ようこそ強姦魔のいる教室へ 作:生太郎
時刻は午後六時を過ぎていた。
南の島なので日照時間は長いはずだが、空は薄暗くなっていた。あと一時間ほどで日没だろう。
午後八時には点呼がある。不在だとマイナス五ポイントだ。
流石にこれに遅れるとクラス全員から顰蹙を買う。まだ時間はあるが日没後は移動が困難になる。俺はチートのおかげで夜目が利くが、一緒にいる伊吹はそうではない。暗くなるまでにベースキャンプに戻っておくべきだろう。
伊吹はムスッとした仏頂面で俺の後ろを付いてきている。
時々思い出したように攻撃の気配を見せてくるのが鬱陶しい。
挙句の果てには拳が飛んできたので俺は追加ルールを設定した。
「勝負を仕掛けてもいいのは一日一回だ。負け犬に何度も噛み付かれるのは疲れるからな」
「負け犬って言うな」
「事実だろう。否定したいなら俺に勝ってみせるんだな」
「――くっ」
伊吹は反論できずに黙り込む。
おっと、忘れていた。危ない危ない。
俺はジップロックを取り出して伊吹に押し付けた。
「なにこれ? やばいクスリ?」
「アフターピルだ」
「……何でそんなの持ってるの」
呆れたというように俺を見てくる。
茂みをかき分けながら歩いていると、ふと蛇を見付けた。
びっくりした蛇が俺に飛び掛かってくるが、難なくつかみ取って首をぐいっと捻り折った。蛇の身体がだらんと弛緩する。
それを見ていた伊吹がドン引きしていた。
「ちょ! それって毒とかないの!?」
「たぶん大丈夫だろ。これはシマヘビっぽいな」
試験会場に毒蛇がいるとも思えない。
まぁ毒蛇であっても普通に食えると思う。別に噛まれたわけではないからな。
「味はどうかな」
「え、食べるの?」
「そのつもりだ。蛇を食うのは初めてだが」
「……何なのこいつ」
頭おかしい人のように見られてしまう。
お前をレイプした男だぞ。今さらすぎるんだよなぁ。
蛇を伊吹の鞄に放り込んでから歩き出す。
伊吹が「ぎゃぁっ!」と悲鳴を上げていて俺は笑ってしまった。
「自分の鞄を使えっての」
「俺のはもう満タンだ。悪いな」
「……絶対わざとだ」
移動のついでに焚火用の枝を拾い集めていた。鞄の中には小枝と落ち葉を詰め込んでいる。代わりに俺の荷物は伊吹の鞄に移していた。
やがてベースキャンプが見えて来る。
空は紫色に変わり、森の中は暗くなりかけていた。日没まであとわずかだ。
Dクラスはお通夜モードだった。あれ、なんで?
原作はあまり覚えていないが、たしか焚火とかやってなかったか。
女子はテントの周りに固まり、男子は簡易トイレの方に離れて座っていた。
男子の中には高円寺の姿がない。もう逃げたか。
平田は男子グループにいる。あいつ、この状況で何やってんだ?
「礼司君!」
テントの前で三角座りしていた桔梗がパッと明るい顔をする。
数人の女子が俺の方に駆け寄って来た。鈴音と桔梗もその中の一人だ。
「もう。どこに行っていたのよ」
鈴音が俺をジト目で睨んでいたが、すぐに疲れたように溜息を吐いていた。
「これはどうした。一体何があったんだ?」
「女子が男子の許可なくポイントを使用したの」
あー。
それで男子がキレて大喧嘩か。
おそらくは俺が男女の対立を煽りまくった所為だろう。
原作では雨降って地固まるだったが、こちらでは逆になったようだ。
平田が男子グループにいるのは、激発しそうな男子を宥めているからか。
……うむ。
いや、これ、やばくね?
ドヤ顔で調子に乗ってたらクラスが二分されてしまったでござる。
一緒に試験を乗り越えて仲良くなるどころか、男女の亀裂がマリアナ海溝と化していた。
ま、まぁ、まだ初日だから。
世の中には友愛って言葉もある……だめだ、これ負けフラグだ。
たぶん巻き返せるから。
ラブアンドピースになるから。アヘ顔ダブルピースにはならないから。
「わ、私は悪くないからっ!」
篠原が慌てている。こいつが元凶か。わかりやすい。
「何を買ったんだ?」
「水と食料よ」
「なるほどな。たしか十ポイントだったか」
よかった。傷は浅いぞ。
これでCクラスみたいにポイントを使い切っていたら、俺はもう諦めてバカンスを満喫しているところだ。それも楽しそうだけどな。
この問題の本質は勝手にポイントを使用したところにある。
茶柱先生は表向きはDクラスの不利になることを平然とする教師だ。篠原の注文を何も言わずに受け取ったのだろう。
「水は一度は購入しておくべきだった。ペットボトルは色々と活用できるから無駄な買い物でもない。食料も今日は買っておいた方がいいだろう。自給自足する体制はまだ整ってないからな」
「だよね! さっすが田中君、話がわかる!」
篠原が調子付いて俺の肩をバンバン叩いてくる。
鈴音と桔梗がやけに優しくないかと半眼で俺を見詰めていた。
「ただ独断で動いたのは失敗だったな。次からは皆と相談した方がいいぞ。以上」
説教はあまり好きではないので、さっさと話を切り上げる。
俺の言葉に一瞬身構えていた篠原はホッと息を吐いていた。
こんな状況になってしまったのだ。こいつもちゃんと反省しているだろうし、俺が怒ったら萎縮させてしまうだけだろう。
それに、あまり時間がない。
もうすぐ日没だ。暗くなると出来ることは限られてくる。
「そう言えば後ろの子ってCクラスの伊吹さんだよね?」
「クラスから追放されたらしい。助けてやるべきだと思って連れてきたんだが、相談できる状況ではなさそうだな」
「え、追放されたの……って、頬っぺた怪我してるよ!」
桔梗が慌てて伊吹に駆け寄ったが、伊吹はそっぽを向いて「ほっといて」と追い払っていた。
「彼女、スパイかもしれないわよ」
「だろうな」
「あなた、それがわかっているのに彼女を連れて来たの?」
俺は鈴音の抗議を聞き流しながら、鞄をひっくり返した。燃料がやや心もとなかったが、周辺に落ちている木材を使えば今日一日ぐらいは何とかなるだろう。
蛇を焼くために使うつもりだったが、やむを得ない。
あれを食うのは明日だな。腐らなければいいが、後で川にでも漬けておくか。
「それって焚火?」
「ああ。八時の点呼の時に真っ暗だと困るだろ」
俺の作業を覗き込んで、桔梗が首を傾げていた。
懐中電灯が二つあるが、それだけでは大した光量は得られない。多用しているとすぐに電池がなくなるからな。
「誰かマッチを持って来てくれないか」
「あ、私が行ってくる!」
佐藤が男子のところへと走り出す。たぶんマッチは平田が管理しているのだろう。
「スパイなら手元に置いて泳がせた方がコントロールしやすい。龍園の手の内を読むための判断材料にもなるからな」
「あのさ、本人の目の前でそう言うことを言わないでくれる?」
伊吹が不機嫌そうに言う。
鈴音が何か言おうとした時。
「持ってきたよ!」
佐藤が元気よく走って戻ってきた。息を切らせながら俺にマッチを差し出してくる。
俺は脳内からネットのキャンプ動画を引っ張り出して、それを参考に火を起こした。パチパチと弾ける音がしながら焚火が燃え上がる。
「わあっ!」
女子たちが焚火の周りに集まり始める。
火は人に安心感を与える。
荒んでいた女子たちの心が癒され、険悪な雰囲気が薄れていた。
「手慣れているわね」
「これで寝る支度ぐらいはできるか?」
「充分だよ! 田中君、ありがとう!」
桔梗が俺の腕に飛び付いて大喜びだ。
俺はその場に腰を下ろす。右側に鈴音、左側に桔梗だ。活発な女子が焚火の周りに集まり、長谷部のような友達が少ない少女たちは遠巻きに俺たちを眺めていた。
「で、そろそろ話を聞かせてくれないか。」
「いいけど、何が聞きたいの?」
「聞きたいことは山ほどあるが、まず一つ。スポットの探索はどうなっている?」
「偵察班のおかげで三カ所までは発見できたわ」
「なら次。焚火をやろうと考えたのは俺だけか? なんで真っ暗になるまで座っていた?」
「……その前に騒動があったのよ」
なるほど。
スポットの探索の後で篠原の騒動が起こり、男女が分裂。それから何もできなくなったのか。
池がイキってキャンプ経験を披露するイベントはスキップされたようだ。
あるいは後で発生するかもしれないが、池は桔梗の陰口によって女子の信用を失っている。あれから時間が経って多少はマシになっているが、女子の多くは潜在的に池たちへの苦手意識を持っていた。
「食料集めは? 川の水は飲もうとしたのか?」
「残念ながら、それもまだよ」
「なら俺が川の水を飲んでおく。明日になって何ともなければ、飲めとは言わないが判断材料にしてくれ」
「いいの?」
「あまり言いたくはないが、俺たちは他のクラスに遅れを取ってる」
なりふり構っていられる場合ではない。
水を買っていたらポイントは目減りする一方である。
「でしょうね」
鈴音が溜息を吐く。幸せがリアルタイムで逃げてそうだ。
何と言うか、前途多難だな。
「これで最後だ。リーダーはどうなっている?」
鈴音の顔に緊張が走った。
背後の伊吹を振り返る。彼女は肩をすくめて距離を置いた。
茶柱先生が言っていた。
八時の点呼までにリーダーを決めなければ、勝手にリーダーが選ばれることになると。
流石にそれは不味いだろう。
もし須藤なんかがリーダーになれば一巻の終わりだ。
「礼司君も候補者の一人だったのよ」
「その場合、俺は断っていただろうな。リーダーは行動が制限される」
リーダーは八時間に一度スポットを占有しなければならない。
何か所もスポットを抑えていると、一日の行動がそれだけで終わってしまう。
鈴音が俺の耳元に口を寄せる。伊吹に聞こえないように小声だった。
「平田君たちと相談して決めておいたわ。リーダーは私よ」
なるほど、鈴音か。原作通りだな。
今の鈴音なら何かひと捻りしているかと思ったが、奇をてらう必要もないか。
篠原たち気の強い女子グループが「男子はテントに近付くな」と一方的に宣言しに行った。
例外は平田と田中だけらしい。田んぼコンビである。斉の王族、田中なりよ。
まぁ俺はテントから離れて野宿するつもりだ。
俺もテントを使うと言ったら女子に総スカンを食らうだろう。
「あ、これ礼司君の分ね」
桔梗が俺に栄養食とペットボトルの水を渡してくる。
栄養食というのは固形のビスケットだ。コンビニとかで売っている、やたら高いやつである。
俺はそれをバケツリレーのごとく伊吹に押し付けた。
「は? 何のつもり?」
「拾った犬にエサを与えている」
「あんた喧嘩売ってんの?」
「駄目だよ礼司君!」
どうどうと桔梗が間に割って入る。
こんなの、じゃれ合いみたいなものなんだけどな。
「食べなくてもいいの?」
「俺はアテがあるからな。気にするな」
「あれ、マジで食べるんだ」
伊吹がありえないという顔をしていた。
桔梗は俺たちのやり取りに不思議そうに小首を傾げている。伊吹が意地の悪い笑みを浮かべながら鞄の中に入っている蛇を見せ付けた。
「ひゃあっ!」
桔梗が可愛らしい悲鳴を上げながらテントに逃げていった。
俺は苦笑してから伊吹の鞄に手を突っ込んで蛇を取り出した。
川の方へと足を運ぶ。
転がっていた石から鋭利なものを選び、蛇の首を落としてから川に漬け込んだ。重石を置いて流されないようにしておく。それほど流れは強くないし朝になったら無くなっていた、なんてこともないだろう。
それから鈴音に言っておいたように、川の水をすくって飲んでおいた。
水質は問題なさそうだ。だからこそスポットが設置されているのだろうが。
その時、男子の中から大声が上がった。
女子は鬱陶しそうに男子たちを見ていた。しばらくすると平田が女子の方へと向かってくる。
鈴音、桔梗、軽井沢などが平田から話を聞いて、それから桔梗が俺の方へと走って来た。なぜか佐藤までこちらに向かって来ている。
「その……高円寺君が……」
それで大体わかった。
「リタイアして船に戻ったか」
「えぇっ!? 何でわかったの!?」
「高円寺の性格からこうなることは予想していた」
佐藤が瞳をキラキラさせて俺を見ている。「すごい」と呟いていた。
ただの原作知識なんだけどな。
「わかっていたなら止められなかったの?」
「俺にもあれは止められん。本人の意欲がなければどうにもならない」
監禁できないこともないが、流石にクラス全員がドン引きするだろう。
これでマイナス三十ポイントだ。
必死に節約して頑張っているのが馬鹿らしくなってくる数字である。
時刻は午後十時を回っていた。
女子たちはテントを使っている。伊吹もテントに間借りしていた。
男子はその辺で野宿だ。
対立構造がひどすぎる。たぶん俺のせいだ。やべぇな。
俺は女子のテントから離れた場所で、地面にごろんと横になった。
夜空を見上げる。
木々の合間から欠けた月が現れる。それもすぐに雲に隠れた。
段々と眠くなっていく。
やがて俺の意識が闇に飲まれ――。
ヒュンッと風を切る音がした。
俺は枕にしていた鞄でそれを防ぐ。……投石か。
鞄で受け止めていたのに、腕に痺れるほどの衝撃が残っていた。
デジカメをポケットに入れておいて助かった。カメラが壊れたら計画はご破算だ。
「やはり獣じみた反射神経だな」
綾小路がタオルを構えていた。簡易的なスリングだ。
人間の頭蓋骨ぐらいなら簡単に陥没させられるだろう。投石とは戦国時代にも使われていたポピュラーな戦術である。
一瞬だけ腕時計を見る。ちょうど零時だ。
寝込みを襲ってきたか。今回も凶悪なご挨拶だな。
「殺す気か」
「お前なら避けるだろうと思っていた。現に死んでいない」
「結果論だ」
瞬間、スリングが唸りを上げる。
本能に任せて回避しながら前進した。保険として鞄を盾にしている。
綾小路は次弾を装填。スリングを引き絞り、三発目を放ってきた。
距離が近くて回避は難しい。
俺は鞄で受け止め、そして鞄を放り捨てた。
接近戦の距離だ。綾小路もスリングを捨て――――両手を上げた。
「降参だ」
俺の拳がピタリと止まる。
綾小路の顔の前で寸止めしていた。
「今日は防具を着こんでいない。お前には勝てない」
「防具か。予想はしていたが」
あの日の夜。
岩を殴ったような感触について、俺はボディースーツの一種だろうと結論付けていた。
綾小路も須藤事件の報酬として茶柱先生からポイントを貰っている。それで仕入れたのだと推測していたが、制服の下に着こんで違和感のないものとなると、材料を買って自作したのかもしれない。
俺は綾小路の背後に回り込んで組み伏せた。
綾小路は無抵抗でそれを受け入れている。ホモではないので安心して欲しい。
それにしても何か違和感がある。
今回の襲撃は以前の爆破と比べると手緩すぎるように思えた。
「お前にしては性急すぎる。これはどういうつもりだ?」
「意趣返しのつもりだった」
綾小路は組み伏せられているため話し辛そうだった。
だからといって拘束を緩めるつもりはない。こちらは殺されかけたのだ。
「あの男が学校に接触した。田中が密告したのか?」
「いや、心当たりはない」
「だろうな」
綾小路が予想していたと言うように呟く。
「お前が密告したとするならタイミングがおかしくなる。茶柱先生がその話を持ってきたのは終業式の日だ。俺が田中を襲ったのは期末テストの一週間ほど前だった。お前が俺を排除するなら、もっと手早くやっていただろう」
何時の間にか茶柱先生が綾小路を脅迫するイベントが起こっていたらしい。
先生は綾小路を利用するために「退学させろ」という親からの要求を止めているのである。
中学生までならともかく、高校生にもなれば親が口を挟んで退学させるなんて普通は無理だ。この学校では学費などの諸経費は国が負担してくれるので金銭的な縛りもない。ただし綾小路の素行が悪いと茶柱先生が捏造すれば話は別だ。
「なるほど。茶柱先生に守って貰ったのか」
「お前は何なんだ?」
綾小路が首を回して俺を訝しげに見詰めてくる。
レイプ神の眷属だ。なんて言えるかよ。
「田中が俺を密告した可能性は限りなく低い。ミスリードかもしれないが、それを言い出したらキリがないからな。当面はお前を灰色だと仮定しておく。それに加えて、お前が握っていた俺の弱味はもはや意味を為さなくなった」
綾小路の父親が学校に接触してきたのだ。
つまり綾小路が学校にいることはとっくにバレている。
「容疑は晴れたんだろう。ならばなぜ投石で俺を殺しにかかってきた」
「何を言っている。確かに急いで殺す必要はなくなったが、お前が危険人物である事実は変わらない」
ああ、そうね。
ブーメランがお上手ですね。
最後に『勝って』さえいれば、それでいい――だったか。
たぶん俺を殺す気はなかったんだろうな。威力偵察か示威行為か、何を考えているのかわからんが、今回の敗北もその布石なのだろう。
綾小路を解放する。
奴はさも当然のように立ち上がった。押さえ付けられていた腕をぶらぶら振っている。
「そう言えばAクラスの葛城たちを目撃したぞ」
何事もなく特別試験の話を振ってきた。
……なんだこいつ。
俺は溜息を吐いた。とりあえず当面の危機は去ったか?