「いやあ、良い気分転換になりそうじゃのう!」
オレたちはついさっきまで闇の遺跡を訪れていた。遺跡の闇の深さはオレたちの想像をはるかに超えていて、生半可な覚悟で挑むべきではないと判断し、仕切り直しをすることに。仕切り直しといっても、気分転換を兼ねて宴会だ。やけに楽しそうなのはトロデのおっさん。ったく、酒が飲めりゃなんでもいいんだな、あのおっさんは……。なんて言いながら、オレもちょっと楽しみにしている。しているんだが、場所は、なぜかラパンハウスに決定。さらに、離れ……だ。
「まあ……でも、よく入れてくれたよな」
「そうよね……。ラパンさん、いつも忙しそうだし。……場所がパンサーの檻ってところが気になるけど……」
「んなーっ! 気にするでねえ。檻として使ってたのは5年前まで。お客はみんなここさ泊まるだよ。じきラパン様も来るで。ゆっくりくつろいでくんろ」
ラパン氏の執事(?)であるカラッチは、奇声を発しながら慣れた様子でテーブルセッティングをし、灯りを点けた。
「ケモノ臭くはないから、まあいいか。しかし、外から見たら間抜けだぜ。まるで見せ物だ」
んなーっ! 今幕引いてやっから、と、カラッチは丸い身体に似合わぬてきぱきとした動きでブラインドを下ろす。
「ちょっぴり開けとくべ」
ブラインドの隙間から、爽やかな風と月明かりが入ってきた。
カラッチは、皿が足りねえだの椅子が足りねえだの言って母屋と離れを行き来している。ゼシカがそれを手伝っていた。ああみるとゼシカも一応女の子なんだよな。このパーティーでは一番炊事ができねえが。
人の立てる音に安心しているオレ。なぜって、視線が痛いから。暗闇に潜む獣の視線。この離れの外、かなり近い距離にパンサーの檻がある。
そして鎖に繋がれているとはいえ、番兵みたいに数頭のパンサーがうろうろしているんだ。ヤツらはオレとゼシカを狙っている。絶対に。
「ンギャオーン!」
「ちょっ、何よ!」
突然の雄叫びに、ゼシカが悲鳴をあげた。
「ああ、ヤンガスさんが戻ったんだべ。ヤンガスさんはベビーパンサーに一番人気だから、甘えてるだよ」
カラッチはケラケラとのんきに笑う。ベビーパンサーだって? あの獰猛な雄叫びが? ゼシカも同じ気持ちなんだろう、そっとオレに近づき、袖をつかんだ。
「べ、ベビーなの? あれが?」
「ハニー、だ、大丈夫だ、うん、多分……」
オレは頼りにならない励まししかできない。これを聞いて、カラッチがまたケラケラと笑った。
「あんたたちは別の意味で一番人気だ。危険だから表には出ねえ方がいいっぺ」
そう、パンサーは、オレには攻撃的になり、ゼシカにも……別の意味で攻撃的になる。
「お待たせ!」
エイトとヤンガスが、山のような買い物を抱えて離れに入ってきた。ああよかった。パンサーキラーが帰ってきて。ヤンガスがオレに酒の瓶を寄越しながら言う。
「特薬草換金して、いい酒が買えたぜ。さすがベルガラックだ。品物がそろってる」
「これはいいものをお求めになったべな、さすがヤンガスさん、お目が高くてらっしゃる」
「カラッチとやら、そんなに良い品なのか?」
トロデのおっさんも瓶をのぞき込む。
「んだ。それはもう。リーザスの最高のモルト樽で熟成させたシェリーだべさ」
「シェリー? ハニー、シェリーってのは、これを飲んだら、今夜はオッケーって事だぜ? 二人だけでベルガラックに泊まろう」
「バカじゃないの? あたしたちはここから一歩でも出たら、……殺られちゃうのよ」
「ヤられる? レディがそんな言葉を口にしちゃいけないぜ?」
「ヘンな勘違いしないでよ!」
ゼシカはキーキー怒りながら外を指さす。
「じゃ、今日のぶんでまた今度……」
ゼシカの反応が面白くてしつこくしていると、エイトが割って入ってきた。
「ほら、夫婦漫才は後にして、お酒注いでよ。あっ、いちいちかっこつけなくていいからね、ククール?」
へいへい。
「…待たせましたな」
みんなのグラスに酒を満たしたところで、ラパン氏が登場。さっそく宴会が始まった。
オレたちは大いに飲んだ。今はドルマゲスのことは忘れ、胃袋も脳みそも充電だ。すっかり酔っぱらってなにもかもリセットしたい気分だった。逃げようたって逃げられねえ。あいつを倒さなきゃ終わらねえんだ。ラパン氏も酒がまわってきて、人が変わったようによくしゃべった。ただの気難しいオヤジと思っていたが、教養もあり、人当たりの良い人物だった。トロデのおっさんとかなり盛り上がっている。モンスターバトルロードのことも知っていて、カラッチにチームを任せているそうだ。もちろん、キラパンオンリーのチームなんだろうな。
「いつも心にパンサーじゃ」
ヤンガスとトロデのおっさんが大イビキをかきはじめ、ラパン氏の一声で宴会はお開きになった。
「リーダー? 風にあたりたいんだが、引率してくれないか? オレ、食われちゃう」
最後の皿を運び終えたエイトにそう声をかけた。調子に乗って少し飲みすぎたな。エイトはほとんど飲んでいないが、少しばかり頬の血色がいい。黒い瞳も少しうるんでいる。やっぱこいつは夜行性だな、うん。
「いいけど。ゼシカは?」
ゼシカを見ると、ゲストルームへ移動しようとしているところだった。
「あたしもうムリ。眠くて。今日メチャメチャ疲れたからもう寝るわ。……エイト、ククールに変なことされたらパンサーに売り渡しちゃうのよ」
「売り渡す? ひどいな、ゼシカ……」
しかし、エイトはサラリと「うん、そうするつもり」と言いやがった。
まったく……。
月が明るい。冷たい風が火照った頬に心地いい。オレとエイトはラパン邸の敷地外を目指す。パンサーはオレを見て歯を剥き出したが、エイトの姿に気づくと、グゥともキュンともつかない声を出して小さく丸まった。草原に出ると、いよいよ月明かりがまぶしい。虫の音はなく、足元の草が静かに風と歌っているだけ。ごちゃごちゃ考えることをやめ、空っぽになった今のオレ。何を一番に考えようかと月を見上げた。
「まだ今日は早いんだね。月が真上だよ。ククール、飲み足りないんじゃない? 最近お酒が減ったみたいだけど。……どっか具合でも悪いの?」
オレにつられて空を見上げたエイトが言った。トロデのおっさんみたいなこと言うなよ。……まあ、確かに酒は減った。安心して飲んでいられる状況にないってのが理由なんだろうが、酒に逃げないでいられるようになったのもあるかもしれない。
オレは、具合なんて悪くねえと答え、草むらに寝転んだ。
エイトも隣に座る。やけに哀しげなキラパンの咆哮が、あたりに響き渡った。
目を閉じる。キラパンが来たって、エイトがいるから安心だ。安心か……。そのとき、何かがピクンと脈打った。オレの中で。空っぽのオレが初めて意識したもの、それはエイトだ。頭の中に、胸の中に、血管の中に、エイトの存在が入ってくる。ゼシカじゃねえ、ドルマゲスでもねえ、オレ自身でもねえ、エイトが。エイトが入ってきた。脈が強くなる。波だ。何かがこみあげてくる。なんだ?
――ククール、君が好きなんだよ。
エイトはオレが好き。
やべ、そんなこと考えてたら、ドキドキしてきやがった。
オレは純情娘は苦手だ。いや、エイトは男だな。しかし間違いなくバージンじゃないだろう。オレにはわかる。男所帯でエイトの貞操が無事であるはずがない。汚れなき童貞かもしれねえが。いや、そんなこと考えてる場合じゃねえ、この「胸の高鳴り」はなんだ。飲みすぎだけのせいじゃねえ……。オレはくらくらする頭をどうにか落ち着かせ、話題を探し出した。
「な、明日、朝からまた闇の遺跡に行くのか?」
「行かないよ。ちょっと作戦立てたい。道具なんかもチェックして。今できる最強の準備で行きたいから」
エイトはオレと目を合わさないまま続けた。オレだって、明日の朝っぱらからは勘弁してほしいぜ。装備ったってそんなに買い揃えるものはない。草とか買うだけだろう。そうすると、昼前には突入だな。
隣で座るエイトに目をやると、やけにマジな視線を、オレたちの前に広がる暗い草原の奥へと送っていた。恐れのない目だ。時々、こいつはこんなふうにマジになる。雄々しい感じ? 普段のかわいらしい様子とは全く違う。このパーティーはこいつがリーダーだから上手く行ってるんだな。強いリーダーシップではないが、なんとなくオレたちは常にこいつの指示を待っている。エイトが何をしたいのかをちゃんと理解して自然に動くようになっている。ドルマゲス戦、きっと勝つだろう。もしまた途中で退散することがあったとしても、なんだろう、今のオレたちならなんとかなるような気がする。余裕というか、気持ちにゆとりがある。オレは今、エイトのことばかり考えているが、とても落ち着いて満たされている。もちろんドルマゲス戦への恐怖がないわけじゃない。最悪の場合もあり得るが、それもひっくるめて、充実している。なあ、エイト、お前はどうなんだ? きっと最後の決戦を前に、緊張しているんだろう? 今はオレといて、オレと同じようにゆったりした気持ちになってくれたらいい……。風がさわさわと吹き渡る。オレはあくびをした。もう少し、この穏やかな時間の中にいたい。だが、エイトはオレとは違う感情を持って、ここにいた。
「ね、またそれぞれの実家に帰らない? 別行動になるけど。何日か泊まって、ゆっくりしよう」
実家に帰るだと? オレは起き上がってエイトの胸倉を掴んだ。
「おい待て、どういうことだ?」
「え? あの……ごめん、深い意味はないんだけど、ゼシカ、かなり緊張していたから、もう少し時間おいたほうがいいかと思って……。ヤンも焦ってるみたいだったから、ちょっとクールダウンしてもらおうかなって」
「そうか。……オレも悪かったな」
オレは手を離した。エイトは無造作に服を直す。黒い瞳が下を向く。睫の影が小刻みに揺れているのがわかった。
そうだよな。オレたちはドルマゲスを倒すんだ。酔っぱらって妙な感覚に流されてていいはずはない。生半可な気持ちで挑んじゃだめだ、って強く主張したのはオレなのに。それにオレたち4人の中で一番責任を感じて緊張しているのはエイトのはず。気持ちを合わせて戦わなけりゃならない。今は個人的な感情なんて抜きだ。ドルマゲスを倒さなけりゃ、オレはオディロ院長の墓参りにも行けねえよ。ついさきほどまでの幸せな気分は、さっと幕が下ろされたように、闇に消えてしまった。
草原を何かが走り抜ける。キラーパンサーか、ほかの魔物か、それともただ風なのか。その動きをエイトの視線が追った。お前は何に見えたんだ? お前の意識の中心には何がある? オレは今、お前のことでいっぱいだ。それなのに明日からしばらく離れる……。一瞬、「孤独」という感覚がオレの心を冷たく刺し貫いて行った。
「実家っていっても、ゼシカだけだね。……ヤンガスはゲルダさんちでしょ。君はマイエラ修道院? 僕は王と姫と……」
エイトが言いよどむ。今、やつらには帰る場所がない。
「……そうだな。トロデーン組はどうする? まっ、水入らずでゆっくりできれば、場所なんて関係ないだろ?」
オレは努めて軽く言った。エイトは月を見上げながら、曖昧な返事をした。
オレの帰る所が修道院だとしても、休まる場所じゃねえ。オレを待っている人間なんていはしない。
「な、装備揃えたら、実家に帰る前に、サヴェッラ大聖堂に行かねえ?」
「サヴェッラ大聖堂?」
「三大聖地だよ。法皇様の屋敷もある。ゴルドなんかより荘厳だぜ」
「いいよ。……記念になるしね」
記念になる……どういう意味で言ってるんだ? まるで、万一のことを考えているみたいに……。
「それから僕、ゲルダさんもリーザスのマダムもそうだけど、やっぱりマルチェロさんにも会っておきたいんだ。パーティーのリーダーとして……」
「挨拶入れとくってか? あいつはそんなこと気にしないさ。大体オレのことなんか……いい厄介払いになったとしか……」
「ククール? いつまでもブラコンだね」
「仕方ねえべ。悪かったよ。てか、お前、何怒ってんだよ?」
「別に怒ってないよ。あのさ……聞くけど、どうしてサヴェッラ大聖堂に行こうなんて言うの? まるで死んじゃうみたいに……」
「それは、お前が……そう思ったんだろ? オレは単に、お前にあれを見せたいって、それだけだ」
「……僕をかわいそうだと思ったから? 君を好きだって言った僕に優しくしてくれてるの? 他の女の子たちみたいに? ステキなところに連れてってくれるわけ?」
エイトが睨む。黒目がちな…潤んだ瞳を大きく開いて。そしてオレの中に焼きつく。
「そうとられても仕方ないんだろうな。オレは……所謂クチが上手いから」
「自覚してるんだね」
ああ、そうだよ。お前には言い訳しねえし、言い繕うことなんてしねえ。どんなに悪く言われても、そのままでいい。お前が思うオレが、本当のオレなんだから。お前に大聖堂を見せたい、それだけなんだ。それがどう伝わったってかまわねえさ。下手な口説きと思われたって……。お前の意識の中には今はオレはいないんだな。バカみたいだ。お前の不安やモヤモヤを、オレなら軽くしてやれると思い込んでいた。オレがそばにいれば解消されるような、そんなちっぽけなモノじゃねえんだな。のぼせ上がっていい気になって。……オレは傷つきたかった。もっとエイトにひどい言葉を言って欲しかった。
次はサヴェッラへ行きます。