ようこそ強姦魔のいる教室へ 作:生太郎
櫛田と結ばれた翌日。流石に彼女は欠席した。
俺も休みたいところだったが色々と気にかかることがあったので学校に向かった。
公園の周りには大勢の警官がうろついていた。教師も見張りに立っている。
公園は黄色いテープで封鎖されている。
地面にはボコボコした大穴が空きまくっていた。
綾小路の奴、どんだけ爆弾を埋めてやがったんだ。オーバーキルすぎるだろ。俺はかすり傷だけだからその表現は正しくないのかもしれないが。
生徒たちは大騒ぎしながら警察などお構いなしに写真を撮りまくっていた。「危険ですので下がって下さい」と警察が定期的に追い払っているが、すぐに新しくやってきた生徒が足を止めて元の木阿弥になっていた。
「不発弾が埋まってたらしいぞ」
「ガス管が爆発したんだろ」
「俺はテロって聞いたけど」
生徒たちは好き勝手に噂話をばら撒いていた。
「おっはよう、田中君!」
公園を遠巻きに眺めていると、一之瀬が声をかけてきた。
別に待ち合わせをしていたわけではない。
出会ったのは偶然だったが、一之瀬は当然のように俺の腕に抱き着いてきた。
野次馬たちが振り返り、俺を視線で呪殺しようとしている。俺はハマとムドの耐性付けてないから普通に死ねるぞ。
「田中君はどう思う?」
「隕石でも落ちて来たんだろ」
「もう! ちょっとは真面目に考えて欲しいな!」
ほっぺをツンツンされた。
朝からイチャつくなと野次馬たちの視線がさらに険呑さを帯びてくる。
俺は小さく溜息を吐いた。
「……穴は無数にある。隕石なら大量に落ちて来たことになるが、それならもっと落下地点が散らばるはずだ。ピンポイントに公園だけに狙ったように落ちて来たとは考えにくい」
「同じように考えると、ガス管とか不発弾も現実的じゃなくなるよね」
「おそらくは無数の爆発物が一斉に起爆したのだろう」
「流石は私のカレシだね。わかってたなら最初からちゃんと答えて欲しかったな」
褒めるなよ。こんなん簡単すぎるだろ。
まぁ、俺は答えを知っていたんだけどな。と言うか被害者なのだ。
一之瀬が俺の腕を引いてくる。
爆発現場にはもう用事はないと言うことか。
俺は一之瀬に引っ張られながら学校に向かった。
「おはよう、一之瀬さん」
「あの現場見たか? 映画みたいだったよな」
Bクラスの生徒が一之瀬に声をかけてくる。
「うん。すごかったよねー」
「何があったら、あんな惨状になるんだろうな。意味わかんねぇ」
一人は柴田という男子だった。俺と一之瀬をたまに尾行している奴だ。
平田と同じサッカー部らしい。なんかすごいモテそうな雰囲気をしていた。ふらやましいよ。
もう一人は……例の百合少女だった。
白波千尋と言うらしい。
大人しそうな雰囲気をしているのだが、一之瀬には暗い視線を向けていた。
「二人とも、仲よしですね」
白波が腕を組んでいる俺と一之瀬を見ながら言う。
一之瀬は頬を染めながら「これぐらい普通だよっ!」と強がっていた。
白波は目を細めていた。
すっごい疑っている。俺と一之瀬が交際しているなんて、まったく信じていない表情だ。
「もう二人はキスとかしているんですか?」
「え、キス!?」
一之瀬が素っ頓狂な声を上げていた。
「そ、それはまだかな。私たちにはそう言うの、まだ早いって言うか……」
「そうですか? 付き合っているならキスぐらい普通だと思いますけど」
「ええ!? で、でも……キスって……」
しどろもどろになっている一之瀬を見かね、俺は口を挟むことにした。
「白波だったか。一之瀬はこう見えて意外と照れ屋だから――」
「あなたには聞いてないです」
「……アッハイ」
セメント対応で俺の反論を潰される。
一之瀬がこの役立たずと睨んでくるが、ならどうすればいいんだよ。
「まだキスもしていないなんて、一之瀬さんたちって本当に付き合ってるんですか?」
「おい白波」
置いてけぼりだった柴田がたまりかねて割って入る。
流石に他人の恋路の邪魔をするのは無粋すぎると思ったのだろう。
いい奴だなこいつ。
「柴田君は黙ってて」
「……アッハイ」
でも役に立たねぇ。つか千尋ちゃん怖い。
一之瀬も叱られた子どもみたいにショボンとしている。こいつも使えねぇな。
ちなみ俺も使えない一人だ。ここには無能しかいないのか。
「キスしてください」
白波が俺たちを睨みながら言う。
「付き合っているんでしょう? キスぐらいできますよね?」
いや、ちょっと待て。落ち着け。
ここは通学路だ。
生徒が沢山いる。俺たちの騒ぎを見て足を止めている者もいる。
公衆の面前でキスだと?
そんなことをしたら堀北と櫛田はどうなる。ついでに椎名も。
「えっと、千尋ちゃん。みんなに見られてるんだけど」
「本当に好き合っているなら恥ずかしさぐらい我慢できるはずですよね? それができないってことは、やっぱり二人は付き合っていないんですね」
大した恋愛経験もないだろうに断言しやがった。
気迫だけで押し切っている。そこまでして一之瀬と俺の仲を引き裂きたいのか。暗黒面に落ちた恋する乙女というのも厄介だ。
「白波。お前がそう思うのは勝手だ。だが俺たちは本当に付き合っ――」
「田中君、ごめん!」
突然だった。
一之瀬が俺の首に手を伸ばし、爪先立ちになった。
「ぬおおぉっ!」
柴田が叫んでいた。野次馬たちも息を呑んだ。
唇を合わせていたのは十秒ほどだった。
「――んっ」
唇を離した後、俺たちは見詰め合った。
一之瀬がさっと目を逸らす。
キスしてしまった。一之瀬と。
俺は驚きですぐに言葉が出て来ない。
「――っ!」
白波が走り去った。たぶん泣いていたのだと思う。
柴田は俺たちに会釈してから白波を追いかけた。
「その、よかった、のか?」
「……何が?」
「ファーストキスだったんだろ?」
「いやー、びっくりしたぁ。まさか私が田中君とキスしちゃうなんてね」
一之瀬は顔を上げると、あっけあらかんとした笑みを浮かべていた。
おそらく強がりだろう。
一之瀬は肩を震えさせていた。まさかキスだけでこんなになるとはな。
結局ファーストキスはわからないままだが、この反応は初めてだったのだろう。
無理をするような状況ではなかったはずだ。
普段の一之瀬なら白波を反論できていただろうに。
「ごめんね、田中君。迷惑かけちゃって」
「今さらだな」
迷惑なんてもう沢山かけられている。
綾小路に爆殺されかけたのと比べればどうと言うことはない。
「もう、冷たいなぁ。私のカレシさんは」
一之瀬が俺の腕に抱き着いてきた。
そして悪戯っぽい目を俺に向けてくる。
「どうだった? 私とのキスは。ドキドキした?」
「心臓が破裂しそうだった」
「うーん、二十点かな。ちなみに棒読みじゃなかったら四十点ね」
「辛口すぎるだろ。赤点じゃねぇか」
「私は優しいから追試で許してあげようかな。と言うわけで田中君にやり直しの機会を与えます」
「誰がやるかよ。勝手に言ってろ」
俺は苦笑してから学校に向けて歩き始める。
俺の腕にしがみついていた一之瀬が「もう、逃げないでよ!」とぷんすか怒っていた。
よかった。何時もの一之瀬だ。
こいつは笑っていた方がいい。その方が俺も気が楽だ。
教室に入る。
綾小路は頬杖をして窓の外を眺めていた。
俺との確執など最初から存在しないというような態度だ。
困ったな。どう扱えばいいのかわからない。
綾小路の父親はホワイトルームを運営している。綾小路の居場所を密告すればこいつを学校から追い出せるかもしれない。
そんなことよりおうどんたべたい。
しかし失敗すれば、今度は俺が窮地になる。綾小路が父親を論破して学校に残ることができたら、冷徹に復讐を遂行するだろう。俺をレイプ事件の元凶として警察に密告したり、昨日爆殺しようとしたように俺を殺しにかかってくる。
ちくわ大明神。
つまり言うなれば互いに弱味を握り合っている状態だ。
ふとした切っ掛けがあれば爆発しかねない、東西冷戦のようなものである。
ファミチキください。
チャイムが鳴るまであと十分ぐらいだった。
俺は机に座る。
携帯で椎名にお勧めされた小説を読もうとしたが、徹夜しているので目が滑った。
「今日は櫛田さん、遅いのね」
堀北が俺のところにやって来る。
よくある光景になっていたのでクラスの連中は特に気にしていない。
「休むって連絡があったぞ」
「そうなの? なら今日のお昼は二人きりね」
「今日は食堂にするつもりなんだが」
「私の弁当があるでしょう」
当然のように言われてしまった。
堀北は自分の発言をまったく疑っていない表情をしていた。
「……いや、まぁ、食うけどさ」
そこまで言われたら断れない。
櫛田がいたらストップをかけるのだろうが、彼女の不在を堀北は大いに生かしていた。
やっぱこいつ強化されてるよな。
なんというか精神的にタフになってるし、頭脳も強かになってる気がする。
「うわあぁぁぁっ!」
男子の悲鳴が聞こえた。
堀北が鬱陶しそうにその方向へと振り返る。
池と山内、須藤、あとは博士とか男子八人ぐらいが集まっていた。
「マジかよ! 雫が引退するなんて!」
「ウッソだろ!? この世に神はいないのか!?」
神はいるぞ。レイプジジイだけどな。
と言うか、佐倉はグラドルを引退したのか。
アイドル活動が原因でレイプされたのだ。そりゃ親がストップをかけるだろう。
俺は携帯で雫のアカウントを検索した。
佐倉の自撮り写真の上に、無機質な文章が表示されている。そこには引退することになった経緯と謝罪が書かれていた。もちろんレイプされたなんて書かれていない。一身上の都合とある。
佐倉本人の文章ではないのだろう。事務所が用意したような定型文だった。
「少し意外ね。田中君もそういうことに興味があるの?」
「いや、男子が騒いでるから気になっただけだ」
「本当に?」
「嘘を吐く理由がないだろ。俺にはお前がいる」
あと櫛田もいる。最低だよね。
携帯の画面を消す。
堀北は俺の言葉に耳まで真っ赤になっていた。
「あーもう! 男子うざっ!」
軽井沢が大声で罵っている。
「グラビアアイドルが引退しただけで大騒ぎするなんて、マジでキモすぎだから。そう言うのはあたしらが見えないところで隠れてやれっての」
「なんだよそれ! 俺らが何をしようがそっちには関係ないだろ!」
「あたしらを不快にさせてるんだよねー、馬鹿にはわかんないみたいだけど」
須藤が躍起になって噛み付いていたが、軽井沢はへらへらと挑発を続けていた。
篠原や前園などの気の強い女子なども同調して男子を叩こうとしている。
堀北が溜息を吐いていた。
気持ちはよくわかる。やはりDクラス。結束力は未だに皆無だった。
放課後、俺は櫛田の部屋を訪れていた。
お土産にケーキを買って来てある。
カフェで販売されているのを持ち帰りにしたのだ。以前は一人ではとても入る勇気が沸かなかった店だが、今ではもう慣れて一人でも入店できるレベルである。俺も着々とリア充になっていると言うことだな。男子の友達いないけど。
「わぁ、美味しそう! ありがとう! お皿出してくるね!」
櫛田が台所を駆け回っている。
学校を休んだおかげでぐっすりと眠れたようで元気が有り余っているようだ。
「田中君は学校に行ったんだよね。しんどくなかったの?」
「徹夜はそれほど苦でもないからな」
チートボディのおかげです。ズルしてサーセン。
「それに黒幕の出方が気になったと言うのもある」
櫛田が表情を硬くした。
ケーキを皿に移していた手が止まっている。
「警察が聞き込み調査をしていてな。何もしらないフリをして話を聞いてみた」
校内でも警察官がうろついていた。
茶柱先生が言うには三日ぐらい、場合によっては一週間ぐらい警察が捜査をするという。先生はくれぐれも調査の邪魔をしないようにと念押ししていた。
おそらく園芸部の農薬が減っていることは判明するだろう。
「警察の見解では生徒の悪質な悪戯ってことになってるらしい。捜査の結果によっては別の可能性が出てくるかもしれないが、とりあえずは死者が出ていないからな」
「なんで黒幕のことを言わなかったの?」
「言わない方がいいと思った……いや、言えなかったというのが正解か」
櫛田が台所から心配そうに俺を見てくる。
またしても俺は櫛田に嘘を吐くことになる。それが少し心苦しかった。
「黒幕は殺人を厭わない危険人物だ。迂闊に手を出したら火傷では済まない」
「……うん」
櫛田は爆殺されかけたことを思い出したのだろう。
青ざめた顔をして震えていた。
「黒幕は俺に一度計画を潰されている。さらに黒幕の存在にも気付いてしまった。だから黒幕は自分に辿り着く可能性のある俺を口封じに殺そうとした」
「そう、だね」
櫛田が暗い顔をして頷いている。
それから思い出したようにケーキを準備してテーブルまで運んできた。
「缶コーヒーでよかったかな? インスタントコーヒーなら作れるけど。あ、紅茶もあるよ」
「いや、缶コーヒーでいい。ありがとう」
「うん。今度紅茶も御馳走するね」
一瞬だけ和やかな空気が流れる。
俺は話を戻した。
「警察に黒幕の存在を伝えたら、黒幕は報復のために俺を殺そうとするだろう。いや、それだけならまだ何とかなる。けど、櫛田まで狙われたらどうする。俺の周りにいる人間まで標的にされるかもしれない。だから言えなかった」
「……田中君」
苦悩する田中君を演技する。
櫛田が俺を慰めるように、俺の手に自分の手を重ねた。
「だから警察には頼れない。でも信用してくれ。櫛田のことは俺が守るから」
「田中君がそう言うなら私は信じるよ」
「ありがとう。俺なんかを信用してくれて」
「信用じゃないよ」
櫛田が優しく微笑んだ。
「信頼してるから」
信用と信頼。意味は似ているが、信頼の方が上位互換だ。
俺たちは無言で見詰め合った。
やがて吸い寄せられるように唇を合わせる。
櫛田を床に押し倒す。
彼女は俺を抱き締めて耳元でささやきかけてきた。
「優しくしてね」
いや、無理だ。
俺は櫛田が気を失うまでヤリまくってしまった。
……ところでアフターピルは飲んでるよな?
期末テストが近付いていた。
櫛田は勉強会を主催した。
参加しているのは俺と櫛田の二人だけなのだが、これってデートだったりする?
今回は中間テストみたいに過去問があるわけではない。
平均点が下がるのは確実だった。須藤たちはまたしても退学の危機だろうし、櫛田も中間テストみたいな高得点は取れないかもしれない。
「えーと、これ下さい。あとこれも」
俺は勉強会に持っていくお土産を見繕っていた。
この前はケーキだったので今度はケヤキモールで和菓子を買うことにした。イチゴ大福と水饅頭。どちらも俺の好みで選んでいるが、ケーキよりもこっちの方が一つずつ摘まめるので勉強会に向いているかなと思った。小並感。
勉強会は櫛田の部屋で行われる。
流されてエッチしないように気を付けないといけないな。
……と思っていたら、部屋には堀北と一之瀬がいた。
え、なんで。
堀北は不機嫌そうに腕組みをして目を閉じている。
一之瀬も何時になく表情が硬い。正座して「私、怒ってます」みたいな雰囲気を出している。
なんだこれ。
修羅場なのか。第三次世界大戦か。ナイスボートが始まるというのか。
「田中君。あなたには言いたいことが山ほどあるわ」
堀北が目を閉じたまま呟いた。
腕組みをして、自分の肩をトントンと指で叩いている。
「私も堀北さんと同じかな。こんな大変なことになっているなら相談して欲しかったよ」
一之瀬も俺を咎めるように見ていた。
俺が悪いのか。まさか堀北と櫛田を二人とも抱いたのがバレたとか?
しかしそれにしては反応がおかしい。櫛田も堀北もギスギスしていない。
「躊躇いなく人を爆殺するような相手に自分一人で立ち向かおうとしたのは立派だけどね。それはちょっと無謀じゃないかな。それとも私たちが信用できない?」
……え?
「私たちが頼りなく見えるのはわかるわよ。けど自分一人で抱え込まないで。あなた、殺されるところだったんでしょう。ある日突然あなたが死んでいたなんて私は聞きたくないの。あまり心配させないでよ」
堀北が閉じていた目を開いた。その目は涙で濡れていた。
俺は櫛田の方を見た。まさか言ったのか。言ってしまったのか。
せっかく口止めしておいたのに、堀北たちを巻き込んでしまったのか。
「ごめんね。私がうっかりしていたの。口が滑ってバレちゃった」
嘘だ。
櫛田は俺を心配しているフリをして堀北たちに黒幕の存在を打ち明けたのだ。
俺に黙って部屋に堀北と一之瀬を呼んでいる。
堀北たちを巻き込むために呼び出したことにしないとその説明が付かない。
――黒幕は自分の存在を知っている者を消そうとする。
櫛田はあわよくば堀北と一之瀬を黒幕に消して貰おうと目論んでいるのだ。
なんだこいつ。こわっ。超こわっ。
しかし櫛田が思うような黒幕はこの世に存在してない。
肥大化した犯人像によって誤解しているだけなのが唯一の救いだった。
いや、堀北や一之瀬も犯人候補なのか?
わからん。
俺と結ばれてからも依然として陰謀を練る女だということはよくわかったが。
「不審者に襲われていた櫛田さんを助けたのが黒幕に狙われることになった原因と言っていたわね。つまり黒幕は第三者を使って女性を襲わせて、それが発覚しそうになると口封じで人を殺そうとするわけね」
「それが切っ掛けで櫛田さんは田中君を好きになったんだね。やっと疑問が解けたよ」
「うん。あの時の田中君、すごくカッコよかったから」
「いいなぁ。すごいロマンチック。それなら田中君を好きになってもおかしくないよね」
「もう、やめてよ。恥ずかしいよ」
女子トークが始まっていた。
意外と君ら仲いいのね。表向きだけかもしれないけどさ。
……女って怖いなぁ。