ドルマゲスの隠れている闇の遺跡。あいつがいるとわかっているのに、また足踏みをしている。どうしてこう、もっとサックリいかねえのか……。
今日、サザンビークで面倒な儀式を手伝った後、ようやく手に入れた魔法の鏡。ドルマゲスの張った結界を破るためのものだが、これもそのままじゃ使えねえ。また面倒な……ああ、オレ、「面倒な」ばかり言ってるな。
……しばらくぶりだな。このシチュエーション。
エイトがリーザスに行きたいと言った時、またオレと話したいんだろうと確信した。
だからオレはいびつな月明かりの下で待っている。今夜はごく弱い風が吹いていたが、これじゃ頭上の風車は動かない。
オレとヤンガスは軽く飲み始めたんだが、ヤンガスはいつになくピッチが速く、フロから上がったエイトと乾杯するや、あっという間にテーブルに突っ伏した。オレは酔いざましして来る、と言って出てきた。エイトはヤンガスを部屋に送って、そろそろ来るはずだ。
オレは木に寄りかかって、目を閉じた。以前にもこうやってあいつを待ったことを思い出しながら。
あの時……ずいぶん悩みやすいヤツだな、と思った。みんなの前じゃいつもニコニコして元気なくせに、本当は小さなことまで気にしてくよくよする。上手く言えないんだろうな。口が達者なヤツじゃないから、相談せずにみんな背負いこんじまう。酒飲んで発散するタイプじゃねえし、どうしてやったらいいんだろうか……。
小さな足音が聞こえてきた。エイト、じゃねえ……。
「まだ休まんのか? ククール」
おっさんかよ……。ああ、こんなシチュもあったな。
「なぜ頭を抱えておる?」
「いや……。陛下こそ、いかがされましたか? こんな夜更けに」
「陛下じゃと? なんじゃ、気持ちの悪い」
おっさんは酒の瓶を寄越したが、オレは制した。おっさんは驚いて言う。
「ククール、具合でも悪いのか? 酒を飲まんとは……」
「あ、いや、悪いな、おっさん。もう飲んじまったから、これ以上はやめておく。……そうだ、今度夜営のときは、このリーザスのモルトを一緒に飲もうぜ。最近は海辺の教会ばっかりだったからな。あとは、久しぶりにパルミドでも。それならおっさんも一緒に飲めるべ。あっ、馬姫さまが危ねえか?」
「そうじゃな。……ところでククールよ、お前さん、ゼシカにフラれたか?」
なっ!
「何だって?」
そうなのか? オレはフラれたのか……?
「ゼシカはちょっと前までは、いちいちイライラしたり、お前さんに対してぎこちなかったりしておった。それがパッタリなくなったからの」
「それでどうしてオレがフラれたことになるんだ?」
おっさんにくってかかってみたが、実はその通りで、オレもおっさんと同じことを感じていた。
「ククールよ、この旅の間だけでも、素直になってはどうだ?」
「オレはいつも素直だぜ? 産まれたばかりの赤ん坊のようにな」
「エイトが言っておった……ククールは兄ときちんと話していないと」
兄貴か。ゴルドで会ったきりだ。
「いいんだ。もう、あいつとは関係ないんだ」
「ドルマゲスを倒したら、どうする? 会うのか?」
「ああ。そこは、報告しなきゃなんねえからな」
「そうか」
おっさんは、風車を一目見上げ、じゃっ! と右手を上げてアルバート家に走って行った。
「何なんだ? 意味フだぜ」
謎かけかよ、おっさん……。この前と同じだ。
オレは風車を見上げた。何でだろうな、オレはこの風車が好きだ。綺麗な月光を遮ってるってのに。いや、月明かりは、遠慮会釈なしに煌々と照らすより、こんなふうにいく筋もの光の束になってキラキラと舞い降りるほうがずっと神秘的だ。
……どのくらいそうしていただろう。今度こそ待ちわびた足音が近づいてきた。
「ククール……どこ行くの?」
「行かねえよ。酔いざましに行くって言ったろ?」
ったく、何かって言うと、オレを脱走犯みたいに言いやがる。
「そう。ならいいんだ」
「トゲトゲは寝たのか?」
「うん」
そう言うと、エイトは俺の隣にしゃがみこんだ。
「おい、大丈夫か? まだ気分悪いのか?」
エイトは棒きれを拾い、地面に落書きをしながら首を横に振る。
オレは待った。エイトが何か言い出すのを。しかし、虫の音と、珍しく酒場から聞こえてくる喧騒だけしかオレの耳には入ってこない。エイトはカリカリと地面を引っ掻き続けている。
「明日は船だぜ。大丈夫か」
「たぶんね」
「どこからスタートする? 海辺の教会か?」
……オレはこんな話をしたいんじゃねえ。でも、黙っているエイトに不安を感じ、つまらない質問を繰り返した。
ふと、エイトは落書きの手を止めて、言った。
「ドルマゲスを倒したら、どうするの?」
修道院に帰るの? と、オレを見上げる。その黒い瞳はたっぷりと潤んでいた。泣いているのか……エイト?
……そんなわけねえよな。
「……お前、ドライアイか?」
「ドライ……なんだって?」
「お前、よく見ると、夜は黒目がぱっちりしてるな。夜行性か?」
「猫じゃないよ……。ねえ、茶化さないで。……修道院に帰るんでしょ?」
「帰るっていうか、オディロ院長の墓前に報告しなきゃなんねえからな」
「そのあとは……?」
「どうするかな。まずは元通りになったトロデーン城に遊びに行くかな」
エイトの真剣な眼差しにオレはひるんだ。嘘を言ってはいけない。
「……ククールは聖堂騎士団員だもんね」
「お前は兵士だもんな」
オレたちは、立場が違う。
「でも、今は仲間だよね」
そらそうだ。
「……旅っていいよな」
「うん」
エイトはまた地面を向いて落書きを始めた。
「お前はトロデーンの立派な兵士だからな。オレなんて騎士団の厄介者だから、このままトンズラしたって誰も困らねえさ」
「お兄さんは……マルチェロさんは……」
なんだよ、またバカ兄貴のことか?
「なあ、リーダー? アイツのことはもういいんだ。今は、このパーティーがオレの居場所。そうだ、お前に聞きたいことがある。オレはお前の何だ? 赤いお荷物か?」
「パーティーのメンバーだよ」
即答かよ、オイ!
「だって、僕はパーティーのリーダーなんでしょ?」
「ああ」
カワイイ小犬ちゃん、なんて言えねえだろ? ちらっとオレを見上げたエイトだったが、すぐにうつむく。
それからは、何も話さないまま時間ばかりが過ぎる。エイトはなぜリーザスへ来たのか。オレに何か言いたいことがあったんじゃないのか。オレは肩すかしにあった気分だった。考えすぎだったのか……。エイトがいろいろ悩んでいることはわかる。オレに話して楽になればいいと思うのに、なかなか本心を明かさない。あんまり信用されてねえのかな。
オレたちはただの友だちとかじゃない。生死をかけたといえば大げさだが、常に危険と隣り合わせの旅を続けている仲間だ。出会ってから今までの短い間だが、それなりに絆が深まっている。個人個人の性格とか、感情とか、そいういうのは抜きにしても、まとまりがあるように感じている。だが、まだ強固ではないんだろうか。エイトのことをわかってやれていないのは、やっぱりオレが信用されていないからなんだろうか。オレでは役不足か……。答えなどでないことは分かっていても、やるせない気持ちだ。ふと見上げると、月はいつの間にかすっかり雲に隠れていた。
「戻ろうぜ」
「そうだね」
エイトは棒切れを転がして立ち上がった。
「あれっ?」
「大丈夫か? 急に立つな、立ちくらみだ」
オレはエイトを支えた。足に力が入っていない。……日向の匂いがしてくる。なんて温かいんだろう。オレは木に背を預け、心地よさにしばらくエイトを抱きしめていた。オレはコイツを支えたい……不安も全て。
「……ごめん。もう平気。やっぱり急に立っちゃダメだね」
エイトはスッとオレを押し退け、行こう、と振り向きもせずに宿屋へ向かった。
エイトさんがいろいろもやもやしています。もう少しリーザスにいます。