ヤンガスは苦労人
しっくりいかねえ。
ククールが加わってから、戦力は確かにアップした。しかし、パーティーの雰囲気がギクシャクしてやがる。ゼシカの嬢ちゃんが入ったときは、俺と嬢ちゃんの間でわだかまりみてえのがあったが、今度は、エイトの兄貴だ。
昨日、川沿いの教会で嬢ちゃんを棺おけから出してもらい、そのまま泊まった。翌朝早く、エイトの兄貴とトロデのおっさんがなんか話していたようだが、その後、ますます兄貴の表情が固い。
何があったんです?
……しかし兄貴は普段と変わらない愛らしい笑顔で「おはよう」とおっしゃる。聞けねえ、聞けねえよ……。
「ねえ、エイト、どうしたの? ここのところなんか元気ないのね。今日なんて宝箱にもあんまり興味なさそうだし。今朝、王さまと話してから特に」
……嬢ちゃん! 俺の聞きづれえことをそんな単刀直入に……。
しかしエイトの兄貴はきょとんと黒目がちな瞳を嬢ちゃんに向けて、おっしゃった。
「えっ? そうかな。そうだ、ゼシカごめんね、棺おけにさせちゃって。僕がホイミ遅くなっちゃったから……」
「やだ、エイト。それは昨日100回聞いたわよ。ホント、大丈夫?」
兄貴は「うん、僕は大丈夫だよ。心配しないで」と静かにおっしゃり、歩を進めなさる。嬢ちゃんはまだ心配そうな顔をしていたが、兄貴がああおっしゃるんじゃ、問い詰めることもできねえ。俺も話のフォローができず黙っていた。そのまま会話もほとんどなく、俺たちはアスカンタ城に入った。
「辛気くさい……オレは辛気くさいのは嫌いなんだ」
アスカンタは真っ黒だった。カラフルな俺たちは目立って仕方ねえ。中でも赤い服でひんしゅくを買っているククールがそんなことを言うが、本当だ。辛気くせえ。サーベルトが死んだリーザス以上だ。まさか、ここにもドルマゲスが???
なるべく小さくなりながら喪中のアスカンタ城を訪れる。喪中でも用事があれば入っていいらしい。だが、案内はいない。俺たちは自力で、王のいる謁見の間を探さなければならなかった。
城ってのは妙な造りで困る。だからまたエイトの兄貴はふらふらにおなりだ。まあ、階段でよろめきなさるたび「ヤン、ごめん……」と、俺にもたれて休憩なさるから役得だが。
貧血になりかけながら、ようやく目通りできたここの王は、お妃を亡くしてすっかり腑抜けになっちまっていた。これがこの国の辛気くさい原因というわけか。
人の死ってもんは、仕方のねえことだ。病気や事故なんかなら、より仕方ねえと思う。だが、戦争とか、強盗とかは許せねえ。俺は「元」山賊だが、人の命をとろうなんぞ思ったことはねえ。
人の上に立つ王さまなんだから、くよくよしてないで国をたてなおさなきゃいけねえぜ。そこへいくと同じ王さまでも、トロデのおっさんは立派な国王なのかもしれねえな。
俺たちは腑抜け王のため、いや、トロデのおっさんに言わせるところの「キラのため」に一肌脱ぐことになった。キラってのは城の使用人で、金髪のなかなかチャーミングなお嬢ちゃんだ。そのキラってのは腑抜け王を大層心配していた。トロデのおっさんがこのお嬢ちゃんを気に入ったから、面倒なことになっちまったんだ。そんなこんなで、俺たちはアスカンタ城を朝に晩にと訪れ、キラのばあさん宅に行ったりと、無駄な移動ばかりしていた。
「そんな寄り道してるヒマあるのか、リーダー?」
城下町で買い物をしているとき、ククールが言った。俺も寄り道はどうかと思うんだが、リーダーのさらに親玉がやれってんだから仕方ねえ。旅に出てから一体何回目のおつかいなんだろうか……。
このお使いとは、願いがかなう「願いの丘」という、ネーミングからしてベタな言い伝えのある場所に行くことだった。なんだか知らねえが、夜じゃなきゃ駄目だという縛りがあったため、夕方から出発しようと、昼飯のときに俺は提案した。嬢ちゃんもククールも賛成したが、エイトの兄貴はいやいやをなさる。
「念のため、午後イチで出たい。迷ったら嫌だし、夜の戦いはなるべく避けたいんだよ」
「そうねえ。丘はかなり急みたいだし、もしかしたららせん状に登らなきゃかも……」
「うん、そうなんだ。ほら、僕さ、ヤンの言うところの『渦巻き酔い』がひどいじゃない? みんなの迷惑になりたくないんだよ」
そうだった。兄貴の方向音痴と渦巻き酔い、これは普通に行ってたら夜が明けちまう。
「なあ、リーダー? 並び順変えねえか?」
ククールがなかなか建設的な意見を言う。しかし、兄貴は先頭を誰にもおゆずりにならねえ。
「駄目だぜ。先頭は兄貴だ」
「そうか? 迷うし、酔うしなら、後ろがいいんじゃねえの?」
「ククール、心配してくれてありがと。でも、僕は先頭がいいんだ。みんな、順番に僕の後ろをお願いね」
兄貴の後ろはお任せください!
それと、かわいらしい笑顔をパーティーのメンバーひとりひとりに向けねえで下せえ。ただでさえ消化活動に血液使っちまってるってのに、これ以上、どこに集めたいんです? 俺の血液!!
「ヤン、ヤン、どうしたの?」
「ああもう、ヤンガスがまた貧血!」
「しょうがねえな、食いすぎだろ?」
「食べすぎでどうして貧血になるのよ?」
「知るか!」
……遠くで嬢ちゃんとククールのやりとりが聞こえた気がした。
まあ、なんだ、いろいろあったが。取りにくい宝箱を全てパスしたおかげか、エイトの兄貴もあまり酔わずに願いの丘のお使いを済ませることができた。たいしたお使いじゃなかったが、へちまうりとかいう名前の妖怪に会ったり、幽霊王妃が出てきたり、俺にとっちゃまるで幻のような一日だった。
「ねえ、ヤンガス、いつものことだけど、あんた食べすぎじゃない? ククールは飲み過ぎだし、エイトは食べないし」
おっと、いけねえ。目の前の食べ物に目がくらんじまっている。
俺たちはというと、正気に返り、二年ぶりに喪を明けた王さまに、食い放題飲み放題の豪華な宴を開いてもらっていた。徹夜で働いた甲斐があったってもんよ。
……しかし、嬢ちゃんの言うとおり、エイトの兄貴はろくにナイフもあてないまま席をお立ちになり、王さまと何か話してらっしゃる。
「……嬢ちゃん、兄貴を変だと思うか?」
「ええ。マイエラで、いえ、ドニでククールと初めて会った時からね。仲間になってからは特に」
嬢ちゃんは、俺の隣に椅子をずるずると引っ張ってきて座る。ククールは相変わらず気取って酒を飲んでいやがった。俺はまさか、兄貴が嬢ちゃんのことでククールに妬いてるんじゃねえか、なんて言えねえ。
「エイト、ククールのことで悩んでるんじゃない?」
何だって? ……ったく、いつも核心突いてきやがる、この嬢ちゃんは!
「な、悩み? どんな?」
「それがわかれば苦労しないわよ」
早く、兄貴と嬢ちゃんをくっつけちまいてえ! そうすれば万事解決だ。
「どうすればいいのかしらね」
だから嬢ちゃん、ここは一発、覚悟して兄貴の胸に……。
「ちょっと、どこ見てんのよ。……まあいいわ。そうだ、次の町であたし……」
……兄貴の胸……華奢ですべすべしていなさるんだろうな……いや、戦いの傷があるはずだ。ああ、手当して差し上げたい……。
「……ねえ、聞いてる? あたし、決めたの。思い切って……」
思い切って……ああ、ついに兄貴も男に……。真剣な、でも少しはにかんだような兄貴の眼差しが思い出されて眩しい……。早く本懐をとげて下せえ……。
「よし、次の町へ急がなきゃな」
嬢ちゃんもまた盛り上がってきたことだし、今度こそ二人部屋に泊めるぜ。
「ヤンガスが張り切ってどうするのよ、ばかね」
嬢ちゃんはほんのり頬を染めた。……無理もねえ、兄貴の乱れたお姿を想像すれば誰だって……。俺は消化活動している以外の全血液が下がっていきそうになったので、ぶるぶると頭を振った。いけねえいけねえ。
俺たちは(俺だけかもしれねえが)たらふく食って、アスカンタ城を出た。ドルマゲスについての情報は皆無だったが、腹が膨れたから俺的には大満足だ。だが、城の外で待っていたトロデのおっさんがぼやいていた。
「パルミド? ……ええい、ヤンガス、本当に大丈夫なんじゃろうな! 適当なことを申していると許さんぞ!」
ここんとこおいしい思いをできないでいじけていたトロデのおっさんをうまく言いくるめ、俺の町、パルミドへ行くことに決めた。あそこならちょっとくらい変ななりをしていてもトラペッタの時みてえに後ろ指をさされることはねえはずだ。おっさんにも少しは楽しい思いをさせてやらなきゃな。ついでに知り合いの情報屋から何か聞けるかも知れねえ。
「ねえ、ヤンガス? パルミドであたしの望むものは手に入るかしら?」
「あったりめえよ! 俺に任せろ」
任せとけ、嬢ちゃん。今度こそ同部屋に……。
「ずいぶん自信あるんだね、ヤン。ゼシカの望みってなに?」
「……あっしの口からは言えねえでげす」
兄貴と一つになることです、なんて言えませんぜ? 楽しみになさって下せえ。
兄貴はにこにこと愛らしい笑顔を浮かべなさり、嬢ちゃんと俺を交互に見なさった。
「じゃあ、ゼシカに聞こうっと!」
ええっ、なんですって! そんな大胆な!
兄貴は列を離れ、嬢ちゃんの隣へ行く。
「……?」
「あたしの望むもの? ええ、それはね……。……お願いします」
ついに合意? 話の内容は聞き取れねえが、ゼシカの嬢ちゃんは兄貴と目を合わせる。かっ、顔が近い、近すぎだろ? 離れろ! 俺の前でいちゃつくな!
……。ああ、俺はなんて心が狭いんだ……。
「……実はゼシカ、僕も同じこと思ってたんだよ」
「うん、考えたら恥ずかしいわよね……」
おいおい、二人で赤くなって……。ヤる前からこんなじゃ……。
「大丈夫だよ」
兄貴の優しい励ましに、嬢ちゃんは小さく頷く……。
……俺は左に広がる海に目をやった。それは涙を隠すためじゃねえ……。
「見て! きれいね」
「うん、きれいだ」
ああ、恋人同士の会話。果てしなく広がる海は二人の未来を暗示し、青く青く輝く……。
「ハニー、君のほうがずっときれいだ。願いの丘では何を願ったのかい? オレはもちろん君ともっと深く知り合いたいって……」
おい! 邪魔するんじゃねえ!
ククールが遠慮なく兄貴と嬢ちゃんの会話に加わる。
「はいはい、そうですか。よかったら燃やしてあげるわ。少しは深いお付き合いになるかもね」
つ~ん! という音が聞こえてきそうなほど顔をそむけながら嬢ちゃんが言った。
兄貴はくすくす笑っていなさる。早くパルミドに行かなきゃならねえ。ククールをどうにかしねえと……。
久しぶりのパルミドは相変わらず埃っぽい。住人も俺たちに無関心だった。
「なあ、ククール? あんた結構イケるクチだろ? おっさんと三人で飲み明かそうぜ。いきつけの酒場があるんだ」
それを聞き、まずトロデのおっさんが大喜びだ。余程嬉しかったんだろう、小躍りしながら「ならば先にいっておるぞい!」と酒場に駆け込む。酒場からは軽快な音楽があふれている。おっさんにはとりあえず一人で飲んでてもらうことにし、四人で町の奴らに話を聞くことに。まあ、ここにはドルマゲスは来てねえだろうが。
一周してきたが、案の定、大した情報も得られなかった。それより、ぼんやりしてると何か盗まれそうでいけねえ。なじみの情報屋も留守みてえだし、俺たちはトロデのおっさんと合流することにした。
「トゲトゲの行きつけか。アスカンタ城が豪華だったから、かなり見劣りするが、仕方がないな。もちろんリーダーとゼシカも行くだろ?」
「うん、でも僕たちはあんまりお酒飲めないんだ。少しだけ付きあわせてもらうよ。その後は三人でごゆっくりどうぞ」
兄貴たちもごゆっくり……。ああ、上手く行った!
……と思われた。
「姫! 今のは姫の声! ええい、お前たちは酒なんぞ飲んでる場合ではないぞ! わしの大切な姫が!」
なんてこった! あろうことか、馬姫さまが盗まれた! みんなで酒場に入ってからいくらも経ってねえのに!
「王、申し訳ありません。僕がもっと注意していれば。見張りに一人残ればよかったんです。一刻も早く探しに行かないと!」
「あっしこそ、パルミドが盗っ人の町だってことをうっかり忘れてました」
そうだ、兄貴と一緒にまっとうな道を歩いていても、ここはパルミド。俺がしっかりしてなきゃいけねえのに。
不幸中の幸いにして、馬泥棒の目星はすぐについた。犯人はキントってえケチなコソ泥だ。
「今日はもう遅い。キントとやらを探したらお前たちは休むがよい。その代わり、明日は早朝から行動開始じゃ」
「そんな、僕は姫を探します」
「だめじゃ、キントとやらを探して参れ。その間姫はわしが探す」
俺たちはおっさんの言うとおり、すぐに町中を探し回った。パルミドで盗みがあったって、自分の持ち物じゃなけりゃ誰も気にしねえ。でもあの馬姫さまは誰が見たって綺麗な馬だ。目立ってるにちげえねえから、案外すぐに見つかるかもしれねえな。
だが、俺の予想は大きく外れた。酔いどれキントはすぐに見つかったが、馬姫さまは、パルミドの闇商人を経由して既に売られていた。最悪な女のところに……。
馬姫さまが誘拐されてしまいました。次は女盗賊のアジトを目指します。