「おう、ヤンガスか。お前さん、なかなか気が利くのう。しかし路銀にゆとりはなかろう、酒など買ってよかったのか?」
トラペッタの町の外、馬姫さまと野宿しているおっさんは、俺の持ってきた酒を嬉しそうに飲みながら、そんなことを言った。おっさん……。俺は思わず涙ぐんだ。
「これ、泣くでない。飲む前から泣き上戸か、おぬし」
そういや、旅に出てから初めて酒を口にした。酒好きのおっさんは、腐っても王なんだから、普段からいい酒飲んでいるだろうに、一般市民が飲むような安っぽい酒でもうまそうに飲んでいる。このときばかりは、おっさんが不憫でならなかった。
「エイトは休んだのか? あいつは酒があまり得意なほうではないからのう。……して、ヤンガスよ、エイトのことじゃろう? お前さんの胸の内にあるものを吐き出したらどうじゃ」
トロデのおっさんは、お見通しだった。さすが、腐っても王だな。それじゃってんで、俺は駆けつけ三杯をあおり、寄り道好きな兄貴の行動パターンについて遠慮なくぶちまけた。
「はっはっは、ヤンガスよ、エイトはそんなに難しい子ではない。まあ、自然児というか天然というか。ピクニック気分がないとは言えん。それはお前さんの言う通りじゃと思う」
地元産の2本目の赤ワインを手酌で飲みながらおっさんは続けた。
「……17歳というわりに精神年齢が低いのは間違いない。おっとり育ったわがミーティア並みにお子さまじゃ。城の外で遊んだ経験もないから、旅が珍しく、楽しいのじゃろう。散歩慣れしていない犬と一緒じゃよ。そのうち飽きる。効率の悪い旅になっているのも今のうちだけかもしれんぞ。まあ、大目に見てやろうじゃないか」
そうか、早く目的を果たさなければと一番焦っていたのはこの俺なのかもしれない。兄貴に危機感がないのは、おっさんと馬姫さまが一緒だからだろう。無理して慌てることはねえのか。
「それに、剣の腕前はなかなかのものじゃろう?」
それは認める。エイトの兄貴の剣の腕前はなかなかどころじゃねえ。厳しい稽古をしてらしたんだろう、基本がしっかりしている。だから、敵にきちんと当たれば一撃で倒せる。
「……城でも経験が少なかったから仕方ないじゃろうが、今日、間近で戦いをよく見ていて思ったのじゃが、あいつはどうやら力加減がわからないと見える」
さすが、おっさん! 目の付け所は確かだ。エイトの兄貴は精神も武力も発展途上。やっぱり俺がしっかりサポートして差し上げなくては。次の稼ぎでは兵士の剣よりいい剣を用意して差し上げたい。俺はなんだか目から鱗が落ちた気分だ。
「よくわかった、おっさん! エイトの兄貴を必ず立派な
「うむ、
それを言うなら夫婦喧嘩はだろ、とツッコミを入れる代わりに俺はおっさんのグラスになみなみと酒をついだ。
それから俺たちは、おっさんの姫自慢と俺の兄貴自慢を肴に、大いに盛り上がった。
そして翌日(♪ちゃららら~ちゃらら~ん♪)
「ひどいよヤン! ヤンのいびきがひどくて、僕、全然眠れなかったんだから!」
「すいやせん」
あれ? 俺、今さっき寝たはずなのに?
頭が痛え。飲みすぎたなこりゃ……俺は記憶の糸を手繰り寄せた。トロデのおっさんと調子こいてカパカパ飲んで……おっさんがつぶれちまって……俺は宿屋に戻った。その時見上げた空はお月さんとお天道さんが東西の極にあったから……世界を照らす役割を受け渡す時刻だったはず……。
……そのときのエイトの兄貴のお姿といえば、枕に顔を半分うずめ、背中は剥き出し、ほっそりした腰には薄い上掛けがうっとおしげにまとわりついて……。それを見て俺は、はあはあして、胸がキューンとなってしまった。そして俺は俺の中心を抑え、それでもしばし観賞し、兄貴が「ん、ふうっ~ん」と悩ましげなため息とともにこちらに寝返りをうったところで、あわてて自分のベッドに潜り込んだ。
もう、これ以上は観賞が観賞でなくなっちまいそうだから……。
そう、だからエイトの兄貴は明け方までしっかり眠ってらしたはず。俺は二時間弱の睡眠で叩き起こされたってわけだ。
「二人ともくさい!」
エイトの兄貴はそれからずっと不機嫌極まりない。
「酒くさいのと汗くさいのは嫌いなんだ。ヤン、今日は何が何でも僕が前を歩くよ。二日酔いの二人に挟まれてたんじゃ、僕まで二日酔いになっちゃう。全く、旅は始まったばかりなのに先が思いやられるよ!」
エイトの兄貴はそうおっしゃって雑魚敵を蹴散らしながらずんずん進む。テンションあがりまくりだ。俺とおっさんは肩をすくめたものの、「作戦成功!」と目で合図した。
……夕べおっさんと話していて、エイトの兄貴を大切に思うあまり、俺もおっさんも知らず知らず兄貴に対して過保護になっていたんじゃないか、という一つの結論に達した。じゃあ、おっさんと俺がべろんべろんに酔って二日酔いで役立たずになったらどうなんだろう、と。荒療治かもしれないがためしにやってみようという作戦だったんだ。
「あ……兄貴、すいやせん、ちょっと休憩……」
「のう、エイト……、しばし馬車を止めてよいか?」
こんな調子で歩みはのろい。しかしエイトの兄貴も二日酔いの俺たちを無視するわけにもいかず、ちょくちょく後ろの俺たちを気になさった。
「あ、ヤンは薬草使って。こいつは僕がやっつけるから」など、戦闘命令もできるようになられた。おかけで滝の洞窟も見つかり、けったいなお使いも無事に完了した。
「のう、ヤンガス、こんなに上手くいくとはの?」
「全くだ。おっさんの言うとおり、今日の兄貴はおっそろしく強かったぜ!」
俺とおっさんは、兄貴がぼうぐやで装備品をご覧になっている間、ヒソヒソと作戦の成果を互いに称えた。
「じゃろう? では今夜は作戦成功の祝杯をあげぬか?」
「おう、いいぜ! じゃあ、今夜も兄貴が寝たら……」
刹那! 殺気!
「駄目ですよ、トロデ王、ヤンガス」
背中から鋭い声。そっと振り向くと、エイトの兄貴が満面の笑みを浮かべて立っていらした。黒い瞳が笑っていない!
「ま、まずいぞ! ヤンガス。エイトが『トロデ王』と呼ぶときは……」
おっさんはすっと小さくしぼんで俺の後ろへ隠れる。どーしろってんだよ! おっさん!
俺はうまい言い訳を探し、頭を強くぶるぶると振った……が思いつかねえ。ええい、ままよ!
「あっ、いや、その……無事に水晶玉も見つけたことですし、今晩はエイトの兄貴もご一緒に祝杯など……」
しかし、エイトの兄貴は、表情を全く変えなさらない。笑顔の中の目が怖え!
「うん、今日は野営だからね。みんな一緒だよ」
兄貴はそうおっしゃり、にっこりと空っぽの銭袋を見せた。
「あっしはいいでがすよ、野宿は慣れて安から……」
野宿は構わない、けど今日あんなに戦ったのに、無一文てのは……。察した兄貴はおっしゃる。
「うん、無断で悪いと思ったんだけど、ブーメラン買ったんだ。残りは薬草と毒消し草に換えたよ。あと、いいこと聞いたんだ。ヤンにぴったりの装備品が近くに隠されてるらしいって。明日探しに行くよ。これは探索だからね。道草とか、寄り道じゃない」
問題ないでしょ、と付け加え、さっさと町を出なさる。そして「ここがいい」と野宿の場所を決め、笑顔のまま火を起こし始めなさった。兄貴の黒い瞳の奥に、その眼力で火がおこせそうなほどの気迫の炎が揺らめいたのは気のせいでがすよね。
ユリマちゃんとルイネロさんの部分は省きました。序盤なので、少ない人数でやってます。次回は、エイトさんがブーメランの練習をします。