「すみません、手違いで」
宿屋に行くとおばちゃんがすまなそうに言った。
「じゃあ、大部屋は一人分で、あとは個室なんですか」
エイトの具合が心配だったから、食事前に個室と大部屋二人分を予約したつもりでいた。今、大部屋にはヤンガスが寝ている。
「お前は個室で休め」
「ククールはどうするの?」
「オレは朝まで飲んで……」
「お客様すみません、もう閉店しました」
リーザスは夜早いんだっけか。相変わらず行儀がいいぜ。
「あの、毛布を余分に借りられませんか? そしたら一人が個室の椅子で寝ますから」
まあ、そうするしかねえな。
「いいですよ。本当にすみませんでしたね。お代はまけときますから」
おばちゃんは、では、お持ちしますからちょっとお待ちください、と言って部屋の鍵を寄越した。
「先に行ってるか?」
「……じゃあ、そうしようかな」
エイトは階段に向かった。
「……ごめんなさいね、私、間違えちゃって……」
そう声をかけてきたのは予約の応対をしてくれた姉さんだった。
「ああ、気にしないでくれ」
「ね、ベッド足りないんでしょ? 私の部屋に来ない?」
……そういうことか。オレは階段を上るエイトを見た。エイトは一瞬止まってこっちを見たが、すぐに行ってしまった。
「ありがとうな。でも、連れが調子悪いんだ」
「そお? ならなおさら一人で休ませてあげましょうよ、ね?」
姉さんはシナを作ってオレに寄りかかってくる。
「ハニー? 残念だけど、連れはさみしがり屋でね」
「彼、でしょ? まさか女の子なの?」
「彼、だよ。怖いんだぜ、ああ見えて」
「そういうコトなの。わかったわ。私、気にしないけど?」
オレが返事の代わりに二階に目をやると、姉さんはホモ野郎、と小さく吐き捨てて受付の奥に消えた。
入れかわるように、おばちゃんが毛布を持ってやって来た。
「すまなかったね、あの子、新人でね」
「いや……。なあ、おばちゃん、パルミドをネグラにしてる美人局盗賊団てのが、こっちの方にも来てるって話だぜ。気をつけなよ」
オレは適当なことを言って、毛布を受け取り、二階へ上がった。
鍵がかかってやがったから、ノックした。
「オレだ。入れてくれ」
エイトはなかなか開けてくれない。
シャワーの音がやんで、ようやく扉が開いた。
「来たんだ」
「何だそれ。一緒でいいって言ったのお前だろ? てゆーか、またフロかよ」
さっぱりした顔に、不快感が浮かんでいる。
「てっきりあのお姉さんと寝るのかと思って」
「おい! オレはそんなに軽くねえ。それにオレだって選ぶ権利はある。あの女は危険だ。ヤバイのが後ろにいる」
「じゃあ、ヤバくなきゃ寝たんだ?」
挑むような目。オレは言い返せなかった。
いやにつっかかるな。さっきまではふらついてたのに。
「おい、お前、酒?」
驚いた。サイドテーブルのウエルカムドリンクがからっぽだ。アルコール度数の低い果実酒のようだが、酒場でも少し飲んでいたし、酒に弱いんだからあっという間に酔いが回る。そのあとでシャワーなんてやばいぞ。
「……まあ、いいや。ククールがベッドで寝て」
そう言ってエイトは、オレから毛布を取り上げた。目が据わっている。早く冷ましてやらないと……。
「オレが椅子で寝る。……お前さ、オレがゴルドでやられた日、マイエラまで連れてってくれて、朝まで床にいたろ? またそんなじゃ……」
「へえ、覚えてたの? そんなこと」
そんなこと? ああ。そんなこと、ね。お前にとっちゃそんなことなんだな。オレはすげえ嬉しかったのに。
エイトはオレが差し出したミネラルウォーターをひったくり、ごくごく飲んだ。口の端からたらたらこぼしている。……なんかやらしい……。
いや、そんなこと考えてる場合じゃねえ。
「……わかった。じゃ、そうさせてもらうよ」
オレが黙ってるもんだから、エイトは背中を向け、髪をごしごしと拭くと、ベッドに潜り込んだ。
いつもと違うエイトの対応に、オレは複雑な気持ちになった。寂しい? いや……。
とりあえずオレもシャワーを済ませた。バギで髪を乾かす。寒っ。バギにも温風があればいいのにな。部屋へもどり、あわてて毛布をまとうが、やっぱり寒い。
個室だから狭いのは仕方がないが、いやに圧迫感があるな。暗いからか。
ひととおり見回すと、小さな窓の他、天井近くにも申し訳程度の灯り取りの窓がついている。月は雲に隠れたままのようで、町のうすらぼんやりした灯りの一部が入ってくるだけ。
エイトは気配を消している。眠っていない。構うもんか。何不機嫌になってんだか。
オレは椅子に座った。
……寝にくい。
これなら起きている方がましじゃねえか?
なんとなしにエイトの顔を覗きにいくと、エイトは頭まですっぽりと毛布をかぶってしまった。このヤロウ……。
「眠ってないんだろ?」
エイトは答えない。
かわいげねえな。
「椅子じゃ眠れねえ。やっぱりお前起きろ」
オレはエイトの毛布をはぎ取った。
「わっ! 何するんだよ。寒いじゃないか!」
「うるせ。オレがベッドで寝ていいって、さっき言ったろ?」
「さっきはさっき。今は今」
生意気だな。エイトは動こうとしない。
「じゃあ、一緒に寝るか?」
「……やだね」
「じゃあ、どけ」
「やだ!」
エイトはくるんと丸まった。まるで小動物みたいだ。オレはおかしくなり、もっとからかってやりたくなる。
「じゃあ一緒に……」
エイトは答えない。冗談が通じねえのか。……オレは一緒に寝てもいいんだが。あったかそうだし。
いや、別の感情が沸き起こってくる……。エイトがいいよって言ったらどうしよう……一緒にベッドに入ったらオレ、なんかしちゃいそうだ……なんてな。いや、でも……。
エイトは丸まったまま動かない。小せえな。バカぢからあるくせに……。困らせちゃかわいそうだな。ここんとこ、ずっと疲れてるみてえだし。
「……悪い。冗談だよ……オレが眠れないのにお前が寝るのはずるいって、ちょっとふざけすぎた。もう言わないから……安心してゆっくり寝ろ」
オレはどうにか誤魔化そうとした。冗談だと言えば許してくれるだろう。エイトだって兵士なんだから、そのくらいのジョークはわかるはずだろ?
「うるさい!」
「んだよ! うるさい?」
なんだよ、この切り返し。かわいそうは撤回だ。
「ククールなんてどっか行っちゃえ! 女の人と寝ればいいんだ。……どうせ」
「おい! どうせ? どうせ、なんだよ?」
オレは頭にきた。なんでこんな言われかたをされなきゃなんねえ?
「……冗談だよね」
は?
「僕と寝るなんて……バカみたい」
「バカとはなんだよ!」
「バカだから、バカだって言ったんだ!」
エイトは勢いよくベッドから降りた。そして冷たい無表情をオレに向ける。
「わかった。どうぞ。僕は出て行くから、君はヤバくない女の人とここで寝ればいい」
「何だそれ! どういう意味だ!」
エイトの無表情は怖い。目がマジだ。いつもならクラクラしそうなくらい艶っぽい黒目が、仲間を見捨てた群れのリーダーみたいに冷たい。いや、それでも、黒曜石のような輝きはぞくぞくするほど魅力的だ……とりつかれてんのか? オレ。
『……ちょっと……うるさいわね……』
と、突然、壁の向こうから声が。
『気にするな……早く』
続いて恥ずかしい声が聞こえてくる。
『あ……ん。ダーリン、待って……うふん……』
『……我慢しないで声を聞かせてくれ……』
『イヤよ……あっ……ダメ……ああん……』
……声はだんだん大きくなる。
『そうだ、もっと……隣にも聞かせてやれ……』
恥ずかしい声と一緒に、行為の激しさを伝える音が……。オイオイ、もっと控えめにしてくれよ……。
『はぁん……あっ……奥まで来てる……いいわ……あ……はぁん……もっと……』
エイトは真っ赤になって固まっている。オレたちは下らないケンカを続けることができなくなっていた。
『……い、いくっ……っあ……あっ……!』
極まった悲鳴に似た女の声が一回聞こえた直後、ドカドカと足音が入って行った。
『おい貴様ッ! 俺の女房に何をしてる!』
『あんたっ! 助けて!』
『違っ……』
『このオトシマエ、どう付けてくれる?』
何だか物騒なことになってきたな。
「ク……ククール、この部屋鍵かけた?」
エイトの視線が扉に向かう。
「大丈夫だ」
念のため鍵を確認する。まあ、オレたち何もしてねえし。びくつくこともないんだが。
「くしゅん」
エイトがくしゃみをする。確かに寒い。
「出て行かない方がいい。オレが悪かったよ。何もしないから、ベッドに寝かせてくれ。背中合わせで眠ろう」
寒冷地での夜営ではこうやって暖をとる。エイトだって兵士なんだから知っているはず。
「うん。そうしよう。僕こそごめんね……」
背中合わせで一つベッドに入った二人です。何が起こったかを知りたい方は次の()つきのほうでどうぞ。たいした描写はありません。内容は表題通り。