闇の遺跡
「結界が……」
私たちは、目の前に立ちはだかる闇の遺跡に、ついに一歩を踏み入れた。太陽の鏡は、埋め込まれるとすぐ、まばゆい光を放ち、ドルマゲスが張ったであろう結界を無にした。あたしたちは、今できる最高の準備を整え、ここに来ることができた。
ドルマゲスはきっとここにいる……。兄さんを殺したドルマゲスが……。あいつはこの遺跡のどこにいるかわからない。エイトが言っていた、「最も攻め込まれない場所」に潜んでいるんだろう。でもそこで何をしているのかしら。この遺跡は暗黒神ラプソーンがいたという伝説の遺跡。ドルマゲスはそのラプソーンになろうとしているのかも知れない。遺跡は複雑な造りをしているようね。エイトもゆっくりと静かに進む。余計な動きをして魔物を寄せ付けたくない。それにしても、魔物が強い……。今まで戦ったことのない魔物ばかり。
「暗いな」
あたしの後ろにいるククールが呟いた。その声に表れた緊張感があたしの歩みを遅らせる。
「おい、リーダー、ちょっと待ってくれ」
「どうしたの、ククール? 地図あった?」
「ちげーよ、ブーツの紐が」
「おい、遺跡に入ってもう3回目だぜ? そんなオシャレな靴は脱いじまえよ」
「バカ言うな、トゲトゲ。このブーツはな、わがマイエラ修道院の……」
「わかったわかった。いいから早くしろよ」
「暗くてよく見えねえんだよ」
「そうだね。地図も早く見つかるといいんだけど」
「エイトの兄貴、ついにここまで来たんでがすね。あっしは感無量でがす。さっきから武者震いが止まりやせん」
「うん」
みんなの緊張感が嫌と言うほど伝わってくる。あたしだけが不安なんじゃない。でも。
「ククール、できた? 行くよ」
珍しくエイトが先を促す。
「ククール? もうほどけないようにしておいてよ」
「わかんねえよ。この魔法のブーツはな」
「魔法のブーツなの? どこが?」
「そうなんだ。ハニー、よく聞いてくれた。このブーツには危険予知能力があるんだ」
「危険予知能力?」
思わず振り返ったあたしに、ククールは笑いかけた。
「ハニー、オレの顔を見ながら歩きたいのはわかる。わかるが、足元があぶねえ。声だけで勘弁してくれな。オレは君の後ろにちゃんといるから、安心してくれ」
「別に、あんたのカオ見たい訳じゃないわよ」
ククールは、まあまあそう言わずに、とウィンクして話を続けた。
「このブーツは正確にはブーツカバーなんだがな、危険がオレを待っている場合、紐がきつくなるんだ。逃げろってことさ。よくあったのは、朝帰りして修道院に戻るとき。キューッと絞まるんだぜ。そういうときは必ず見張りが立ってるから、別の入り口へまわるってわけ。あとはその逆で、今みたいに勝手に紐がほどける。そういうときは、大抵、危険がすぐ近くにある。ほどけた紐をゆっくり結び直している間に、そいつが去っていく。うまいこと回避することができるってわけさ。な? 便利だろ?」
「じゃ、今ほどけたのは、何か強い魔物でもいたってことかな」
「多分な。残念ながら、内容まではわかんね」
「ふうん。わからないんじゃ便利なのかどうか疑問ね」
「そんなことないぜ、ハニー。もし、ミイラの包帯とかゾンビの汁とかが落ちてたら、踏みたくないだろ?」
「まあね」
「ちっせえ問題だな」
ヤンガスはフンと鼻を鳴らした。
「小事を侮るなかれ、だぜ、トゲトゲ」
そう、小事。あたしのこのつかまえどころのない不安。
この奥に憎いドルマゲスがいる。でも、あの不気味な強さに立ち向かえるの? 今のあたしは。
「っと、まただ。リーダー、待ってくれ。ブーツの紐が」
「おい、ククール、いい加減にしろ?」
ヤンガスの罵声が遺跡中に反響した。
「ちょっ、ヤン、あんまり大きな声出さないで。魔物が寄ってくるよ」
「すみません。でも、これじゃちっとも進みやせんね」
「そうだね、地図もないし」
ククールは座り込んで紐を直している。
「ククール、おめえまさか怖くて進みたくねえんじゃねえのか? それを紐のせいにして」
「そんなことないわよ!」
思いがけず、大きな声が出てしまった。
「ゼシカ、しーっ」
「あっ、ごめんなさい」
ククールは、その場に胡座をかいた。
「トゲトゲの言う通りかも知れねえな。オレは怖い」
「てめえ、ココまで来て、それはねえだろう?」
「でも僕だって怖いよ。ドルマゲス、強いじゃない? 死ぬかもしれないって思ったら、怖いよ」
エイトは壁にもたれて言った。
「あっしは兄貴を守ります。たとえあっしがドルマゲスの呪いの前に倒れたとしても、兄貴はあっしの屍を踏んで、本懐を遂げて下せえ! 不肖ヤンガス、兄貴のために死ねるなら本望でがす!!!」
「しーっ! だから、ヤン、声が大きすぎだよっ!」
すみません、とヤンガスは肩をすくめ、辺りを見回した。
みんな、恐怖がないわけじゃない。それでも前に進もうとしている。あたしは自分の弱さに辟易した。
しばらくの沈黙。それを破ったのはククールだった。
「なあ、いっぺん帰らねえ?」
「えっ?」
みんなびっくりしてククールを見た。
「ブーツの紐のせいにする訳じゃねえけど、今日は紐が締まらねえ。紐なしだって歩けるが、無理したくねえんだ。何かその悪い予感がしてんだよ」
暗く、静まり返った遺跡の中、遠くで水がポタリポタリと落ちる音が、壁を伝ってくる。
エイトが深く息をついた。
「僕、焦ってたかも。みんなの様子を確かめる余裕なかったし。ククールに待てって言われるまで、ガシガシ歩いて。道わかんないのに」
「地図が見つからないんだ。仕方ねえべ」
「そうでがすよ。兄貴は何にも悪かねえでがす」
「ね、ククールの言う通り、今日はやめよう。結界を破っただけでも進んだんだ。みんなまだ体力あるから、もうちょっとだけ頑張れる? 地図だけは探したいんだ。でももし、地図が見つかる前にククールのMPが30を切るようなら、リレミトする」
エイトは、普段と同じ優しい笑顔で、何度でも挑戦しよう、と言った。
「ああ、何度でもな。まあ、希望を言わせてもらえば、一回で済ませたい。オレは夜が似合う男だが、実は暗い所と狭い所は嫌いなんだよ」
「そういや、俺も暗闇は好きじゃねえ」
「えっ? ヤンてそうなの? 山賊は夜仕事するんじゃないの?」
「いえ、あっしは、闇に紛れて不意討ちなんかやりません。ショバ代がわりの通行料を頂くだけの真っ当な仕事してやした」
「へえ、そうだったんだ? そういえば、ヤンに襲われたのって真夏の昼だったなあ」
「そうなのか? 昔から暑苦しいヤツだったんだな、トゲトゲは」
暑苦しいだと! と、また大声を出しそうになるヤンガスをみんなで笑って止めて。
なんか、いつもの雰囲気に戻ったみたい。あたしも足が軽くなった気がした。
「あっ、エイト! あの宝箱!」
「地図だ!」
なんだ、すぐ近くにあったんだわ。
「こういうのを灯台もと暗し、と言う」
「はいはい、もういいからリレミトお願いします」
ああ、すっかり日が暮れて。
「どっか明るい所に行きましょうよ」
「ハニー? やっぱり君は笑顔が似合うぜ。今夜はオレと飲もう。ムードのいい店に連れてってやるよ」
「ちょっと! あたしを口説こうなんて10年早いわ」
「10年!? いいのか、ゼシカ! 10年後は25歳だぞ? 婚約も破談になってるし、そんなトシまで一人でどうするつもりなんだ?」
「ふん! 余計なお世話よ! あんたみたいなブラコン男なんて、年増になったってお断り!」
「嬢ちゃん、25は年増ですかい」
「えっ? あっ! ……ゲルダさん」
ゲルダさんはヤンガスより歳上で確か29歳。
「いえ、そのゲルダさんみたいな大人の女性になりたいなって」
「しくしく」
「ヤン、泣かないで! どこか痛いの?」
「あいつ、歳のこと言うと怖えんですよ。思い出すだけで刺された時の傷がうずくんでがす」
「じ、じゃあ、パルミドはやめよう。ここは大人しくベルガラックに」
ベルガラックのどこが大人しいのよ、と言う間もなく、エイトはルーラした。
地図を手に入れただけのお話でした。次はなぜかラパンハウスへ行きます。