「……ククール?」
「何?」
「……眠れない」
背中合わせでベッドにはいったものの、オレも眠れなかった。寒さはとっくに解消されているのに。エイトがごそごそと寝返りをうつ。続いて、ふーんっ、と、犬のため息みたいのが背中にきた。やべ、ドキドキしてきやがった。
「……ククール?」
「ん?」
「心臓の音って、背中からでも聞こえるんだね……」
何をバカなこと……。エイトはオレの背に頬をつけている。押し付けるな、心拍数が上がる! これは一分間に200回いってるかも。死んじゃう!
「……こっち、向いて欲しい……」
ムリ! 背中が熱い……。
「……ねえ」
細く少しかすれた声は、さっきまで聞こえていた隣の女のよりソソるぜ。いや、何を考えているんだ、オレ!
「……お願い」
お、お願いされちゃ、向かないワケにはいかねえな……。オレは目を閉じたまま、言う通りにした。うつむいているエイトの額が鎖骨にあたる。オレは努めてゆっくり呼吸した。こんなに密着するなんて……それも一つベッドの中でだぜ? いやいや、大丈夫、弟とか思えば……。だめだめだめ、きょうだいなんて……。
「……ククール……ごめん」
何がだよ? 今日はわかんねえことだらけだぜ。
「……あのね、……実は、ここのところ、あんまり眠れてないんだ」
わかってる。それは、みんなが心配していることだから。
「……不思議な泉に行ってからは特に……」
もっと早く言っとけよ。
「夢……夢に、ある人が出てきて、……怖いんだよ」
「誰だ? ドルマゲスか?」
あいつ、印象的なカオだから……。しかし、エイトは意外な人物の名を口にした。
「……姫だよ」
「姫さんが? なんでまた? まさか、早く元に戻せって脅すのか?」
「脅す訳じゃないけど。チャゴス王子に会ってからは、馬のままでもいい……とか」
確かに、あの性格の悪いバカ王子と結婚するくらいなら、このまま、いい馬とツガイになる方を選びたくもなるな。
「僕、どうすればいいのかわかんなくなっちゃって。呪いが解けたら解けたで、姫が不幸になる……それなら、このまま一生旅を続けてもって。でもね、ドルマゲスをこのまま放っておくと、また誰かを殺しに行くでしょ? それにトロデーン城があのままでいいわけないし……」
そうだよな……。
「大丈夫だ。このまま進もう。姫さんは確かにチャゴスなんかと結婚したかないだろうが、それは国と国の問題だ。お前にどうこうできる問題じゃねえ」
「……うん」
「大丈夫だ。とにかく、ドルマゲスを倒し、おっさんたちを元に戻してやろう。話はそれからでいい」
オレはエイトを安心させたかった。大丈夫かどうか、確信なんてないのに。ただ、エイトが打ち明けてくれたことが嬉しかった。オレを少しでも信用して話してくれたことがオレを強くさせた。
不思議な泉に行くのも良し悪しだな。エイトがここのところ情緒不安定っぽかった理由がそれだったなんて。姫さんがもとの姿になるのを見るのは、トロデのおっさんだって、オレたちだって嬉しいはず。でも逆に、元に戻ることができないとしたら、こんな残酷なことはないぜ。
「大丈夫だ」
オレはもう一度同じ言葉を口にした。オレの言葉にホッとしたのか、エイトの身体から力が抜けた。ったく、いろいろ考えすぎなんだよわがリーダー様は。さっきよりずっと和らいだ様子に、オレもほっとして。まだ17歳だもんな。一国を背負うのは重荷だろうて。
オレはエイトの気持ちをあんまり気にしてやれてないことを反省した。エイトは無口だし、強いし、周りに対する思いやりがあるし、立派な一人前の男だから、ついゼシカの様子の方が心配になっちまってて。オレがちゃんとエイトに向き合えば、少しずつでもこうやって話してくれるじゃねえか。そう思うと、オレの心の中に占めていたエイトの割合が思いのほか大きいことに気づいた。自覚してなかった。
……何だ、この気持ち。上掛けごしにエイトの背中に回した腕に、思わず力が入りそうになる。
「ありがとう。あと……」
「あと?」
「ごめん……ごめん、ククール。君はパーティーのメンバーだ」
「知ってるぜ」
昼間の話の続きだな。何を気にしているんだか。
「でも本当はもっと違うこと言いたかったんだ」
「何て?」
赤いお荷物なんて言うなよ。
「傷つく人がいるって言ったでしょ?」
「……すっきりするなら言っちまえ。誰にも言わねえよ」
「君は…僕の……ル」
「ん?」
ルーラ係か?
「……エンジェルだよ」
「えっ?」
オレは胸元のエイトを見た。エイトはゆっくりとオレを見上げ、エンジェル、ともう一度唇にのせた。黒い瞳がかすかに震えている。
「べ…ベホップ…か? オレはまだベホマは……」
オレのバカ! ボケてる場合じゃねえだろ!
「……ごめん、もうあっち向くね。ククールもそうして」
一筋、涙を見せてエイトは背を向けてしまった。
ちくちくと胸に何かが刺さる。
ゴルドで必死になってオレを助けたエイト。戦闘の時、必ずスクルトかけさせるエイト。オレは、棺おけに入ったことがない……一度も。それはエイトがオレの回復を優先しろって言うから。単に、蘇生呪文ができるからだと思っていたが、世界樹の葉が手に入るようになっても、オレの命を優先させる。まさか、エイト、お前。
「傷つくのは……誰?」
オレは思わず口にする。背中を向けたままエイトは即答した。
「君だよ」
「なんで?」
「だって、気持ち悪いでしょ……。僕は……僕は、君が好き……」
「……」
エイトの鼻をすする音が聞こえる。泣いている。自分を抱きしめるように、小さくまるまって。
オレは胸の痛みに耐えられなくなってベッドから降りた。
小さな窓から外を除くと、女と、男二人がもめているのが見えた。隣にいたヤツらだろう。
「素直になれ」というトロデのおっさんの声が聞こえた気がした。
「エイト……」
エイトは答えない。オレは再びベッドに潜り込んだ。
「こっち向いて……」
オレはエイトの肩に手をかけ、こちらを向かせた。
エイトがゆっくり目を開けるのを待った。
「ごめんな」
あんなこと言わせて。
「僕こそ。もう忘れて。君に負担かけたくないから言うつもりなかったんだけど、僕、もういっぱいいっぱいなんだ」
「なんにも言うな」
オレはエイトを胸に抱いた。何回か抱きしめたことのある、温かな、身体。人なつこい子犬のような……。
……オレは「好き」とか「愛してる」とか、しょっちゅう言われる。もっとはっきり「寝たい」と言われることだってある。それに答えることが、オレの性分だと思っていた。「優しいククール」と言われるのが嬉しくて。「嫌い、バカ」と言われるのさえ、裏返しにとっていた。この旅の途中だって、こっそり抜け出しては何度も女の子と寝た。エイトはいつだってそれに気づかないふりをしている。兄貴がいたら叱られるところだが、もう兄貴の呪縛がとけた気がして、修道院時代より手が早くなっちまった。……だが、オレの本当に求めるモノはなかった。迎える朝の苦い後悔。早朝、パーティーに戻り、何よりエイトの顔を見るのが後ろめたかった。それは、エイトがリーダーだから、だと思っていた。
日向の匂いに包まれ、エイトの静かな寝顔を見ていると、虚しさだけがこみ上げてくる。
このパーティーは誰もオレを束縛しない。
オレは命懸けで生きていない。誰かのために、生きていない。
エイトさん、やっと告白できました。