第4話 視察
最近魔物の被害にあったエペ村はベルカエルカから馬車で三日くらいの場所にある。以前ガリウスと話した時の村は既に冒険者が魔物を討伐したそうなので、それ以後に被害にあったエペ村に視察しに行くことにしたのだ。
エペ村の視察に同行するのは、シャリリーゼとその専属メイドのエミリカ、護衛騎士長のラコーニコフとその部下五名だ。
俺、シャリリーゼ、そしてエミリカは馬車に乗り、護衛の一人が御者を、ラコーニコフらが騎馬で移動している。
ソラリを連れていくかどうか迷ったが、彼女にはチャンチャや奴隷の世話のために残すことにした。視察では俺の給仕もエミリカが行っている。
エミリカはソラリと同じように改造してあるので有事のときにも役に立つ。シャリリーゼの好みでエミリアの髪や目は夜よりも暗い色をしている。しかし太陽の光を反射すると僅かに青みが出るので、エミリカの髪色は漆黒というよりは重い藍色というほうが正確だろう。
道中では一度魔物に遭遇したが、ラコーニコフ達が危なげなく討伐した。
魔物の討伐を冒険者ギルドに委託しているため、我が領はその大きさと地理的重要性を考慮すると、かなり軍備が縮小されている。しかし、量を減らしてもその質までは下げたつもりはない。俺の護衛騎士は腕の立つほうだ。
「お兄様、エペ村を襲った魔物の正体はわかっているのですか?」
「どうやらフォレストクラブらしいね。上手くいけば村まるごと奴隷にできるだろう」
「まあ、それは楽しみですね」
シャリリーゼは太陽が咲くように笑う。俺も楽しみだ。
「ローレンス様、そろそろ休憩にしましょう」
馬上のラコーニコフが言う。
騎士長のラコーニコフは騎士にしては細身な体格なのだが、単純な膂力でも並みの騎士に勝る。礼儀を知っているし顔も整っているので一見すると優男に見える。
「わかった」
しばらくして馬車が停まり休憩となる。太陽が真上に昇りちょうど昼食時だ。
エミリカが昼食の用意をする。さすがに移動中の食事は質素なものにならざるをえない。
俺はせめてもこれくらいはと思い、ひょいと自分の影からワインを取り出す。血のように真っ赤な赤ワインだ。
「いつ見てもローレンス様の影魔法は羨ましいですね。それが使えれば兵糧が大幅に改善されます」
「なら、影魔法を習得すればいいだろう。興が乗った時くらいなら教えてやろう」
「それができたら苦労しませんよ」
ラコーニコフが苦笑する。
影魔法は他の汎用魔法と比べて適性のある者がかなり少ない上、習得も難しい。しかも便利そうで制限が多い。
たとえば、今使ってみせた
そういう事情があるため影魔法を使いこなせる人間は極めて少ない。
しかし、個人単位で活用するならば影魔法は有能だ。そのため影魔法を使うのは冒険者や偵察など少人数行動が基本の人間がほとんどだ。
俺はワインの栓を開けてグラスに注ぐ。ワインは太陽の光を浴びてひときわ赤く輝いた。
昼過ぎについたエペ村はごくありふれた貧しい農村だった。西に魔の森がすぐ近くあるため、土地が肥沃で森の恩恵を受けることができるが、同時に魔物という災害を被ることもある。ガリウスの報告書によると。、つい最近も魔物の襲撃と不作が重なり餓死者は出なかったものの何人か身売りする必要があったらしい。
俺達がエペ村に到着すると、村人がわらわらと虫のように集まってくる。その中から背の低い壮年の男が進み出た。彼がエペ村の村長のようだ。跪いて礼をする。
「ようこそエペ村においでくださいました。エペ村の村長ボッゴと申します。何もない村ですが歓迎させていただきます」
「ありがとう。私がローレンス・ゴールドマン辺境伯だ。そしてこちらが妹のシャリリーゼになる。村も魔物の被害にあって苦しいだろう。今回の視察では村の被害の確認、可能なら魔物の討伐もするつもりだ」
俺の紹介にあわせてシャリリーゼが妖精のように礼をする。その美しさに村長は僅かの間呆けていたが、慌てて居住まいを正した。
「はっ、わかりました。魔物の件なのですがちょうど今冒険者が森の探索に出ているところです」
「そうか。それなら冒険者が戻ったら私のところに来るように言っておいてくれ。魔物の被害についてもその時に改めて聞こう」
それから俺達は村長の娘によって村長の家に案内される。村一番の器量良しだと紹介されたが所詮村の中の話でしかなかった。確かに娼館にでもいれば売れそうな派手な顔立ちをしているが、いかんせん垢抜けていない。食指が動くことはなかった。
村長の家は村では一番大きな家屋だがみすぼらしい。あてがわれた一室でエミリカが荷解きをする。立派な領主な演技として、ラコーニコフを護衛に置き残りの騎士には村の警戒に当てさせた。
エミリカがお茶を淹れる。お茶の名産であるザックソー伯爵領の茶葉だ。美味い。ザックソー伯爵領とはやや距離があるのだが、ザックソー伯爵とは懇意にしているので茶葉を手に入れやすいのだ。
我が領でも何か名産がほしいものだが思いつくのは魔物くらいだ。土地は肥沃なのだが魔物の被害に遭うので農耕や牧畜を奨励することが難しいのだ。領全体の収穫量を平均すると、同程度の大きさの領地よりやや多い程度だろう。まあ、魔物も討伐すれば素材になるし、そのおかげで冒険者や商人が出入りするので魔物がいることは悪いことばかりでもないが。
俺とシャリリーゼが優雅にお茶を嗜んでいると村長がやって来る。
「ローレンス様、冒険者の方々をお連れしました」
「入れ、ああ礼儀はそこまで気にしないでいい。どうせよくわからんだろう」
許可すると、村長と四人の冒険者が部屋に入る。彼らが跪こうとしたので、面倒になって手を振る。冒険者にまともな礼儀作法など期待するだけ無駄だ。ぎこちない作法に苛立つくらいならば最初から見逃したほうがいい。
冒険者のうち、がたいのよい大男が進み出る。その頭髪のない
「はじめてお目にかかります、ローレンス様。私は冒険者のコラッドと申します。こちらが仲間のクッキ、イニーチャ、ポーラになります」
貴族を前にしても彼らには動揺が見られない。おそらく何度か貴族の謁見した経験があるのだろう。そうであるならそれなりに高位の冒険者であることになる。
杖を携えているクッキは魔術師だろう。となると、大柄で右頬に大きな切り傷のあるイニーチャがコラッドと共に前衛、小柄で視線の忙しない女のポーラが斥候役兼遊撃といったところか。
それにしてもポーラはずいぶんと上玉だ。波打つ栗毛の髪は荒事に身を置いてもなお艶を失わず、鋭い瞳と対照的に肉感的な厚い唇、そして引き締められた肉体には動物じみた官能がある。冒険者なぞ選ばなくても娼婦になれば十分な稼ぎが得られるだろう。ぜひともこの女から懇願の悲鳴を聞いてみたいものだ。
俺は内心で舌なめずりしながら言う。
「私が辺境伯のローレンス・ゴールドマンだ。こちらが妹のシャリリーゼ・ゴールドマンになる。そこに控えているのは護衛のラコーニコフだ。エミリカ」
既にお茶を淹れて用意していたエミリカは、ラコーニコフを除く全員に給仕する。エミリカも便利なメイドだ。
「さて、さっそく本題に入ろうか。村長、被害のほどは」
「はい。一週間ほど前、魔の森付近に行った子ども二人が魔物に襲われて死にました。それからもさらに二人が死んでいます。死体の残骸を発見した村人が遠くにフォレストクラブらしき影を見たそうです」
「よくその村人も無事だったな」
「当時は雨が降っておりましたので、そのおかげでしょう」
俺の疑問に村長が答える。
「なるほどな。して、コラッド。探索の成果のほうは」
「はい。探索ではフォレストクラブの発見はできませんでした。鋏で木々を切断したような痕跡があったので、フォレストクラブが近くにいることには間違いないでしょう。問題は……」
そこでコラッドが言いよどむ。
「問題は複数のフォレストクラブがいることです」
「討伐できないのか? お前達の身のこなしを見るにフォレストクラブが数匹いようと問題なさそうだが」
フォレストクラブは魔の森に生息する熊ほどの大きさをした緑色の蟹だ。雑食で農作物から人間まで食す上に、右の大鋏は人の手足など簡単に切断してしまう。甲羅も固く、並みの攻撃では傷を与えられないため、村落を襲うとやっかいな魔物だ。しかし、魔術師を擁する彼らならフォレストクラブが数匹いようと倒せない相手ではないはずだ。
「それが痕跡からして十を超えるフォレストクラブがいるようなのです。知性の低いフォレストクラブが群れることなど聞いたことがありません」
「亜種か。おそらくは群れの中に長となっているフォレストクラブがいるのだろう」
「おっしゃるとおりです」
魔物にはまれに通常の固体よりも優れた力を持つ亜種が現れる。おそらく今回の襲撃も統率能力を持つフォレストクラブの亜種が原因だろう。
俺は重々しく頷く。
「わかった。ならば俺達も討伐に協力しよう」」
「危険です、ローレンス様」
すかさずラコーニコフが制止する。
「ラコーニコフらも護衛として十分な実力を備えているし、私とリーゼは魔法が使える。私達がいれば討伐の成功率は上がるはずだ。十を超えるフォレストクラブの群れなど、万が一討伐が失敗すればエペ村が壊滅するおそれすらある。それを領主として見過ごすことはできない」
「しかし、ローレンス様はともかくとしてシャリリーゼ様まで……」
「いえ、お兄様のおっしゃるとおりです。この度の協力はもはや貴族としての責務に等しいものです。女だからと言って座して待つことなどできません。私の力が民草の役に立つと言うなら喜んで参加いたしましょう」
毅然として言い切るシャリリーゼにラコーニコフは言葉を失くす。ラコーニコフは悲痛な表情を浮かべた。
「コラッド、俺達も討伐に参加する。よいな」
「……わかりました。お二人の身は必ず我らが守ります」
コラッド達が反対できるはずもなかった。
こうして俺達の討伐参加が決定した。
「なかなかの役者だったな」
冒険者らが去ったあと、俺は言う。
「お兄様こそ」
「あれくらいはな。まあ、亜種を見逃すことができないというのは本音だが。ラコーニコフ、ポーラとかいう女はどうだった?」
「是非とも味見したいですね。美味そうな女だ」
ラコーニコフは誠実な騎士の仮面を剥ぎ捨てて、下卑た笑みを浮かべる。
「そうだな。美味そうな女だ。残りの連中にも明日は狩りに出ると伝えておけよ。明日は蟹退治と洒落こもうじゃないか」
俺は横にいたシャリリーゼに口づけをする。シャリリーゼは舌をからませて俺の口づけに応えた。