※この作品はR-18です。

俺と妹の悪徳が栄えまくる   作:笹谷 爽

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第9話 盗賊と貴族

 こうして俺はトトノトリアを連れて辺境伯領に帰ることになった。

 トトノトリアは離れで慎ましく暮らしていたので、侍女のターニャ一人に僅かな荷物を持たせて馬車で同行する。まあ、諸々必要なものはあっちで揃えればいい。

 

 辺境伯領までの道程は山々を抜けていくことになるので村も少ない。しかしこれが辺境伯領まで続く数少ない選択なので意外な程度には往来があった。

 

「どうです、馬車での旅は? トトノトリアは初めてでしょうから辛いところもあるのでは?」

「はい。馬車で揺られるだけでも疲れるものがあります。迷惑をかけて申し訳ありません」

「それは仕方のないことです」

 

 俺が優しく微笑みを作ると、トトノトリアはそっと肩の力を抜く。俺が不機嫌になるのを恐れていたのだろう。

 俺は戯れにトトノトリアに話しかける。

 

「ところで、トトノトリア、いえ、トリィと呼んでも?」

「もちろんです」

 

 トトノトリアは笑顔で頷いた。

 

「ではトリィ、今回のような旅程で最も恐ろしいのは何だと思います?」

「……魔物、ですか?」

 

 未知の問いに対してしばしの思考のあと、トトノトリアが答える。

 

「ええ、魔物は確かに危険です。しかしそれ以上に危険なのは、いえ最も恐ろしいのは人間です」

「人間」

 

「そう人間。わかりやすいのは盗賊ですね。ここは……、そう、アスターン子爵領に入ったところですが、たとえばこの子爵領では昨年の不作から盗賊が増加しています。だから山陰から大規模な盗賊の奇襲を受ければ大抵の旅人はひとたまりもなくその有り金のみならず命まで奪われることでしょう。危険なのは盗賊だけではありません。村ぐるみで旅人を財布に飛びこんできた金貨扱いする村もありますし、護衛に雇った者が裏切って雇い主を殺すこともあります。

 翻って魔物はどうでしょう。なるほど、魔物に遭遇すれば命の危険があることは間違いありません。しかし、その時は襲われた人間は盗賊だろうと裏切るつもりの護衛だろうと一致団結して魔物に立ち向かうでしょう。そしたらどうです、旅人が命を落とすのは魔物の襲来ではなく、その後の人間の手によってです」

 

「魔物より人間が恐ろしいとは不思議な話ですね」

 

「不思議? とんでもない、実に自然なことですよ! 自明とさえ言っていい。我々の隣人は誰ですか。魔物ではなく人間です。人間は寄り集まって作った領域から出ないように押し合い圧(へ)し合い生きているのですよ。そうしてその領域から出た者を排除して領域内の法則も固守するのです。いつの時代だって人間の敵は人間です。

 ハッ、ところでその狭い世界の法則にどれだけの意味と価値があるかご存知ですか? 皆無です! 少なくとも独立した個人の幸福と尊厳を曲げるほどではない。トリィ、貴女は脚や痣のことで貴族という狭小な世界から排除され彼らの踏み台にされてきました。しかしそんなくだらない法則に隷属している必要はないのです。彼らの醜悪な因習や思考など足元にも及ばないような高潔な魂を持っていればそれこそが新の貴族だと思いませんか?」

 

「ローレンス様、それでは高潔な魂とはどのようにして磨かれるものなのでしょうか」

「それはですね――」

 

 俺が悪徳について語ろうとしたところで、ラコーニコフが姿を現す。

 

「ローレンス様、この先しばらくしたところに盗賊がいます」

「数は?」

「おそよ二十かと」

 

 護衛に連れてきたのはラコーニコフを入れて七人。普通なら分の悪い人数差だ。トトノトリアの顔に怯えが浮かぶ。

 だがそれは普通ならの話だ。我が領は冒険者に治安維持を委ねているため人数は少ないがその分精鋭が揃っている。

 

「問題ない。蹴散らすぞ。トリィは僕がいいと言うまで馬車にいてください」

「わ、わかりました」

 

 トトノトリアは蒼白になった顔で頷く。

 

 盗賊が待ち伏せしている場所は大岩と雑木林によって隘路になっているところだった。

 俺は御者台で自分の影から儀礼剣を引き抜き、ラコーニコフらに影遮断(シャドウブラインド)をかける。対象の気配を消す隠密向きの魔法だ。

 

「俺の影幕(シャドウカーテン)が発動したら突撃しろ」

「わかりました」

 

 馬車は何事もなかったように隘路まで進む。

 

 そこを雄叫びが平穏な世界を突き破った。盗賊が大岩と雑木林の陰から洪水のような勢いで馬車へと襲いかかる。

 俺は儀礼剣を構えて、影魔法を発動させる。

 

「な、なんだ!?」

「何も見えねえ!」

 

 ――影幕(シャドウカーテン)。

 

 視界を奪う暗黒の影が盗賊の顔を覆い、洪水の勢いを遮断する。フォレストクラブに使った時と違い、今回は俺が解除しない限り影が拭われることはない。

 

 人数差と奇襲により圧倒的優位に立てるはずだった盗賊は、視界を奪われることによってその地位から呆気なく転落した。

 

 この機を逃さずラコーニコフらが攻勢に移る。影遮断(シャドウブラインド)により気配を消したラコーニコフらに視界を奪われた盗賊が勝てるはずもなかった。なす術もなく盗賊は一人また一人と倒されていく。

 

「ラコーニコフ、いくらか生かしておけ」

「御意」

 

 こちらの勝利を確信してラコーニコフに指示したあと、俺は馬車にいるトトノトリアに声をかける。

 

「トリィ、もう大丈夫です。ほどなく盗賊は始末されるでしょう」

「は、はい。それにしてもローレンス様の護衛の腕もさることながら、ローレンス様の魔法の腕も凄まじいものですね。影遮断(シャドウブラインド)を騎士全員にかけ、さらには飛び出す二十人近くの盗賊に影幕(シャドウカーテン)をかけるとは。普通影魔法は複数の相手にかけることができないはずですのに」

 

 トトノトリアは青い顔のまま頷く。

 

「まあ才と鍛錬の成果ですよ。それよりもトリィ、先ほどは高潔な魂であるにはどうすればよいかというところで話が途切れてしまっていましたね。ちょうどいいですからその続きをしましょう。ああ、ターニャ。君は念のため馬車で待機していなさい」

 

 俺はトトノトリアの車椅子をソラリに押させて、馬車の外に連れ出す。盗賊たちはすっかり殲滅されていて、俺の命令どおり二人だけ拘束されて生かされていた。

 

 一人はやせ気味の青年で、もう一人は中年の男だった。中年のほうがこの盗賊の頭目だろう。

 

 影幕(シャドウカーテン)を解いて頭目の顔をおがむ。黒い髭に覆われた薄汚い顔だった。

 

 俺は何も尋ねずに頭目の右手の小指を切断する。綺麗な切断面からは白い骨が覗けたが血が滲み赤になる。薬指も切る。中指も切る。

 

 唐突な拷問に顔をしかめてうめき声をあげる頭目に対して、俺はようやく質問する。

 

「さて。お前らのアジトはどこにある」

 

 頭目が口を開く前に人さし指も切る。別に答えないなら答えないでいいのだ。アスターン子爵領で残党が跋扈しようともさほど興味はない。

 

 俺はさらに右の掌をナイフでずたずたに引き裂いてやる。こらえきれずに頭目から低い悲鳴が零れる。これで奇跡が起きてこいつがここから逃げ出せたとしても盗賊して生きていくのは難しいだろう。

 

「話す気になったか?」

「クソが。誰が話すか……」

 

 アジトの場所を話せばそこにある財宝も待機している手下の命も全部失うことになる。大した盗賊でもないくせに意地だけは立派にあるようだ。

 

 俺はナイフでぐりぐりと傷口を広げる。盗賊の血も何も変わらない赤色だ。

 

「今素直に話せばこれ以上はやめてやろう。だが話さないのなら次は左手だ。次は両足。それでも駄目なら少しずつ腕を切り刻んでやる。それだけじゃあない。死なない程度に腸を引きずり出してゆっくりと鳥に啄ませてやる」

 

 しかしそれでも頭目は口を割ろうとしなかった。俺は面倒になったので、尋ねる相手を変えることにした。若い盗賊にナイフを突きつける。

 

「お前は上手に歌ってくれるかな?」

 

 頭目への拷問を見ていた若い盗賊は顔面を蒼白にして、短い悲鳴を漏らす。やはりこいつは楽に吐きそうだ。俺は右の掌をナイフで地面に縫いつけてやる。

 

 絶叫が響いた。

 アハハ、なんて滑稽な悲鳴だろう! ついでに右耳を削ぎ落としてやったらますます惨めに叫びだした。

 

 そうして俺がもう一度丁寧に脅してやると、若い盗賊は小鳥のように囀りだした。俺は小鳥の歌をラコーニコフに記録させる。

 

 俺はその結果に満足して、気分よく若い盗賊の首を刎ねた。

 

「さて、トリィ。今度は貴女の番だ」

 

 瞳の涙をためて一連の拷問を見ていたトトノトリアに俺の儀礼剣を持たせる。彼女の手には少し重いかもしれないが、身動きのとれない人間を突き刺すことくらいはできるだろう。

 

「トリィがあの盗賊の頭目の命を絶つのです」

「で、でき、ません」

 

 俺は深い溜息をついた。俺の落胆した様子にトトノトリアが怯える。

 

「もしや人を殺めるのが怖いのですか?」

「は、はい……」

 

「トリィ、それは間違いです。我々が人を殺めるのは呼吸をするが如く自然なことなのです。そもそもこれまでの人生において貴女だって多くの人を死に追いやっているのに何を今さら。そういう無自覚的な思考こそが貴族らしからぬ奴隷的魂の顕れなのです。

 

 盗賊と貴族の違いはどこにあると思います? 盗賊は無法のうちに他者の生命や財産を奪っていますが、貴族は平民を自ら作った枷にかけ生命と財産の簒奪を正当化しているだけです。この枷が法律とか慣習とか身分とか言われているわけですが、まあ究極的に見ればこんなものは根拠になりませんよ。だってしょうでしょう? 我々の善悪など時代の移り変わりによって容易く変遷するものですから、これを基盤にしたところでその場しのぎの正しさは得られましょうが永劫不変の正義などは夢物語です。そう、つまるところ盗賊と貴族は同じ簒奪者であるわけです。

 

 では、その中で貴族としての高潔を保つには如何にすればよいでしょうか。それは認識することです。貴女の優雅な生活のため、名もなき民草が税や役務や戦争によって竈(かまど)にくべられて消費されていることを。我々はそうやって直接手をかけずとも間接的に民草を殺めることによって幸福を享受していることを。たとえその仕組みを詳しく知らなかったとしてもその仕組みによる恩恵を喜んで享受した以上は、これによる犠牲も貴女のために支払われたものです。これを知りつつ無関心に放置したのだとしても、あるいは民草の犠牲をよしとせずこの構造を解消しようとしたのだとしても、結果があるのであれば同じ責任が与えられて然るべきです。

 

 さて、ここまで自覚できたのであればこの卑しい盗賊の命を絶つことなど最早なんの躊躇いもあるますまい! 自覚的に悪徳に耽り、これによる利益を最大限に享受することこそが支払われた対価への正しい態度なのであり、これこそが貴族的な魂であることです。受け入れるのです。我々の手はどうあがいたところで血に濡れているのであり、その赤は途方もなく美しいということを」

 

 俺は儀礼剣を握るトトノトリアの両手をそっと包みこむ。トトノトリアが揺れる瞳で俺を見上げる。俺はしっかり頷いてやった。

 

 トトノトリアに悪徳を実行しようという気高い意志が満ちる。俺は確実に儀礼剣を突き刺せる位置まで彼女の車椅子を移動させる。

 

 トトノトリアは震える手で、しかし迷いなく頭目の胸に突き刺す。血が、溢れる。

 

「もっと。もっとだ」

 

 俺の声に誘われ、トトノトリアは何度も儀礼剣を突き刺す。彼女の瞳からは怯えは拭いさられ、やがて陶酔に満ちていく。我が意のままに人を殺めることは全能感に酔いしれる。

 

 トトノトリアが刺突をやめた頃には、頭目はとうに血塗れの死体になっていた。

 

「よくやりました、トリィ」

 

 人を殺めたばかりの婚約者に優しいキスをすると、彼女はとても嬉しそうにはにかんだ。

 

 

 

 それから俺達は盗賊のアジトで残党を皆殺しにし、貯めこんでいた財宝と奴隷を手に入れた。

 奴隷は連れていくのが面倒なのですぐに遊びで使い潰してしまったが、金は適当に配分した。これで最愛の妹に何か贈り物でもしよう。




ルビ振りのミスを修正してますが、まだ残っていたら報告していだだけるとありがたいです。
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