ドニでの騒ぎの後、野宿した俺たちはマイエラ修道院へ指輪を返しに行くことにした。……したんだが、エイトの兄貴の様子がおかしい。いつも朝から元気な兄貴が、今朝に限ってぐずぐずしてらっしゃる。
「ねえ、エイトどうかしたの? 昨日の夜も元気なかったけど、風邪ひいたとか?」
ゼシカの嬢ちゃんも心配して俺に尋ねてくる。
「あ、いや、風邪ってこたねえだろう。朝飯もしっかり食ってらったし……」
「そうよね、でも、なんか様子が変よね」
何だろう、昨日の一件と……。
!!!
ひょっとして、兄貴はゼシカの嬢ちゃんと一夜を明かせなったからがっかりしてらっしゃるんじゃ……。そうだ、せっかくのチャンスだったのに。二人部屋と一人部屋を取って……ああ、たまってらっしゃるんだ。夕べだって、「ヤン、久しぶりにスッキリしたんじゃない?」なんて……。
まあ、ケンカのことをおっしゃったんだが、俺には「スッキリ」が別の意味を含んでいるように感じたんだ。……どうしよう。俺が余計なケンカしたせいで、兄貴の大切な一夜を……。
「ちょっと、どうしたのよ、ヤンガスまで! いい加減にしてよ、気が利かないわね」
……ああ、そうだった。俺は確かに気が利かなかった……。嬢ちゃんだってその気になってたんだろうから……。
「すまなかったな……」
「ホントよ! 邪魔しないで! ヤンガスはもう何もしないでよ」
ああ、本当だ。俺って邪魔だよな……ふと兄貴の方を見ると、立ったままうなだれてらっしゃる。今の俺は兄貴の目をみることなんてできねえ。慌てて目を逸らせた。
バキッ!!
「うわっ?」
突然ブン殴られて、俺は我に返った。魔物だ! いや、違う……兄貴だ……。そんなに俺のことを……。
「もう、いい加減にしてよ、エイト!」
嬢ちゃんに叱られるが、兄貴はまだうなだれてらっしゃる。
「スーパーハイテンションよ。どいてっ!」
ビシッ!!
嬢ちゃんのムチがうなると同時に、目の前の緑っぽい生き物が消えた。緑といやぁ……まさか!
「王!」
エイトの兄貴が緑の生き物が消えたあたりに追いすがりなさる。
「ああ、王が……」
兄貴は膝をついて泣いてらっしゃる。ってことは、さっきのムチは嬢ちゃんが……まさか、ゼシカの嬢ちゃんが!
俺はおそるおそる嬢ちゃんを振り返った。嬢ちゃんは仁王立ちのままで緑色の生き物が消えたあたりを睨んでいる。ああ、なんてこった、なんでこんなことに……?
「もうっ! いつまでメダパニなのよ!」
へっ?
兄貴と俺は顔を見合わせた。
嬢ちゃんはムチをビュンビュン鳴らして俺たちをにらむ。
……ああ、兄貴と俺はげんじゅつしのメダパニやらマヌーサにかかって、おかしなことになってたのか。ふう……。
「ゼシカ、ごめん」
「いいわよ。それよりヤンガスがだいぶやられたわ。HPどんだけ減ったのよ」
「ええっ! 僕がヤンを?」
「そうよ、痛恨の一撃だったわ」
「ホント? ごめん、ごめんね、ヤン。いくらメダパニだって……ヤンをやっちゃうなんて。ごめんね、痛かったでしょ? 見せて?」
兄貴!!! 真っ赤になって「ヤっちゃう」とか言わねえで下せえ。それに何を見せりゃいいんです?
「大丈夫でがすよ。薬草でも食えば」
「や、薬草? そうか、ホイミもあるし」
兄貴はおろおろとうろたえていらしたが、すぐに真剣な眼差しを向けておっしゃった。
「……ねえ、ヤン、僕をやって!」
なっ???
「僕が君にしたように……痛恨の一撃を受けたいんだ!」
エイトの兄貴は、憂いを秘めた黒い瞳に涙をいっぱいためて、「やって、お願い……」と何度もおっしゃる。
俺は一撃を繰り出したい部分に血液が集まりだすのを感じた。
「ちょっと、バカなこと言わないで! あたしだってヤンガスをやっちゃったけど、お返ししてほしくないわ」
「でも、でも、僕は痛恨の一撃だよ? ゼシカの攻撃は優しいから……」
「優しいって言っても、ムチって意外と痛いのよ」
「うん、知ってるよ」
し、知ってるんでがすか? 兄貴、どこで女王様プレイを……?
「ねえ、ヤン、お願いだよ、早く……」
兄貴は俺の肩に両手をかけ、ふるふると唇を震わせてささやくようにおっしゃる。頭がクラクラしてきやがった。
「だめよ、ヤンガス、エイトが死んじゃう」
「死なないよ、でも、もし瀕死になったら、教会へ連れてってね。またみんなに会いたいから……」
「兄貴、そんなこと言わねえで下せえ。あっしは大丈夫でがすよ。メダパニのせいでがすから」
「そうよ、お互い様だわ」
うん、うん、ごめん、ホントに。と、兄貴は本格的にぽろぽろ涙をこぼしながら俺にホイミをかけてくださった。
一か所に集まっていた全身の血液は、何ごともなかったかのようにホイミに癒され、一瞬行き場を無くした。
「あれ? ヤン、貧血?」
「どうしてホイミで貧血になるのよっ!」
ゼシカの嬢ちゃんにバシバシ叩かれ、俺はかろうじてその場に踏みとどまる。
「まったくおかしいわよ。ヤンガスったらしょっちゅう貧血になるんだから。一番血の気が多そうなのに。それともトシ?」
「嬢ちゃんだけには言われたくねえな、俺より嬢ちゃんのほうがよっぽど血の気が多いぜ?」
「そうかしら。あたしはちょっと頭に血がカーッと上がりやすいだけよ」
「だから、俺はちょっと頭じゃないところに血がサーッと集まりやすいだけだ」
「なによ、どこに集まるって言うのよ?」
「漢の集いだ!」
「もういいわよ、意味わかんない! さっさと修道院行きましょ!」
と嬢ちゃんは言って、歩き始めた。
兄貴はというと、例の指輪を眺めてはため息をついてらっしゃる。
「兄貴?」
「ゼシカ、大丈夫だよね?」
ピン! ときた。兄貴は嬢ちゃんがあの赤いのに惚れるのを恐れてらっしゃるんだ! だからヤツのいる修道院に行きたがらねえんだ。あの兄ちゃん、見た目は確かにいい。しかし、嬢ちゃんはかなり嫌ってたようだし……。
「大丈夫でがすよ」
「ヤンはわかるの? あの赤い人のこと」
ずいぶんと弱気になってらっしゃる。ここは俺がしっかり励まさなきゃだめだろうな。
「すいやせん、色恋のことはあっしは苦手でがした。ただ、兄貴が心配するようなことにはならないと思うだけでげすよ」
精一杯、兄貴を励ましたつもりだったが、兄貴はうつむいたまま、そうだね、と気のない返事をして、修道院の扉を押しなさった。
このあと、マイエラ修道院のイベントごとがたくさんありますが、ほぼとばしています。次はククールが仲間になります。お葬式の所から始まります。