「ヒヒーン!」
何だ?
明け方、馬の悲痛ないななきが聞こえた。俺は気持ちよく野原で花を摘んでいるもんだから、ちょっくらこっと様子を見に行くわけにはいかねえ。
「まさか姫さま?」
ゼシカの嬢ちゃんがあわてて飛び出してきたようだ。
「言うことをきかない馬め! チャゴス様が調教してくれる!」
なんてこった! クソ王子が馬姫さまに乗っている。
「そんな、ひどい! 早く降りなさいよ!」
嬢ちゃんは果敢にもクソ王子に食ってかかる。
「そこのお前! このチャゴス様に命令するのか?」
クソ王子は、馬姫さまを叩いていたムチを振り上げる。
腐っていても王子。俺たちがタメ口きいていいわけはない。
エイトの兄貴は既に来てらして、剣に手をかけていなさった。それをククールが必死で止めている。
俺はなすすべなく、ただ馬姫さまの無事を祈るばかりだった。
すると祈りが通じたのか、クソ王子は馬姫さまから派手に落っこちた。ざまあ見ろ。
「この暴れ馬め!」
「やめてー!」
馬姫様の顔に向かってムチを振り上げるクソ王子。嬢ちゃんも悲鳴をあげる。
まずい、まずいぞ。エイトの兄貴の顔色が…怖ええ…ありゃマジだ。でも剣を抜いちゃなんねえ。それはあっしの仕事でがす! ああっ、でも、今はいけません、今は…クソっ、早く出やがれってんだ!
「わしを……わしを代わりに打て!」
トロデのおっさんが転げるように前に出た。一同唖然。クソ王子は「ならば」とムチをおっさんに向ける。そしてクソ王子のムチが今まさに下ろされようかという時! 俺はこの状況を打開できるいいものを見つけた。尻をまくって、いや、拭いて、急いで皆の元へ駆け出す。
「兄貴! すぐそこにでかいアルゴリザードが!!」
これまでで最もでかいアルゴリザード。こんな巨大なアルゴリザードがいたなんて。この山の主かもしれねえな。
クソ王子を含め、みんなで竜の様子をうかがう。クソ王子もこれならば、という表情。
アルゴリザードの巨大な種は、その名をアルゴングレートと言うそうだ。そのアルゴングレートは逃げることなく俺たちに向かってきた。デカすぎて嬢ちゃんなんかはちょっと(俺はほんのちょっと)怯んでいるが、兄貴は顔色一つ変えなさらない。兄貴のドラゴンに対する強さはハンパねえからな。俺たちは兄貴をサポートしながら必死で戦った。毒にやられたり、強打されたりと、楽じゃない。嬢ちゃんが力尽きそうになったり、ククールの野郎が動けなくなったりもした。
それでも俺たちは兄貴を守り、ようやくアルゴングレートを倒した。
「おお、でっけえな!」
おっといけねえ、山賊にとっちゃ垂涎ものだが、ホントによだれを垂らしちまった。「やあねえ」と嬢ちゃんが笑う。いやあ、苦労した甲斐があった。ズタボロの俺たちは、兄貴が天にかざした大アルゴンハートを拝んだ。
「ふん、まあこれならいいか。お前たち、ご苦労であった。ボクは疲れたから、馬車に乗るぞ。さっさと城へ戻れ!」
クソ王子は、兄貴の手から宝石をふんだくると乱暴に馬車に飛び乗り、あっという間にグウグウとイビキをかきはじめた。
「ちょっと、なにあれ! いくら王子だからって、あんな態度ないじゃない! あたしたちはあんたの部下じゃないのよ!」
ガタゴトという馬車の音よりでかい声で、嬢ちゃんが顔も髪も真っ赤にして怒り狂う。あたりめえだ。俺だって殴ってやりてえよ。あのクソ王子。
「……王、申し訳ありませんでした」
と、エイトの兄貴が急におっさんに頭を下げた。
「何がじゃ、エイト」
「姫をお守りできませんでした。あんな……いえ、まさかチャゴス王子が姫に……その……乗るなんて。ムチで叩かれそうになるなんて……。王がかばって下さらなかったら……」
兄貴は真っ青な顔で詫びをおっしゃる。
「ああ、大丈夫じゃよ。姫はそんなにやわな子ではない。あれでも加減してチャゴスめを落としたんじゃ」
「申し訳ありません。本当に……」
兄貴はアルゴングレートを倒してからずっとうつむかれたままだ。
「まあ、気にするな、おっさんもそう言ってるし、でかいアルゴンハートが手に入ったんだからさ。なあ、さっさと帰ろうぜ。早いとこ鏡をもらってずらかろう」
「そうよ。アスカンタみたいにおもてなししてくれそうにないし、いるだけ無駄じゃない?」
そうだ。この国の財政は厳しいと、財務担当の女が言ってたしな。それに、あのいかつい王様とクソ王子の顔見ながら飲む酒なんて不味くてしょうがねえ。
「のう、エイト? またあの泉に行ってはくれまいか……」
「不思議な泉ね? そうよ、エイト。姫さま、あんな嫌な思いされたんだし、休ませて差し上げましょう」
うん、それがいい。俺もそう思う。
「はい。ではすぐにサザンビークに戻りましょう」
城下へ戻ると、クソ王子はさっさと何処かへ消えて行きやがった。城の手前で見かけた王子は、胡散臭い野郎とこそこそ何やらやっている。
ああ、知ったこっちゃねえ。こちとら急いでんだ。
俺たちはクラビウス王に会い、宝物の間から魔法の鏡と、その他洗いざらいかっさらって不思議な泉に向かった。
「あれ? エイト大丈夫?」
兄貴の顔色がお悪い。
実は兄貴はルーラが苦手でいらっしゃる。あんなでかいアルゴリザードを倒しなさったんだ。お疲れのところに今日はルーラを二度もしたから。
「うん……」
不思議な泉で体力の回復をしても、兄貴の表情にいつもの笑顔がない。元の姿に戻った馬姫さまも心配そうだった。
次はとりあえず、泉の近くの心眼じいさんの小屋に向かう。魔法の鏡の魔法が抜けてるらしいから、これは心眼で見てもらうしかない、という城の学者の意見があったからだ。ありがてえ、エイトの兄貴にも少し休んで頂ける。
「海竜?」
俺たちは声を揃えた。心眼じいさんは、海竜のジゴフラッシュという光を受ければ魔法の鏡として甦るだろう、と診断したのだ。
また海か……と、兄貴ががっくりと肩を落とされる。
「焦らず行こうぜ。なあ、わがリーダー様をもう少し休ませてやろう。いいよな? おっさんも」
ククールの意見には皆賛成した。あまりにもいろいろなことが起きすぎたこのサザンビークのイベント。俺も嫌な疲れがたまっている。
「なあ、リーダー? どこで休みたい? 海辺の教会か?」
「いいわね、あそこ静かだし、海竜のいる海域にも近いわ」
このところの旅の起点は海辺の教会だ。俺も当然そこへ行くもんだと思っていた。しかし、兄貴は黙ってらっしゃる。
「……リーダー、お前が決めろ。みんな、文句言うなよ」
「もちろんでがす」
「ええ。あたし、どこでもいいわ。エイトが一番ゆっくりできそうなところに行きましょう」
俺だったらベルガラックかパルミドだな。酒が豊富だ。
兄貴はちょっと考えたあとおっしゃった。
「わかった。じゃあ、ルーラでいこう。僕がやる」
じいさんに礼を言い、小屋を出る。エイトの兄貴はすうっと息をお吸いになり、おっしゃった。
「リーザス!」
えーっ! あんなクソ田舎??
……てなわけで、ゼシカの嬢ちゃんとおっさんと馬姫さまはアルバート家へ、俺たち三人はショボい宿屋へ向かった。
「大丈夫か? リーダー。早く寝ろ?」
「そうでがすよ。実はあっしも嫌な疲れが抜けなくて。早くやわらけえとこで眠りてえでがす」
「そうだね。シャワーもゆっくり浴びたいし。川で水浴びしただけじゃトカゲの臭いがとれてない気がするよ」
「シャワーだけでもゼシカんちに借りに行くか? あっちのが広いだろうし」
「いや、女性ばかりの所に行くのは……」
「あっちにはおっさんもいるぜ。それにでかい屋敷ってのは、家族と来客用の風呂場は別だ」
「うん、でも、マダムに気を使わせたくない。それに僕、ホントのこと言うと、もう動きたくないんだ」
そういうことなら、ここで一杯引っかけて、さっさと寝やしょうや。俺は欠伸しながら言った。
きれい好きな兄貴は先にシャワーを浴びに行かれた。俺は不謹慎ながら、兄貴の入浴シーンを想像し……まあ、酒が進むこと進むこと。湯上がりの兄貴と乾杯する頃には大分できあがっていた。
いちいちリーザスへ行ってすみません。相変わらずのろのろ進んでいます。