「やめて!」
僕は尋ねる人を間違った。騎士団員は僕の肩をがっちりつかむ。僕は思わず後ずさった。これが失敗。背中のヤリが足元の石の隙間に刺さっちゃった。
こうなるといけないから、フィールド以外では剣を背負っていろ、と、ククールにいつも注意されてたのに。僕はもがいた。すると騎士団員の男が顔をものすごく近づけてきて、空いているほうの手を僕のあごにかけた。そして僕の服に手が……。
「やっ……」
僕は必死で逃れようとするけれど、下がれば更にヤリが地面に深く刺さる。
と、あごにかけられた手を誰かが払った。
「てめえ、何しやがる!」
ククール? 助けに来てくれたの?
「んだと? 邪魔するな、俺が先に見つけたんだ」
「エイト、こっちに来い!」
えっ? 今、エイトって?
「ヤリが刺さって……」
自分でも驚くくらい、情けない声が出た。
「刺さって?」
ククールは男の襟をつかんだまま、僕の後方に頭を下げた。その瞬間、バキィ! と派手な音がしてククールが殴り飛ばされた。男は僕を抱えたまま、片手でククールを殴り飛ばしたんだ。ものすごい力だ。
「ククール!」
僕は助けようにも男は密着してくるし、ヤリは抜けないしで動けない。
「ははっ! この少年はお前より俺がいいってよ」
「違うよ!」
くそっ! 僕が身動き取れないからって調子に乗って、僕の服の中にどんどん手を入れてきて撫でまわす。すごい気持ち悪い……。急所を蹴りあげてやろうとするが、密着しているものだから、それも無理。とにかく今はヤリを抜かなきゃ。僕は身体を這いずり回る分厚い手の生暖かい感触に耐えながら、身体に力を入れた。
「……ざけんな」
ククールはゆっくり立ち上がって、レイピアに手をかける。
「ククール、ダメ!」
ゴルドでレイピアなんて、お家断絶になっちゃう。
「抜くのか? 聖地ゴルドだぞ。お前もどこかの騎士団のようだが……マルチェロを探しているというなら、マイエラの者か。そうか。気の毒に、マイエラはお取つぶしだな」
ククールが一瞬戸惑ったのを、この男は見逃さなかった。男は僕の服の中に入れていた手を出し、拳を握る。その拳は弧を描いてククールに向かっていった。あぶない! でもククールはひょいと避ける。やった!
ああ、ダメだ、何しろ足場が悪い。ククールは転んでしまった。男はそんなククールに容赦なく拳を落とし、蹴りを入れる。
僕はテンション50でやっとヤリを抜き、ククールを助けに走った。
「ククール!」
僕は男のひざ裏にケリを入れた。膝がカックンとなった男は、バランスを崩して前のめりになった。すかさずククールが捕らえて腕を後ろにねじり上げる。僕は男が逃げられないようにひざ裏に馬乗りになってやった。男の顔は見る間に真っ赤になり、地面をタップした。
「ま、参った、参った。悪かった。勘弁してくれ……」
「いいか、オレのエイトに手ェ出したらこうなる。次に会ったら命はないと思え!」
えっ? 今『オレのエイト』って?
僕がぼうっとしているあいだ、男は転げるようにどこかへ走り去った。ククールを振り返ると、膝をついてお腹を押さえている。
「ククール? 痛いの? どこ?」
ククールはよほど痛いんだろう、呼吸が苦しそうだ。顔からは玉のような汗がぽたりぽたりと地面を濡らす。早く手当しないと。
「あの野郎、お前の服の中をのぞきやがった……服の中に手を入れた……お前のことを……。くそっ、やっぱり許せねえ。殺したい」
ククールはなおもレイピアに手をかけて立ち上がろうとする。そしてとっくに姿を消した男の向かった先を睨みつけている。闇の奥の奥まで、逃がさない、とでもいうようにサファイアの瞳を細めて。こんな憎悪をあらわにしたククールを、僕は見たことがなかった。ぞくぞくした。狂気の潜むその瞳に……。
僕は、今にもレイピアを抜こうかとするククールの左手を押さえて言った。
「ククール、もういないよ。あの人は逃げた。ククールがやっつけてくれたから」
ククールの手からゆっくりと力が抜けていった。そして左手をレイピアから外し、いつもよりずっと優しいまなざしで僕を見る。
「そうか。大丈夫か? 何もされてないか?」
ククールは、自分がボロボロなのに、僕を心配する。ククールって本当に優しいんだ。自分のことより、他の人のことを気にかける。僕はククールの騎士服の汚れを軽くはたいた。
「うん、うん。大丈夫。ククールが助けてくれたから……」
「泣くな、もう大丈夫なんだろう?」
いつの間にか涙があふれていたらしい。ククールの手が僕の頬に触れ、涙をぬぐった。
「帰ろうぜ」
そう言い、立ち上がりかけたククールだったが、しかしその場に倒れてしまった。僕は迷わなかった。気を失ったククールを抱え、移動呪文を唱えた。
「すみません、連れが怪我で。治療の助けをお願いしたいんです。あと、騎士団長……院長さまに会わせてください」
重厚なオークの扉を開けて入ったところは、マイエラ修道院。優しく張りつめた空気が僕らを迎えた。
「旅のおかた……って、その赤いのはククールさん!」
お掃除をしていた団員がすぐに僕らに気づいてくれた。
「どうしたんです? 魔物ですか? 不意打ちにでも?」
「はい……」
夜のマイエラ修道院は静かだった。僕は胸がちくちく痛んで、礼拝堂の女神像を見ることができなかった。ただひたすら、ククールの白いブーツに付いた泥の塊を見つめて、小柄な騎士団員の後ろを歩いた。
「回復は?」
ありがとうございます。僕、回復呪文使えますから大丈夫です。朝にはおいとましますから」
「いいんですよ。それより、団長……院長が不在ですみません。でも院長がおりましたらお泊めできなかったかもしれません」
僕たちは旅人用の個室を用意してもらい、タオルやら消毒液やらも持ってきてもらった。
小柄な騎士団員はククールのことを良く知ってそうだったけど、深く詮索しなかった。ゆっくりお休みくださいとだけ言って、すぐに部屋を出て行ってしまった。
僕はククールに回復呪文をかけ、顔と、手袋ははずして手を拭いた。ククールの自慢の銀髪も土がついてしまっている。できるだけ拭いて、綺麗にしてあげた。
改めて見るククールは、とても綺麗だ。白く透明な肌。すっと通った鼻筋。色素の抜けた朱色の唇。まっすぐな長い指……はめられている騎士団の指輪を見ると、僕の胸は張り裂けそうだった。
ククール、僕は、君が好きなんだよ。
もう、自分をごまかすことはできない。ゼシカを好きだと思ったのとはぜんぜん違うんだ。ゼシカを見ているときには感じない胸の痛みが、君を見ていると、打ち寄せる波のようにあとからあとからわいてきて苦しくて仕方ない。ゼシカを好きだと言い聞かせてたけど……城の呪いを早くとかなきゃと言い聞かせてたけど。
「……ん」
ククール、気がついたの?
「あぶねえ、エイト、逃げろ……」
うわごと?
「エイトに触るな……、オレの……エイト……」
ククール?
ねえ、夢じゃないよね。さっきもゴルドで僕を「エイト」って呼んでくれたの。「オレのエイト」って言ってくれたの。オレの、と、エイト、の間に「パーティーの」とか「リーダーの」とかが入ったをしても……。すごく嬉しいんだ。勘違いしそうだよ……。でも君はゼシカを好きだっていってる。モノにしたいって、はっきり。でも、君は……本心は……。
「エイト、早くこっちに来い。エイト……」
ククールが僕の名前を繰り返す。
僕はもう我慢できなかったから、ククールにキスした。軽くじゃない。しっかりと重ねた。ゆっくり5秒数えて、離れた。
すごくドキドキする。
苦しいよ。
僕はククールが好き……。
はめ殺しの窓から月の光が斜めに射し込む。
柔らかな、ククールの唇の感触。思い出せば胸がしめつけられる。
僕は怖くて自分を抱きしめるように両腕を抱えた。
月の光とククールに背を向け、床に座って目を閉じた。
「エイト?」
「ククール!?」
「いてっ」
「なあに? ククール」
夜明け間近、ククールは目を覚ました。
エイトさんの恋心のお話でした。ククールは都合よくいろいろ覚えていません。