「なんなのよ!」
ゼシカの嬢ちゃんのムチが外れた。
南の大陸についてから、俺たちは苦戦続きだった。戦闘しかり、フィールド探索しかり。
最大の苦難はゼシカの嬢ちゃんだ。今も自分の攻撃が決まらなくてエイトの兄貴に慰められ、逆ギレしてやがる。
「ね、ゼシカ? 落ち着いて。ムチのスキルがまだ低いんだよ。慌てないでスキルアップしていこう」
嬢ちゃんは、兄貴が根気よく諭すのに反省もせず、「だってあたしのムチはアルバート家に代々伝わる由緒あるムチ、サーベルト兄さんに特訓してもらったんだから……云々」と兄貴に文句たらたら言っている。まったく使えねえ娘だ。
俺だったら、「だったら今すぐパーティー抜けて一人で戦え!」と怒鳴っちまうところだ。しかしエイトの兄貴は、にこにこなさって嬢ちゃんの文句を聞いてらっしゃる。なんて我慢強いおかただ。
嬢ちゃんは戦力外なうえ、回復呪文が使えねえ。薬草なんかをたっぷり持たせても好きなように攻撃しちまうから、意味がねえんだ。
エイトの兄貴がブーメランで全体攻撃し、俺が一匹ずつ拳を見舞ってやるといういつもの戦法に加えて、一人分余計に回復しなきゃならねえから、戦闘が長引いちまう。次の目的地、マイエラ修道院へはなかなか着けそうにねえな。
「ねえみんな、僕がルーラするから、ポルトリンクかリーザスで宿とろうよ」
日が暮れかけた頃、エイトの兄貴がそうおっしゃった。
「エイトがそうしろって言うならいいわ。でも、あたしはまだやれるわよ」
ふざけんな、兄貴がご自分の回復を後回しにして嬢ちゃんにホイミかけてたのを知らねえのか?
「ごめんね、僕、ルーラ一回分の魔力しか残ってないんだ。薬草ももうないし」
エイトの兄貴は体力もあぶねえ。こんな林からは一刻も早く移動しなけりゃ、また瀕死におなりになっちまう。
「でも~、リーザスはなあ。みんなになんて言われるかわかんないし~、ポルトリンクからあたしの情報がもれるのもやだなあ」
「兄貴、早く行きやしょう、あぶねえでげす。真っ暗になっちまいやす。船着き場でもいいでがすよ?」
「え~! 船着き場だってポルトリンクとおんなじだし~」
その言葉に俺はつい舌打ちしちまった。
「ごめんね。みんな。僕が迷子になったりしなければマイエラに行けたかもしれないのに」
なんてこった、兄貴に謝らせちまった。兄貴は何も悪くないのに。
「いや、兄貴、そりゃムリでがすよ」
「どうしてムリなのよ? だいたい、道わかって歩いてんの?」
俺は堪忍袋の緒が切れそうだ! しかし兄貴は俺を制しておっしゃる。
「わからないよ。どこになにがあるかなんて。だから探してるんじゃない? どんなに小さくてもきっと手がかりがあるはずだよ」
「ふうん、随分のんきよね。でもまあいいわ。エイトがそう言うんなら」
嬢ちゃんがプイッと横を向いた一瞬、兄貴が俺の肩をぽんと叩きなさった。そして耳元で……。
「ヤン、今晩、いい?」
「い、いいも何も、いいに決まってるでがすよ?」
ああ、今までの俺の感情と言う感情はすべて嬢ちゃんへの真っ赤な怒りとなっていたが、この一言でパステルピンクに変わった。そしてそれは久しぶりに一気に俺の身体の中心に向かって走る!
そして兄貴は「じゃ、行くよ!」と、ルーラを唱えなさった。
「トラペッタ!」
えっ?
「トラペッタ?」
「ヤン、王をよろしくね。僕、宿とってくる。ゼシカ、行こう」
トラペッタの入り口近くで、俺は言いつけどおりにおっさんと馬姫さまを休ませた。それにしてもなんでまたトラペッタなんかに。振り出しに戻る、ってやつですかい? トロデのおっさんも心配そうにしている。
「のう、ヤンガス、エイトの話とは何かのう?」
「はい?」
……あれ? さっきエイトの兄貴が「今晩、いい?」っておっしゃったのは、おっさんも含まれてたんだ? ……俺は心の底から泣いた。俺と二人じゃねえんだな、そうだよな。
「ヤンガス、どうした、じゃじゃ馬ゼシカのお守りで疲れたか?」
おっさんはゲラゲラ笑う。
ちげーよ。おれと兄貴の二人っきりの時間が霧のように消え去っちまってよ……。俺はさりげなく目尻をぬぐい、会話に戻った。
「……そういやエイトの兄貴は辛抱強いよな。嬢ちゃんにあんな無茶苦茶言われても、嫌な顔一つなさらなねえ」
「そりゃそうじゃろう。エイトは小さい頃からワガママ娘の相手をしておったからの!」
「ヒヒンッ!」
本物のじゃじゃ馬になっちまった馬姫さまが、蹄を見せて俺たちを脅した。
「おう、すまん、姫よ。まあ、なんだ、エイトは幼い頃から女の扱いには慣れておる、と言いたいのじゃ。決してミーティアがわがままとか、じゃじゃ馬とか申しているわけではないぞ?」
おっさんがおろおろしているところへ、ちょうどよくエイトの兄貴が荷物を抱えて戻ってらした。
「遅くなりました。ゼシカはもう休みました」
「随分と荷物がありやすね」
「うん、僕らは野営だからね。食事と、お酒だよ。お酒はまたルイネロさんから。宿のおばちゃんが毛布どうぞって。今夜は少し冷えるみたい」
兄貴まで野宿? なんでまた……一番疲れてらっしゃるのは兄貴のはずですぜ?
「あっしは野宿でいいでげすが、兄貴はお疲れでげすから、宿屋でゆっくり休まれたほうが……」
「いいんだよ。それより、食事しながら作戦練ろう」
兄貴はそうおっしゃるとにっこり微笑みなさり、手早く晩飯の準備をなさった。
俺たちは食いながらおっさんからたたかいの記録を聞き、アドバイスを受け、明日からの作戦を検討した。嬢ちゃんの今後についても話し合った。
「ヤンの言いたいことはわかるよ。今のままじゃ効率悪いよね。でも僕はゼシカに期待してるんだ。ゼシカは強くなりたいんだよ。今はがむしゃらにね。それは尊重してあげたい」
「そうじゃな。ああいう娘は上から押し付けてはいかん。お嬢ちゃん育ちでちやほやされてきたんじゃ。反抗するだけじゃて」
「はい、僕もそう思います」
二人の言葉にも納得いかない顔をしてたんだろうな、俺は。すると兄貴は優しくおっしゃった。
「ヤン、僕は、ゼシカに自分の好きなようにしてほしいんだよ。甘やかしたり、言えなかったりしてるんじゃないんだ。まだ僕たち、どんな力があるかわからないじゃない? ゼシカが弓や剣を覚えたいならそれでいい。ヤンだって、オノなんか使いたかったらやってみて。全員格闘家になったっていいし、なんでもありなんだよ。いろんなことしてみて、それで一つのパーティーとして力をあげていきたいんだ」
兄貴……俺はこの若いリーダーの言葉に感服した。目からウロコ、とはこのことだ。俺は目先の出来事にイライラしていただけだった。兄貴のご裁量がこれほどとは……。
「うむ、エイト、よく言った。トロデーン軍で言えば、お前さんたちはまだ一山いくらの下っ端兵士にすぎん。大将はいないんじゃ。皆で力を合わせて……エイト?」
兄貴を見ると、ワイングラス片手に眠ってらした。
「やはり疲れていたんじゃな。のう、ヤンガス、これからもエイトを頼むぞ」
おっさん……なんだかんだ言っても、エイトの兄貴を大切にしてるんだな。俺は改めて主従の絆の深さを知った。
俺は感激し、「お義父さん、エイトさんはあっしが必ず幸せにいたしやす……」とそこまで出かかったが、俺も疲れと酔いでもう返事もできなかった。おっさんが最後になんかつぶやいた気がしたが、まるで子守唄のようだった……。
「……やれやれ、エイトの奴め。『僕たち今日はボロボロです。野営しますから見張りお願いします』じゃと。な~にが作戦会議じゃ! 宿で眠ると気配が気になって眠れないじゃと? 王が見張って下されば安心して眠れますじゃと? わしは子守りか!? ……ああ、子守りか。まだ17歳だしのう。仕方がないか……。 む? しかしヤンガスはいいトシじゃ! 見張りを一晩中させおって! 許せん!」
ゼシカ強化計画は続きます。