※この作品はR-18です。

ようこそ強姦魔のいる教室へ   作:生太郎

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34話

 坂柳、入院しちゃったよ。

 もう一生入院してろよ。頼むから出て来ないでくれ。

 

 と言うか、知らない番号から何度も電話がかかってきてるんだけど。

 チャットのメッセージも大量に送られてきている。

 坂なんとかさんだった。はは……目が疲れてるのかな……。

 

『神室さんからお聞きしたのですが』

『心臓マッサージをする際に、私の上着を脱がせたそうですね』

 

 あー! あー! 聞こえなーい!

 

 スタンプをポン。これで既読無視ではないな(コミュ障)

 

『大事を見て三日ほど入院する予定です』

『ちゃんと電話に出て下さいね』

『念のため番号をお伝えしておきます』

『XXX-XXXX-XXXXです』

『これで次からは無視できませんね』

 

 うぜぇ。

 こっちの返事も待たずにポンポン送ってきやがって。

 野獣先輩のスタンプでも押してやろうか。

 

『礼司君は今何をしていますか?』

『私は先日の棋譜を並べています』

『入院生活は暇です』

『構って下さい。さもないと泣きます』

『本当ですよ?』

 

 俺はテーブルに携帯を置いた。ずっとブルブルし続けている。

 

 あと礼司君って何だよ。何時から名前呼びになってるんだよ。

 

「礼司君。ずっと携帯震えてるよ?」

 

 部屋でぐだぐだしている俺と鈴音と桔梗である。

 夏休みはこの三人で集まるのがテンプレになっていた。

 

「あ、また震えてる」

 

「怪しげな出会い系サイトに登録したせいだ。気にするな」

 

「出会い系!? 私がいるじゃない!」

 

 桔梗がテンパっていた。

 その間もひたすら続くバイブレーションに嫌気が差してくる。

 

 もういっそブロックしてしまおうか。

 そう思って携帯を手に取り、俺は眉根を寄せた。

 

 画面に表示されているのは坂なんとかさんとは別の名前。

 

「……佐藤か」

 

 俺の言葉に反応するのは桔梗である。

 

「え? 佐藤さんがどうかしたの?」

 

 俺は桔梗に見せていいのか一瞬迷ったが、携帯の画面を彼女に向けた。

 

「えっと……『みんなで一緒にプールに行こうよ!』って書いてあるね」

 

「なぜ礼司君を誘ったのか理解に苦しむわね」

 

 鈴音がよくわからない毒を吐く。

 俺がプールに誘われるのが、そんなにおかしいのだろうか。

 

「みんなって言うのは誰のことかな」

 

「佐藤さんと仲のいい女子グループではないかしら」

 

 俺がメッセージに返信をするより先に佐藤からチャットのルームに招待された。

 

 新規に作成した部屋のようだ。

 篠原、松下、森といった軽井沢の取り巻き女子たちが名を連ねている。

 

 佐藤か。

 俺にレイプされたのにクラスの集まりを主催するとは。

 言うほどへこたれていないのかもしれないな。

 

「あれ、軽井沢さんは入ってないんだ?」

 

「みたいだな」

 

「彼女は水泳の授業にも参加したことがないわ。金槌なのでしょうね」

 

 グループの中に軽井沢の文字が見当たらなかった。

 今回はプールだ。そりゃあいつは参加しないか。

 

 軽井沢は昔のいじめで、えっぐい古傷が脇腹に残っている。

 

「あ、平田君も入ってきたよ」

 

「お、平田大明神だ」

 

 女子だけでないことに安堵する俺だった。

 さすがに無人島みたいに男子一人にされても困るからな。

 

 困る……んだけど、えっと。

 

「男子が俺と平田だけなんだけど」

 

「今すぐグループから抜けなさい」

 

 鈴音が冷淡に言い放つ。

 

「どうして私たちは招待されてないのかな?」

 

 桔梗が不思議そうに首を傾げていた。

 

 女子の方も陰キャというほどではないが、波瑠加や井の頭ちゃんなどは招待されていない。

 

 しかし鈴音はともかく友達が多いはずの桔梗がハブられているのはおかしく思える。

 

 俺はとりあえず『女子ばかりだけど俺が参加してもいいのか?』と書き込んでおいた。

 話の流れで非参加になればラッキーと思いながら。

 

『僕も場違いじゃないかな?』

 

 平田の方も同じように思ったようだ。流石に居心地が悪すぎるよな。

 

『そんなことはないよ!』

 

『田中君と平田君はDクラスにとって特別な男子だからね!』

 

『むしろ招待しない方が失礼みたいな(笑)』

 

 女子の方は歓迎ムードだ。抜けられそうにない空気だった。

 

『平田君は何時なら大丈夫?』

 

『平日は部活だね。土曜か日曜なら空いているよ』

 

『田中君は?』

 

 桔梗がチラリと俺を見る。どうしろってんだ。

 

『毎日が日曜日だ』

 

『マジで! うちも同じだけど!』

 

『即答するなよwwwちょっとは恥ずかしがったらwww』

 

『眩しすぎて平田を直視できない』

 

『大丈夫だって。田中君のいいところは、みんなちゃんと知ってるから』

 

 シャーペンの芯がボキッと折れる音がした。

 鈴音がシャーペンの先端を参考書に突き刺している。

 

 おこである。やばたにえん。

 

「あ、ごめんご。わい、トイレ。ほな、また……」

 

「櫛田さん」

 

「ごめんね、礼司君。えいっ!」

 

 がしっと桔梗に抱き着かれる。反対側からは鈴音が抱き着いてきた。

 

「力任せに振り解いたら私たちは怪我をするかもしれないわ」

 

「ぐぬぬ。小癪な」

 

 弱者であることを武器にするとは、鈴音も手強くなったものだ。

 

「私たちも招待しなさい」

 

「そうだよ、礼司君。私もプール行きたいよ」

 

「プールなら別の日に行けばいいじゃん」

 

「仲間外れはよくないと思うな!」

 

 後日二人きりで行くプールよりも、俺に悪い虫がつくのを警戒しているようだ。

 

『堀北と櫛田も誘っていいか?』

 

 俺はみんなにわかりやすいように二人の苗字で書き込んだ。

 

 反応は様々だったが、どちらかと言えば反対意見の方が多そうだ。

 

『二人は何時も田中君を独占してるじゃん』

 

『だよね。たまには私たちにも田中君を分けて貰わないと』

 

 佐藤が中心になって、鈴音と桔梗の参加を妨害してきた。

 

 ぶっちゃけ俺はフツメンなのだが。

 顔なら幸村の方が整っている方だ。池と同レベル。山内よりはマシか。

 もちろん平田とは比べるべくもない。

 

 なぜ俺なのだろう。イケメンなら他にもいるのに。

 

 俺は文面を打ち込み、送信する直前で指を止めた。

 

『わかった。二人が参加しないなら悪いけど俺も参加できない』

 

 これを送っていいものか。

 クラスの女子から顰蹙を買えば、もう俺に居場所はなくなる。

 

 男子から嫌われている俺にとっては女子の支持が命綱だ。

 

「礼司君、私なら別に構わないから……」

 

「迷う必要はないでしょう。早く押しなさい」

 

 鈴音はセメントやね。

 わかってますよ。押しますよ。押せばいいんでしょう。でも駄目だったんですよ。

 

 ユニコォォォォンッ!

 

「もう。仕方ないわね」

 

 鈴音が俺の指を上から押した。あっ。押しちゃった。

 壊れちゃった。タナカスの気持ち。

 

『まぁ、田中君がそう言うなら』

 

『残念。ちょっと焼けちゃうな』

 

 佐藤が誤字っている。

 

 ともあれクラスの女子の大半が納得してくれたので助かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の午後。

 俺はある部屋の前にいた。

 

「先にも話したが、問題が発生すれば私の判断で面会を中断する」

 

「ファーストコンタクトは慎重にですね。わかってますよ」

 

 茶柱先生が緊張した様子で俺を見詰めていた。

 

 この接触が毒になるか薬になるか、それはどんな名医であっても判断はできない。

 

 先生がインターフォンのボタンを押す。

 

『……は、はい』

 

 スピーカーを通した声は緊張で震えていた。

 

「茶柱だ。事前にメールで連絡した通り、田中を連れて来た」

 

『……は、はい』

 

「お前に覚悟ができていないなら田中は帰らせる。どうだ?」

 

『大丈夫、だと、思います』

 

「そうか。ならば私たちはお前の心の準備ができるまで待たせて貰おう」

 

 ドアの前まで気配が来たが中々ドアは開かなかった。

 

 茶柱先生からの事前の説明では、病院でも男性の医者や看護師が近付けば悲鳴を上げて布団を被ったという。

 この部屋に来る時も、誰とも遭遇しないように深夜に隠れるように来たそうだ。

 

 夏休みの間に学校生活を送れないと判断されたら、強制的に退学にされるという。

 厳しい処置だが、それが本人のためだろう。

 加害者からも学校からも慰謝料が払われるらしいが、気休めにもならないな。

 

 十五分ほど経っただろうか。

 茶柱先生が「潮時か」と小さく呟いた直後。

 

 ドアが五センチだけ開き、佐倉が涙で濡れた顔を俺に見せた。

 

 悩んで悩んで悩み抜いて、やっとドアを開けたのだろう。

 

「佐倉。久しぶりだな」

 

「……は、はい。お、おひさしぶり、です」

 

「元気にしていたか?」

 

「……うっ、ひぐっ」

 

 その言葉が切っ掛けになった。

 佐倉が泣きながら崩れ落ちる。茶柱先生が咄嗟にドアを支えた。

 

「あっ、ご、ごめんなさい。ずっと会いたかったのに、怖くて。勇気が出なくて」

 

「勇気ならあるだろ。こうしてドアを開けてくれた。これで一歩前進だ。これってすごいことだと俺は思うぞ」

 

「う、うんっ。……うんっ!」

 

 佐倉は涙を拭いて俺と向き直る。

 重症ってほどでもなさそうだ。何よりも本人が前向きだからだろう。

 

 本来なら退学しても仕方ないほどの出来事だった。

 それなのに立ち上がって来れたのは佐倉本人の強さだ。それを俺は評価したい。

 

 ……まぁ、俺のうっかりミスでレイプされたんだけどな。

 

 茶柱先生と一緒に佐倉の部屋に通される。

 

「佐倉。お前は田中のことは平気なのか?」

 

「は、はい。そう、みたい、です」

 

 佐倉は茶柱先生が相手でも目を合わせられない。これは前からか。

 

「そうか。なら、そのうち手を繋げるようになればいいか」

 

 俺が手をひらひらさせて言う。

 今日は無理だろうが、いずれは慣れて貰わないとな。

 

 外で男を見かける度に悲鳴を上げて逃げていたら日常生活は送れない。

 俺で慣れて貰えればそれでいいかなと思っていると。

 

「あ、あの、たぶん、大丈夫です」

 

 佐倉がそう言って俺の手を取った。

 

 これには茶柱先生も目を丸くする。

 

「佐倉……その、本当に大丈夫なのか……?」

 

「は、はい。……むしろ、こうしていた方が、安心するといいますか」

 

 佐倉の方も困惑していた。不思議そうに首を傾げている。

 

 依存だな。俺はそう思ったが何も言わなかった。

 茶柱先生も気付いたのだろう。難しそうに眉を寄せている。

 

 俺は今はそれを無視して、佐倉に無人島でのことや船でのことを話した。

 

 佐倉はずっと聞き手に回っていたが、緊張が取れると楽しそうに笑っていた。

 

「田中、そろそろ時間だ」

 

「あ、そうですか。佐倉。悪いけど今日はここまでだ」

 

「……はい。あの、また、来てくれますか?」

 

「そうだな。先生。明日も大丈夫?」

 

「主治医と話し合ってからになるが、おそらく許可は下りるだろう。すまないがその時も私が立ち会うことになる」

 

 佐倉が嬉しそうにする。

 

 茶柱先生はそれを痛ましげに眺めてから、俺を促して佐倉の部屋を後にした。

 

「依存だな」

 

 外に出てからの第一声がそれだった。

 

 俺を頼ることで佐倉が社会復帰できるなら、それに越したことはない。

 

 だが……。

 

「田中。お前と佐倉は所詮は他人だ。お前は佐倉のことで全責任を負う義務はない」

 

「冷たいことを言いますね」

 

「冗談を言っているつもりはない」

 

 茶柱先生が俺を睨む。

 

「他人のために身を削って奉仕する人間は稀に存在する。だが、社会を構成している大半の人間はそれを変人や異常者とみなす。田中は佐倉のための助けになると言うが、それは何時までの話だ? 卒業までか、一年か、半年か、それとも一か月か?」

 

「佐倉のことが負担になって俺が逃げれば、おそらく佐倉は今度こそ壊れてしまう」

 

「最初から理解していたようだな。惚けたフリをするな」

 

 茶柱先生が呆れたように嘆息した。

 

 佐倉のことで責任を持てないなら、さっさと身を引いた方が佐倉のためだ。

 

「まぁ、やってみますよ。これでも複数の女を囲ってるんでね。甲斐性はあるつもりです」

 

「……こればかりは私にも理解が及ばない。お前は一体何なんだ?」

 

「さぁ。何なんでしょうね」

 

 肩をすくめてとぼける俺を茶柱先生が困惑の目で見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでプールの日である。

 

 普段は水泳部が使用している本格的な大きなプールだ。

 それが夏休みの一部の期間だけ、限定で一般の生徒にも解放されている。

 

「市民プールって感じだな」

 

 大勢の人で賑わっていて、ホットドッグや焼きそば、かき氷の売店まで出ているぐらいだ。

 

「あっ、田中君! こっちこっち!」

 

 プールの入口付近でDクラスの集団がたむろしていた。

 

 佐藤がぶんぶんと手を振っている。

 不審者(俺)にレイプされたというのに表向きは普段通りだ。

 

「もう。遅いよ。田中君たちが最後だからね」

 

 篠原が文句を言ってきたが、その口調は軽い。

 怒っているわけではなさそうだ。

 

 遅れたのは俺のせいではなく、主に桔梗のせいだった。

 出かける直前になって水着を三つ持って来て「どれがいいかな?」と聞かれてもな。

 

「田中君、久しぶり」

 

 平田が「助かった」と顔に書きながら俺のところに逃げてきた。

 

 気持ちはよくわかる。女子の中で男子一人は地獄だろう。

 

 平田は他の男子も誘おうと提案していたが、女子の数の暴力によって平田の意見は押し潰されていた。多数決って理不尽だよね。

 

「女子は十人ぐらいか。意外に増えたな」

 

 大人しい系の女子の顔もあった。これは予想外だった。

 

 中国人の……フルネームは覚えてないが「みーちゃん」と呼ばれている女子もいる。

 

 みーちゃんは平田の方を熱っぽい目をしてずっと見詰めていた。

 

「このまま駄弁っててもしょうがないし入っちゃおっか」

 

 人数が増えると動きが遅くなる。

 それをまとめるように佐藤がパンパンと手を叩いて集団を動かしていた。

 

 軽井沢が不在だと佐藤が仕切ることになるのか。

 ちょっと意外。

 まぁ、女子の大半が佐藤と仲のいいグループだからだろう。

 

「僕たちも行こうか」

 

「ああ。鈴音。桔梗。また後でな」

 

「うん。礼司君。私たち、ちょっと時間がかかるかもしれないけど……」

 

「わかってる。待ってるから」

 

「うんっ! お願いね!」

 

 鈴音と桔梗が女子の脱衣所に入っていった。女の着替えは時間がかかるからな。

 

 平田がそれを興味深そうに眺めていた。

 

「彼女たちの扱い方が手慣れているね」

 

「そうか? 慣れだろ。何だかんだで入学してから半年だからな」

 

 四月に入学してからもう八月だ。何度も身体を重ねれば気心も知れてくる。

 

 平田と二人で男子の脱衣所に入った。

 中には他のクラスの男子が数人いた。腰にタオルを巻いて水着をはいている。

 

「僕は……その、軽井沢さんと上手くいってなくてね」

 

「見ればわかるよ。あれは軽井沢にその気がなくなってるんだろうな」

 

 平田と軽井沢は偽装カップルだ。

 軽井沢が平田を選んだのは学校での身の安全のためだった。

 

「最近はもう彼女からの連絡も来なくなっているんだ。正直なところ僕たちは交際していると言えない状況になっている。僕が一方的に捨てられた形になるのかな」

 

 平田は真剣な目をしていた。

 

 捨てられたと言うが悲壮感はない。

 平田は軽井沢に善意で付き合ってあげていた立場だからだ。

 

「田中君。軽井沢さんがなぜそんなことをしているのか、君にはわかるかな?」

 

「……悪い。わからん」

 

 平田を捨てた。それはわかる。

 だが、新しい寄生先を確保できたわけではない。

 

 合理的ではない行動だ。

 俺が首を傾げていると平田が「田中君でもわからないことがあるんだね」と苦笑した。

 

「ピンチになったら助けてくれると君に期待しているんだよ」

 

「勝手に期待されてもな」

 

 正直、困る。

 しかし、以前に軽井沢がピンチになった時に助けたのは俺だ。

 

 龍園が握っていた軽井沢の弱味を潰したのも俺である。

 

 二度目があるなら三度目を期待するのが人間だろう。

 

「……もう綾小路に全部押し付けたい」

 

「なぜそこで綾小路君?」

 

 ミスった。

 軽井沢が龍園にいじめられている時、綾小路に助けに行かせるべきだった。

 

「……っと。早く着替えよう」

 

「そうだね。話はまた今度にしよう」

 

 久しぶりに平田と話せて実りのある話ができた。

 とはいえ長話が過ぎた。もう鈴音と桔梗を待たせてしまっているだろう。

 

「うわっ! 田中君! で、でっか!?」

 

 俺の股間を見て言葉を失っている平田を置き去りに、慌てて着替えてから外に出る。

 

「遅い」

 

 鈴音の不機嫌そうな視線が俺を貫いた。

 腕組みをしていて、普通サイズのおっぱいが強調されている。

 

「すまん」

 

「平田君と男同士で何を話していたの?」

 

「平田にチンコを大きくする方法を聞かれてな。困っていたんだ」

 

「田中君!? 君は何を言っているんだ! 違うからね、堀北さん!」

 

 平田が大慌てで取り繕っている。

 だからムキになると逆に怪しいって、それ一番言われてるから。

 

「礼司君。一緒に泳ぎに行こうよ!」

 

 そこで笑顔で俺の手を取って点数稼ぎしようとするのが桔梗である。あざとい。

 

 桔梗に手を引かれてリア充爆発しろという視線を浴びながらプールに入った。

 

「礼司君、ほらっ! ばっしゃーん!」

 

「ちょ、何すんだ! ぺっ、ぺっ!」

 

 いきなり顔面に水がかかる。

 

 桔梗はテヘペロと舌を出した。可愛いから許すけどさ。

 

「あははっ、礼司君、ほらほら!」

 

「くそっ、調子に乗るなよ!」

 

「きゃっ! つめたーい!」

 

 俺はプールの水をすくって桔梗に浴びせかけた。

 

「今度はこっちの番だよ! ざっぶーん!」

 

「うわっ! やったな!」

 

 俺と桔梗は水をかけたり、かけられたりしていた。

 

 それを鈴音が白けた目をして眺めていた。

 

「あなたたち。それ、楽しい?」

 

「いや。あんまり」

 

「……え?」

 

 傷付いた顔をする桔梗。いや、でも楽しくないもん。

 

「ちょっと泳いでくるわ」

 

 プールは区切られていて半分が適当に遊ぶ用。

 残りの半分がガチで泳ぐ人たち用になっている。

 

 平田は大量の女子に囲まれて困っていた。

 見なかったことにして俺は水泳用のエリアに向かう。

 

「あ、田中君もこっち来たんだ」

 

 同じクラスの女子である小野寺かや乃だ。

 

 たしか小野寺は水泳部に所属していたはずだ。

 

「ちょっと身体を動かしたくてな」

 

「わかるわかる。田中君って泳ぎも速かったよね」

 

 水泳の授業のことを言っているのだろう。

 

 と、そこで小野寺が思い付いたように俺に提案する。

 

「せっかくだから競争してみない?」

 

「男女の差があるだろ」

 

「私は水泳部だよ?」

 

 その程度はハンデにもならないと言うことか。

 

 小野寺はこれっぽっちも負ける気はなさそうだった。

 

「百メートルの自由型にしようか。このプールを一往復するの」

 

「片道で五十メートルなのか」

 

「オリンピック型だから五十メートルだね。往復だと百メートルになるよ」

 

 小野寺もずるいことを言う。

 水泳の授業で俺の泳ぎを見て勝てると思ったから勝負を持ちかけたのだろう。

 

「どう? やる?」

 

「面白そうだな。やろうか」

 

 ポイントを賭けるべきか迷ったがやめておいた。

 それをすれば本気を出すことになる。水泳部をいじめるのは流石に可哀想だ。

 

「おい、待てよ」

 

 俺と小野寺が配置についた時、邪魔が入った。空気読めよ。

 

 金髪の美青年。何時だったか俺に絡んできた先輩だった。一之瀬にご執心の変な奴だ。

 

 南雲雅。生徒会の副会長である。

 

 傍には大量の女子を引き連れている。その数は平田よりも多い。

 

「その勝負、俺も混ぜて貰おうか」

 

「ちょっと雅。なに一年に絡んでるの。みっともないからやめてよ」

 

 南雲の傍にいた女子が叱るように言った。

 

「いいじゃねぇか。ちょっとした余興だろ」

 

「はぁ。相変わらず、こうと決めたら聞かないんだから」

 

「それが俺のやり方だ。いい加減に慣れるんだな」

 

 小野寺は最初こそ南雲に見惚れていたが、今や怯えて距離を取っていた。

 南雲の言動がアレすぎて一瞬で幻滅したらしい。意外に見る目があるじゃないか。

 

「俺は前に言ったよな。一之瀬から身を引けと」

 

「言いましたか? 生憎と記憶力には自信がないので覚えてないですね」

 

「ふん、惚けるなよ。まぁこっちも素直に身を引くとは考えていなかったがな」

 

「どうでもいいですが先輩。空気読んで帰ってくれません?」

 

「俺に負けたら一之瀬から身を引け」

 

 聞けよ。どこまでも自分勝手な奴だな。

 

 南雲を注意した取り巻きの女子が「また始まった」と頭を抱えていた。

 その一人以外は全員イエスマンらしく、南雲の言動に一々黄色い悲鳴を上げている。

 

「一之瀬は俺の生徒会に入る予定だ。お前のような凡人が付きまとっていると一之瀬の評判が落ちる。生徒会としてそれは困るんだよ」

 

 意外に正論だった。

 俺の存在が帆波の評判を下げているのは事実である。

 

「おい、そこの一年。合図をしろ」

 

 藪から棒に声をかけられた小野寺がビクッと竦んでいた。

 

 小野寺には悪いことをしてしまった。俺のせいではないが罪悪感を覚える。

 

「悪いな。変なことに巻き込んでしまって」

 

「それは別にいいけど……勝てるの?」

 

「余裕だろ」

 

 典型的な悪役ムーブやってる奴に負けてやる理由もない。

 

「田中君。頑張ってね」

 

「ありがと。じゃ、合図をくれ」

 

「うん。では位置について……」

 

 南雲が苛立ったように俺たちの会話を聞いていたが、小野寺の合図が始まると配置についた。

 

「よーい、ドン」の合図で俺と南雲が同時にプールに飛び込んだ。

 

 スタートからもう南雲は出遅れていた。

 

 と言うより本気の俺に追い付けないだけだ。

 南雲も速いが所詮は高校生レベル。水泳部の男子より少し速い程度だ。

 

 毎日練習している水泳部よりも速いのは大したものだが所詮はそれだけ。

 

 南雲に大差を付けてゴールする。

 

 他の見物人たちは「あの南雲が負けた!?」と驚いていた。

 

「ちょ……嘘でしょ?」

 

 小野寺が目を疑っていた。

 タイムを計っていなかったので、本当の意味で驚いているのは小野寺だけだ。

 

「田中君。あなた、何者なの?」

 

「よくわからないが、たぶん小野寺の気のせいだろ」

 

「そんなわけないって! ああもう! なんで誰もタイム計ってないの!」

 

 だからこそ俺は本気を出したのだが。

 

 ようやく南雲がゴールする。激しい息を吐きながら俺を睨んだ。

 

「クソッ! まさか水泳がお前の得意種目だったとはな!」

 

 いや、スポーツ全般は得意ですが。あ、集団競技は勘弁な。

 

 南雲はプールから上がると、忌々しげに言い放つ。

 

「これで勝ったと思うな。次は別の方法でお前を倒してやる」

 

 捨て台詞もダサいんだけど。

 

 南雲は取り巻きの女子を引き連れて去っていった。

 これで女子が幻滅するどころか、傷心の南雲を慰めようとむしろ距離を詰めている。

 イケメンってずるいよな。

 

「あ、あのっ、田中君! 私と一緒に世界を目指しませんか!」

 

「え、やだよ」

 

「あうぅぅぅぅ」

 

 小野寺、轟沈。

 

 こっちは水泳で金メダルを取る以外にやることがあるんだよ。レイプ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南雲との勝負の後。

 

「田中君! すごいよ! あの南雲先輩に勝っちゃうなんて!」

 

「そうか? あいつ、そんなに速くなかったぞ」

 

 佐藤が俺に駆け寄って、自分のことのように喜んでいる。

 プールサイドは走らないようにしろよ。怪我しても知らないからな。

 

 それはともかく、俺は目立っていた。

 注目の的だ。居心地が悪いので今すぐ帰りたい。

 

「田中君。私たちと一緒に遊ぼうよ。ね、こっち来て?」

 

「悪いけど疲れてるから」

 

「……あ」

 

 嘘だ。

 実際のところ身体はまだまだ動き足りないと言っている

 

 でも、女子の集団に囲まれるのは精神的にキツいんだよね。

 

 俺はプールサイドの休憩スペースに足を運んだ。

 パラソルとビーチチェアが並んでいて、水着姿の生徒が優雅に寛いでいる。

 

「あ、あの、田中君。私、何か飲み物でも買ってこようか?」

 

 佐藤が俺を追いかけてきた。

 卑屈な作り笑いだ。見ていて痛々しいんだよ。

 

 でもまぁ、当たり前だよな。

 気丈に振る舞っているがレイプされたのだ。傷付いていないわけがない。

 

「飲み物は別にいいから、佐藤も俺の隣に座れよ」

 

「え、あ、あの。いいの?」

 

「いいんじゃね?」

 

「堀北さんとか櫛田さんがこっちを見てるけど」

 

 鈴音はめっちゃ睨んでいる。桔梗はおろおろしている。

 

 文句があるなら直接言いに来るだろう。

 何せあいつらは俺に悪い虫がつかないように見張りに来ているんだからな。

 

 ただ、俺が女子と話しているだけで妨害するのはやり過ぎだ。

 

 鈴音たちもそれがわかっているから邪魔しに来ない。

 もちろん時間が経てばこっちに来るだろうが、それまでは佐藤の時間だ。

 

「それなら……えっと。お邪魔します」

 

「なんだそれ?」

 

「何なんだろうね?」

 

 佐藤が首を傾げ、それから笑った。

 馬鹿な女は嫌いじゃない。賢い女は疲れるんだ。

 

 レイプのことなんて忘れて立ち直ってくれと、そんな都合のいいことを考えてしまった。

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