーゼは屈託のない笑みを作った。
「お兄様はこんな私がお嫌いですか?」
「まさか。溌溂としたリーゼを見ることができて僕も嬉しいよ。さあ、トリィ。次は貴女の番ですよ」
シャリリーゼの太陽が咲いたような笑顔にトトノトリアもまたぎこちないながら笑みをもって応える。
トトノトリアは車椅子の令嬢であるため、上半身の力だけで人間の首を刎ねることはできない。それ故彼女の殺し方は稚児の如く弱々しいものであった。一撃で仕留められず何度も剣を突き刺すことでようやく殺すことができる。それはもどかしくもあったが
罪人とされた男は助命と悲鳴の中で息絶えた。荒い息を吐くトトノトリアにそっと語りかける。
「どうですか」
「どうですか、ですか?」
「貴女は殺人を愉しめましたか? それともまだ黴臭く薄っぺらい倫理が気になり忌避感を覚えますか? 自分に素直になってください、トリィ。僕はたとえ貴女がどのような悪逆を好み淫蕩に耽ようとも決して貴女を嫌うことはありません。いや、そのような行いは貴女が貴方たる本質の発露でありましょうから、僕は一層深く貴女を理解し愛することでしょう」
「私は……、その、やっぱり人を殺すのはどうしても後ろめたい気持ちになるのですが、それでも、その、同じくらい……満たされるというか、胸がすくような気持ちになるのです」
トトノトリアは躊躇いがちに己のうちを告解する。俺はそんな彼女を優しく抱擁して口づける。
「トリィ、自分の本質を自覚しそれに沿って生きることこそ善く生きることに他なりません。貴女は有象無象の者と異なり真なる高みへと手をかけたのです。言祝ぐべきことです」
俺はもう一度口づけてからトトノトリアをお姫様のように両腕で横から抱き上げる。
「ロ、ローレンス様!?」
「我が妻となるべき一輪の花よ。貴女の美しさの虜になってしまった愚かな若者にどうか今宵貴女を愛でさせてはくれまいか」
「よ、喜んで」
一輪の花は赤く色づきながら俺の懇願を受け入れる。
茶番劇に笑うシャリリーゼを横目にトトノトリアを自室に運び、やわらかなベッドに横たえる。彼女はそのやわらかさの中で身じろぎした。
「あの、血が……」
「些細なことです」
トトノトリアは返り血に汚れていた。それによりベッドにも赤い染みができていた。しかし昂ぶりの前にそのようなことは正しく些事であった。そもそも彼女を抱きかかえたことにより俺の服だってその血で汚れているのだ。
些事であることを証するために乱暴にトトノトリアの着ていたものを破るようにして剥ぐ。もうこれは使いものにならないだろう。どうでもいい。これすらも些事だ。
いつにない荒々しい俺の振舞いにトトノトリアは怯えの色を見せたものの、すぐ従順にその身を侵略者に委ねる。
婚約者の名前を紡ぎながらいつもより強く乳房をこねくり、乱暴に玉門を愛撫する。トトノトリアは時折痛みを訴えたがそんなものはもちろん無視して頃合いを見計らって彼女を貫いた。
トトノトリアは
嗤う。この惨めな不具の女が痛めつけられながらも雌犬のように興奮していたことに。だがこれは良いことだ。俺がこいつに与えるものは全て
俺はトトノトリアの動かない両脚を掴んで彼女を貪る。
「ローレンス様、ローレンス様!」
俺の名を呼ぶ健気な鳴き声にますます昂ぶる。俺は右手を放して、トトノトリアの頬を容赦なく殴った。悲鳴。そして絞まる。だから再度殴り、叩き、首を絞める。
「嗚呼、トリィ! 僕の昂ぶりを、僕の真なる愛を感じてください!」
そうして俺は吐精する。深く、長かった。
それが終わった後、俺は顔を腫らしたトトノトリアに口づけをする。
「すみません。大事な貴女に傷をつけてしまった……。すみません、血を見て昂るとどうしても我が内にある暴力的な衝動が零れ出てしまったのです。普段はこのようなことないのですが。嗚呼、きっとこれは甘えなのでしょう。
「気に、しないでください」
俺の謝罪にトトノトリアは醜い痣と暴力の痕が調和した無残な顔で微笑らしきものを作る。
「ローレンス様が私に心を許してくださった喜びに比べればこの身の痛みなど気にすることなどありません。ローレンス様、私の唯一の愛しい御方。愛しております。貴方に巣食う荒ぶる
「トリィ……! ありがとう」
トトノトリアに優しく口づけるとそれは当然のように迎え入れられる。
それから俺は一晩中彼女を愛した。嘘みたいに優しく。
そういえば、11月25日の東京文フリに出展します。