ようこそ強姦魔のいる教室へ 作:生太郎
夏休みって、最高だな。
社会人をやったことがあるからこそ、その有難みが身に染みる。
昼まで寝られることの素晴らしさ。それが毎日続くのだ。学生万歳。
……と思っていたのだが。
「あの。堀北さん」
「鈴音よ」
トントンとまな板を叩く音がする。
午前の十時過ぎに俺の部屋を尋ねてきた鈴音は、俺の頭についている寝ぐせを軽く睨んでから、ずいと部屋の中に押し入ってしまった。
「鈴音さんや。あんた何してんの?」
「お昼ごはんを作ってるわ」
俺の部屋の台所で。
夏休みの初日から。
「いや、あの、無理しなくても、いいよ?」
「無理なんてしていないわ。好きな人のために料理を作るのは苦にはならないから」
「アッハイ」
それ以上、何も言えなくなる。
愛が重い……と言うか、束縛されているような気がする。
「それと礼司君。夕食は食べたいものはあるかしら?」
「何でもいいよ」
「そう言うのが一番困るのよ」
文句を言いながらも鈴音の頬は緩んでいた。
いや、追い返すのも悪いからな。
にしても、いきなり何なんだ。胃袋をつかむ作戦でもやっているのか。
「そう言えば礼司君の好きな食べ物って聞いたことがなかったわね」
「ハンバーグ!」
「子どもじゃない」
そうだよ。男ってのは何歳になってもガキなんだよ。
「それなら夕食はハンバーグにしましょう。食材の買い出しに付き合ってくれるかしら?」
「別にいいけど今日はどうしたんだ? 何かあったのか?」
「礼司君に一つも心当たりがないなら、私は大声を上げて泣きわめくわよ?」
「……めんご」
波瑠加のことか。あとは軽井沢。
ひよりと伊吹のことは隠しているが、それでも俺の周りに急に女が増えたことで鈴音は焦りを感じたようだ。
「礼司君。常識的に考えて」
「強姦魔に常識を求めるのん?」
「複数の女性と交際しているなんて普通ではないのよ?」
「強姦魔って時点で普通じゃないのんね」
「どうやら背中を刺される覚悟はあるらしいわね」
鈴音が包丁を俺に向ける。冗談でも人に刃物を向けるのはやめようね。
と言うわけで昼食後。
二人でだらだらとワイドショーを見てから三時前にスーパーに出かけた。タイムセールがあるらしい。
鈴音は買い物用のマイバッグを腕に下げていた。
有料であるビニール袋の代金を節約するためだろう。
「特別試験のおかげでポイントには余裕があるけど、夏休みはまだまだ長いから削れるところは削っておきたいのよ」
こいつ……毎日来るつもりか?
重すぎる愛情に胸焼けして逃げたくなった。逃げないけど。
「……あ」
上機嫌に歩いていた鈴音の足が止まる。
先から歩いてくるのは夏休みなのに制服を着た男子生徒。
冷徹な目をしていて眼鏡をかけている。
堀北鈴音の兄、生徒会長の堀北学だった。
「……兄さん」
「田中礼司か。一度、話をしたいと思っていた」
会長の視線は妹を素通りしていた。
相手をする価値もないと言うように鈴音のことを無視している。
「俺は話すことなんて――」
言葉の途中で会長が拳を放ってくる。
話をしたいと言っただろうが。肉体言語かよ。
周りには誰もいない。ちょうど監視カメラの死角だ。
その上で第三者に目撃されたとしても問題ないと判断したのか。
「手加減ゼロかよ!」
ノーモーションの軽いジャブだ。
だが、風を切る音はさながら刃物のようだった。
会長の拳を避けた。すぐさま上段蹴りが飛んでくる。
スウェーで躱して距離を取る。
会長が体勢を整える。
「ふっ」
短い呼気の後、中段突きが放たれた。
鋭い踏み込みによって、会長の姿が一瞬見えなくなるほどだ。
強い。だが、綾小路以下だ。この程度では脅威にはならない。
中段突きを受け流し、その隙に脇腹に掌底を叩き込む。
衝撃が内臓まで通り抜けて、会長が「こふっ」と咳込んだ。
「やるな」
会長がよろめきながら後退する。
息吹という呼吸法で乱れた息を整えていた。
「会長。もうやめませんか」
「まだお前の底は見えていない。続けるぞ」
結果が見えてしまった俺は会長に進言するも、会長は取り合わずに距離を詰めてきた。
拳を弾いた直後、俺の視界が逆さまになった。胸倉をつかまれて投げられていた。
いや、違う。投げられてやったのだ。
俺は空中で身体を回転させて会長の腕に抱き着いた。
互いの身体が地面に落ちる。
俺の飛び付き腕挫ぎ十字固めが会長に決まっていた。
「なるほど。これは抜けられないな」
「腕を壊されたくなければ降参して下さい」
「お前に俺の腕を壊す覚悟があるのか?」
俺は答えず、抱き締めていた会長の腕を引いた。
会長の肘からミシミシと明らかにヤバい音がし始める。
鈴音が「ひっ」と息を呑んだ。
目の前で兄がぶっ壊されるなんて想像したこともないだろう。
「参った。降参だ」
俺は十字固めを外した。
会長はぶらぶらと手を振って腕の状態を確かめている。
「兄さん、大丈夫!?」
鈴音が兄に駆け寄った。
しかし会長は冷たい目で妹を一瞥して、その動きを止めてしまう。
「噂以上の実力だな。田中礼司。生徒会に入るつもりはないか?」
「ないです」
即答する。いや、だって面倒そうじゃん。
と言うか、なんで今の流れで生徒会に勧誘してくるんだ。
倒したら仲良くなるなんてゲームのイベントかよ。
「どうやら完全に入る気はないようだな。残念だ」
「お詫びと言っては何ですが、南雲がウザかったらその時は潰してあげますから」
「気付いていたか」
会長が嘆息する。
たしかこの人って二年の副会長と対立していたんだよな。
「お前は南雲の方針を否定するということだな?」
「いや、方針とかよくわかんないので。人間的に嫌いなだけですよ」
イケメンで女好きとか、問答無用でギルティだろ。
「それで構わない。主義思想は変えられるが、生理的な好悪はどう足掻いても変えられない。お前はいずれ南雲とぶつかるだろう。今回それがわかったのは収穫だった」
「あんま期待しないで下さいね」
「元よりそのつもりだ」
鈴音は俺たちの会話に入れず、不安そうにおろおろしている。
会長との会話はやがて先ほどの勝負へと移っていった。
「飛び付き十字固めだな。柔道でも習っていたのか?」
「夜の寝技は得意なので。なぁ、鈴音」
「え、えっと、そうかしら?」
鈴音は俺のキラーパスを処理できず、頬を染めて言葉を濁す。
会長は意外なことに、そんな俺たちを淡く微笑みながら眺めていた。
そんな表情もできるんだな。正直なところ予想外だったが――。
「鈴音。悪いことは言わない。この男と別れろ」
バッサリと俺たちの関係を断ち切ろうとしてきた。
あ、あれぇ?
何でだよ。さっきは生徒会に誘ってきたじゃん。友好的に笑ってたじゃん。
俺のことを評価しているのに、いきなり別れろというのは脈絡がなさすぎるだろ。
「えぇぇ……?」
鈴音にしても会長の表情と言動が一致しない上に、今まで己を邪険にし続けていた兄の発言に困惑するしかない。
会長は鈴音を冷たく見据えながら言う。
「お前は父と母に顔向けできるのか。恋人が複数の女性と交際している。自分はその中の一人だと説明できるのか」
おもっくそ正論だった。ごめんよ。ごめんやで。
会長が心配するのもよくわかる。
俺が鈴音のご両親だったら、札束を積んで泣きながら土下座して別れさせようとするだろう。
「ごめんなさい、兄さん。私は彼と別れるつもりはないわ」
「両親を泣かせることになってもか?」
「……ごめんなさい」
会長は信じがたいものを見る目をした後で「突き放しすぎたか」と呟いた。
「鈴音。覚悟はできているんだな?」
「……あの、兄さん。両親にはこのことは」
「お前は馬鹿か。俺の口から言えるわけがないだろう」
会長は先ほどの戦闘のダメージが残っているのか、ふらつきながら立ち去ろうとする。
その途中で思い出したように振り返った。
「田中。来週の半ばに佐倉愛里が戻って来る」
「佐倉が?」
佐倉は俺のうっかりミスでストーカーにレイプされた。
そのことで俺は胃に穴が空きそうになるほど責任を感じている。俺にできることがあるなら助けになってやりたいとも思っていた。
「詳細は担任に聞け。お前自身が能動的に動かなければ何も教えてくれないだろう」
「でしょうね。情報提供に感謝します」
「それと生徒会に入りたいなら何時でも歓迎させて貰う。気が変わったなら連絡しろ」
会長が連絡先が書かれたメモ用紙を手渡してくる。
俺はそれを受け取りながら、念のため再確認してみた。
「生徒会は考えておきますけど、妹さんとのお付き合いは?」
「別れろ」
何でやねん。
会長は今度こそ去っていった。
「礼司君。言いたいことはあるかしら?」
鈴音が俺を睨んでいた。
いきなり兄貴と喧嘩を始めた上、会話でも蚊帳の外に置かれていたのだ。
鈴音は兄を追ってこの学校に来たらしい。意外とブラコンなのかもな。
俺は誤魔化すように笑顔で言った。
「鈴音。ハンバーグ食べたいな」
「お惣菜でもいいかしら?」
鈴音は満面の笑みを浮かべて答える。
「ははは、も、もちろんだよ。最近のスーパーの総菜は普通に美味しいからな」
「それならカップラーメンでも許してくれる?」
それもう料理じゃねぇ。
でも俺は何も言えない。目の前で兄貴をボコッてしまってめんご。
と言いながらも鈴音はちゃんとスーパーで合い挽き肉を買ってハンバーグを焼いてくれた。いい女すぎて泣けるぜ。
ところで俺は気付いたことがある。
嫌いなことは早く終わらせるべきだ。これは世の真理である。
例えば夏休みの宿題を最終日まで残したところでいいことなんて一つもない。
洗濯が面倒だからと後回しにしていたら異臭が服に染み付いて取れなくなる。
ソシャゲのイベントは初日から走っておかないと最終日までに間に合わない。
まぁ、あれだ。
世の中、要領よくやっていこうと言うことだ。
とは言え例外もある。
「もうマジ無理。レイプしよ」
俺の横でぶつぶつ言っているジジイである。
こいつは事あるごとに俺に女をレイプさせようとするクソ野郎だ。
うるさいので静かにして貰うために思わず女をレイプしたくなる。
だが、それは罠だ。
レイプすると次のレイプを要求される。
さながらブラック企業のごとく。仕事は終わらない。残業手当も出ない。
だからギリギリまで耐えなければならないのだ。
「レイプしよ?」
しない。
俺はジジイの言葉を聞き流す。
コンビニ帰りの俺の視線の先。おっぱいを揺らしながら駆け寄ってくる女子がいた。
「礼司君っ! 奇遇だね!」
「汗だくになって待ち伏せしているのを奇遇と言うならそうなんだろうな」
「えっ、うそ!? 私、汗臭い!?」
学生寮の前だった。
真夏である。
本日は三十五度オーバーの猛暑日だった。死人が出るぞ。
帆波はくんくんと自分の胸元を嗅いでいる。
なぜか気合が入った格好をしていたが、それも汗で濡れて肌に貼り付いていた。
「用事があるならメールしろよ。何のための文明の利器だよ」
「それは……えっと、ごめん、忘れてたかも。あははは……」
帆波は力なく笑う。
大方、不意打ちでもしようと思ったのだろう。
相手の予想外のところから現れて主導権を奪うのは色んな場所で使えるテクニックだ。
帆波は作戦が失敗したせいで落ち込んでいる。ここは一つ慰めておくか。
「可愛いじゃん、その服。どうしたんだ?」
「そ、そう? ケヤキモールで買ってきたんだけど似合ってる?」
「似合ってる似合ってる。帆波の素材のよさが引き立ってる」
「それは言い過ぎだよ。もう。礼司君の女たらし」
帆波はホッと胸を撫でおろしている。
コロコロ表情が変わるのが面白かった。
「ねぇ。レイプしよ?」
しない。
「で、どうしたんだ? 場所を変えるか?」
「ううん。ここでいいよ。すぐに終わる話だから」
なおさらメールでよかっただろうと思ったが話が進まないので黙っておく。
帆波とこうして顔を合わせるのは船上特別試験の夜以来だった。
こいつは試験の翌日からなぜか毎日のようにメッセージアプリで話しかけてきて、しかもその内容が物凄くどうでもいいことばかりなのだ。正直めんどいので既読無視したいところだが帆波の泣き顔が頭に浮かんでついスタンプ押してしまう俺だった。
話を戻そう。
「礼司君って占いに興味ある?」
「ないです」
完全にゼロってわけでないが、ジジイのせいであまりオカルトには関わりたくない。
「……そ、そっか。ごめんね、変な話しちゃって」
帆波はがっくりと肩を落としていた。
普通に選択肢ミスったわ。これがエロゲならロードしてやり直すところだ。
まぁ、今からでもフォローしておけば問題ないだろう。
「そう言えば、よく当たる占い師が来てるんだろ?」
「うん。そうなんだけど、興味ないって言ったのに知ってるんだね」
恨めしげに睨まれる。
知ってるというか、原作にそんな話があったなと思い出しただけである。
占いか。
あわよくば神の殺し方とか教えてくれないかな。まぁ無理だろうが。
「一緒に行くか?」
「さっき興味ないって言ったよね!?」
「占いには興味はないが、帆波とのデートなら興味はあるかな」
「……あぅ」
帆波は顔を真っ赤にしてふらついている。熱中症かな。
「レイプするなら今でしょ!」
今じゃない。
「帆波。部屋に戻った方がいい。熱中症で倒れるぞ」
「う、うん。心配してくれるの?」
「当たり前だろ。言わせんなよ」
帆波は照れたように俯いた。
一瞬だけ会話が途切れる。微妙な空気になった。
「じゃ、じゃあ、明日とか空いてるかな?」
「暇だから何時でもいいぞ」
「それなら昼過ぎにロビー集合ね。一時頃でいい?」
「オッケーだ」
俺たちは同じエレベーターに乗り込んだ。
帆波は上機嫌に鼻歌を口ずさんでいる。リズム感ゼロの、たぶん即興の曲だ。
密室で二人きりだった。
折角だから、もうちょいフォローしておくか。
今のこいつは俺との距離感を見失っているみたいだ。精神的なバランスを欠いている。
特別試験での敗北でクラスでの立場も危うくなっているのかもな。
「帆波」
「え、どうしたの?」
俺は帆波を抱き寄せてキスをした。
「……あっ」
帆波の身体がカチコチに固まり、目を見開いて驚いている。
唇を離した。
帆波は熱に浮かされたように、ぼうっと俺を眺めている。
「じゃあな。また明日」
「はわっ、あわわっ! それは反則だよ、礼司君!」
声をかけると帆波が再起動した。
狼狽する彼女を置いてエレベーターを後にする。
「レイプすればよかったのに」
「よくない」
エレベーターの中にも監視カメラがある。
映像を差し替える準備もしていないのにレイプすれば一発で逮捕だ。
ジジイの方もまだ大丈夫そうだな。ギリギリまで粘ってみるか。
ケヤキモールの五階。
占い師のいるフロアに到着する。
「うわぁ。すっごい並んでる」
帆波が行列に目を驚かせていた。俺はうんざりする。
占いなんて一分や二分で終わるものとは思えない。ざっと計算してみて三十分待ちだ。
「カップルばっかりだね。うわ、あの二人ってデキてたんだ。うわ、うわぁ」
帆波が列に並んでいた一組の男女を見てびっくりしていた。
俺はあんま興味なかったので携帯をポチる。
知らない奴らの恋愛事情なんて聞かされても反応に困るんだよな。
「あ、あれ? 一之瀬さんと、タナカス……田中君?」
そのカップルは俺たちを見て驚いていた。
自然にタナカスって言いやがったぞ、こいつら。
こっちはチート聴力だからばっちり聞こえているんだからな。
「あの。一之瀬さん。田中君とまだ付き合ってるの?」
「そうだよ。噂は間違いだから、あまり踊らされないでね?」
「そうなんだ。ごめんね」
そのカップルとは距離が離れていたので会話はそれで終わった。
俺は引っかかった点を帆波に尋ねる。
「噂というのは?」
「聞かない方がいいと思うよ?」
「勿体ぶった言い方をされると余計に気になるんだが」
「あはは、だよね。まぁ礼司君なら問題ないか」
帆波が笑いながら言う。
俺なら……って、他の奴なら傷付くような噂ってことかよ。
「えっとね。礼司君が私のことを散々弄んでから捨てたって噂なんだよね」
なんだそりゃ。
百パーセント俺が悪いみたいなことになっている。
「おかげで男子から告白されたりして、いい迷惑だよ」
帆波が傷心していると決めつけて、そこに付け込もうとしているのだろう。
そいつらはクズだな。俺が言えることではないが。
俺がそんなことを考えていると、帆波が「えいっ」と俺の腕に抱き着いてきた。
「こうしてると私たちもカップルに見えるかな?」
「一応付き合ってるだろ」
「一応は余計だよ」
頬を膨らませて睨まれる。
と言っても俺たちはまだ偽装カップルだからな。
千尋ちゃんの目をごまかすために付き合ってるフリをしているだけだ。
「ところで礼司君はここの占い師についてどれだけ知ってるの?」
「よく当たるってこと以外はまったく」
原作知識もその辺りは記憶から吹っ飛んでる。
綾小路と伊吹が占いの帰りにエレベーターに閉じ込められたエピソードの方が印象深かった。
「色々やってるみたいだけど、天中殺って言うのがよく当たるらしいよ」
「天中殺? ゲームの必殺技みたいだな」
俺は行列の暇潰しに携帯で検索をかけてみた。
天中殺とは天が味方をしてくれない時期のことらしい。
誰にでも十二年に二年ずつ、十二か月に二か月ずつ天中殺がやって来る。
この時期は運が悪く、よくないことが起こったり、失敗ばかりしてしまうという。
「占いなんてどうせコールドリーディングとかバーナム効果だろ」
「礼司君。それを言ったらおしまいだよ」
帆波は少しムッとして俺に言い返す。
まぁ、俺も占いを全否定しているわけではない。
俺の存在自体がオカルトの塊だからな。あとジジイとか。
「帆波は占いとか信じるタイプ?」
「どちらとも言えないかな。いい結果が出たら素直に喜んで、悪い結果が出たら頑張って忘れるみたいな」
「なんだそりゃ。自分に都合のいいツールじゃねぇか」
「言いえて妙だね。でも女の子ってそんなものだと思うよ」
すべての女子を代表するような言い方だった。
女ってのは強かだ。それはここ数か月で骨身に染みている。
雑談しているうちに列の前まで進んでいた。俺たちの順番がやってくる。
それっぽい天幕の中に入ると、フードを被った怪しげな老婆がいた。
雰囲気のある薄暗い一室に丸いテーブルがあり、水晶玉が置かれている。
料金は色んなコースがあるが最低でも五千ポイントだった。
「まずは料金の支払いを」
そう言ってカードリーダーを出されるので、俺は支払いのできる学生証を取り出した。
臨時収入があるとはいえ、五千ポイントは結構痛いな。
鈴音とか桔梗には黙っておこう。言ったらあいつらも連れて来ないといけなくなる。
「プランはどうする?」
「あ、相性占いとか……」
ごにょごにょと語尾が小声になる。
話題に上がった天中殺ではないようだ。
「相性占いか。まぁ、それでいいか」
特に興味はなかったので帆波に任せることにした。
「あ、ここは私が出しておくね」
「頼む」
こいつは金持ちだから別に構わないだろう。
と思っていると、帆波が「なんか違う」みたいな顔をして俺を見詰めてきた。
ヒモを養っている女みたいだな。
カードリーダーがピッとした後。
「まずはお二人さんの名前を教えて貰おうか」
占い師が俺たちに質問する。
名前とか年齢、基本的なことを説明していく。
老婆は「むむむ」と唸り声を上げた。
「相性は悪くはない」
「本当ですか!」
パッと嬉しそうな顔をする帆波。
でも、占い師は『相性は』って言ったよな。含みを持たせてるんだけど。
「だが、お主は喜びや楽しみの代わりに、痛みや悲しみを背負うことになるだろう。それを不幸と受け取るかはお主次第だが」
「え?」
「なんか嫌な感じだな」
「そ、そうだね。でも相性は悪くないんだよね。相性は……」
帆波は自分に言い聞かせようとしていた。
先ほどの話のように自分に都合のいい結果だけを抜き取ろうとしているのだろう。
次に占い師は俺の方を向いた。
「お主は周りの女に不幸をばら撒く疫病神だな」
「……うわぁ」
帆波がドン引きしている。
いや、当たってるよ。当たってるけどさ。
もしかしてこの婆さん、本物か?
「そして、よくないものにも憑かれていると見える」
「わかるのか!?」
「ああ。白いヒゲのようなものが見える。老人のようだ。強い力を持っている」
マジかよ。見えるのか。
老婆は水晶玉に手を置いて、難しい顔をして唸っていた。
ところで、こんな言葉がある。
――深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。
なぜいきなり、こんな言葉を引っ張り出してきたかと言うと。
「……レイプ」
「え?」
老婆がボソッと呟いた。帆波が耳を疑っている。
すると突然、老婆が髪を振り乱して狂ったように叫び始めた。
「レイプじゃ! レイプ! レイプするのじゃ!」
「な、なにっ!? 何なの!?」
「レイプ! レイプ! レイプ! よろしい、ならばレイプだ!」
「きゃあぁぁっ! このお婆さん、頭おかしいよ!?」
外まで響く大声だった。天幕の外もざわついている。
帆波は怯えて俺の腕に抱き着いてきた。
「帆波、出よう」
「う、うん!」
俺はそう言うしかない。
せっかくの手がかりが廃人になってしまったのは残念すぎて泣きたくなる。
速足に逃げ出す俺たちと入れ替わりに、係員が天幕に入っていく。
「先生! 何言ってるんですか! まずいですよ!」
「一心不乱のレイプを! 鉄風雷火のレイプを! 三千世界のレイプを!」
「救急車! 救急車を呼んで! 早く!」
黄色い救急車の方だろうな。あれって都市伝説らしいけど。
「どうしたのかな。途中まではちゃんとしていたんだけど」
帆波が天幕の入口を心配そうに眺めていた。
占い師のことを心配しているようだ。俺とは違って優しい奴である。
「占い師もストレスとかで大変なんだろ」
「そうなのかなぁ」
そう言うことにしておいた。
帆波は釈然としない顔をしていたが、考えても答えが出てくる話ではない。
俺の背後霊のせいで占い師が発狂したなんて誰が信じるかよ。
「うーん。なんか残念なことになっちゃったな」
「時間も中途半端だし、映画でも見てから帰るか」
「うん! 私、気になっていた恋愛映画が――」
「ロボシャークVSゾンビシャークにしようぜ」
「……う、うん」
なお、普通にB級映画は面白かった。
事前に調べていたからな。デートスポットの下調べぐらい俺でもする。
恋愛映画がレビューサイトで低評価だったのはリサーチ済みだ。
「ナチスの科学者の人、途中で死ぬと思ってたのに、ちゃっかり生き残ってたよね」
「ヒロインっぽい女があっさり死んだのは意外だったな」
「だよね。しかも誰も悲しんでないし、みんなひどくない?」
帰る頃にはすっかり笑顔になっていた帆波を、たぶんBクラスの生徒が睨んでいたのが気になったが、めんどいので放置しておくことにした。