「やっぱり、船っていいわね」
思わず呟いた。ホント久しぶり。あたしは甲板に出て水平線を見ていた。潮風に吹かれてこうしてはるか遠くを見るのが好き。
ようやく手に入った古代船。ポルトリンクからの定期船とは全然違ってとても立派な船。悠々と海原を進む速度は速くはないけれどとても安定している。この船はトロデーン城の少し南に打ち上げられていて、全く使い物にならなかったけれど、イシュマウリの魔法(?)で復活した。古代船の周りに水が満ち溢れ、徐々に浮いていく。あたしたちは海の底にいるような、空の中にいるような、不思議な経験をした。美しいあの光景がまだはっきりと目に焼き付いている。でも、この船を手に入れたのは、楽しい船旅をするためじゃない。サーベルト兄さんを殺したドルマゲスを追うためよ。
これから行く西の大陸、あたしも話にしかきいたことはないけれど、そこはサザンビーク城、世界最大の歓楽街ベルガラックがある。ククールはベルガラックのカジノに行くんだって張り切ってるわ。エイトも「ほどほどならね」なんて許容してる。ヤンガスはお城のお宝を目当てにしてるし、王さまは錬金釜をパワーアップさせたと喜んでる。みんなちょっとドルマゲスを忘れてるみたいじゃない?
あたしだけが真面目なのかも、なんて考えていると、無駄に足音を響かせて誰かが近づいてきた。靴音までカッコつけてる。
「ハニー、どうしたんだい? 黄昏ちゃって……まだ午前中だぜ?」
たそがれ……ジジくさい冗談やめてよ。そういえば最近、ククールがいやにベタベタしてくる。目障りなんだから……。
「べつに」
「まあ、そう嫌うなよ。な、わがリーダー様はゼシカの母上と何を話したんだ?」
ああ、そうだ。このまえうちに帰ったとき、母さんとエイト、二人で話してたっけ。
「あれね、時々顔見せるし、あたしが辛そうだったらいつでも実家に帰しますから、今は見守って下さいって」
「へぇー。で、母上は何て言ったんだ?」
「わかりました、どうぞよろしくお願いします。って。エイトのこと、歳の割には苦労人ねって言ってたわ」
「ふうん。オレのことは?」
「赤い人……って言ってた。でもなんでエイトのこと聞くの?」
「いや、あいつ、最近暗いだろ? オレを油断させておいて、抜け駆けしてゼシカを嫁に下さいとか言ってやしないかと心配でね」
バカみたい!
「そんなこと言ってないわよ」
しかしククールは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「言われたらどうする?」
「そうね、考えてもいいわ。あんたなら即お断りだけど」
「キツイぜ、お嬢さん!」
「まあ、エイトはあたしなんかに興味ないわよ。エイトの頭の中はトロデーンの人のことしかないもの」
そうよ、いつだってエイトはあたしを通り越して先を見てる。今だって西の大陸に待ち受けてるものを思って、自分を励ましてる。一生懸命で、見てるのがつらい。
「こんなとき、兄さんなら」
「こんなとき、兄貴なら」
あたしたちは同時に言った。あはは、おかしいわね。
「オレたちブラコンだな。またリーダーにしかられちまうぜ」
「そうね。あたしたち、ヤンガスを筆頭にみんなエイトの兄貴が大好きだしね」
全くだ、って言ってククールも笑った。サーベルト兄さんとは違う、大人の男の人のにおいがする。やだ、なんであたしドキドキしてるのかしら。
……あたし、ひょっとしてエイトを好きなんじゃないかって旅の間中ずっと思ってた。ううん、エイトを好きでいたいと思ってた。エイトはサーベルト兄さんみたいに優しくて、いつもあたしを見守ってくれる。いつもお母さんに叱られちゃうようなところ……お母さん曰く「女性らしからぬ」ところのことだけど、それも叱ったりあきれたりしないであたしを認めてくれる。一人の人間として。妹でも、アルバート家のお嬢さんでもない、ゼシカ・アルバートとして見てくれるの。だから、あたしはこのパーティーについてきた。甘やかさない、特別扱いしない、でもいたわって大切にしてくれる。あたしがあたしでいられる場所を見つけた気がするの。
大きく息を吸って空を見上げた。眩しい! 太陽はまっすぐにあたしを見ている。あたしたちの前途多難な道のりを少しでも明るく照らしてほしい。祈りたかった。あたしの不安もみんなの願いも、何もかも全部叶うように、道を示してくださいって。
「ゼシカ、君は太陽が似合ってる。女神さまみたいだ」
「バカ、何言ってんのよ」
「ホントだぜ」
下手な口説き文句も、ククールが言うとサマになるからムカつくわ。
ククールの銀髪は、太陽の光を浴びてキラキラと光る。悔しいけど、あんたのほうこそ女神さまじゃないの……。そんなこと考えながらうっとり見とれていると、ククールがゆっくりと片膝をついた。
「ゼシカ、オレは君だけのナイトになる」
ククールは、あたしを見上げ、そう言うと静かに手袋を外し、左手を差し出した。
え? これって告白……?
あたしはうろたえた。いつもの冗談じゃない、ククールの眼差しに。
……なら、あたしも茶化さないできちんとすべきだわ。お母さんならきっとそう言う。
ククールの銀の髪は太陽に照らされ、今は金色に輝いている。病的に見えるほどの顔の白さも、金色が反射し、すっと通った鼻梁の影が神秘的で、まるで神様がお創りになった彫刻のよう。差し出されている左手は、白く長い指がきちんと揃えられ、ぴくりとも動かずにあたしを待っている。
あたしは、……あたしは手を伸ばせなった。きっとその手に触れたほうがいい。あたしの不安を受け止めて、すっかり消し去ることができるかもしれない、その手に。
どのくらいそうしていたんだろう。5分? 10分? その間も潮風がククールの長い髪をなびかせる。あたしの額にはじわりと汗が浮かんでいるだろう。船が波を分ける音に混じって海猫の声が聞こえる。陸が近い。射るような、それでいて包み込むような視線に捉えられ、ただ彼から目を離せないでいた。
「おぅい、何やっとるんじゃ?」
!!!
あたしは声の方を見た。
ククールはそちらには振り向かず、スマートに立ち上がって囁いた。
「ゼシカ、君の気持ちが知りたい」
小声で、でもはっきりと言い残してからあたしに背を向けた。
「おっさんか、邪魔するなよ。今ゼシカと愛を語らってたトコなのに」
語らってません、といつものあたしなら言ってた。でも……。
ククールは、無言のあたしを置いて王さまと何か話し、軽やかに船室に降りて行った。
かわって王さまがこちらへやってくる。
「ゼシカ、顔色が悪いぞ? まさかお前さんは船酔いするまいが……」
船酔い……あっ、エイト?
「王さま、エイトの船酔いってそんなに?」
ポルトリンクの定期船でダウンしてたエイト、この古代船はそれよりはずっとましだけど、やっぱり無理なのね。ずっと船室で耐えてるからダメなのよ。甲板で風に吹かれるほうがいいのに。
「うむ、ククールの呪文が効くかもしれんからの。ところで、お前さんは大丈夫か?」
トロデ王はいつもあたしに優しい。でも、その優しさも今は嬉しくないくらい、気持ちがざわついている。どうしちゃったのかしら……。
「……ええ。ちょっと陽に当たりすぎたかも。あたしも船室行くわ。エイト心配だし」
あたしは王さまから逃げるようにして船室に降りた。
船室のベッドの上には、血の気を失ったエイトがぐったりと横たわっていた。ククールが真剣に呪文を唱えている。ククールの眼差しは、さっき甲板であたしに向けたものとは違っていた。
ククールって、いつも言動が芝居じみてふざけている。だから、こんな真剣な顔、見たことがなかった。戦いの時でさえ、カッコつけてるから。
あたしはドキドキした。怖い。ククールが突然オトナに見えて。どうして急に意識しちゃったんだろう……告白されたから?
ねえ、サーベルト兄さん、あたしは、なんて返事をすればいいの? あたしの気持ちって……?
あたしはこんらんして、絶え間なく呪文を唱えるククールをただぼんやり眺めていた。
次は、実はまだ西の大陸に渡れていないエイトさんたちのお話です。