「エイトは休んだのか?」
間もなく西の大陸、というところでみんなのHPがヤバくなった。エイトが船酔いで使い物にならねえから仕方がない。オレたちは身動きとれなくなり、西の大陸へ渡ることをあきらめた。そしてとりあえず落ち着ける場所へ、ということでリーザスに戻っている。ゼシカには「またお母さんの顔見るの?」と文句を言われるかと思ったが、言わなかった。エイトのことを心配しているんだろうな。そして、無言で馬車とともにアルバート家へ向かった。
オレとヤンガスはエイトを抱えるようにして宿屋へ入った。ヤンガスが「今夜は俺が兄貴についている」と言うので、オレは調達したモルトの瓶を持って宿を出た。静かな夜だ。風もなく、リーザスの入り口にそびえる風車も今夜は疲れて眠っているように見えた。酒の瓶を開けると、焦げた麦の香ばしい香りがふわりと辺りに漂う。オレはほんの少し口に含み、香りと余韻を楽しんだ。
「わしが来たので驚いたか」
ああ、そういえば、トロデのおっさんが来たんだっけ。
「お前さんは多分外だろうと、ヤンガスが言っておったからの」
オレは黙って瓶をおっさんに渡した。
「いい香りじゃ。リーザスには良い蒸留所があると聞いておる。はるかトロデーンからの湧水を使ってよい酒ができるのじゃ。葡萄酒ほどさかんではないがの」
「オトナの酒だな。大量に出回って欲しくねえなあ。酒の味のわかるヤツだけが飲めればいい」
そんなつもりじゃないのに、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。
無風の日は嫌いだ。やり残している面倒な物事が目の前にずらりと並んで、揃ってオレを睨んでいるみたいだから。
虫の声がうるさく耳につく。
オレは戻ってきた瓶の中身を、今度は水のように二口飲んだ。ふーっ、と顔をあげて息をはく。風車が動けばいいのに。
「海の魔物は強いのう」
「そうだな」
おっさん、ちゃんと戦歴つけているもんな。ごまかせやしねえ。
「今のままでは西へ渡れまい」
「そうだろうな」
オレたちはそのことで焦っている。
「レベルを少し上げたらどうじゃろう」
「それがいいな」
トロデーン城でも行って修行するのがいいんだろうな。
「お前、早すぎたのではないか?」
何? 意味がわからねえが、オレはひどくドキリとした。おっさんと一瞬目が合う。オレはあわてて風車を見上げた。
「何がだよ、おっさん?」
風車に向かって言う。
「ゼシカはああ見えてお嬢ちゃんだ。もっと本人が悩んでからのほうが良かったのではないじゃろうか……。時間はまだある」
聞いてたんだな。船でのこと。おっさんにはお見通しか。
……ああ、そうだよ。ゼシカがサーベルトの呪縛から逃れるために、オレについてくればいいと思って。
「早い方がいいと思った」
「傷つくのはゼシカじゃ」
「オレはいきなり変なコトしないぜ?」
「そんなことを言っておるんじゃない、バカ者」
バカ者って何だよ! 兄貴じゃあるまいし。オレはおっさんの家臣になった覚えはねえぜ。
「ククールよ、ゼシカには早すぎた。お前さんを受け入れるほどゼシカは大人ではない。本命に出会うには早すぎたといういうことじゃ」
「本命ねえ……。いいじゃん、清いお付き合いしていればさ。しばらく旅続くし、そのうちに……」
「そのうちに、お前が変わる。いや、気づく」
なっ?
言い返そうとしたオレに背を向け、おっさんは走って行ってしまった。
なんだってんだよ……。オレは瓶からまた一口飲んだ。心地よい酔いがやってくる。
もう止めだ。オレは旅に加わってから深酒しないようになった。修道院時代は、どんなにべろんべろんになっても、帰るのはドニの宿屋か魔物のいない安全な地下室。今は恐ろしくて酔っていられねえ。何が起きるかわからねえから。……意外とオレ、怖がりだな。それにしても、気づくって何だ? 何に気づくってんだよ!
オレはまた風車を見上げた。頭上の月は、風車にさえぎられて不格好な光をオレに投げかけている。
静かな足音が近づいてきた。
「ククール……」
か細い声の主はエイト。オレは平静さを強引に取り戻して向き合った。
「大丈夫なのか? 調子悪かったよな、今日。お前の船酔いがあんなに激しいとはな」
「うん、ククールのおかげでよくなったよ。ありがとう」
エイトはいつものように黒い瞳を少し細めて言った。風が出てきたようだ。頭上でギシリと重そうな音が起こる。
オレはエイトを出し抜いたみたいになったことを話題にした。いずれわかることだ。早い方がいい。
「えっ? ククール……」
「ああ、コクった」
「そう……」
返事はもらっていない。
「僕たち、ドルマゲスを追っているんだよね。その中で、仲間同士の恋愛があってもいいと思ってる。ゼシカと君が付き合っても何の問題もない。君の旅の目的がゼシカのためだっていうんでもいい」
そう言うと、エイトはまっすぐオレを見た。オレもエイトの黒い瞳をのぞいた。エイトの瞳はだんだんうるみ、じわりと涙が盛り上がる。それはあふれ出ることなく、瞳の表面を覆い、映り込むオレの顔をいびつに膨らませた。
「悪かったな、リーダー。抜け駆けして」
「いいんだよ。君も救われるなら」
オレが? 何言っちゃってるんだよ、エイト。
「お前だって、ゼシカを好きならコクっといたほうがいいぜ」
「僕?」
エイトは不思議そうな顔でオレを見上げる。
「……ねえ、好きになったら、どうすればいいの?」
「何言ってんだよ、ガキじゃあるまいし。お前だって女の一人や二人や三人くらい」
「やだなあ、焦って告白しちゃうククールとは違うよ」
「オレは、一般人とは桁が違うからな。つか、焦ってねえよ」
くだらない冗談に、エイトはふふっと笑う。ホント、子犬みたいにからかいがいがある。真面目な話をしていても、こんな穏やかな笑顔が見たくて、つい話をそらしてしまうオレはずるい男だ。
「好きになったら、相手の気持ちを聞いて、合意すればメイクラブだ」
「ふざけないで。ククールは知り合いの女の人たくさんいるんでしょ? そういう人とゼシカをちゃんと分けられるの?」
「当たり前だ。ちゃんとゼシカと付き合えたら、女遊びなんてするわけねえ」
「本気、ってことだね? じゃあ、いいか」
何なんだよ、信用ねえな。今度は少し興奮気味に目を大きく開けて一生懸命話すエイト。ばら色の唇がかわいい。エイトは老若男女にモテモテだ。オレがエイトより先にコクったのは、もし、オレが後なら勝ち目はないからだ。
「ねえ、じゃあフラれたら?」
「ゼシカにか?」
「いや、いままでにフラれたことってあるの?」
「そりゃあるさ」
「どのくらい?」
「勝率か?」
「うん、まあそういうのでもいいけど」
「……半々かな」
フラれたことなんてほぼないが、ちょっとした冗談のつもりのナンパをいれたらそんなもんだろう。
「ふうん。じゃあ、あの、……お断りしたことってあるの?」
「あんまりねえな。来るものは拒まず、去る者は追わず、がモットー」
「優しいんだね」
「まあな」
なんなんだ? そんなこと気になるのか。まあ、男子の会話なんてそんなもんだ。普通の男子なら、初体験の話なんていろいろ……。ダメダメダメ、それはアレがああして、コレがこうだから……。
「どうしたの? 目が泳いでるよ。……修道院時代のことでも思い出してた?」
おい、本当に何を見てそう言う? オレはこんらんして、エイトの初体験を聞きそびれている。いや、聞かない方がいい。聞いちゃいけねえ……。
「ゼシカにはまだ返事をもらってないんだ」
「そう……」
「お前もコクれ」
「……何で?」
「好きなんだろう?」
「それより、何で好きって言わなきゃいけないの? 黙ってちゃいけないの?」
「いけなかないけど……」
「だって、もし……」
「まあ、お前が後でコクっても、ゼシカが手を取るのはお前の方だ」
「だから、僕じゃ駄目だ」
「いいじゃねえか、清いお付き合いしていればそのうちに……」
「そのうちに?」
「ゼシカだって、サーベルトじゃなくお前のことに気づくよ」
「だから、僕は駄目なんだよ」
よくわかんねえな。やっぱり、オレがコクるのが早すぎたのか。
「ククールのバカ」
「はい?」
「好きになったらその人にすぐ好きって伝えるの、みんなに当てはまるわけじゃないでしょ。勝手に人の心に踏み込んでいいものか、考えないの? 焦って言っちゃって、その人がどう思うかって考えないの? 迷惑じゃないかとか」
むむむ……。難しいこと言いやがる。恋愛の沸点が低いのかな、オレって。
「遊びの恋愛だってあるわけだし、恋愛に何を求めるなんてそれこそ人それぞれだろう?」
「……そうだね。ククールは、そうなんだね」
ああ、そうさ。そう思ってくれていい。お前がそう言うんなら、そうだ。お前は熱い男だな。オレとは違うんだろうか。
いつの間にか心地よい風が出てきていた。目を閉じて、顔に当たる風に意識をしばらく集中していたら、隣ですうすうと寝息が聞こえてきた。また寝ちまったのかよ。わがリーダー様はデリケートなのか大物なのかわかんねえな。
エイトを背負って宿に戻る。当たり前だが、背中があったかい。長いこと風にあたっていたから身体が冷えたんだろう。首の後ろからは日なたのにおいがふわふわと漂う。
気づく、焦る、気づく、焦る、気づく、焦る……。オレは繰り返した。……わからねえ。おっさんとエイトは同じことをオレに謎かけしているんだろうか?
次は数日後の話で(バトルロードに寄ったことになっています)西の大陸へ行きますが、すぐゴルドへも行きます。