「姫! わしの姫!」
トロデのおっさんは、馬姫さまの鼻を優しく撫でていた。馬姫さまはキズ一つなく、綺麗に手入れされ、気のせいか、普段よりお元気な様子だった。
パルミドで誘拐された馬姫さまは無事に返してもらえたわけだが、その間、なんだかんだいろいろあった(ゲルダの話はあんまりしたくねえ)。無事に馬姫さまを返してもらったんだから、もうゲルダのことは忘れてえよ……。
俺たちは再びパルミドに戻り、なじみの情報屋から情報をもらった。なんでもドルマゲスは西の大陸に渡ったって言うじゃねえか。そこで次は船を探しに行く予定なんだが、今は、これからの移動に備えて武器やら防具やらの店をのぞいている。さあ、今夜こそ兄貴と嬢ちゃんの合体計画を実行に移すぜ。
「ありがとう、ヤンガス! ついに望みがかなったわ!」
ええっ? いつの間に?
「ウサミミバンドが錬金釜でできてよかったよ。踊り子の服が余裕で買えたしね」
兄貴までうれしそうになさっている。……嬢ちゃんの言ってた望みって……。俺はぼーっとしていた。
「ヤンガス、さすがだわ。パルミドは庭だって言ってただけのことはあるわね。ゲルダさんにも感謝しなきゃ!」
「あ、ああ……?」
エイトの兄貴も「さすがだよ、ヤン」とおっしゃって俺の肩をぽんぽんと叩きなさる。……熱い。いや、この際熱いのはさておき、どうにも腑に落ちない。
「ハニーの願いは叶ったってわけか。じゃあオレの願いも叶えてもらえるかな、リーダー?」
「もちろんだよ、ククール。探してきていいよ」
ククールは「ゼシカ、付き合ってくれよ」と半ば強引に嬢ちゃんを連れて行った。エイトの兄貴はにこにこして「行ってらっしゃい」とおっしゃる。俺はこんらんした。いいんですかい? 嬢ちゃんをククールなんかに連れて行かれて……。しかし、エイトの兄貴は全く気にしていないようだった。そして憂いを秘めた黒い瞳をキラキラさせながらおっしゃる。
「ヤンは? ヤンの欲しいものは?」
俺の欲しいもの? それは兄貴に決まってるが、そういう話じゃねえな。
「あっ、でも待って。今ククールが装備見に行ってるから……ゴールド、どのくらい残るかなあ」
ああ、やっぱり。やっぱり装備の話ですかい。そうですか……。
「兄貴、あっしはまだいいでがすよ。それより。兄貴こそいいんですかい? 青銅の盾、重そうでがすよ」
「ああ、盾ね。修道院跡地、怖かったけど、いいもの拾えたよね。これ重くはないんだ。ただ大きすぎてね、だからってキトンシールドってわけにいかないし……」
エイトの兄貴はふふっと小首をかしげなさる。
キトンシールド……子猫の絵がついたかわいらしい盾だ。今は嬢ちゃんが装備している。俺は兄貴の子猫姿をしてしまった。バンダナの隙間からふんわりのぞく小さな耳……、黄色い上着のスリットからぴょこんと出た尻尾……。いつにも増してぱっちりとしたあの黒い瞳……。か、可愛い。兄貴は三毛猫がお似合いでがす……。ああ、キトンシールドを装備させて差し上げたい!
俺の中心はクサリカタビラを突き破ってしまうかと思われた。同時に兄貴がだんだん子猫に見えて……。
「……にゃん?」
にゃんですって? 幻覚の上に幻聴が! 俺はとっさにぶるぶると頭を振った。
「あ、いや、兄貴、なんでがすか?」
「もう、ヤンたら。なんだかずっと上の空だよ」
「すいやせん、で、何でがすか」
鼻血が出かかる。
「僕が聞いたんだよ。欲しいものはなあに、ヤン、て」
……なんだ。俺はうっかり語尾だけでイっちまいそうだった。
「あ、いや、その、今はありません。もう少し力がついたらオノを使ってみようかと思っておりやす」
「オノか、そうだね。僕も違う武器を使ってみようかな」
「武器といやあ、兄貴はずっどブーメランでがすね。次は何になさるんで?」
「うん、ヤリを使いたいんだけど、剣でもいろいろできるようになりたいし、ちょっと迷ってるところ。あとまだ勇気が足りないから……」
勇気! そうでがす、勇気を出してゼシカの嬢ちゃんをモノにしてくだせえ。
「そういえば、ゼシカの嬢ちゃんは踊り子の服が気に入ったようでがすね。ウサミミバンドも錬金できたし」
ああそれね、と、兄貴も嬉しそうに目を細めなさる。
「ゼシカの願いって、皮の帽子のことだったんだよ。パルミドについたらなんでもいいから替えたいって。あのドレスなのに皮の帽子でしょ? 僕もちょっとヘンだな、って思ってたんだよ。そしたら思いがけずウサミミバンドを錬金できたから、ちょっと高かった踊り子の服が余裕で買えてね。キトンシールドも軽くて使いやすいって喜んでたよ」
「そうだったんでがすか。あっしはてっきり……」
「てっきり?」
「あっ、いや、なんでもねえでがす」
てっきり、「あたしの望みはエイトと結ばれること」だと思ってた、なんで言えねえな。全く、うっかりな発言をしちまうところだったぜ。そういや兄貴の望みは……。
「あっ、兄貴の欲しいものは何でがすか?」
ああ、なんて単刀直入な質問! 阿呆か、俺は! 兄貴が「ゼシカ」なんて言うわけねえだろう? しかし兄貴は、ふっと目を伏せなさった。
「ゼシカを……」
!!!
兄貴はゆっくり天を仰いで、それから俺のほうへ顔をむけなさった。憂いを秘めた黒い瞳はしっとりと涙をためて、湖の表面のように、一瞬揺れた。俺は兄貴の視線に身動き一つできなかった。
「……ゼシカをリーザスに帰そうかと思う。考えてみれば、女の子がこんな危ない旅してちゃいけないよ。ククールも仲間になってくれたことだし」
「……それほど」
小さく言った俺の言葉は兄貴に聞こえていないようだった。それほど、嬢ちゃんのことを大切に思って……さすが漢! 愛する女を危険にさらしたくないという兄貴の優しさ……。いやしかし、嬢ちゃんもだいぶゲルダみてえになってきちまったし……。
「嬢ちゃん、納得しねえでしょうね」
「うん、それにはちょっと考えがあるんだ。あと、ククールをマイエラ修道院に連れて行く」
へっ? 俺はエイトの兄貴のお考えがさっぱりわからなかった。今、ククールが仲間入りしたし、みたいなことおっしゃったのに、マイエラ修道院に連れて行くってどういうことです?
「ヤン、久しぶりにゲルダさんに会って懐かしかった?」
「へ? 懐かしいといえば懐かしいし、おっかねえと言えばおっかねえし……」
なんです? 今度は俺のことっすか?
「みんな、時々、身内に合った方がいいと思うんだよ。僕は王と姫といつも一緒だけど、三人は大切な人をふるさとに残してる。今回、ヤンはゲルダさんに会ったから、マイエラでマルチェロさんに会って、それからリーザスに行こう。ゼシカが帰りたければそこで帰す。……そうだ、僕、ちょっと道具屋さんに行かなきゃ。待っててね」
兄貴? なんなんです? 急に! それにゲルダは身内じゃねえでがすよ。俺は何も言えないまま、その場に立ち尽くした。
「ヤンガス、聞こえてしまったぞ」
うおっ! おっさん、いつの間に!?
「兄貴はいったい何をお考えなんだ?」
「さあ。軽いホームシックじゃろ」
おっさんは特に不思議がる様子もなくあくびをしながらそう言った。
俺たちの次の目的は船を手に入れることだ。情報屋に聞いた場所は、ここから北西。兄貴のふるさと、トロデーンはその北だ。兄貴のホームシックの原因はそれか……。
ゲルダさんと剣士像のイベントは割愛させていただきました。次はマイエラ、リーザスに寄ります。