ようこそ強姦魔のいる教室へ 作:生太郎
この日は波瑠加とデートすることにした。
いや、させられたと言った方が正しいか。波瑠加に押し切られてしまった。
椎名の誘いを断るのは怖かったが、初対面から椎名と仲良くなるのは明らかにおかしい。俺たちが以前から繋がっていたと疑われることにもなりかねない。
無人島で伊吹にスパイされたばかりだ。それなのに平然と他クラスの女子を受け入れていたら、俺が色ボケしていると思われてしまう。……もう手遅れか?
夕食を食ってから午後八時の話し合いに挑んだ。
俺と椎名……いや、もうひよりでいいか。
俺たちは特に示し合わせたわけではなかったが、互いに優待者を騙って虎グループを混乱に陥れていた。
神室たちAクラスは完全に沈黙することを選んだようだ。
何を言っても無反応だった。つまらん。
「サイドテールかわいいね」とからかってみたら神室に汚物を見るような目をされてしまった。それを聞いていた波瑠加がゴムで髪をサイドテールにしていたが、あまり似合ってなかったのでやめさせた。
何の進展もなく話し合いは終わってしまった。
このままではヤリ部屋の家賃が払えなくなる。いざという時には帆波から借金するだけだが、できれば自力で稼ぎたいものだ。
俺は船内の廊下、自販機の横にあるベンチで待っていた。そこに平田がやって来る。
「ごめんね。急に呼び出して」
「いや、別に構わないが、何かあったのか?」
俺は平田に呼び出されていた。たぶん昼間に言っていた相談だろう。
会話の流れ的に軽井沢のことかもしれない。
平田が男子との関係を深めたおかげで、女子との関わりは原作より希薄になっていた。軽井沢のことを蔑ろにしてしまったのだろうか。
「試験の調子はどんな感じ? たしか田中君は虎グループだったよね」
「難しいな。候補は数人まで絞ったが確証が得られない」
「初日なのにもうそこまで進んでいるんだ。これは虎グループの勝利は期待できるかな?」
「さぁ、どうだろうな。あまり買いかぶってくれるなよ」
ベンチから立ち上がり、自販機のボタンを押す。
ガコンと音がして缶コーヒーが落ちてくる。
「軽井沢さんのことで、相談があるんだ」
ここまでは世間話だったのだろう。
平田はベンチに前かがみに座ると、ようやく本題を切り出した。
「どうした。喧嘩でもしたか」
平田は否定しなかった。困ったように苦笑するだけだ。
「田中君は僕と軽井沢さんが付き合っていないことには気付いているんだよね」
「そうだな」
「どうやって気付いたの?」
「そんなの見てればわかるだろ」
嘘です、原作知識です。
なのに平田は心底から感心した顔をしていた。
「すごいな。田中君ほどの恋愛強者にもなれば、僕たちの演技なんて見抜かれて当然だったのか」
恋愛というか、レイプしてコマしただけなんだけどな。
平田も自販機でジュースを購入する。
冷たい缶をじっと握り締め、しばらく考え込むように口を閉ざした。
結露した缶から水滴が垂れ落ちた頃、やっと平田が俺の方を向いた。
「軽井沢さんに言われてしまったんだ。あまり頼りにならないねって」
……あぁ。
それはキツいな。
軽井沢にとって、平田とは自分を守るための道具に過ぎない。
それなのに無人島では男子に掛かり切りになり、おまけにあっさりと追い詰められてキレていた。須藤の暴走に対しても何もできていない。軽井沢は平田がいざと言う時に頼りになるのか疑問に思ってしまったのだろう。
「軽井沢さんは僕の代わりになる人を探してるみたいだ。田中君。君も候補の一人だよ」
「いや、そう言われてもな」
「だよね」
平田は力なく微笑んだ。
「田中君は僕の代わりにはなれないと思う。いや、これは君を貶しているわけではないんだ」
「気を使わなくてもいいぞ」
「うん、まぁ、言いにくいんだけどね。田中君の周りには可愛い女の子が多い。軽井沢さんが君に取り入ったところで、君の彼女への優先順位はとても低くなると思う」
そうだな。
これはいわゆるハーレムの格差問題だ。正妻争いという言葉はあまり好きではないが、そういう系統の話である。
「僕が見たところ、田中君は堀北さんと櫛田さんに重点を置いている。一之瀬さんとはクラスが違うから、どこかで線を引いているよね。長谷部さんのことは、寄ってくるから受け入れているだけという感じだ。これはまだ日が浅いからかもしれないけど」
恐ろしいぐらい俺のことを見てやがる。やっぱりホモかな。
いや、まぁ、これが平田の観察眼なのだろう。平田は中学までは目立たない生徒だったらしい。その時に身に付けたスキルだろう。
「軽井沢さんが田中君に取り入ったところで、堀北さんや櫛田さんの立場を奪うのは難しいと思うんだ」
「そうだな。ぶっちゃけ打算だけで寄って来られても鬱陶しいだけだ」
「ぶっちゃけすぎだよ、田中君」
俺のことが好きというなら話は別だが、利用されるだけの関係というのは気に入らない。俺は平田のような聖人ではないからな。
故に俺が軽井沢を受け入れたところで、その関係は早々に破綻するだろう。
空き缶を投げ捨てる。ゴミ箱にホールインワンした。
「僕では軽井沢さんを――」
「こんなところで作戦会議か?」
平田が途中で口を閉じた。視線は俺の背後に向いている。
振り返るまでもない。龍園の声だ。
気配は三つある。その中の一つはひよりだ。
もう一つは山田アルベルト。
もっともアルベルトは何も発言する気はないようだが。
「礼司君。奇遇ですね」
ひよりが俺に小走りで歩み寄ってくる。それを見た龍園が口を歪めた。
「どうやらひよりはお前のことが気に入ったようだな。どうだ、こいつもお前のハーレムに加えてみるか?」
ピエロだな。
なんか龍園に申し訳ない気持ちになってくる。
「そうだな。椎名、明日デートでもするか」
「いいですね。お断りする理由はありません。あ、私のことはひよりと呼んで下さい」
ひよりは龍園に対してもまったく隙を見せていない。こういう時には頼りになる女だ。
「それで、お前らはまだ優待者が誰なのか、なんて悠長なことをしているのかよ?」
「それは気になる発言だね。何が言いたいのかな」
平田が訝しげに龍園を見詰める。
「なに。まだこの試験が終わっていないのが俺には不思議に思えてな。なぜ誰もこの試験のカラクリに気付かない。雁首揃えて話し合いで優待者を探そうだなんて、お前ら全員無能だというのか? それなら期待外れにもほどがあるが」
「試験が終わる? カラクリ? 龍園君、君はまさか――」
「そこまで言うのなら、なぜお前はまだ試験を終わらせていない」
平田の言葉に被せて俺が言う。
龍園は楽しそうにクツクツと笑った。
「わかんねぇのかよ。遊んでやってるんだ。長い船旅の退屈凌ぎには丁度いいからな。無能どもが無様にのたうち回っている姿を観察するのは、ちょっとした娯楽だぜ?」
「それは違うな」
口を挟むと、龍園は一瞬不快そうに眉をひそめた。
「もしお前の推測が外れていたら、Cクラスは逆に大量のクラスポイントを失うことになる。十二組の中から自分のクラスの優待者を除けば大体で八クラスになるか。これをすべて外したらマイナス四百ポイントだ。Cクラスは一気に最下位に転落する」
龍園は試験のカラクリを見抜いたと言った。
もしそれが本当なら一気に五百ポイント近くのクラスポイントを稼げることになる。
しかし原作の龍園はそれをしなかった。
理由は簡単だ。あまりにリスクが高すぎるからである。
この試験の答え合わせは試験が終わった後だ。
龍園ほどの男が確証がないのに掛け金をすべてテーブルに乗せるとは思えない。
最後まで粘って目星を付けた人物が優待者なのか探る必要があったのだ。
「確かにお前の言うことは半分ほどは当たっている。だが、マイナス二百ポイントまでは充分に許容範囲内だ。その程度なら立て直しも計れるからな。つまり俺はDクラスだけを狙い撃ちにすることだってできるんだぜ?」
「ならやってみるか。Aクラスを引きずり下ろす好機が二度あるとは思えないが」
葛城はいずれ失脚する。次のAクラスを率いるのは坂柳だ。
坂柳は簡単に付け込める相手ではない。
龍園も今のうちにAクラスのポイントを削っておきたいはずだ。いくら黒幕Xが居ると言っても、Dクラスと潰し合いをしていてはAクラスにのし上がれないのだから。
「ふん、まぁいい。せいぜい最後まで踊ってみせろ」
龍園が捨て台詞を吐いて去って行った。
山田アルベルトが何も言わずに龍園を追う。ひよりがペコリと頭を下げてそれに続いた。
「すごいね、田中君は。あの龍園君と堂々と渡り合うなんて」
「別にすごくなんてないけどな。あれでも同じ学生だ」
綾小路が怖すぎて感覚が麻痺しているのかもしれないが、龍園からはあまり脅威を感じない。
慢心しているのはわかっているのだが、どうにも止められないんだよなぁ。
ひよりにスパイをさせようとするギャグ行動のおかげで、龍園がシュールになっているのもあるのだが。
「それで、軽井沢のことだったか」
「そうだけど、なんか相談する雰囲気じゃなくなっちゃったね」
龍園の邪魔が入ったおかげで、平田が相談する気を欠いてしまったようだ。
急ぎの用事でもないのだろう。
今すぐ手を打たなければ軽井沢が大変なことになると言うなら平田はもっと焦りを見せている。
「なら今日は解散するか」
「うん、今日はありがとう。また明日」
俺は平田と別れて部屋に戻った。
久しぶりに一人の夜になりそうだ。
そろそろ休みたいところだった。たまには下半身を休ませないと。
試験二日目。午後一時の話し合いが始まった。
俺はこの日もひよりと一緒に虎グループを混乱させまくっていた。
「俺が優待者だ。明日この世界を粛清する」
「私が優待者です。礼司君。後で一緒に図書室に行ってみませんか?」
「図書室なんてあるのか。まだ行ったことがないな。あ、俺が優待者だからな」
「学校の図書室よりは小さいですけど、中々いい本が揃ってましたよ。私が優待者です」
神室がテーブルをバンと叩いた。
「いい加減にして!」
部屋にいる全員が神室に注目する。
「どうした、サイドテールちゃん。お前が優待者だったのか?」
「そんなわけないでしょ! 私が言いたいのは、これ以上ふざけたことを抜かしてみんなを混乱させないでってこと! あんたたちのせいで、まったく話し合いが進んでないでしょ!」
「お前は何を言っているんだ。俺が優待者であるのは明らかだが、もし俺が黙っていたとしても話し合いなんて進むわけがないだろう。サイドテールちゃんはAクラスなのに馬鹿なのか?」
「う、うるさい! さっきのは言葉の綾よ!」
「優待者は私ですけど、神室さんも怪しいですよね」
「言いがかりはやめて! 私はあんたたちほど怪しくないから!」
正直、釣れたな――としか思えないのだが。
優待者の第一容疑者は神室だ。理由は見ての通りである。
神室自身は誤魔化せているつもりなのだろうが、こいつは俺たちが“騙り”であることを前提に話をしていた。俺たちが本物ではないと最初から決めつけているのだ。もちろんAクラスの仲間を庇っている囮役である可能性もあるのだが。
俺たちにからかわれた神室は「はぁ、はぁ」と肩で息をしていたが、ぷいっと顔を背けると部屋の隅っこで三角座りしてしまった。
俺たちとは会話をする気がないという意志表示だ。もう手遅れだが。
一時間が終わる。
「ひより。優待者同士で遊びに行くか」
「そうですね、礼司君。優待者同士、仲良くしましょう」
みんなが俺たちのことを「こいつら何言ってんだ?」みたいな目で見ていた。
ひよりと図書館デート、その後はレストランでディナーだ。
それから午後八時の話し合いに挑むことになる。
未だに決定的な手掛かりは得られていない。
骨董品ちゃんさえ生きていればこんな試験なんて楽勝だったのに。
「世界が平和でありますように。俺が優待者です」
「素晴らしい言葉ですね、礼司君。優待者は私ですが」
「たなぴー。もう私ついていけないよ……」
「優待者の田中礼司をよろしくお願いします。みなさんの清き一票をよろしくお願いします。スクラップ&スクラップ。すべてを破壊します」
「政界に進出しようとする礼司君も素敵です。でも私が優待者ですからね」
「椎名。もうやめとけって」
「神室さんが両耳塞いでるぞ。見てて可哀想になってきた」
この日一度目の話し合いは、まったく進展のないまま終わってしまった。
ひよりを部屋に連れ込もうかなと思っていると携帯にメールが入った。
『軽井沢です。今から会えないかな?』
連絡先を教えた覚えはないのだが、誰から聞いたのだろうか。
もしかしたら平田が教えたのかもしれない。
大穴で綾小路だ。同じ兎グループの繋がりで……いや、ないな。
昨日、平田に忠告されたが、さっそく接触してきたか。
無人島で頼りになるところを見せたおかげで、新しい寄生先に選ばれてしまったようだ。
とりあえず一度会ってみるか。
俺が頼りになる盾役にならないとわかると勝手に離れていくだろう。
俺は龍園を警戒しているフリをしてひよりと別れ、指定されていた場所に向かった。
そこは展望デッキだった。つい先日、池と須藤がやらかした場所だ。
思わず何とも言えない気分になるが、この場所を指定した軽井沢に他意はないのだろう。
俺は須藤がボコっていたベンチ……は避けて、違うベンチに腰を下ろした。
展望デッキは夜景を見に来たカップルが三組いるだけだ。
完全な密談にはならないが、それぞれ距離があるので内緒話にはなるだろう。
「待たせちゃった?」
「いや、今来たところだ」
軽井沢が俺の隣に座り「はい、おみやげ」と冷たいものを俺の頬に押し付けた。
「ジュースか。サンキュ」
「どういたしまして。感謝しなさいよね」
恩を着せるような言い方だな。まぁ軽井沢は笑っていたが。
同時にプルタブを開ける音がする。
二人して桃ジュースだった。濃縮還元と書いてある。
「田中君って誰と付き合ってるの?」
唐突な質問だな。
「噂を聞いていないのか? 四股かけてるって言われてるだろ」
「三股じゃなかったの?」
「その情報は古いんだ」
「なにそれ」
軽井沢が呆れたように俺を見てくる。
ひよりと伊吹を含めれば六股になるんだけどな。
「田中君ってさ、可愛い女の子なら誰でもいいわけ?」
「誰でもってわけではないな。どうしてこうなったのやら」
俺は遠い目をした。
気付いたら後戻りできないところまで来ていた。最近はいっそのこと開き直っている。そうしないと心がぶっ壊れそうだからな。
軽井沢が身体を寄せてくる。
香水の匂いがした。計算尽くで俺を誘惑しているんだろうな。
「私もさ、田中君の彼女候補に立候補していい?」
「何を言っているんだ。お前は平田の彼女だろうが」
「うーん。平田君とはね、最近あんまり上手くいってない感じ」
「まだ付き合っているんだろう。ならやめておけ。俺は平田に不義理を働きたくはない」
「なら、平田君と別れたら私と付き合ってくれる?」
話が一気に飛躍しやがったな。
彼女候補に立候補するから付き合うに変わっている。
自分に自信があるのか、それとも必死なのか。たぶん後者だろう。
どっちでもいいが、こいつ、うざいな。
「なんて言うか、ホントに平田のことを何とも思ってないみたいだな」
「え、どういうこと?」
軽井沢は愛想笑いを浮かべていた。
俺の機嫌を損ねてしまったのは理解しているのだろう。頬に冷や汗がつたっている。
アクセサリー感覚とでも言うのだろうか。
軽井沢は平田よりも優れた男がいたから乗り換えるだけだ。俺への恋愛感情がまったく伝わってこない。こうすれば男は喜ぶだろうという打算が見え透いていて白けてるのだ。桔梗や帆波に振り回されてきた俺にとっては軽井沢は軽薄に思えてしまう。
「私、なんか不味いこと言っちゃったかな? 謝るから機嫌直してよ」
「怒ってると言うより、ただ呆れてるだけだ」
俺は席を立った。
軽井沢が慌てて俺の袖をつかんでくる。
「離してくれないか」
「待ってよ! まだ話は終わってないじゃん! いいから座って! ね?」
「なら言わせて貰う。俺を寄生先にするのはやめておけ。俺はロクな人間ではないからな」
「……何よそれ」
軽井沢が涙目で俺を睨み付けた。
「四股かけてるって言ってたよね。どうせあんたも女をコレクション気分で集めてニヤニヤ笑ってるクズなんでしょ? 一人ぐらい増えたってそんなに変わらないじゃん」
「そうだな。なら月に一度ぐらいデートしてやるよ。これでいいか?」
あえて突き放すために最低なことを言ってみた。
しかしそれは火に油を注いだだけのようだった。
軽井沢が缶ジュースを俺にぶちまけた。
避けることもできたが、俺はあえて受けておいた。
桃のいい香りがする。
水も滴るいい男になってしまったぜ。実績解除だな。
「あんた、最低ね」
「今さらだな」
「もういい! あんたなんかを頼った私が馬鹿だった!」
軽井沢は空き缶を投げ付けてから、肩を怒らせて去って行った。
海に飛んで行きそうだったので空き缶をキャッチしておく。
自然を汚すのはよくないからな。にしても、あいつコントロール悪いな。
「軽井沢か」
面倒なことになってきた。
たしか綾小路がパパっと解決してくれるんじゃなかったか?
三日目は試験のインターバルだ。
この日は話し合いもなく、完全な自由時間である。
高円寺の猿グループが試験を終えるというアクシデントが原作通りに発生。
あと二日も試験を続けるのが面倒だと言って、勝手に優待者を当ててしまう高円寺であった。
「うーん」
俺は唸り声を上げていた。
鈴音の膝を枕にして、メモ用紙を凝視し続けている。
「もう二時間になるわよ。いい加減に諦めたら?」
最初は俺の頭を撫でたりして嬉しそうにしていた鈴音も飽きてきたらしい。
文庫本を広げて暇を潰している。題名はモンテクリスト伯。監獄塔の人だよね。
「龍園に解けたんだ。俺に解けない理由はないはずだ」
「龍園君はクラス全員の携帯を提出させたらしいわよ。あなたとは持っている情報の量が違いすぎるわ」
「いや、鈴音。それは錯覚だ」
龍園が知り得たのは自分のクラスの優待者だけだ。
俺は平田からDクラスの優待者の名前を聞き出している。
竜グループの桔梗、兎グループの軽井沢、そして馬グループの南である。
ところで南って誰だっけ?
平田が「南君」と言っていたから男子だろう。そりゃ知らんわけだ。
「つまり、このリストだ」
俺はメモ用紙を指で弾いた。
Aクラス・葛城康平 西川亮子 的場信二 矢野小春
Bクラス・安藤紗代 神崎隆二 津辺仁美
Cクラス・小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔
Dクラス・櫛田桔梗 平田洋介 堀北鈴音
竜グループ。言わずと知れたエリートグループだ。
Aクラスには葛城。Bクラスには神崎。Cクラスには龍園。Dクラスには鈴音、桔梗、平田。
帆波が入っていないのが疑問だが、各クラスの優秀な人間ばかりが集められている。
このグループの優待者は桔梗だ。
なぜ桔梗が選ばれたのか、俺はそろそろ知恵熱が出そうなほど思案していた。
「櫛田さん、張り切っていたわよ。逆に不自然になっていたわ。誰かさんの薬が効き過ぎたようね」
「竜グループは龍園がいるから捨ててもいいんだけどな」
桔梗は百回デートという俺の冗談を真に受けているので正直勝って欲しくない。
重すぎるんだよ。
それ以前に、女に百回も奢らせたらタナカスの伝説がさらに加速するだろうが。
俺はメモ用紙を再び眺める。次は綾小路や軽井沢の兎グループだ。
Aクラス・竹本茂 町田浩二 森重卓郎
Bクラス・一之瀬帆波 浜口哲也 別府良太
Cクラス・伊吹澪 真鍋志保 藪菜々美 山下沙希
Dクラス・綾小路清隆 軽井沢恵 外村秀雄 幸村輝彦
帆波や伊吹が存在感を放っているが、何とも言い難い面子である。
Aクラスの男子は葛城派だ。葛城の沈黙作戦でもやっているのだろう。
Bクラスは帆波以外は微妙。と言うか、なぜ帆波が兎にいるのか理解できない。
Cクラスの伊吹は成績は優秀らしい。他は軽井沢をいじめることになる女子だ。
で、Dクラス。
クラスでのヒエラルキーこそ高いが能力的には並以下の軽井沢。
オタクかつ凡人の外村。
成績はいいが人望はない幸村。
そして原作主人公である綾小路。下着泥棒の容疑は晴れたはずなのに、下がった株は戻らなかった可哀想な奴である。
そして兎グループの優待者は軽井沢だった。
「何か共通点はないのか」
「私も暇があれば考えているけど、まだわからないわ。龍園君のハッタリの可能性もあるし、今は話し合いの機会を有効活用することを考えるべきではないかしら?」
「それはなんか、龍園に負けた気がして癪にさわる」
兎グループ……軽井沢……うさぎ……ぴょんぴょん。
あぁ、心がぴょんぴょんするんじゃ。違う。脱線するな。
干支が関係しているのだろうか。軽井沢と兎。ぴょん……ぴょん……。
虎グループは神室が怪しかった。
虎である。がおーとか言ってたな。不覚だが星之宮先生に萌えたのは事実だ。
でも、あの先生ビッチっぽいんだよな。
「ん?」
がおーの後で、なんか言ってたような気がする。
何と言っていたか。思い出せ。記憶力はチートでブーストされているはずだ。
『女の子を物色しているたなぴー君はさておき、今回の試験はAクラスからDクラスまでの関係性を一度無視した方がいいよ。それが試験をクリアするための近道ね』
女の子を物色していたわけではないが、なんか不自然な言い回しだった。
関係性を無視するか。すべてのクラスで協力しろという意味だと思っていたが、それならこんな迂遠な言い方はしていないはずだ。
もしかすると思い付いたかもしれない。
鈴音の膝から起き上がる。「ちょっと」と不満そうな声が上がったが、つかみかけている手がかりが逃げて行きそうなので返事をするのはやめておいた。
テーブルにメモ用紙を押し付け、叩き付けるようにペンを走らせる。
まずは竜グループ。
クラスごとに並べられているリストを分解して、五十音順に並べ替えてみる。
さて、次だ。
干支を順番に並べてみる。
①安藤紗代 ②小田拓海 ③葛城康 ④神崎隆二 ⑤櫛田桔梗 ⑥鈴木英俊 ⑦園田正志
⑧津辺仁美⑨西川亮子 ⑩平田洋介 ⑪堀北鈴音 ⑫的場信二 ⑬矢野小春 ⑭龍園翔
①鼠 ②牛 ③虎 ④兎 ⑤竜 ⑥蛇 ⑦馬 ⑧羊 ⑨猿 ⑩鳥 ⑪犬 ⑫猪
……ビンゴだな。
優待者である桔梗は五番目。竜は干支の順番で五番目だ。
続いて兎グループ。
こちらも同様の手順でリストを分解、再構築してみた。
①綾小路清隆 ②一之瀬帆波 ③伊吹澪 ④軽井沢恵 ⑤外村秀雄 ⑥竹本茂 ⑦浜口哲也
⑧別府良太 ⑨町田浩二 ⑩真鍋志保 ⑪森重卓郎 ⑫藪菜々美 ⑬山下沙希 ⑭幸村輝彦
軽井沢は四番目。兎は干支で四番目。
これでほぼ確定だ。
と言うことは、俺の虎グループはこうなる。
①安藤耕平 ②井の頭心 ③神室真澄 ④木下琢磨 ⑤九条智也 ⑥椎名ひより ⑦鈴木美里
⑧田中礼司 ⑨戸田夏帆 ⑩中島春香 ⑪長谷部波瑠加 ⑫秦野瑞希 ⑬藤原忠 ⑭三宅明人
⑮元橋英治 ⑯山脇哲夫
虎は干支の三番目。
虎グループを五十音順で並べ替えて、三番目に来るのは神室真澄。
俺はメモ用紙をぐちゃりと塗り潰してから、丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
「どうやら勘違いだったみたいだ。そう上手くはいかないようだな」
「そう。礼司君にも解けないとなると、龍園君のハッタリの可能性が増してきたわね」
ハッタリじゃなかったみたいだけどな。
ともあれ鈴音にこの事実を伝えるのはやめておいた。
鈴音がカラクリに気付いたことが龍園に悟られると、龍園が鈴音を攻撃してくる恐れがあった。無人島でアルベルトをけしかけられたばかりだ。鈴音を危険から遠ざけるため、この事実は伏せておくべきだ。
鈴音と飯に行ってから部屋に戻ってくる途中で綾小路から連絡が入った。
珍しいこともあるものだ。そう思いながら俺の部屋に招き入れる。
「不味いことになったかもしれない」
綾小路は淡々と話し始めた。
俺は冷蔵庫から飲み物を取り出して綾小路に投げ渡す。綾小路はキャッチしてから眉をひそめて俺を見てきた。
毒でも入れてるのかと問うような目線だ。心外だな。俺たちはもう仲間ではないか。
「これ、炭酸だぞ」
「……正直すまなかった」
代わりのものを改めて綾小路に投げ渡す。
「軽井沢がCクラス……いや、龍園に目を付けられたかもしれない」
「龍園? どう言うことだ」
なぜそこで龍園が出てくる。
「これは俺の推測が多分に混じっているが、龍園は各グループの優待者をあぶり出すために色々と仕掛けているみたいだ」
「ああ。兎グループは軽井沢が優待者だったか」
「その通りだ。平田から聞いたのか?」
聞いてないんだけどな。いや、それはどうでもいい。
「軽井沢は兎グループでもめ事を起こしていた。Cクラスの女子から恨みを買っていたみたいだ。おそらく龍園はそこから軽井沢を揺さぶる策を思い付いたのだろう」
「確かに龍園ならやりそうだが、なぜ綾小路は龍園が仕掛けたと思うんだ?」
「軽井沢の悪い噂が流れてきた。大半は根も葉もない中傷だ。ポイントを恐喝したり、いじめをしたり、暴力を振ったというような、程度の低い話ばかりだな」
それ半分ぐらい事実だと思うぞ。
だからこそ効果的なんだろうけどな。嘘の中に真実を混ぜると信憑性がアップするという法則である。
軽井沢はクラスの女子にポイントで奢らせるなどのことをしてきた。
それは恐喝が目的と言うより、上下関係を示すための手段でしかなかった。
とは言え、ポイントで奢らせたのは事実だ。根も葉もないと言うのは語弊があるだろう。
「噂話の出所を探ってみたらCクラスの連中に辿り着いた」
「組織的にやってるってことか」
確かに綾小路が言ったように、多分に憶測が混じっている。
仕掛けてきたのが龍園だという証拠は一つもない。しかし俺にはほぼ黒のように思えた。
龍園の目的は軽井沢を追い詰めて「私が優待者です」と自白させることだろう。
龍園は原作よりも過激な行動ばかりしているように思えた。
こうなったのはおそらく無人島の試験で龍園を追い詰めすぎたからだ。
このままだと軽井沢は龍園に優待者だとゲロってしまう。
クラスポイントが五十減るぐらいならどうでもいいのだが、これは尾を引くかもしれない。事あるごとに軽井沢が利用されてDクラスの不利になるなら流石に見過ごせなくなる。
どうしたものか。
考え込んでいると、俺の携帯に電話が入った。
知らない番号だ。出たくないな。
「出ないのか?」
「セールスだったら面倒だろ」
しかし電話はしつこかった。一度切れたのに、またしてもかかってくる。
「出た方がいいんじゃないか」
綾小路が言う。
「俺のところには入学以来セールスの電話がかかってきたことはなかったぞ」
「そう言えばそうだな」
俺たちの携帯は学校から支給されている。
セールスの電話がかかってこないように設定されているのかもしれない。
俺は試しに電話に出てみることにした。
しかし相手側は無音だった。……いや、話し声が聞こえる。
俺は耳をすませた。こう言う時こそチート聴力の出番である。
『アンタ、ビビりすぎじゃない?』
『無様よね。でもあんたが悪いのよ。最初にリカに手を出したのはあんただから』
『ほら、リカ! もっと強くやって!』
『う、うん……こうかな?』
『きゃははっ! こいつ泣いてない?』
いじめ……か?
女子の甲高い声がする。一人ではないな。最低でも三人はいそうだ。
『……もう……やめて……私が優待者だって、言ったじゃん……』
俺は目を閉じた。
軽井沢か。
つまりこれも龍園が仕掛けてきた策ってことか。
綾小路の推測は外れだ。噂話を広めたのは軽井沢を追い詰めるためではなかった。
Cクラスの女子たちから罪悪感を取り除くためだ。
龍園は悪役を懲らしめるというストーリーを用意したわけだ。
人は正義に酔いやすい。簡単に騙されて正義の名の元に悪行を為す。
やっぱ人間ってクズだな。
ジークフリード・キルヒアイスが生きていれば、このようなことにはならなかったものを。
部屋を出る。
綾小路もついてきた。
龍園たちが廊下を塞いでいた。
Cクラスの男女、会わせて十五人だ。
ひよりやアルベルトはいるが、伊吹の姿が見えない。
「ククッ、田中じゃないか。怖い顔をしているぜ?」
「俺は普通だ。怖く見えるなら後ろめたいことがあるんだろうな」
「さぁ、知らねぇな。俺らはここで仲良くお喋りして親交を深めてるんだ。余所者のお前はお呼びじゃねぇ。俺たちの邪魔をしないで貰おうか」
「田中。迂回しよう。上の階から通り抜けられたはずだ」
綾小路が提案するが、龍園がそれを先回りしたように言う。
「残念だが、そっちも通行止めだ。俺のクラスの残りがそこで楽しく遊んでいるからな」
「強行突破するか?」
「おいおい。お前ら物騒だな。暴力行為は退学を覚悟しろよ」
「そうだな。綾小路。悪いが踏み台になってくれ」
「わかった」
俺と綾小路は同時に龍園たちへと走り出した。
Cクラスの男子たちが思わず顔を庇ってしまい、女子たちが悲鳴を上げる。
綾小路がCクラスの連中の前で急停止した。
俺はその肩に飛び乗って、天井を這うように彼らの頭上を飛び越えた。
前転しながら着地。そのまま走り出す。
「その身体能力! やはりお前だったか! 田中! お前が黒幕Xで確定だな!」
知るか。勝手に悦に浸っていろ。
俺はCクラスの連中を振り切り、軽井沢がいるだろう女子トイレに辿り着いた。
携帯はまだ通話状態になっている。
俺は念のため携帯を耳に当てて、女子トイレのドアを蹴り飛ばした。
バンッという心がすくみ上がる音が受話器を通して俺の耳に入ってくる。
女子トイレへの不法侵入だが、非常事態だからオッケーだろう。
そう言えば、ひよりとヤッたトイレだな。……どうでもいいか。
「ひっ! な、なんで入ってくるの!? あんた男子でしょ!?」
「この状況でそれを言うのか」
軽井沢は水浸しになっていた。
両目をぎゅっと閉じて、肩を抱いてガタガタと震えている。
普段の強気な軽井沢からは考えられない姿だった。
両方の頬はビンタされて赤くなっていた。
髪を引っ張られたのか、セットした髪型が乱れていた。
化粧が崩れて、ひどい顔になっていた。
その時。船内に放送が入った。
『兎グループの試験が終了いたしました』
と言うことは軽井沢は白状してしまったわけだ。この状況だ。仕方ないだろう。
今回、龍園は不正な手段を使ってしまった。
軽井沢が告発すればCクラスにペナルティを与えることもできるだろう。
しかしそれをすると軽井沢がCクラスに屈してしまったことが白日の下にさらされる。そこから軽井沢が過去にいじめを受けていた事実まで明るみになる恐れがあった。
……いや、考えるのは後でいいか。
俺は軽井沢のところまでゆっくりと歩を進めた。
Cクラスの女子たちが「いやぁっ!」と悲鳴を上げながら後退りしている。
うるさいな。わざわざ叫ぶなよ。別にお前らをレイプする気はないんだから。
軽井沢はまだ俺に気付いていない。
俺は彼女の前にしゃがみ込んだ。ポンポンと肩を叩きながら声をかける。
「ほら、迎えに来てやったぞ。何時まで泣いてるんだ?」
「……え?」
軽井沢が顔を上げる。
あまりにも弱々しい表情を俺に見せていた。
「どうして……私、あんたにひどいことを言ったのに……」
「なら、どうして俺に助けを求めたんだ?」
軽井沢は俺に助けを求めてきた。平田ではなく俺だった。
軽井沢は黙り込んだ。答えられないようだ。たぶん無意識だったのだろう。
「ほら。さっさと出るぞ」
「……う、うん」
軽井沢の手を引いて立ち上がらせる……が、身体に力が入らないようだ。
足が震えていて、今にも倒れそうだった。
俺は軽井沢を背負いあげる。
女子トイレは居心地が悪い。さっさと外に出たかった。
トイレを出ると、龍園が待ち受けていた。
カメラのフラッシュが俺たちを照らした。
「女子トイレの不法侵入だな。これを学校に見せたらどうなると思う?」
「お前らは軽井沢に暴力を振るい、不正に優待者であることを暴いただろう」
「つまり、どちらも悪いってことだ」
「何を言っているのかわかっているのか。お前の言い分は無茶苦茶だぞ」
「納得できないなら争ってみるか? 俺たちは生徒会の前で審議会をやってもいいんだぜ?」
黒幕Xは審議会を嫌がる。そう見透かされている。
今まで色々と後ろ暗いことをしてきたからな。
確かに俺は堀北会長と裁判ごっこをするのは御免だった。
「田中。今回は俺の勝ちだ。無人島での借りは返したぜ」
「知るかよ。勝手に勝ち誇ってろ」
Cクラスの集団を押しのけて通り抜ける。
俺に背負われていた軽井沢が俺の後頭部に頬を押し付けてきた。
「ごめんね、田中君」
「何のことだ?」
「私のせいで、負けちゃった」
「気にするなよ。相手が悪かっただけだ」
「でも」
「無人島で稼いだポイントが多少目減りしただけだ。まだまだ余裕はある。だから気にするな」
「……で、でも、みんな頑張ったのに。頑張ってポイントを稼いだのに、私のせいで、なくなっちゃった」
らしくないな。
原作の軽井沢ならクラスのみんなに罪悪感を覚えることもなかったはずだ。
どっかで原作の軽井沢から変化していたみたいだな。
無人島で真面目にサバイバルをやらせたおかげだろうか。
軽井沢はずっと俺の背中で泣き続けていた。
翌日。
今日からまた試験が再開する。
虎グループの優待者は神室だが、俺はどのタイミングで告発するべきか迷っていた。
下手に龍園を刺激したらCクラスの全勝になってしまう。
しかし神室はAクラス。龍園のターゲットだ。俺が手をこまねいていたら先手を取られて獲物を横取りされてしまう。
まぁ、とりあえず寝るか。
と思っていたら朝の八時にドアがノックされる。
無視していると、段々とノックが激しくなってきた。同時に俺の携帯も震え出す。
「うるせぇ!」
「おはよう、田中君! いい朝だね!」
軽井沢が満面の笑みを浮かべていた。なにこいつ。胡散臭いんだけど。
「田中君にお願いがあるんだけど」
「後にしてくれないか」
「Cクラスの真鍋たちをシメて欲しいの!」
「帰れ」
ドアを閉じた。
前言撤回。やっぱ軽井沢ってクソだわ。