ようこそ強姦魔のいる教室へ 作:生太郎
たった一つのミスが後々に響いてくることがある。
まぁ俺は一つどころか大量にミスしているのだが。
チートに胡坐をかいた結果だ。中身が凡人なので詰めがマックスコーヒー並みに甘すぎるのである。ブラックコーヒーとまでは言わないので、せめてクラフトボスぐらいの甘さにしたい今日この頃。あれも甘いけどな。
話は逸れたが、要するに俺はやらかしていた。
「田中、ちょっといいか」
茶柱先生の呼び出しから教室に戻る途中。
二階の渡り廊下。綾小路が背後から声をかけてきた。
まだ昼休みなので周りは生徒で溢れかえっている。
「作戦会議か?」
「いや、違う」
綾小路は階段を見上げた。
屋上の入口、踊り場には人はいない。廊下からは丸見えで、屋上の利用者が出入りしているが、会話の内容までは聞かれないだろう。
俺たちはそこに場所を移した。
綾小路は間を開けずに端的に切り出した。
相手に思考する暇を与えずに会話の主導権を握るちょっとしたテクニックだ。
「池と山内を櫛田にけしかけたのはお前か?」
あまりにも明瞭すぎる問いだった。
俺は眉をひそめた。
堀北の追及と似ているが、これはまったくの別物だ。
あの時はまだ俺にも状況を楽しむ心のゆとりがあった。決して堀北は俺を告発しないだろうという安心感があった。
しかし、これは違う。
一瞬の油断さえ許されない、紙一重の窮地だった。
「いや、よくわからないな。何の話だ?」
綾小路は感情の読めない顔をしている。
「やはりとぼけるか。ならば言わせて貰うが、状況からして一番怪しいのがお前だ。なぜ公園のトイレに気が付いた。なぜすぐに踏み込まなかった」
「いや、だから――」
綾小路が俺の言葉を遮って続ける。
「お前のことを櫛田がトイレに連れ込まれている場面を目撃した第三者だと仮定しよう。この場合、お前の行動はおよそ三パターンが考えられる。双方の同意があると判断して立ち去るか、櫛田が無理やり連れ込まれたと判断して教師を呼ぶか、聞き耳を立てて状況を観察するかの何れかだ」
見なかったフリをして立ち去る――と言うパターンもあるが、言っても詮無いことだろう。
池と山内がゲロったようだ。
あいつらは罪の意識に苛まれて、自分が楽になりたいからと、綾小路に誰にも言わないでくれと都合のいいことを言いながらぶちまけたのだ。秘密を打ち明けられた相手が巻き込まれることもお構いなしに。
「しかし、櫛田はあえぎ声を上げていなかったらしいな。お前はどうやって櫛田が強姦されている事実に気付いたんだ?」
あえぎ声、強姦。
なんだこれ。原作主人公がR18なフレーズを口走ってやがる。
俺はとりあえず微笑んでおいた。
「綾小路。それは深読みのし過ぎだな」
綾小路は不気味に沈黙する。
「俺は前々から櫛田の様子がおかしいと疑っていたんだ。そしたら公園のトイレに櫛田が連れ込まれていた。男子二人に女子一人、明らかに不可解な状況だろう。しかし俺は踏み込むのを躊躇った。もし同意の行為だったら俺のしていることは野暮でしかない。だからお前の言う三つ目のパターン、聞き耳を立ててみた。すると池と山内の声が聞こえた」
即興の言い訳だったが、たぶん大丈夫だ。
綾小路は状況から推測を語っているに過ぎない。
これはハッタリだ。
綾小路は俺を揺さぶって本性を暴こうとしている。
最悪のケースは櫛田に俺が怪しいと伝えることだが、それをしていない。
理由は簡単だ。
一つは推論でしかないこと。証拠もなく疑念を周りにぶちまけたところで、待っているのは手痛い反撃である。池と山内がハメられたことを思えば、綾小路に婦女暴行の濡れ衣を着せるのも容易であることは想像できる。
綾小路は黒幕を敵に回すリスクを考慮しているのである。
藪を突いて蛇を出さないように慎重に探りを入れている状態だ。
「池たちの話し声だけで櫛田が強姦されているのはわかったよ」
「耳がいいんだな」
「そうらしいな。ところで綾小路」
俺は一度言葉を止めた。この後の発言を強調するためだ。
「お前の保護者が、お前を探し回っているらしいぞ?」
「……何のことだ?」
綾小路は眉をひそめた。俺と似たような誤魔化し方だ。
「アメリカの大統領が住んでるところは何と言うのだったか。たしかホワイト……」
「今日はここまでのようだな。悪かった。時間を取らせて」
綾小路は追及を諦めた。不自然なほど強引に会話をぶった切っていた。
手持ちのカードだけでは俺を追い詰められないことは織り込み済み。しかし反撃があるとまでは予想していなかったのだろう。
綾小路はホワイトルームという謎の施設の出身だ。
自由が欲しくて施設から脱走。現在は施設の人間に追われる立場だ。
撤退を選択した綾小路だが、その前に聞いておくべきことがあった。
「櫛田のことは誰から聞いたんだ?」
「堀北からだ」
しれっと嘘を言いやがる。
どうやら堀北を隠れ蓑にするつもりらしい。
堀北は櫛田がレイプされたなんて夢にも思っていないだろうし、池と山内のこともまだ疑惑止まりのはずだ。
「そうか。堀北にも言っておいてくれないか。櫛田のことは絶対に言いふらさないでくれと」
俺は櫛田のことを心の底から心配しているように装った。
綾小路も誠実な仮面を被って模範的な回答をする。
「そうだな。約束する。と言うか、言っても誰も信じないだろ」
「それはわからないが、ともあれ助かるよ。俺は櫛田が安心して学校に通えるようにしてやりたいんだ」
「なら何日も休むなよ」
「耳が痛いな。次からは気を付けるよ」
……切り抜けた。
くう~、疲れました。これにて完結です!
座談会やって終わりでいいんじゃない?
もちろん原作二巻が始まったところで終わらせてくれるわけがない。
放課後、俺たちは教室の片隅に集まっていた。
「……レギュラー候補に選ばれた帰りだったんだがよ」
須藤が早口にまくし立てる。
どうやら須藤も未だに混乱しているらしい。説明は子どもの言い訳のごとく要領を得ない。
堀北は関わり合いになりたくないとばかりに不機嫌そうに腕組みをして窓の外を眺めている。
櫛田は表面上は親身に話を聞いているように見えるが、チラチラと俺を気にしていた。
「Cクラスの小宮と近藤に呼び出されたら、そこにはCクラスの石崎という奴もいた。三人は須藤にバスケ部を辞めろと脅しをかけ、それを断ったら殴りかかってきた。そういうことか?」
綾小路が須藤の話を翻訳する。
「それが事実なら須藤君の方が被害者になるね」
平田が口元に手を当てて考え込んだ。
一々仕草がキザっぽくて、とにかくイケメンなのだが……。
なぜお前までここにいる。
櫛田に須藤を呼びに行かせて教室の隅っこに集まっていたら、目聡くそれに気付いた平田が近付いてきたのだが。
まぁ女子から人気がある平田の存在は色々と役に立つだろう。
平田の隣では軽井沢がどうでもよさそうな顔をしている。
おそらく須藤の話などまったく聞いていないのだろう。早く遊びに行きたいと言うようにウズウズしていた。
「来週の火曜までに須藤君の無実を証明しないといけないんだよね」
「難しいな。やはり目撃者がいないと話にならないが」
「周りには誰もいなかったんだよね。聞き込みでもしてみる?」
櫛田、綾小路、平田が意見を交わしている。
それを堀北は冷たい目をして眺めていた。
「……下らないわね」
呆れたように溜息を吐いてから席を立つ。
「下らないって、須藤君が停学になっちゃうかもしれないんだよ?」
「事実を言っているだけよ。須藤君の潔白が証明されたとしても、また似たようなことが起こるわ。田中君の呼びかけだから協力してあげようかと思ったけど、こんなことならさっさと帰っておくべきだったわね」
「なんだよそれ! 助けてくれねーのかよ!」
「あなたが自分を無実だと思っているから、助けたくなくなるのよ」
いきり立つ須藤を、堀北は半眼で睨み付けた。
「あなたはバスケットのプロになると豪語していたけれど、こんなことでプロになれると思っているの? ここが学校でよかったわね。喧嘩に殴り合い、スポーツ選手どころか普通の会社員でもクビになるわよ」
「おいっ! なんだテメェ! 俺が悪いって言ってるのかよ!」
顔を真っ赤にして怒り狂う須藤。正論だから刺さってるのだろう。
堀北は横目で冷ややかに須藤を眺めてから教室を立ち去った。
俺は堀北のつれない態度に苦笑する。
「まぁ、須藤が悪いというより、須藤も悪いってところか」
「そうだね。堀北さんは言い方が――」
「あんっ!? 田中も俺に喧嘩売ってんのか!」
いきなり須藤が俺の胸倉をつかんで来た。
お前は闘牛か。見境なく喧嘩売ってるんじゃねぇよ。
溜息を吐きながら須藤の手を取り、くるりと返した。
須藤が尻から床に転がる。
怪我をしないように優しく投げてやったつもりだが、須藤は受け身を取れなかったのか痛みに喘いでいた。
合気道の小手返し。
ネットで動画を見ただけで技が使えるようになるのも、チート能力の一端である。
「田中君! 喧嘩は駄目だよ!」
そう言いながらも櫛田の目はキラキラしていた。
ヒーローショーを眺めている子どもみたいだ。そんな子どもたちにアマゾンズを見せてやりたくなる俺であった。
「これは正当防衛だ。櫛田は俺の無実を証言してくれないのか?」
「え、その言い方は卑怯だよ。私、目撃してなくても嘘の証言しちゃうかも」
「裁判で虚偽の証言をしたら偽証罪になるから気を付けろよ」
「うん。気を付けるね」
「田中……てめぇ……」
須藤がうめき声を上げながら起き上がる。
血走った目で俺を睨んで来たが、相手にするのが面倒だった。
堀北の気持ちがよくわかる。
ムカつくことを言われただけで胸倉をつかむようでは堀北の言うように第二、第三の暴力事件が起こるだけだろう。
「田中君。今のは君も悪いよ」
イケメンに怒られる。……うん、そうだね。
胸倉つかまれたからって投げ返す俺も短気だったね。
しかし俺は反省できる男なのだ。須藤とは違うのだよ。
「須藤。俺も悪かった。すまない」
「お、おう。わかればいいんだよ。次からは気を付けろよ!」
なぜかドヤ顔で調子に乗る須藤。
……こいつ、やっぱぶん殴ってやろうか。
イライラしている俺を見かねて、綾小路が溜息を吐きながら場をまとめた。
「まずは目撃者を捜すべきだと思うが、他に意見はあるか?」
「ううん、特に思い浮かばない。須藤君の無実を証明するために皆で頑張ろう!」
「私も友達に声をかけておくね」
平田の爽やかスマイル。
軽井沢は携帯で友達と連絡を取り合っていたが、一瞬物凄く嫌そうな顔をしていた。
恐ろしくどうでもよさそうな態度。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
目撃者を捜すと言うが、事はそう簡単ではない。
Cクラスの石崎たちは目撃者が出ないように、人のいない場所まで須藤を呼び出しているのだ。
「ごめんね、時間取らせて」
「こっちこそ役に立てなくてごめんね」
櫛田がバイバイと手を振っている。
Bクラスの女子が手を振り返して去って行った。
「これで十人目。まったく手応えなしか」
「そうだね。気長にやるしかないのかなぁ」
まぁ、元々期待なんてしていない。
これは一之瀬にメッセージを送るための行動だ。
そうでもなければ、わざわざこんな無駄なことはしていない。
BクラスもCクラスからちょっかいを受けていた。
だから対Cクラスにおいては手を取り合うことができるはずだ。
……というのが原作の流れだったか。
あまり内容を覚えていないが、二巻の最後の方でドヤ顔の一之瀬が石崎たちを追い詰めていたシーンは覚えている。アニメだと改編されて堀北に出番を取られていたけどな。
別に一之瀬の協力がなくても事件の解決はできるだろうが、グレーゾーンギリギリの手段でポイントを荒稼ぎしているらしい一之瀬だ。これは一之瀬の動向を窺うことができる好機だった。一之瀬はレイプ候補の一人だから情報はできるだけ集めておくべきだろう。
「あれ、長谷部さんだ」
櫛田が背伸びして廊下の奥を見渡した。女の子の爪先立ちって萌えるよね。
長谷部は窓枠に肘を置いて、ぼうっと外を眺めていた。
放課後になるとさっさと帰宅するタイプのはずだが、長谷部の目は何か探し物をしているように帰宅中の生徒を眺めているように思えた。
「そう言えば長谷部さんには聞いてなかったかも。ちょっと行ってくるね!」
灯台下暗しと言うが、長谷部は須藤の事件を目撃していないと思う。
しかし櫛田は物怖じせずに長谷部に突撃。
「悪いけど、見てないかな」
長谷部は申し訳なさそうに櫛田に答えた。
それで話は終わりとばかりに気だるそうに窓枠にもたれかかる。巨乳が潰れて絶景だった。
櫛田が俺をジト目で睨んでから、ごほんと咳払いする。
長谷部がそんな俺たちに振り返り、気まぐれのように問いを放った。
「須藤の話とは関係ないけど、櫛田さんは変な人を見なかった?」
「変な人?」
あ、これは不味い。
「ガスマスクをした人……かな」
「何それ! 超こわい!」
「かもね」
櫛田のリアクションに長谷部が苦笑した。
「それって変質者だよね? 長谷部さん、その人を目撃したの?」
「あー、そんな感じ」
長谷部が櫛田の追及を適当に誤魔化していた。
やる気のない態度だったが、どこか熱っぽい視線を窓の外に向けている。
櫛田はそんな長谷部の様子には気付かず、小さく「黒幕……いや、そんなはずは……」とか呟いている。
黒幕なんだよね、そいつ。
「ガスマスクの変質者か。櫛田みたいな可愛い子を狙ってるのかもしれないし、警戒した方がいいかもしれないな」
「え、う、私そんなに可愛くないよ!」
顔を真っ赤にして照れている櫛田。あざとい。しかし、かわいい。
長谷部との会話を切り上げ、俺たちは再び聞き込みに戻った。
俺の背中を長谷部がずっと眺めていた。
「……まさかね」
と呟いていた。
どこに引っかかった。特徴と言えるのは背格好ぐらいだが。
櫛田がBクラスの女子に声をかけている。
二言三言で会話を切り上げて俺のところに戻って来る。
結果は言わず、首を横に振った。
「悪いな。今回俺はあまり役に立てそうにない」
「いいんだよ。こういうのって適材適所だから」
聞き込みは櫛田のコミュ力に任せきりだった。
「でもどうして急に須藤君の弁護を始めようとしたの?」
「茶柱先生からの依頼だな。ちなみに綾小路も俺と一緒に呼び出されていた」
「ふーん。綾小路君も」
隠すことではないので白状しておく。
そう言えば、綾小路の指紋も原作通りゲットされてるのだろうか。
この世界では櫛田はレイプされているので綾小路への優先順位は下がっているとは思うが、櫛田は本性を知られた綾小路を排除しようとするだろう。たぶん手も足も出ずに潰されると思うので、その場合は俺が櫛田をフォローしてやらないといけない。そもそも争わない方向に誘導するべきだが、俺にそれができるのだろうか。
考えごとをしている俺の腕を櫛田が引っ張ってきた。
「もっと頼ってくれていいからね。私、堀北さんよりも役に立ってみせるから!」
「ほどほどでいいからな」
「うん、頑張る! あっ、ごめーん! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」
櫛田がBクラスの男子に声をかけている。
やけに張り切っていた。
どうせ目撃者なんて出て来ないのだが。
堀北への対抗心。
あとは俺に自分の価値を見せ付けるってところか。
暴力事件の目撃者はDクラスの佐倉だ。
しかし、どのタイミングで出て来るのかまったく覚えていなかった。
一週間以内に出てきて欲しいものだがな。
須藤の件も問題だったが、他にも問題がある。
「うーむ。バッドレイプ」
ジジイは俺の部屋のノートパソコンを眺めていた。
再生されているのはアダルトビデオだ。
新婚の嫁が義父にレイプされているが、ジジイはそれを退屈そうに眺めていた。
たまに本物が混じっているらしく、その時はレイプレイプと大興奮するのだが、そんなことは滅多にない。エロビ業界も意外とクリーンなようだ。
俺はスーパーで買ってきた桃をジジイに投げ付ける。
桃はジジイの透明な身体をすり抜けて壁に激突。果肉と果汁が飛び散った。
三百ポイントがゴミになってしまった。後でスタッフが美味しく食べてくれないだろうか。
「なんじゃ? レイプか?」
ジジイは透けている手でマウスを操作して動画を止めた。
画面の中の女優がアヘ顔のまま固まった。
どういう原理になっているのか、霊体化しているのに物体に触れることができる。しかし投げ付けられた桃は透過している。
「話がしたい」
「ふむ。レイプの話か」
俺に攻撃されたのに、そのことはまったく気にしていないようだった。
気にする価値もないということか。癪に障るが、今はその慢心に付け込ませて貰う。
「そろそろハッキリさせておきたい」
「よかろう。レイプじゃろう。わしもそのつもりじゃった」
……意味がわから――いや、突っ込んでいたら話が終わらない。
「もう入学から三か月が過ぎた。その間にレイプしたのは堀北鈴音、櫛田桔梗、長谷部波瑠加、椎名ひよりの四人だ」
「そうじゃレイプ」
ジジイが相槌を打つ。
「他の原作キャラをざっと上げていこう。佐倉愛里、軽井沢恵、これはモブに近いが佐藤麻耶、伊吹澪、一之瀬帆波、坂柳有栖。大雑把に上げて七人。見落としを含めても十人に満たないはずだ」
「レイプじゃな」
教師陣はあえて外しておく。
茶柱先生は魅力的な女性ではあるが、下手に手を出したら一瞬で監獄コースだ。
Bクラスのエロ教師もたぶんやばい。
俺はジジイに言い放った。
「このペースでレイプしていると一年持たない」
「……レイ……ププ?」
ジジイが某漫画なら「なん……だと……?」と言わんばかりの顔になった。
もちろん今後、原作に魅力的な追加キャラが登場する可能性は高い。
二年になれば後輩にも期待できるだろうし、生徒会に関わるようになれば先輩も登場するだろう。
しかし俺はもう原作を読めない。増えたキャラを知る術がない。
結果がキャラの枯渇。そして打ち切りだ。
「あまり焦るなよ。一人ずつ、ゆっくりレイプすればいいだろ」
「……おのれ小僧……囲魏救趙のレイプか……小癪なことを言いおるわ……」
まったく意味がわからんな!
囲魏救趙の元ネタになった孫ビン先生なら理解できるのだろうか。
ジジイは溜息を吐いた。加齢臭がすごかった。
「……はぁぁぁぁ。夏休みに一人レイプするのじゃ。それで手を打とう」
「取り引き成立だな」
よし、ジジイのコントロールに成功した。
こいつはラスボスだ。いずれ消してやる。
その方法が見付かるまでは、こうして共存するしかないが。
何時までも生殺与奪の権利を握られるのも面白くない。
たぶん大丈夫だろ。神性ってただの弱点だし。
俺のスカサハで一撃だし。俺のサーヴァントは最強なんだ!
くそぉ……前世のスマホのデータも引き継がせて欲しかった……。
時計の短針が真上を向いた頃。
俺は重たい気持ちを引きずりながら女子の部屋に向かっていた。
その途中で俺の携帯がブルブル震える。
椎名ひよりからのチャットだった。
メッセージは今日だけで八十六件も溜まっている。
俺はまったく返信していないのに、椎名はまったく気にせず送ってくるのである。
「この本面白いですよ」とか「早く会いたいです」とか「今何してますか」とか「晩御飯、二人分作りました」とか「愛してます」とか「早く来てくれないと手首切ります」とか。どうでもいい文面もあるのだが、見ていると眩暈がしてくる内容も混じっていた。
気が重い。
しかし椎名はスパイとして働いてくれている。ご褒美をやらないと何をされるかわからない。
俺は意を決してドアをノックした。
すぐにドアが開く。ノックから三秒も経っていない。
……玄関で待機していたのかよ。
椎名が嬉しそうに頬を染めた。
それだけ見ていれば可憐な乙女なのだが。
「礼司君っ!」
いきなり俺の胸の中に飛び込んでくる椎名。
部屋の外だろうとお構いなしだ。深夜でなければ目撃者が出ていただろう。
「椎名、外では自重してくれと前に言ったはずだが」
「ひより」
椎名がぶすっと頬を膨らませて俺を見上げた。
「先に部屋に入ってから――」
「ひよりと呼んで下さいと言いましたよね?」
「……ひより。部屋に入ろう」
「はいっ!」
満面の笑みを浮かべる椎名。
ちなみに今の椎名、裸エプロンである。
頭おかしいんじゃねーの?
いや、こいつを壊したのは俺なのだが。
「もうご飯、食べちゃいました?」
「ああ。コンビニの弁当を食ってきたが」
テーブルにはハンバーグとサラダ、白米、味噌汁が並んでいた。
「……なら片付けますね」
「いや、食えるよ。暖めてくれ」
椎名が悲しそうに呟いたので思わず止めてしまう。
コンビニ弁当を食ったのは八時頃だ。四時間ほど空いているので食べられないことはない。カロリーがヤバそうなのと身体にも悪そうだったが、椎名の涙と引き換えなら安いものだろう。
「はい! すぐに暖めますね!」
椎名が両手の指を合わせて嬉しそうに微笑んだ。かわいい。
裸エプロンというイカれた格好をしていても、可愛いものは可愛いのだ。
椎名がシミ一つない綺麗なお尻を見せながらレンジで料理をチンしていた。
「出来ました。さぁ、召し上がって下さい」
「頂きます」
手を合わせる。
俺用に用意されていた箸でハンバーグを齧った。
椎名が嬉しそうに俺の動作を眺めている。
普通に美味かった。
「それ、私の髪の毛が入ってますよ」
椎名が微笑みながら唐突に言い放った。
「……そうか」
俺はハンバーグをもう一口放り込んだ。
たぶん椎名流の冗談だろう。
女がよくやる愛情を試すというやつだ。
それにしては悪質すぎる気がするが、意図がわかれば可愛いものだろう。
うん。可愛い。俺は自分に言い聞かせる。
別に髪の毛が入っていたとしても問題ない。
髪の毛だろうが血液だろうが唾液だろうが食ってやる。
それが椎名を壊した俺の責任の取り方だ。
でも、スカだけは勘弁な。ミートクソースとか無理だから。
「ああ、好き。礼司君がどんどん好きになっちゃいます」
椎名の身体がゾクゾクッと震えていた。
身体が白いから発情するとすぐにわかる。
……裸エプロンだからな。