ようこそ強姦魔のいる教室へ 作:生太郎
試験六日目、実質的な最終日。
予想はしていたが、事態は急速に動き始めた。
絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
俺が寝床にしている自作テントまで届く声量だった。
七時か。二度寝するには中途半端な時間だ。
「……ふむ」
足音が聞こえた。
バタバタと慌ただしい感じだ。おそらく桔梗だろうと思っていると。
「田中君、大変だよ!」
佐藤だった。
まぁ、そうか。トラブったら桔梗は事態の収拾に尽力するはずだ。
どうやらまだ寝惚けているようだ。
俺は顔をぴしゃりと叩いてから起き上がる。
「あ、ごめんね。寝てるところを起こしちゃって」
「気にするな。で、どうした?」
「女子の下着が盗まれたの。あ、田中君を疑ってるわけじゃないから!」
「下着を?」
原作の下着泥棒イベントだろうか。
たしかあれは伊吹が犯人だったはずだ。
俺は佐藤に気付かれないように鞄からデジカメを取り出し、テントの中に隠しておいた。敷き物にしていた葉っぱの下に突っ込んでおく。
それから鞄を肩にかけて女子のところに向かった。
軽井沢がヒステリックに叫んでいた。
一緒に篠原も大騒ぎしている。
どうやら下着を盗まれたのは一人ではないようだ。
キンキンと甲高い声が朝テンションの俺には非常につらい。
「男子に決まってるじゃん! 他にいないでしょ!」
「もう最悪! 信じらんない! 絶対男子が犯人だよ!」
桔梗が泣いている女子を慰めている。
自己紹介の時に半泣きになっていた井の頭ちゃんだ。
「やっと起きてきたのね、寝坊助さん」
鈴音が呆れた目を俺に向けてきた。
まだ七時じゃないか。
俺は学校がある日でも七時四十五分に起きる男だ。これでも早起きなのである。
「何人ぐらい盗られたんだ?」
「私を含めて五人よ」
「多いな」
「ええ、そうね。どうやら犯人は被害者の鞄を漁ったみたい」
八人用のテントを無理をして十人で使っているぐらいだ。
私物をテントの中に置くのは無理だった。鞄などはテントの傍に置いてあった。
「ちなみに下着を盗まれたのは私、軽井沢さん、篠原さん、佐藤さん、長谷部さんよ」
見事に綺麗どころが揃ってる。
幸い桔梗は盗まれなかったようだが。
俺は後ろにいた佐藤へと振り返った。
俺には何も言わなかったが、佐藤も下着を盗まれていたらしい。それにしてはあまり動じていないのが気になるが。
「佐藤まで盗られていたんだな。言ってくれればよかったのに」
「え、あ……ぜっ、全然平気だよっ!」
「大丈夫なのか?」
「うん。心配してくれてありがとね」
まぁ、本人がそう言うなら別にいいのだが……と思っていると、後ろから耳を引っ張られた。
鈴音が俺をジト目で睨んでいる。
「私より先に佐藤さんの心配をするの?」
「いや、お前の方がメンタル強そうだから……」
「……はぁ。私だってショックを受けているに決まっているでしょう」
お前、俺にレイプされてるんだけどな。
下着を盗まれる程度で今さら動じるような女ではないだろう。
ともあれ女心が傷付いたのは理解できる。
「悪かった。今度、埋め合わせをするから」
「……その言葉、忘れないでね」
埋め合わせか。デートで許してくれるかな。
にしても、これはどういうことだ。
ノルマから解放されて自由になったはずなのに、どんどんスケジュールが埋まっている。
「田中君」
長谷部が俺のところに来た。
彼女も下着を盗まれた被害者の一人だ。たぶん俺に物申しに来たのだろう。
「あまり言いたくはないんだけど、田中君じゃないよね?」
ほらな。
周りにいる女子全員が俺を注目していた。
こういう展開になるのは予想していた。俺はこのために持参してきた鞄を地面に落とす。
「長谷部でいいか。俺の荷物をチェックしてくれ」
「いいの?」
「疑われるのも結構キツいからな。気にせず調べてくれ」
そう言うならと長谷部が俺の鞄を調べ始めた。
俺は鞄を枕にしている。
知らない間に盗んだ下着を入れられていた、なんて心配はない。
「田中君はそんなことしないよ!」
「うん、私も信じてる! そんなことしないでいいんだよ!」
「……容疑を晴らすためだから仕方ないでしょ」
佐藤と篠原の視線が熱い。軽井沢だけが冷めていた。
鞄の中身は衣服とタオルぐらいだ。特に何事もなく調査が終わる。
「問題なかったよ」
長谷部が言うと、女子たちに安堵が広がった。
だが、これではまだまだ中途半端だ。
「長谷部。悪いが俺の身体とかポケットとかも調べてくれないか」
そこまでする必要があるのかと長谷部が疑いの目をする。
「男に触るのが嫌なら別の女子でも構わない。この際だから疑いは完全に払拭しておきたいんだ」
「……そこまで言うなら、わかった。調べるね」
長谷部がポンポンと俺の身体に触れていく。
流石に股間はスルーだが、ポケットに手を入れたりしていた。
「……これは」
途中で長谷部がハッとしていた。
ん、どうした?
「長谷部さん、何かあったの?」
「う、ううん。何でもない。大丈夫、何もなかったよ」
長谷部がそう言うと、今度こそ女子たちが表情を緩めた。
篠原が「絶対、池か山内だよ!」と決め付け、軽井沢が「須藤かも!」と憤慨している。
このままだと男子に突撃して荷物検査をさせろと言い出しかねないな。
と思っていると。
「ねぇ、田中君」
長谷部が小声で俺にささやいた。
「田中君って鎖骨の下に黒子があるんだね」
「ん?」
ここで首元に手をやるほど俺は間抜けではない。
だが、俺はまたしてもミスっていた。
長谷部に身体チェックさせる意味を今になって気付いてしまっていた。
……やばい。やっちまった。
もう丸一か月以上ヤってないからか警戒心を解いてしまった。
「そうなのか。知らなかったな」
俺は鉄面皮で武装してすっとぼける。
しかし長谷部は胸に手を当てて、花が咲くように微笑んでいた。
まるで恋する乙女のような表情だ。俺の言い分をこれっぽっちも聞いてもいない。
「そっか。田中君だったんだ」
「何のことだ」
「別にいいの。答えてくれなくても。ただ、田中君でよかったなって思って」
「そうか。よくわからないが、よかったな」
「そうだね。本当によかった」
長谷部が俺に熱っぽい視線を向けてくる。
一体誰と俺を重ね合わせているんだろう。田中わからないでち。酸素魚雷をぶち込むでち。
軽井沢たちが男子のところに突撃している。
ほどなくして須藤の大声が聞こえてきた。激しくやり合っているようだ。もしかしたら男子の荷物から盗まれた下着が出てくるかもしれない。
だが、男子と女子の対立は今さらだった。
男子から下着泥棒の犯人が出て来たとしても、マイナス百がマイナス二百になるようなものだ。男女の関係はこれ以上は悪化することもないだろう。
もうとっくに手遅れだ。チートオリ主の出る幕はない。
「俺じゃねぇって言ってるだろ! なんで荷物検査なんて受けなきゃならねぇんだ!」
「拒否するってことは、あんたが犯人なんでしょ!?」
「は? なんで俺がテメェみてぇなブスの下着なんかを盗むんだ? そういうの、自意識過剰って言うんだろ」
……おい、須藤。
それは言ったら駄目だろう。
言葉の刃は人を簡単に傷付ける。
殴られた方がまだマシという言葉だって存在するのだ。
篠原がよろめいて、友人に身体を支えられていた。
気の強い篠原と言えど、ブスと言われればショックを受けるに決まっている。
流石にこれは放っておけないか。
男子と女子が睨み合っている。その間に俺は割って入った。
「おい、須藤、今の発言を撤回しろ」
「おい田中ぁ。テメェ、何様のつもりだよ」
須藤が俺の胸倉をつかんできた。
結局は暴力だ。何度も俺に負けているはずなのに成長しない奴である。
溜息を吐きながら腹パンを叩き込んだ。
須藤が目を見開き、身体を前に倒して悶絶している。
「篠原はブスじゃない。可愛い女の子だ」
言うべきことは言ったし、須藤も喋れなくしてやった。
これで女子の要求も通るだろう。
荷物検査ぐらい受ければいいんだ。たぶん男子から濡れ衣を着せられた犯人が出てくるのだろうが、何時までも喧嘩をするのは時間の無駄である。
それにしても、下着泥棒か。
俺は周囲を見回して伊吹を探してみた。彼女の姿はどこにもなかった。
男子の荷物検査が行われた。
女子の下着は無事に発見された。
下着が出て来たのは須藤、池、山内、綾小路、平田の鞄の中からだった。
……平田、お前もか。
信じて送り出した友人が下着泥棒だったなんて。という冗談はともかく。
「平田君が盗んだとは思えないよ! これは何かの間違いだよ!」
「たぶん犯人が濡れ衣を着せようとしたんだって! そうに決まってる!」
「池と山内じゃない? 平田君に嫉妬したんだよ!」
「だよね! 私もそう思った!」
「綾小路も何を考えているかわからないし犯人かもしれないよ!」
平田も容疑者の一人なのだが、彼だけは犯人にハメられたことになっていた。
イケメン無罪である。まぁ平田は身を切って頑張ってるから嫉妬できないんだけどな。
今日は曇り空だった。遠くに黒い雨雲が見えている。
いずれ雨が降ってくるだろう。食料は余っているが、もう少し集めておきたい。雨が降る前に食料を調達するべきだ。
それとテントが足りない。
テントは八人用だ。今は無理をして十人で使っている。
テントを使えない者が十人も存在する。
彼女たちには洞窟で雨を凌いで貰うことも考えていた。
俺は桔梗たちを連れて食料を集めるために森に入り――。
「そこまでにして貰おうか」
マッチをこすっていた伊吹が目を見開いた。
彼女は女子のテントに火を付けようとしていた。
俺は親指で小石を弾く。
伊吹の手にあったマッチの先端がなくなっていた。
「化け物め」
伊吹は舌打ちしてマッチの残骸を捨てる。
男子のテントでも騒ぎが起こっていた。
マニュアルが焼かれたと須藤が叫んでいる。
「女子がやったんだろ! この卑怯者が!」とわめき散らしていた。
男女が言い争い、テントにいるべき女子まで男子のところに行っていた。
陽動だろう。
「食料を調達しに行ったんじゃないの?」
「桔梗に任せてきた。別に俺がいなくても、彼女たちはもう自活できている」
伊吹が動くという予感があったのでベースキャンプから戻って来た。
マニュアルを燃やすのも陽動。
テントを燃やすのも陽動。
本命は――。
「鈴音を誘き出すつもりか」
伊吹が唇を濡らす。
「へぇ、よくわかったね。やっぱあんたは油断できないな」
伊吹はスポットを占有する光景を遠くから眺めていた。
一週間あれば十人の輪の隙間を覗ける機会が一度ぐらいはあったはずだ。
伊吹は鈴音、桔梗、軽井沢の三択まで辿り着いた。
後は消去法だ。
桔梗は食料調達班、軽井沢は薪拾いの班にいる。
二人ともベースキャンプから離れる機会はそれなりに多い。
何時も鞄を空っぽにするために荷物をテントに置いていく。ポケットに物を出し入れさせる機会も多い。何らかのミスやアクシデントでキーカードを出してしまう恐れがあった。
鈴音は篠原の調理を手伝っていた。
他クラスの偵察以外ではベースキャンプの外から一切出ずに生活している。
以上から鈴音がリーダーである可能性は極めて高い。
これは鈴音の判断ミス……と言うわけではない。
一週間もスパイと一緒に生活するなんて想定できるわけがないのだから。
「お前のことは気に入っている。手荒なことはしたくない。投降してくれないか」
伊吹は溜息を吐いた。
「私もあんたのことは嫌いじゃない。身体の相性も、その、悪くないし。でも、それとこれとは話が別でしょ」
伊吹は堕ちた。
だが、クラス同士の争いは別ということか。
仕方ない。潰すか。
俺は拳を構えた。一瞬でケリを付ける。
伊吹も身構える。
俺の拳を怯えるように見詰めていた。肩をすぼめて震えている。
……おかしい。
この数日で格付けは済んでいる。
伊吹は俺に勝てないと白状した。その言葉に偽りはないと思う。
ならば、なぜ。こうして俺と対峙している。
いや、待てよ。
……陽動? いや、足止めか!
「は? 今さらになって逃げるっての?」
俺は伊吹の相手をやめて踵を返した。
伊吹の相手をしている暇はない。
今さらになって推理が繋がっていく。
なぜ俺は島に潜伏しているのが龍園だけだと思い込んだ。
龍園は石崎の冤罪事件で敵の存在を認識していたはずだ。
強力な暴力に対するカウンターとしてボディーガードを置いていても不思議ではない。
フリーハンドで行動できる暴力装置……おそらくは山田アルベルトだ。
龍園の手下で喧嘩が強い者を消去法で選ぶとなると彼以外に思い浮かばない。
昨夜の龍園は一人だった。それは間違いない。
金田との密会に山田アルベルトがいなかった理由はわからない。しかし今は龍園の思惑を読むよりも大事なことがある。
とっくに鈴音は誘い出されている。
おそらく伊吹は下着泥棒の件で鈴音を呼び出した。鈴音にとって伊吹は容疑者の一人だ。
俺は食料調達で不在だった。
頼れそうな男子とは戦争中だ。綾小路のみならず平田までもが下着泥棒の容姿者である。
それに鈴音は伊吹とは同性だから危険は少ないと判断したのかもしれない。
鈴音は犯人を捕まえるチャンスだと考え、一人で誘い出されてしまった。
待っていたのは高校生離れした体格を持つ黒人のハーフだ。
伊吹は鈴音の相手をアルベルトに押し付け、自分はDクラスで混乱を起こすために放火して回った。食料調達に出ていた俺が万が一戻ってきた時、俺を足止めするためだ。
鈴音が危なかった。俺は足を速める。
アルベルトほどの巨漢が自由に動き回れる空間なら幾つか心当たりがあった。
順番に虱潰しにしていく。
五カ所目。俺は足を止めた。
鈴音が地面に倒れていた。
「鈴音っ!」
俺は叫び声を上げながら駆け寄った。
口元に耳を寄せる。大丈夫だ。呼吸はしている。
腕を取って脈も確認する。大丈夫だ。心臓も動いている。
落ち着け。俺たちは学生だ。命の取り合いにはならないはずだ。
「……意識は、ないか」
俺は鈴音を背負いあげた。
「なにそれ。血相を変えちゃって。笑える。そんなにその女が大事なんだ」
追い付いてきた伊吹が俺をあざ笑う。
俺は短く「どけ」と言い放った。
伊吹がショックを受けた顔をする。
「わ、私は、あんたになら――!」
最後まで聞かずに伊吹を置いてベースキャンプに戻った。
伊吹は追いかけて来なかった。
放火の混乱も落ち着いてきたのか、女子たちがテントの周りに戻ってきていた。
俺に気付いて佐藤たちが駆け寄ってくる。
だが、彼女たちは俺に話しかけることができなかった。
「……礼司君。怖いよ」
桔梗が悲しそうな顔をしていた。
俺は怒りが一段階下がったのを感じた。
「……悪い」
鈴音をテントの中に寝かせる。
俺は女子たちに事情を説明した。
伊吹がCクラスのスパイだったこと。そして俺たちを裏切ったと言うことを。
「みんな、すまない。今回の一件は伊吹を引き入れてしまった俺の責任だ」
「違うよっ! 田中君は悪くないよ!」
「そうだよ! 田中君の善意に付け込んだ伊吹さんが卑劣だっただけ!」
「ほっといたら死にそうだったじゃん。助けるのが当然だと思う」
そうだな。
伊吹がスパイだとわかっていながら引き入れた俺が間抜けだっただけか。
溜息を吐いた。
しばらくすると鈴音の意識が戻った。
「……ごめんなさい」
鈴音はずっと俯いていた。自分のせいでこうなったと言うように。
それでも鈴音から経緯を聞いた。
やはり俺の予想通りだった。伊吹に誘い出され、山田アルベルトに襲われたらしい。
合気道を嗜む鈴音だが、腕力の差で押し切られたようだ。
「ごめんなさい。キーカードを奪われてしまったわ」
「そんな……堀北さんがリーダーだったって他のクラスにバレちゃったの!?」
桔梗が大声で叫んでから、しまったと自分の口を押えていた。
鈴音がリーダーだということを知っているのはDクラスでもごく僅かだ。
鈴音、桔梗、軽井沢の三人の誰かだということしか知らされていなかった。
「あ、ご、ごめん。私、そう言うつもりじゃ……」
「もういいわ。どうせ手遅れよ」
鈴音が溜息を吐く。
「礼司君がリーダーだと言うことは、もうバレてしまったのだから」
そうだな。鈴音がリーダーだと言うことは龍園には――。
……あれ?
鈴音は原作とは異なる大胆な作戦を実行していた。
勝手にリーダーを田中礼司に設定してキーカードを受け取る。
それからおよそ一週間に渡ってスポットを占有しているフリをしていた。
ボーナスポイントを捨てたのだ。おまけに桔梗や軽井沢にすら黙っていたらしい。
つまり三重のセキュリティである。
十人の壁、三択、そして別人のキーカード。
リーダーを当てられるとマイナス五十ポイントだ。
しかし一つのスポットをずっと占有していても二十ポイントにもならない。
スポットの占有は複数の拠点を抑えなければ旨味が少なかった。
ならばいっそのことスポットを捨ててしまえばいいという逆転の発想だ。
それ自体は優れた作戦である。
やや守りに傾いているが、初日の男女の諍いを目にしていれば内通者が出るかもしれないと不安に思うのは当然だ。
問題はそれが完全に裏目に出てしまったと言うことだった。
「本当にごめんなさい。ボーナスポイントを捨てた上にカードまで奪われるなんて、言い訳のできない失態だわ。あなたにも合わせる顔がないの。ごめんなさい、少し一人にして……」
鈴音が自虐的に笑おうとして、その顔がくしゃりと歪んだ。
いや、たしかにボーナスポイントは痛いが、大したダメージではないと思う。
原作の鈴音のように俺がリタイアすればいいだけの話だ。
俺はBクラスのリーダーを見抜いている。
リタイアして失うポイントはそれで帳消しどころかプラスに転じている。いや、佐倉のリタイアを入れたら少しだけマイナスか。
大丈夫だ。問題ない。かすり傷だ。
「鈴音。あまり自分を責めるな」
「……でも」
「お前はゆっくり休んでおけ。今までよく頑張ってくれた」
「……礼司君。ごめんなさい」
謝るなよ。
俺は鈴音を抱き寄せた。女子たちが驚いている。うるせぇっての。
「後は俺に任せろ」
Cクラスのリーダーを確かめておく必要がある。
俺は鈴音の背中をポンと叩いてからテントを後にした。
茶柱先生はベースキャンプの外れにテントを構えていた。
点呼の時しか仕事をしていないように見える。
職務放棄しているように見えるが、たぶん生徒の自主性を重んじてくれているのである。
……溜息を吐いていいかな?
先生はテントの前で俺の要求を聞いていた。
「Cクラスにテントが燃やされたんですけど」
「そうか、それは大変だったな。で、証拠はどこにある?」
「アカシックレコードに刻み込まれています」
「ふっ」
おい待て。この教師、鼻で笑いやがったぞ。
伊吹の放火を告発できないのはわかっていた。
期待していないから失望もしない。ただ言ってみただけだ。
「そんなことより簡易トイレ用のビニールを大量に用意して欲しいんですよ。とりあえず三百枚で。もちろん使用しなかった分は返却しますから」
これから雨が降ってくる。
そうなれば備蓄していた薪は使えなくなる。その前にビニールで保護しようという作戦だ。
この作戦はすでに桔梗に伝えている。
できれば雨が降る前に戻ってきたいが、俺がいなくても桔梗なら女子をまとめて薪を雨から守ってくれるだろう。
「ルール上では何の問題もないな。よろしい。用意しよう」
当然の返答だ。この試験のテーマは自由である。ルールの範囲内なら何をしてもいい。
簡易トイレ用のビニールとシートは無制限に供給される。それはルールとして明記されていた。
Bクラスもビニールにビニールを詰め込んでクッション代わりにしている。もし拒否されたらその辺から突いてみるつもりだったが、いらない心配だったようだ。
「試験はどうだ?」
「いやー、モテすぎて困っちゃうぜ」
「真面目に答えろ」
「心配されずとも、一位は取ってやりますよ。そういう契約ですから」
俺は茶柱先生から踵を返した。
やるべきことはやった。今度こそ本番だ。
龍園は上機嫌だった。
「ご苦労だったな。お前ら」
山田アルベルトは龍園にキーカードを渡していた。
私はそれを横で眺めていた。
「Dクラスのリーダーは田中か。どんな奴だ?」
「三股で噂になってる奴。聞いたことないの?」
「ああ、そいつか」
龍園も一応は知っていたらしい。とはいえあまり興味はなさそうだった。
「女を誑し込むしか能がねぇ雑魚だろう」
「成績はトップクラスだったはずだけど」
「なるほど。無能ではないのか。なら一応情報を集めておくか」
龍園はキーカードをポケットに入れる。
おそらくは学年で……いや、学校で一番強いのが田中という男子だ。私は為す術もなく彼に負けてレイプされてしまった。
復讐の機会を狙っていたけど、それが馬鹿らしくなるほど彼は強かった。
それに、まぁ……田中とするのは気持ちよかったし。
あいつのことは、嫌いじゃなくなったし。ちょっとだけ、だけどね。
「ご苦労だった。伊吹、お前は先に船に戻っていろ」
「ちょっと待って。なんで私だけ?」
「警戒してるんだ。結局まだXは出て来ないがな」
「……Xって」
龍園が言うには石崎たちを停学に追い込んだ犯人のことらしい。
葛城を一瞬で戦闘不能に追い込んだ実力者だ。
私の脳裏に一人の人物が浮かんできた。
そのことを龍園に告げるべきか迷った。
迷っている間に、龍園はアルベルトを連れてどこかに行ってしまう。
ガサッと茂みが鳴った。
田中が草むらから姿を現した。
「……あんた」
「俺のことを話さなかったんだな」
田中は冷たい目をして私を見ていた。私を抱いていた時とは別人みたいな表情だ。
心が痛い。そんな目をして見ないで欲しい。すべて自業自得なんだけど。
「私があんたのことをチクるって思ってたの?」
「ああ。半々ぐらいかな」
「……もっと信じてくれてもいいでしょ」
「訂正しよう。八割ぐらいは疑っていた」
その言葉に、思わず私の両目から涙がこぼれた。
あんなに身体を重ねたのに、彼の言葉が冷たすぎる。
「ごめっ、なさい」
感情が堰を切られたように溢れ出す。
気が付けば私は彼に抱き着いて許しを請うていた。
この私がこんなことになるなんて。なんて無様なのだろう。
「泣くなよ。情が移るだろうが」
彼の言葉が優しくなった。彼は暖かい目をして私を見詰めている。
「ごめん。意地悪しすぎた」
凍えた心が解けていく。彼の言葉が嬉しくて堪らない。
彼は私を抱き締めてキスをした後――いきなり突き放した。
「用事が立て込んでいるんだ。続きは学校に戻ってからな」
田中はそう言うと龍園たちの方向に足を進めた。
私はそれを時を忘れるほど眺めていた。ずっと見送り続けていた。
おそろしく速い手刀。
それは下手をすると相手を殺してしまう危険な技である。
よい子は真似しちゃ駄目だからね。
ちなみに俺は前世で小学生だった頃、クラスメイトに延髄チョップをやりまくった。
みんなやりまくっていた。とある漫画のおかげで大流行していたのだ。あの頃の俺たちは頑張ればかめはめ波が使えるようになると思っていたし、裏技を使えば伝説のポケモンが仲間になると信じていた。データが壊れただけだった。
話を戻すが、チョップしまくっていたが死人が出ていないからたぶん大丈夫だと思う。
「がっ!」
「――っ!」
俺にかかればこんなものである。
屋外だからインドアフィッシュは使えないけどな。おそろしく速い手刀で我慢して欲しい。
Aクラスの葛城と密会が終わるまで泳がせてから襲撃。
背後からおそろしく速い手刀で龍園とアルベルトを昏倒させた。
身体をまさぐってキーカードを確認してから放置する。
カードにはリュウエンカケルと書かれていた。やはり龍園がリーダーだったか。
俺は船がある砂浜まで移動する。
教員用のテントの裏側に身をひそめた。
教師が気付いて声をかけてきたが「教員用のテントの裏に隠れてはならないというルールはありましたか?」と言ってやった。
しばらくすると龍園が鞄を背負って歩いてくる。
傍には山田アルベルトも一緒だった。
「体調不良だ。もう死にそうだぜ。リタイアさせてくれ」
「三十ポイントのペナルティになるが構わないか?」
「うるせぇよ。どうせゼロなんだ。何の問題がある」
「わかった。受理しよう」
担当の教師が龍園の申し出を受け入れていた。
まぁ、そうするだろうな。
キーカードを見られたと判断した龍園はアルベルトに後を託してリタイアする。
「代わりのリーダーはこいつだ。アルベルト。お前は俺の言うことにだけに従っていればいい。余計なことは一切考えるなよ」
龍園にはDクラスに危険人物がいることがバレてしまったが、蛇みたいに執念深い龍園ならどうせいずれは俺の存在に辿り着くはずだ。
だがまぁ、そんなことはどうでもいい。
あいつは俺を怒らせた。それがたった一つの単純な答えだ。