*ヤンガス(ゲルダのアジトにて)*
「なんだって? 泊めろだ?」
ゲルダはゆらゆらする椅子から立ち上がって凄んだ。やっぱりおっかねえ。エイトの兄貴、無理でがすよ……。ゲルダに上から見下ろされた俺は、蛇に睨まれたカエル……いや、オオワシに睨まれたヤマネか……? しかし兄貴は俺の恐怖をよそに、憂いを秘めた黒い瞳を真っ直ぐにゲルダに向けておっしゃった。
「ゲルダさん、ヤンは僕らにとって最強の仲間です。大事な戦いの前に、ゆっくり鋭気を養ってもらいたいんです。……明日以降はパルミドの井戸に捨てちゃって構わないので、今日だけは、馬小屋でもいいから泊めてやってください。……あの、これゲルダさんには珍しくないと思いますけど、守りのルビーです。それから、キメラの翼。滞在中にどこか行きたくなったら使って下さい」
エイトの兄貴は、あっけにとられて突っ立っているゲルダに、「ヤンをお願いします」とおっしゃって深々と頭を下げなさった。
「じゃあ、ヤン……海辺の教会でね」
兄貴たちの姿が見えなくなると、ゲルダは兄貴に手渡された品々をしまい込みながら言った。
「なんだよ? あんたのリーダーは。わけわかんないね!」
そして再びゆらゆらする椅子に座り、黙り込んだ。
で……俺は馬小屋にいる。動かねえヤツが大嫌いなゲルダだ。俺は黙って馬小屋の掃除をした。今夜はここで寝よう……。いや、ここで寝るしかねえ。
そういえば、馬小屋はいつもきれいだ。手下どもがきっちり手入れをしているんだな。ゴールドもずいぶんはずんでいる話を手下のマッチョから聞いたことがあるが。俺はゲルダの手下じゃねえ。だが、渡世の義理だ。ただで宿を提供してもらえる恩には報いなければならねえ。
夕方、こってりした煮込み料理のにおいが馬小屋にも届いてきたが、俺は母屋を訪れることはせず、早々に床(トコじゃねえ、ジメンと読みかえてくれ)についた(寝そべった)。敷いた藁がちくちくと手足に刺さる。兄貴たちはどうしてらっしゃるのか……。トロデーン西の教会なんてあんな寂しい場所……。もう明日から海辺の教会で待っていようか。でも、兄貴のおっしゃる通り、ゲルダにちゃんと説明しないといけねえ。あいつは理解しねえだろうな。ちくしょう、腹が減って寝られねえ。だが、ゲルダに飯を恵んでもらうのもしゃくだ。俺は起き上がり、眠くなるまで筋トレを続けた。
*ゼシカ(アルバート家にて)*
「あら、今日は王様はお泊まりにならないんですの?」
あたしだけ泊まる、と聞いたお母さんは、少し残念そうだった。
「マダム、ついにドルマゲスを追い詰めました。辛い戦いになると思います。その前に、ゼシカをゆっくり休ませてあげたいんです。どうか宜しくお願いします。明日以降、僕たちもお世話になるかもしれないので、よかったら馬小屋に泊まらせて下さい」
おろおろする母さんににっこり微笑みを投げかけたエイトは、あたしに向き直ってキメラの翼を寄越した。その表情からは微笑がやや薄れていて。
「足りなかったら道具やさんで買ってね。くれぐれも無理しないで。ゴールド渡しておくから、聖水とか薬草も買うんだよ」
エイト……何よ、今生の別れみたいに……。
あたしは何か置いてきぼりにされたみたいな気がしたから、部屋に閉じこもった。
お母さんやメイドが何度か呼びに来たけれど、全部無視してベッドにもぐりこんだ。一人ぼっちのあたしは、久しぶりにサーベルト兄さんの夢を見た。二人ともまだ子供で、一緒に魔法の練習をしていた。兄さんは全然魔法ができなくて、あたしの手からはどんどん炎がはじけ飛ぶ。兄さんが、その炎をおもちゃの剣で切りながら、「かえんぎり!」って言って……。涙がいくらでも流れる。楽しかった思い出が次々現れて……。
*ククール(マイエラ修道院にて)*
「マルチェロ団長……院長はおりません」
エイトの問いに、素っ気なく答えたのは見慣れない騎士団員だった。今は、知ってるヤツに会いたくねえが。
アイツはやっぱり、サヴェッラにいるんだろうな。エイトはもう、兄貴に会いに行こうとは言わなかった。
「君のふるさとはここ? それともドニ?」
ふるさとか。
「どっちでもねえよ」
「どっちかだったら!」
「んな……怒るなよ。こ、ここだよ。マイエラ修道院」
「わかった。君はルーラが使えるから厄介なんだよね……。今日だけはここに泊めてもらってよ」
「わかったよ」
「明日から何日かは、僕らはゼシカのところにお世話になるつもり。用があるならマダムに伝言でもしておいて」
「……お前、今日は?」
どこへ行くつもりだよ……。
「西の教会。トロデーンにいちばん近いから。じゃあ……」
エイトはオレの足元をちらっと見て、踵を返した。
オレはすかさず後を追い、あせって振り返るエイトを追い越して御者台のおっさんに声をかけた。
「おい、おっさん。まさか、あいつ一人で闇の遺跡に行くなんてことねえよな」
「……そのことじゃが、わしも心配しておる」
オイ! まじかよ!
「絶対一人で行かせるなよ。あいつ、遺跡の地図にこだわってたからあやしいぜ」
「エイトには言うなと言われたんじゃが、明日明後日は、ドルマゲスが立ち寄った場所を回る。そのあとは……」
「王様、行きますよ!」
おっと、エイトめ怒ってやがる。まあいい。今日はおとなしくココに泊まってやるさ。
オレはエイトだけに聞こえるように言った。
「妙なこと考えるなよ、エイト」
エイトは何も答えず、ルーラしやがった。
ふるさとに帰ってきたはずなのに、落ちつかねえ。オレは礼拝堂の真ん中で目を閉じてみる。参拝客の祈りの声に耳を塞ぎ、オレの心を空っぽにする。瞼の裏に頼りなく残っていた、ルーラで消えていくエイトの残像。その残像を復活させようときつく目を閉じてみるが、もう暗闇しか映さない。大事なものを見失ってしまった。残ったのは空っぽのオレ一人。再び目を開くと、お懐かしいマイエラ修道院の女神像がこっちを向いていた。今日はやけにブスに見えやがるぜ。
オディロ院長の墓参りも、今はできねえ。
オレは誰とも口をきかず、用意された部屋に閉じこもった。何も考えたくなかった。このドルマゲス討伐のことも、修道院のことも。空っぽのオレは暗闇に何を見つけるんだろうか。
*エイト・トロデ・ミーティア(トロデーン西の教会にて)*
「エイト、よかったのか?」
「何がですか? 王様」
王様、か。イライラしておるの。しかし、自分で考えて決めたことじゃ。わしは今、無力な王様。エイトのよいように動くしかあるまい。
「いや、このような寂れたところではなく、もっと……例えばアスカンタあたりに泊まっても……」
「王様、みんなふるさとに帰ってもらってるんです。僕たちもトロデーンの近くにいるべきです」
「じゃが、わざわざ夜営せんでも……。わしと姫は大丈夫じゃから、お前は教会で寝なさい」
「いえ、みんな身内と過ごしているんです。僕も王様と姫様と……」
言い出したらなかなか聞かないエイトは、もうお休み下さい、と言ってククールが寄越したまどろみの剣をしっかり抱えて仮眠の体勢をとった。
エイトは小さい頃から運のよい子供じゃった。ドルマゲスの呪いにかからなかったのも、その運のせいじゃと思っておった。だが、様々なモンスターとの戦いをみていると、もともと呪いを跳ね返す力を備えているようじゃ。本人にその力がないとすれば、何か魔よけのようなものを持ち歩いているということになる。まさかネズミのトーポではないだろうが……。完璧に跳ね返すというのは尋常ではない。運と、そういった人外の力も含め、エイトへの信頼は日に日に高まっている。
下っ端兵士一人連れて、魔物のわしと馬の姫だけではドルマゲスは倒せない。途中、ヤンガスが加わったことでどうにか希望が見えてきた。そしてゼシカとククール。たった4人。ドルマゲスを倒すには、城の兵士が何人いても多いということはないはずじゃ。わしがこんななりでなければ、即刻サザンビークに協力を求めたのに、それも叶わん。たった4人の若者でどうなることかと思っておったが、ついにここまで来た。下っ端兵士とはいえ、エイトは強くなった。兵士として過ごしていた時から、群れず、かと言って嫌われもしない性格。皆に好かれ、これは将来の大将の器かと期待しておった。何よりミーティアのお気に入り。性格も良い。言い出したらきかないところはあるが、年上のヤンガスとククールもエイトに従っている。この二人もよくエイトを支えてくれている。
夜風が冷たい。ミーティアに毛布をかけてやり、わしは荷台で横になった。焚いた火が静かに揺れる。まどろみの剣が炎に照らされている。剣はエイトの横顔を温める。わしはこの若い兵士に抱えきれないものを背負わせている。が、もうお前さんに希望を託すしかないのじゃ。のうエイトよ、一人で背負うでない。今、お前に必要な者はきっと同じ月を見ておる。
じゃが、わしは城が大切じゃ。ミーティアが大切じゃ……。
ばらばらになったパーティー。一週間かけてそれぞれ悩みながら過ごします。