ようこそ強姦魔のいる教室へ 作:生太郎
俺たちは船内のレストランに集合していた。
「もうマジでムカつく! あいつ頭イカれてるんじゃないの!?」
軽井沢がゴリラのごとくテーブルを叩いている。
激おこぷんぷん丸である。
周りにいる面々は「それ何回目だよ」と鬱陶しそうにしていた。
「たなぴー。パフェ食べる?」
「食べりゅぅぅぅ」
波瑠加がパフェをスプーンですくって俺に差し出した。
ぱくっと口に含む。当然ながら間接キスだ。
「美味しい?」
「うん、美味しい! やっぱり波瑠加のパフェは最高だな!」
「ちょっと! あたしの話を無視しないでよ!」
「……頭が痛いわ」
「長谷部さんばかり、ずるいよぉ」
波瑠加が嬉しそうに俺をパフェで餌付けする中、軽井沢がヒステリックに叫び声を上げて、鈴音が額に手を当てて溜息を吐いている。桔梗は波瑠加を羨ましそうに眺めていた。なんだこのカオスな状況は。
昨日の一件における対策会議だった。会議になっていないが。
この四日目が試験最終日。
生徒の多くがこの日に動きがあるのではないかと予感していた。
話し合いはあと二回しか残されていない。
「これってヤバくない? Cクラスに一歩リードされちゃったんだよね」
桔梗が怒り狂う軽井沢に辟易しながら言う。
鈴音が軽井沢を軽く一瞥してから頷いた。
「同情の余地はあるにせよ軽井沢さんが優待者だと白状してしまったのはよくない展開ね」
「何よ! あたしが悪いって言うの!?」
「一々噛み付かないで。同情の余地はあると前置きしたでしょう」
鈴音が軽井沢に呆れた目を向ける。
「軽井沢さんが黙秘を貫いて、その後でCクラスの暴挙を告発できればベストだった。けれど状況的にそれが難しいと言うことは、みんなもわかってくれているはず。そうよね?」
ダルそうに頷く俺たち。
ヒートアップする軽井沢に反して俺たちのテンションは下がっていた。
軽井沢は鈴音のフォローにちょっと気をよくしたようだ。
「そ、そう? それならいいんだけどさ」
何がいいんだ。
こいつ多分なんもわかってないぞ。
俺は片手を上げてウエイターを呼び、コーヒーのお代わりを頼んだ。
ついでに波瑠加がオレンジサワーというソフトドリンクを注文している。
波瑠加はウエイターからテーブルに目を戻すと軽井沢に声をかけた。
「ところで軽井沢さん、なんでたなぴーの隣に座ってるの? しかも距離近くない?」
「そ、そう? 長谷部さんの気のせいじゃない?」
俺の右側が波瑠加で、左側が軽井沢だった。
桔梗も「それ、私も気になってたかも」と小さく挙手していた。
「当然の疑問ね」と頷く鈴音。君らってこういう時だけは仲がいいよね。
軽井沢が苦虫を噛み潰したような顔をする。
急に俺の隣を占有されれば文句の一つぐらい出てくるだろう。
つまりマウントの取り合いだが、軽井沢にも引けない事情がある。
「軽井沢さんって平田君と付き合ってるんだよね?」
「それは……そうだけど……」
軽井沢は葛藤していた。
平田にするか田中にするか、である。
切っ掛けは無人島での平田大爆発だ。
軽井沢はあの瞬間、平田に対して疑問を抱いてしまった。
本当の窮地に陥った時。
平田が自分のことで手一杯になった時、果たして平田は軽井沢を助けてくれるのだろうか。
事実Cクラスからのアクションに対して平田は何の役にも立たなかった。
「でも龍園くんも愚かな選択をしたわね。暴力と恫喝によって優待者を聞き出すと言うことは明らかなルール違反よ。学校側に報告すれば一発でアウトになるでしょうね」
「そうだよね。先生に言えばCクラスの反則負けにしてくれるかも」
鈴音と桔梗が意見を出して来た。
希望的観測だと一蹴はできない。たしかに今回の龍園は無茶を重ねすぎている。
俺はコーヒーをすする。横から波瑠加がパフェを食べさせてくれた。
「うん、美味しい!」
「礼司君。真面目にやってくれないかしら?」
鈴音が声を低くしていた。
怒っている鈴音もかわいいが、彼女をいじる前に桔梗から質問が飛んでくる。
「ミルクと砂糖はいらないの?」
「ブラックがいいんだ」
ふざけている俺が言えることではないが、試験の内容とはまったく関係ない質問だった。
桔梗ってよく天然のフリをするよね。そこが可愛いのだが。
「ブラック飲んでる人ってかっこつけてるだけでしょ」
「男はハードボイルドが大好きなんだ」
「何よそれ。逆にダサいんですけど?」
軽井沢が噛み付いてくる。
ムキになって否定する方がかっこ悪いので俺は適当に流しておいた。
コーヒーのカフェインでやっと頭が冴えてきた。それを待ってから思考をまとめ始める。
確かに昨日のCクラスの行動を告発すれば、俺たち有利の裁決が下されるだろう。
俺にとって都合の悪い話が出てくるかもしれないが、Cクラスの方が遥かにマイナス点を稼いでいるからだ。
あれは龍園が見つけた法則が自クラス以外の優待者にも適用されているかの確認作業と、Xのあぶり出しだった。いささか乱暴で性急ではあったが、これからも謎の暴力装置に怯え続けるぐらいなら、多少のリスクを負ってでも危険人物をあぶり出しておこうという目論みだろう。見えない敵とは戦えないからな。
龍園は手強い相手だ。
俺からしてみれば帆波よりも強敵である。
Bクラスの結束力よりも龍園一人の方が厄介に思えてくるほどだ。
……んー。めんどい。
もうさっさと終わらせてしまって、ぐうたらするか。
と言うわけで、俺は試験を終わらせることにした。
そのための下準備として、人を探して船内を歩き回る。
「お、ここか」
居場所はあらかじめ綾小路からメールで教えて貰っていた。
男子の船室の一つ。
綾小路や平田たちの部屋だった。
俺はドアをノックする。
「誰かな?」
「田中だ」
「タナカス!?」
瞬間、部屋の中からガタゴトと大きな物音がした。
ドアが開く。
「田中ぁ! どの面下げて俺たちの前に顔を出しやがった!?」
般若のように顔を怒らせている須藤だった。
部屋の中には「あちゃぁ」と額に手を当てている平田の姿がある。
他にも半数ほどの男子が一つの船室に集まっていた。臭そう。と言うか臭い。
「男子で試験の話し合いをしてんだ! お前は入って来んな!」
「男子の話し合いなんだろ? なら俺が混ざってもよくないか?」
須藤の理論に綻びがあったので何となく突いてみる。
俺も男子だからな。話し合いに参加する権利ぐらいあるはずだ。
「うっせぇ! 消えろ! お前なんか男子じゃねぇ!」
マジかよ。俺って男子じゃなかったのか。女の子になっちゃう!
須藤は俺の肩を突き飛ばして勢いよくドアを閉めた。
くそ。童貞ちんぽこ先生のくせに偉そうにしやがって。
タイミングが悪かったか。
別に平田でなくても桔梗あたりに頼めばいいのだが、男子のまとめ役をしている平田に声をかけておいた方が後々スムーズに話が進む。
どうしたものかと悩んでいるとドアが開いて平田が出て来た。
「ごめんね、田中君。須藤君にも悪気は……悪気は……ない、のかもしれない」
聖人の平田ですらフォローできずに困っていた。
「この前から須藤君は荒れていてね。僕たちもちょっと手を焼いているんだ」
「たぶん鈴音にこっぴどくフラれたからだろうな」
「須藤君が堀北さんに告白したの?」
「いや、告白までは言ってないが……似たようなものか?」
完全に脈がなくなったと思えば同じようなものだろう。
困ったように微笑んでいた平田は辺りを見回してから提案した。
「廊下で話すことじゃないね。場所を変えようか」
「ああ。出て来てくれて助かったよ。ちょうど平田に話があったんだ」
「僕に?」
疑問符を浮かべる平田を連れて俺の部屋に移動する。
「た、田中君……これは……」
部屋に上がった平田は女性物の下着が落ちているのを目にして絶句していた。
桔梗のやつ、ノーブラで部屋に帰りやがったな。
絶対わざとだ。俺が他の女子を連れ込んだ時用のトラップである。
もしトラップが不発だったとしても「下着忘れちゃった。てへぺろ」と言い訳できる。桔梗のやつが考えそうなことだ。
まさか平田にトラップが直撃するとは、仕掛けた桔梗にとっても寝耳に水だろう。
「田中君。その……ほどほどに、ね?」
「……うん」
俺は落ち込みながら謝罪する。どうすんだよ、この空気。
微妙な雰囲気の中、俺は平田に作戦の内容を告げて協力を要請した。
そこは客船の展望デッキだった。
やや強めの海風が吹いている。日差しが照り返して肌がひりつく感じがした。
昼食前ということもあってか、展望デッキには俺たち以外の姿はない。
「最後に確認しておきたい」
「何かな、田中君」
返事をしたのは平田だった。
鈴音、桔梗、波瑠加、軽井沢たちもこの場にいる。
軽井沢は平田と付き合っているはずなのに、平田に一言も話しかけていなかった。
平田は話しかける切っかけが見付からず、困った顔をして首を横に振っていた。
鈴音たちもそんな二人に思うところがあるのか何やら複雑そうな顔をしていたが、他人が口を挟むことではないと思ったのか黙っている。
まぁ、それは今は置いておこう。
「これから俺がやろうとしていることだ。止めるなら今のうちだぞ」
「僕は田中君の判断に疑問を差し込むつもりはないよ」
平田が微笑みながら述べる。その口ぶりからは精神的な余裕が窺えた。
無人島での一件からは完全に立ち直っているみたいだな。
まだ爆弾は残っているっぽいので油断はできないが。
「田中君が最善だと思ったのなら、きっとそれが正しいんだと僕は思う」
「それって聞こえはいいけど思考停止してるよね?」
平田と軽井沢がやっと喋ったと思ったらこれである。
軽井沢は平田に対して喧嘩腰だった。
龍園に未だに何の対処もできずにいる平田に怒っているようだった。
「耳が痛いな。でも僕は田中君を信頼することに決めたんだ」
「信頼ね。言っとくけど、あたしはまだ納得してないからね」
軽井沢が俺と平田を睨み付けていた。
「なんで、よりにもよってCクラスなのよ!」
軽井沢が大声で吠えた、その時――。
「おいおい。船の中まで聞こえているぜ」
ぞろぞろと展望デッキに現れる集団。
Cクラスの龍園翔、山田アルベルト君、伊吹澪の三人だった。
龍園はクッと喉を鳴らして笑う。
「俺たちも嫌われたものだな」
「当たり前でしょ! あんた自分が何やったのかわかってるの!?」
軽井沢は一瞬怯んだが、それよりも怒りが勝ったのだろう。龍園に噛み付いた。
「何をやったかだったな。心当たりが多すぎてどれのことかわからないが、無様に泣きわめいている誰かさんを録画したことか?」
「――っ!」
軽井沢は弱味をさらしていた。
もちろんそれを公開したらCクラスはただでは済まなくなるが、軽井沢にとっては絶対に無視できない発言だ。
「そこまでにして貰えないか。軽井沢も落ち着け。話が進まない」
「……田中君がそう言うなら仕方ないわね」
軽井沢が身を引いて俺の後ろに隠れてしまう。
龍園にビビッて逃げたのではなく、俺に止められて従ったという形にした方が、軽井沢のプライドが保たれると言うわけだ。
「まさかお前の方から声をかけてくるとはな。てっきり恨まれていると思っていたが」
「そうでもない。パソコンさえ弁償してくれるならな」
「何のことか俺にはよくわからないな」
白々しい物言いだった。
器物破損だから、白を切るしかないよな。
「詰まらない話なら俺は帰らせて貰うぜ。このくだらない試験もあと半日で終了する。こっちもあまり暇ではないんだ」
「半日と言わず、今ここで終わらせないか?」
「終わらせる、だと?」
龍園が興味深そうに耳を傾けた。
話を聞く気になったのかベンチに腰を下ろして足を組む。
「と言うことは、辿り着いたわけだ。この試験のカラクリに」
初日にクラッキングして答えだけは知っていたんだけどな。
そうだ。俺たちはもう、辿り着いていたんだ。
「龍園。今回の試験、俺たちでAクラスとBクラスを叩き落とさないか?」
「ククッ」
龍園が獰猛な笑みを浮かべる。
楽しそうだな、こいつ。俺はもう疲れたのでさっさと終わらせたいのに。
「昨日の俺たちが何をしたのか理解した上で、その提案をするのか?」
「昨日の一件をとやかく言うつもりはない」
軽井沢が無言で俺の背中を小突いてきたが、俺は無視を決め込んだ。
「聞きたいことが幾つかある。なぜ俺たちCクラスを選んだ」
「消去法だ。Aクラスは論外。Bクラスと組むことも考えたがやめておいた」
帆波がいるBクラスと手を組んだ方が精神的には楽だろう。
Cクラスを攻撃しても心は痛まないからな。
帆波と龍園のどちらが厄介かと言えば、当然龍園の方に軍配が上がる。
Cクラスを叩けるだけ叩いて、浮上できないほど沈んで貰いたいとすら思っている。
それでも今回Cクラスを選んだのは――。
「今回の取り引きではCクラスとDクラスの確執を一端リセットする。それがこちらの条件だ」
「なるほどな。そう来たか」
龍園が目を閉じる。
確執というのは具体的には須藤の暴力事件から、無人島での互いのルール無視の暴力行為、今回の軽井沢いじめ事件などだ。
ぶっちゃけ俺たちは不法行為を繰り返しすぎていた。
どっかでブレーキをかけないと崖の下まで突っ込んで行きそうだったからな。
伊吹が「は?」とドスの効いた声を出していたが今は無視する。
「本日この時をもって以前のお互いの問題行為を追及および吹聴しないこと。違反すると三百クラスポイントを相手のクラスに譲渡する。これを書面にして学校に提出して貰うことになる」
「全部水に流してしまうと言うことか」
龍園は俺の真意に気付いているのだろう。
愉悦の笑みが漏れ出してすごくキモかった。
これは俺が石崎たちに化けて無関係の生徒をボコッたり、無人島で龍園とアルベルトをボコッたりしたことを追及されないための取り引きだ。一応証拠は残していないが悪い噂を流されたりしたら面倒だからな。とき〇もでも爆弾処理は大変だっただろ?
龍園にとってもメリットはある。今回龍園が軽井沢にやったことは事が大きすぎる。軽井沢が声を上げればまず勝ち目はない。龍園は保険をかけていたが、その保険は軽井沢が開き直ってしまえば無用の長物と化すからな。
「これが最後の質問だ。お前らにはポイントを総取りするという選択肢があったはずだ。なぜそれを選ばなかった」
「その質問には複数の答えがあるが、まず一つ目はメリットよりもデメリットが多すぎる。今の俺たちがBクラス、あるいはAクラスに上がったところで、その地位を維持できるだけの地力を持っていない」
「だろうな。お前らのクラスが粒揃いであるのは認めてやるが」
一応龍園もDクラスのポテンシャルは気にしていたようだ。
「あまりにもまとまりに欠けているし、それなりの数の無能を抱えているのも事実だ。俺のように恐怖で躾けるか、一之瀬のようにヌルく縛るか、そのどちらもできないお前らが上がったところで、羊が狼に食い散らかされるだけだろうな」
無能という部分で平田が口を開きかけたが、空気を読んで結局は黙り込んだ。
「二つ目はリスクの分散だ。俺の推測が外れていた場合、一気に大量のクラスポイントを失ってしまう。赤信号はみんなで渡るものだろ?」
「いや、渡っちゃだめでしょ」
伊吹が小声で突っ込んだ。
「三つ目は軽井沢のためだ」
俺はしれっと言い放った。
Dクラスの仲間たちは誰一人として俺の発言を疑っていない。
あくまでも軽井沢のために行動している――と見せかけている。
「軽井沢の動画を撮ったらしいが、それをバラまけばペナルティを支払って貰うことになる」
「元々そんなつもりはなかったんだがな」
龍園もしれっと言い放つ。
「礼司君がCクラスに取り引きを持ち掛けたのって、軽井沢さんのためだったんだ」
「そうだったんだ……それも知らないで、あたしって勝手なことばかり言って……」
桔梗が純粋に驚いていた。
軽井沢も感動して目に涙を溜めている。
もちろん、そんなことはない。軽井沢の存在はただのフェイクだ。
「田中君、ごめんね」
「気にするな。同じクラスの仲間だろ」
「田中君!」
軽井沢が俺の腕に抱き着いて涙を押し付けていた。
感動的な場面だな。お前はせいぜい俺の隠れ蓑になってくれ。
「茶番だな」
龍園はそれを喜劇でも眺めるように見詰めていた。
それからアルベルトに視線をやる。彼は懐から複数の携帯電話を取り出した。
こちらは平田が携帯電話を取り出した。
「今回の取り引きでは可能な限り全てのグループを裏切りによって終了させる」
「当然だな。裏切者を一人も出さずにクリアすれば全員にプライベートポイントが配布されるがクラスポイントは支給されない。上位クラスにプライベートポイントをくれてやる義理もなければ、クラスポイントが増減しない結果なんて興味もない」
龍園が偉そうに腕組みをしながら頷いた。
「だが、それでは自分のクラスの優待者も捨てることになるが?」
「それはCクラスとDクラスで相殺される。取り分は減るが許容範囲だ」
「得られるポイントは百から二百ポイントになるぞ。それでいいのかよ?」
「互いの優待者を残しておく方が問題だ。残り時間で上位クラスが答えに辿り着けば上位クラスの出血量が減ってしまう。それに最後にそっちが裏切ってこない保証もないからな」
「正解だ。手を組んだからと言って、油断して背中を見せないところは好感が持てるぜ?」
当たり前だろうが。誰が信用するかよ、この蛇が。
試験終了直前にDクラスを切る選択肢をくれてやる理由もないからな。
「交渉成立だな。鈴音。書面を出してくれ」
「ええ、わかったわ」
鈴音が封筒から二枚の書類を取り出す。
鈴音の手書きである。育ちの良さを感じさせる綺麗な文字が並んでいる。
今回の取り引きの内容と条件である。学校側に提出する書類だ。
「準備がいいな」
龍園はざっと内容を改めて、問題はないと頷いた。
二枚の書類に俺の名前、龍園の名前を記入して、互いにそれを持つ。
あとはそれを念のためコピーを取ってから互いの担任に提出するだけだ。
「混乱を招かないように、すでに終了したグループから順番に処理していこう」
「そうだな。まずは猿グループだ。そっちに心当たりは?」
「高円寺が解答したらしい。おそらく正解しているだろう」
「ならそっちの取り分に加点させて貰う。構わないな?」
俺は頷く。
取り引きとは公正でなければならない。少なくとも表向きには。
「牛グループ。これはこちらは関与していない」
「信じて貰えるとは思わないが、牛に関しては俺も知らねぇな」
「信用するしかないな。そうしないと話が進まない」
結果、牛グループは無視することになった。
「次は兎グループだ。軽井沢のところだな」
綾小路のグループでもある。
原作では電話のすり替えによって相手のミスを誘発させて勝利をもぎ取っていたが、今回は軽井沢が龍園に泣かされて負けてしまっている。
「こっちの加点だ。これで半々だな」
これですでに解答されているグループの処理は終了した。
ここからは他のグループの解体作業だ。
「干支の順番で回すか」
「それでいいぜ」
試験の答えも干支の順番が関係していた。おあつらえ向きと言うやつだ。
「まずは鼠グループからだ。先手は譲ろう。大して意味はないが」
「意味はないと言うが、先手有利だぞ」
「五十ポイントぐらいくれてやる」
「感謝はしないぜ?」
十二支で俺たちが関与していないのは牛グループだけだ。
残る十一グループを山分けすると先手を取った方が取り分が増える。
だが、これには理由がある。
「伊吹。お前がやれ」
「……なんで私が」
龍園に声をかけられ、伊吹が面倒そうにアルベルトから携帯を受け取る。
伊吹は俺と龍園をチラチラ見ながら携帯を操作して優待者の名前を入力した。
『鼠グループの試験が終了いたしました』
船内に放送が響く。
始まった。傍で見ていた誰かが生唾を呑み込む音が聞こえた。
「次はそっちの番だ」
「牛グループの試験はもう終了している。その次の虎グループに移ることにする」
俺は自分の携帯を取り出した。
平田が用意した携帯ではないのかと、龍園が疑問を浮かべている。
「ちゃっかり自分の懐に入れるつもりか?」
「俺の取り分は四十万プライベートポイントだ。それはすでにクラスの了承を得ている」
クラスのと言っても平田から許可を貰っただけだが。
「部屋代のことか」
龍園もある程度は事情を知っているらしい。
俺は須藤のせいで個室に移らざるを得なかったと言うことになっている。
部屋代は三十万ポイントだから、十万ポイント水増し請求しているのは内緒だ。
誰かさんが弁償してくれないせいで、壊された骨董品ちゃんを新調しないといけないからな。
俺は専用ページのフォームから神室の名前を打ち込んで送信する。
『虎グループの試験が終了いたしました』
次はCクラスのターンだ。
伊吹が「あんたがやりなさいよ」と龍園に文句を言いながらも携帯を操作した。
『竜グループの試験が終了いたしました』
竜グループの優待者は桔梗だ。
これでDクラスはマイナス五十クラスポイントだが、こちらもCクラスから奪い返すから帳尻は合ってくる。
次はDクラスのターンだ。
「平田。頼む」
俺は平田に目配せする。
「う、うん」
平田が操作している携帯は各グループの友人たちから預かってきた信頼の証だった。
桔梗のコミュニケーション能力は群を抜いているが、流石に男子の携帯を集めるのは難しいだろう。男子の携帯ってエロ画像とか入ってたりするんだよな。エロサイトのブックマークとかも。そんなもん女子に渡せるかという話だ。
平田だからこそすべてのグループから携帯を集めて来ることができたと言える。
「ごめん、みんな。少し待って欲しい」
平田の手は震えていた。無理もないが。
「ふん。下っ端の仕事すらできないのかよ」
龍園が小馬鹿にするように鼻で笑った。
下っ端の仕事と言われて伊吹が半眼になっていたが、それはそれとして。
優等生然とした平田は龍園の嫌いなタイプだろう。そんな奴に時間を無駄にされれば嫌味の一つぐらい出てくるか。
とは言え平田にかかるプレッシャーは相当なものだ。
流石に一回で五十クラスポイントが動くとなると手が震えるのも理解できる。
「鈴音。代わってやってくれ」
「わかったわ。平田君。貸して」
「……うん。ごめん」
鈴音が短く頷いて、平田から半ば奪い取るように携帯を手にする。
しばらくすると船内からアナウンスの放送が聞こえてきた。
たまに自分のクラスの優待者がいるグループに当たったが、順番を入れ替えて処理をする。時には俺と龍園が指示を挟みながら鈴音と伊吹が携帯を操作した。
次々に試験終了の放送が流れる異常事態に、船内の空気がざわつき始めていた。
何かが起こっている。どんな馬鹿な生徒であれ、それぐらいはわかる。
教師に見付かれば注意されるのを承知の上で、船内を走り回って状況を把握しようとしている生徒もいるようだ。
おかげで俺たちのことはすぐに割れた。
数人が展望デッキを覗き込み、携帯で連絡を取り始めたからだ。
「礼司君!? 何やってるの!?」
隠しているわけではなかった。
展望デッキは公共スペースだ。封鎖するわけにもいかないからな。
駆け付けてきたのはBクラスの帆波だ。後ろから神崎たちが追い付いてくる。
「あれはCクラスの龍園と……誰だ?」
「Dクラスの田中だ。あのハーレムクズ野郎の」
「たしかタナカスと呼ばれているらしいぜ。どうする? 葛城を呼んでくるか?」
「いや、放っておこう。どうやらもう手遅れのようだ」
「これで葛城も終わりだな」
Aクラスの奴らもやって来たが、外野が何を言っても聞くに値しない。
葛城の失脚が確定したことを喜んでいるAクラスの男子がいたが今はどうでもいい。
「龍園。次はそっちの番だぞ」
「急かすなよ。もっとこの状況を楽しませろ」
龍園は泡を食っている他クラスの様子を楽しんでいる。
伊吹が呆れた目をして、付き合ってられるかと先に携帯に入力した。
『犬グループの試験が終了いたしました』
聞きなれた音声の放送が鳴り響く。
「礼司君! これって、どういうこと!? Cクラスと手を結んだの?」
帆波が叫んでいる。
俺は振り返らなかった。
「鈴音。次で最後だ」
「そうね。指が疲れたわ」
最後の入力。干支の終点、猪の試験が終了した。
「……礼司君」
帆波は捨てられた子犬のような目を俺に向けていた。
その顔には裏切られたと書いてある。
心が痛んだ。
一之瀬帆波なんて、いずれレイプするだけのキャラクターのはずなのに。
Bクラスの男子が怖い顔をして距離を詰めてくる。
「DクラスはBクラスと協力関係を結んでいたはずだ」
「そうだな。それがどうした?」
神崎が俺を睨み付けながら、語気を強めて言い放った。
「なぜ裏切った?」
「裏切ったつもりはない。俺はBクラスとはこれからも仲良くしたいと思っている」
まぁ、無理だろうが。
「ふざけるな! 誰が背中を刺してくる奴と仲良くできるか!」
神崎が大声で俺を罵った。
流石にそこまで都合よくはいかないか。
これでBクラスとの同盟はご破算だ。
でもまぁ、俺は前から思っていたんだ。
Bクラスって何の役に立つの?
須藤事件での助力もぶっちゃけ不要だった。
「田中。俺はお前のことを見誤っていたようだ。悪い噂は多くても一之瀬に目をかけられているから、実際はいい奴なのだと思い込んでいた」
節穴だな。実際はただの強姦魔なのだが。
「一之瀬。こんな男とはさっさと別れた方がいい」
「……神崎君」
神崎は言うだけ言うと一人で船内に戻っていった。
帆波はそれを悲しそうに見送っていた。
「一之瀬。俺を恨むか?」
わざと苗字で呼ぶ。すると彼女の顔がますます泣きそうになった。
柴田を含む残っていたBクラスの生徒が俺を睨み付ける。
「恨んでないよ、礼司君。だってこれは、クラス対決だから」
「甘いな。後悔するぞ」
俺は腰を上げる。
茶番は終わりかと龍園もベンチから身を起こした。
「いい取り引きだったぜ。また機会があれば頼むかもな」
「こちらこそ交渉に応じてくれて感謝する。握手でもするか?」
「やめろ。野郎と握手をする趣味はない。お前の握力で手を潰されても困るからな」
俺は肩をすくめてから展望デッキを去るように歩き始める。
Dクラスのクラスメイトも俺を追ってきた。
展望デッキの入口にいた見物人が俺を恐れるように左右に割れる。
「礼司君っ!」
背中に帆波の声が浴びせられる。
「私、大丈夫だから! 次に一之瀬なんて呼んだら怒るからねっ!」
甘いな。だが、それでこそ一之瀬帆波だ。
俺は振り返らずに片手を上げて、帆波の前から姿を消した。
今の帆波に俺がかける言葉なんてないからな。
嫌われることも覚悟していた。関係が終わることも想定していた。
だから彼女の言葉が俺を救ったのは確かだった。
「礼司君、笑ってる?」
「笑ってない」
すかさず気付いた桔梗に俺はすぐさま否定を返した。